日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十二話『霊魂』 急

 夜、一人の男が夢を見ていた。

 目蓋の裏に鮮明な映像として焼き付いた、あの日の日暮れ前の記憶……。

 

『よくも斯(か)様(よう)な惨(むご)い仕打ちをしてくれたな、貴様ら』

 

 大空に映し出された親友は、口調こそ静かだったが、見たことも無い表情で怒気を放っていた。

 彼には親友が何を言っているのか、すぐに理解出来た。

 

 嗚呼(ああ)、陛下が、あの優しい叡(えい)智(ち)君がお怒りや。

 俺(おれ)ら日本人のことを想(おも)って悲(ひ)憤(ふん)慷(こう)慨(がい)しとる。

 俺(おれ)らはみんなあの御(お)方(かた)に愛されとるから、輝かしい未来へ連れて行ってもらえるんや。

 あの御方は俺(おれ)ら日本人を等しくお救いくださる。

 

 だから俺(おれ)らはあの御方に感謝を返さなならん。

 あの御方が笑っていられるように、あの御方が望むままに幸せで居なならんのや。

 あの御方を思い煩わせるものは悉(ことごと)く排除せなならんのや。

 あの御方が創り給(たま)われる、皇民が一体となる完璧な新世界の為(ため)に……。

 

 その為には何でもするんや。

 俺(おれ)こそ、誰よりもあの御方から恩を受けとったんやから。

 そう、俺(おれ)こそが陛下の、叡(えい)智(ち)君の一番の……。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

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 侯爵・灰(かい)祇(ぎ)院(いん)靜(しず)業(なり)は胤(たね)子(が)島(しま)近くの離島「屋(や)玖(く)島(しま)」の空港建屋で目を覚ました。

 現在、この場所は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)系の軍人が接収している。

 

「お目覚めですか、御主人様」

 

 メイド服を着た女が侯爵に声を掛ける。

 彼女の名は壬生(みぶ)透(とう)子(こ)――灰(かい)祇(ぎ)院(いん)侯爵家の侍女で、壬生(みぶ)伯爵家の令嬢である。

 

「壬生(みぶ)……僕(やつがれ)は……負けたんやな……。あの女に……」

「はい。ですが御安心ください、皇(こう)都(と)府の邸宅へ戻る回転翼機(ヘリコプター)を御用意して御座います」

「阿(あ)呆(ほう)言うな。このままおめおめと引き下がれるかいな……!」

 

 侯爵は激しく歯(は)噛(が)みした。

 そう、彼が態(わざ)々(わざ)離島の常(とこ)立(たち)研究所にまで足を運んだのは、其(そ)処(こ)へ侵入しようとする皇(こう)國(こく)正統政府の狙いが明らかだったからだ。

 神(じん)皇(のう)の邪魔立てをしようとする輩(やから)は許さない。

 賊共はおそらく所長の嶼(しま)津(づ)寅(とら)宗(むね)や皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)系軍人達をも斃(たお)し、研究所を占拠して不届きな目的を果たそうとしているに違い無い。

 

「軍人共、君(きみ)らもこのままじゃ済まされへんよな? 今から夜襲を掛けて研究所を奪還する! 壬生(みぶ)、今すぐ紫(し)桐(どう)侍従長に連絡や! 紫(し)桐(どう)一派の私兵も総動員して数で潰す!」

 

 侯爵は周囲の軍人に呼び掛けた。

 この場に集まっているのは、研究所を占拠していたが追い出されて命辛々この島に上陸した軍人達である。

 ならば当然、名(めい)誉(よ)挽(ばん)回(かい)の為に今一度立ち上がるべきだ――侯爵はそう考えている。

 しかし、一つの問題を彼の侍女・壬生(みぶ)が指摘する。

 

「ご、御主人様! 御主人様は今、神(しん)為(い)を失われておいでですよ?」

 

 侯爵・灰(かい)祇(ぎ)院(いん)靜(しず)業(なり)は生まれながらの神(しん)為(い)の使い手である。

 東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用して後天的に神(しん)為(い)を得る者達と異なり、彼らは定期的な服用を要しない代わりに一度敗北して神(しん)為(い)を失うと、その回復に長期間を要する。

 今、侯爵の力は常人と変わりない状態なのだ。

 

 

「解(わか)っとるわ! 壬生(みぶ)! 東(とう)瀛(えい)丸(がん)を寄(よ)越(こ)し!」

「し、正気ですか? 御主人様の様な御方が東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用するということは、以後神(しん)為(い)を維持する為に定期的な服用を必要とする凡人と同じになるということですよ?」

「構うかいな、陛下の為や! 僕(やつがれ)のことなんかどうなってもええ、あの御方にお尽くしするのが皇(こう)國(こく)臣民の務めやろが!」

 

 壬生(みぶ)は迷っていた。

 確かに、一介の貴族である彼女は東(とう)瀛(えい)丸(がん)を持ち歩いている。

 だが彼女は旧皇族としての灰(かい)祇(ぎ)院(いん)侯爵に憧憬を抱いていた。

 主君の思いを後押しするべきなのだろうが、その存在の格を落とす真(ま)似(ね)に手を貸すことに躊(ちゆう)躇(ちよ)がある様子だ。

 

「早う寄越せ!」

「は、はい!」

 

 しかし、主に発破を掛けられた壬生(みぶ)は慌てて懐に手を入れて小瓶を取り出した。

 そしてそのまま、両手で主に差し出そうとする。

 が、その時、彼女は両手首を何者かに切り落とされてしまった。

 

「ぎゃあああああっっ!? わ、私(わたくし)の! 私(わたくし)の腕がああああっ!!」

「なっ、何事や!?」

 

 一人の軍人が軍刀を抜いていた。

 つい先程まではこの場に居なかった、明らかに格の違う男だった。

 

「困りますよ、灰(かい)祇(ぎ)院(いん)侯爵閣下。折(せつ)角(かく)貴方(あなた)様が神(しん)為(い)を失うという千(せん)載(ざい)一(いち)遇(ぐう)の機会が巡ってきたんだ、これを逃す訳にはいかない」

 

 男は次の太刀で壬生(みぶ)を袈(け)裟(さ)斬りにし、辺りを鮮血に染める。

 

「み、壬生(みぶ)! おのれ貴様何者や!」

「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)副総裁・荒(あら)木(き)田(だ)佐(さ)佑(すけ)大尉。荒(あら)木(き)田(だ)将(まさ)夫(お)総裁の息子です」

 

 荒(あら)木(き)田(だ)佐(さ)佑(すけ)は刃を侯爵に向けた。

 

「な、何の真似や貴様。僕(やつがれ)が誰か解ってやっとるんか」

「勿(もち)論(ろん)。旧皇族の地位を良い事に陛下に近付く貴方(あなた)は、皇(こう)國(こく)でも一番の君側の奸(かん)だ。よって、陛下の新しい御(み)代(よ)には、真の皇道政治に貴方(あなた)の様な者は必要無い。故に、今此(こ)処(こ)で排除する」

「僕(やつがれ)が……俺(おれ)が君側の奸やと……? 言うに事欠いて貴様……誰に向かって言うとるんや……!」

 

 侯爵は激しい怒りに全身を震わせていた。

 血管という血管が浮き立ち、筋肉という筋肉が強(こわ)張(ば)っている。

 これ程の怒り、おそらくはあの日の神(じん)皇(のう)に次ぐであろう。

 

「貴様らにあの御方の何が解る! 陛下の一番の理解者は俺(おれ)や!」

 

 激情に任せて飛び掛かった侯爵であったが、常人と変わらぬ今の彼に勝ち目は無かった。

 荒(あら)木(き)田(だ)の剣は無情にも彼の体を縦に裂き、鮮血と共に倒れ伏させた。

 

(嗚呼、あかん……。死ぬ訳にはいかへん……。俺(おれ)が死んだら……叡(えい)智(ち)君が悲しまはる……)

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)靜(しず)業(なり)はそのまま事切れた。

 

「貴様ら、解っているな?」

 

 荒(あら)木(き)田(だ)は軍刀を治め、側の軍人達に無言で圧を掛ける。

 

「は、はい! 我々は唯(ただ)、大尉殿の御(ご)命(めい)令(れい)に従い帰還いたします!」

「うむ、親(おや)父(じ)には『灰(かい)祇(ぎ)院(いん)侯爵は討ち死にした』と伝えておく」

 

 斯(か)くして、常(とこ)立(たち)研究所奪還作戦は実行されることなく、軍人達は本土へと戻っていった。

 空港には二人の貴族の無残な死体だけが虚(むな)しく横たわっていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 十一月十一日水曜日、岬(さき)守(もり)航(わたる)は虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)と共に、皇(こう)國(こく)正統政府暫定内閣総理大臣・芳(よし)原(はら)輝(き)太(た)郎(ろう)を日本国自衛隊に受け渡し、彼の亡命を成功させた。

 更にその足で超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコの直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を胤(たね)子(が)島(しま)は常(とこ)立(たち)研究所へ運搬。

 機体は追って到着した蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)の手で再生され、耐宇宙装甲への改造が開始された。

 

 全高二十八米(メートル)にもなるカムヤマトイワレヒコの巨大な機体が、同様の規模を持つ昇降機に載せられ、ゆっくりと地下へ下っていく。

 後はこのまま必要な機体情報を入力すれば、全ての工程が自動で進められるという訳だ。

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)や根(ね)尾(お)と共に、研究所内の電視(モニター)越しにその様子を窺(うかが)っていた。

 驚いたのは、研究所の職員が進んで手を貸してくれたことだ。

 

「意外と交渉が上(う)手(ま)く行ったんですね、根(ね)尾(お)さん」

「ああ。俺(おれ)の能力を使わずに済んだ。彼らは良くも悪くも研究にしか興味が無いらしい。そんな彼らに対し、研究データを破棄しようとした敵側のやり方が失策だったのさ」

「これはおそらく神(じん)皇(のう)の指示ではないわね。彼はそんな小知恵を働かせたりしないわ。侍従長の紫(し)桐(どう)という男に神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)が手を回したのか、将(はた)又(また)侍従長もまた独断で動いているのか……」

「『紫(し)桐(どう)一派』か……。皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)に加え、また面倒な連中が増えたようだな……」

 

 根(ね)尾(お)は溜息を吐いた。

 

「何(いず)れにせよ、研究員の為にも口実として俺(おれ)が能力で操ったということにしておいた方が良いだろうな」

 

 そんな中、研究員が装置に数値を入力し終え、改造設備を稼働して此(こ)方(ちら)へ歩いてきた。

 

「はい、これでバッチリです。後は全工程の終了まで七十時間程掛かりますが、改造が終了すれば自動で昇降機が浮上します」

「ありがとうございます。しかし、改造の為にカムヤマトイワレヒコの機体データを要求されるかとヒヤヒヤしましたが……」

「舐(な)めてもらっては困る。皇軍が散々煮え湯を飲まされた機体、既に分析済みですよ」

 

 研究員はねちっこい笑みを浮かべた。

 

「あの、ところで興味本位なんですが……」

 

 航(わたる)はおそるおそる手を挙げた。

 

「耐宇宙装甲って、簡単に言えばどういう物なんですか? 今までのカムヤマトイワレヒコで宇宙に出るのと何が変わるんですか?」

「よくぞ訊(き)いてくれました!」

 

 研究員は先程までの根暗な様子から一転、眼(め)を輝かせて答え始める。

 航(わたる)の質問が余程嬉(うれ)しかったのだろう。

 

「おっと、いけないいけない。技術的な話は極力抑え、掻(か)い摘(つ)まんで説明しますね」

「はい、是非そうしていただけると……」

「通常、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を操縦する時は神(しん)為(い)だけでなく、感覚も機体と同期させます。機体を操るというよりは、機体が自分の肉体そのものになる感覚、覚えがあると思います」

「ええ、初めて操縦した時は驚きましたよ」

 

 航(わたる)は水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)と共にミロクサーヌ改の操縦訓練を行った時のことを思い出した。

 つい数箇月前のことなのに、もう遠い昔の様だ。

 

「つまり、操縦者にとっては機体が晒(さら)される環境がそのまま直接肌感として伝わるのです。これは一長一短あり、自分自身と一体化することでより精密な操縦が可能となるのですが、一方で苛酷な環境下では神(しん)為(い)の消費を著(いちじる)しくし、操縦不能に陥ってしまう危険性が高まるのです」

「ああ、成程……」

 

 今度は、戦闘中に燃える巨球を突っ切った時や海中に身を潜めた時のことを思い出した。

 そういえばあの時、自分が限界に近付いた感覚があった。

 

「通常、皇(こう)國(こく)の機体はその際に神(しん)為(い)の消耗を抑える装甲を備えています。しかしながらこの機体は少々予算をケチった様で、その対策装甲が弱い。そこで、今回我々の技術でそちらを搭載しようという訳です」

「対策すれば、神(しん)為(い)の消耗はどれくらい抑えられるんですか?」

「先(ま)ず苛酷な環境下で受ける感覚的負荷が百分の一に削減されます。これによって神(しん)為(い)の消耗は千分の一以下になります。付随して、おそらく攻撃に対する耐久力その者も上昇するでしょう。こちらは機体や操縦者の資質によって個体差がありますが、概(おおむ)ね一から五割増しといったところです」

 

 つまり、カムヤマトイワレヒコは改造後にパワーアップするということになる。

 航(わたる)は少し楽しみに思えた。

 

「終わるのは三日後か……」

「岬(さき)守(もり)君と麗(うる)真(ま)君はすぐに龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へ戻ってくれ。大(おお)晦(みそ)日(か)の作戦決行に向けて鍛錬に入ってもらいたい。俺(おれ)と虻(あぶ)球(く)磨(ま)君、繭(まゆ)月(づき)君は此処に残り、改造が無事完了するのを見届ける。まだ皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)や紫(し)桐(どう)一派、神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)が研究所を奪還しようとしてくるかも知れないからな」

 

 こうして、一連の任務を無事終えた航(わたる)と魅(み)琴(こと)は龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へと戻って鍛錬を開始する。

 三日後の十一月十四日、カムヤマトイワレヒコの改造は完了し、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)の手で再び直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)だけを残して破壊。

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸へ運搬され、その勇姿のお披(ひ)露(ろ)目(め)は大晦日を待つことになった。

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