日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十三話『神風来たりいざ起きよ(前編)』 序

 日付は十一月二十三日月曜日に変わった。

 静止軌道上、()(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・アメノミナカヌシ内部。

 

「少々事を急ぎ過ぎたか、何もやることが無くなってしまったな……」

 

 (じん)(のう)硝子杯(グラス)を傾け、葡萄酒(ワイン)を揺らす。

 彼はこの三週間余り、年明けと同時に行われる勅命の(すい)(こう)に向け、アメノミナカヌシの演算を調整していた。

 その目途が昨日立った今、後は時が来るのを待つばかりとなっていた。

 壁に映る様々な世界に()ける日本の歴史映像を(さかな)に、(じん)(のう)は杯の葡萄酒(ワイン)を飲み干した。

 

「では陛下、一度地上にお戻りになり、政務を執り行われますか?」

 

 近衛侍女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)は杯に追加の酒を注ぎつつ尋ねる。

 

「うむ、それが良いかも知れんな。余り皇宮を空けても臣民が不安を覚えるだろう。(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の様子も見ておきたい」

 

 (じん)(のう)はゆっくりと立ち上がった。

 彼の頭には二つの選択肢がある。

 

 一つは、このまま勅命の遂行までアメノミナカヌシで待ち構えるというものだ。

 (じん)(のう)は信じていた。

 弟妹や(こう)(こく)正統政府、そして(さき)(もり)(わたる)ら日本国の戦士達が自分を止めようとしている以上、勅命遂行までに何かを仕掛けてくる(はず)だ、と。

 彼にとって、敵対者もまた日本人である以上、相手なりの正義に基づいて動いている筈であり、ならばそれを受けて立つことは(やぶさ)かではなかった。

 

 対してもう一つは、先程の()(りゆう)(いん)の提案通り、地上の皇宮に戻ることだ。

 彼としてはやはり、(こう)(こく)の様子が気掛かりだった。

 留守の間、政務は(こう)(どう)()(しゆ)(とう)に任せてあり、困りごとは()(りゆう)(いん)に取り次ぐよう命じてはいるし、臣下を十全に信用している彼ではあるが、それでも自分が()(まと)めるに超したことは無いのも確かだ。

 

 しかし、そんな(じん)(のう)に一人の男が声を掛けた。

 (ひげ)を生やし、洗練された()()ちは三十代後半を思わせるが、倍近く生きている(かん)(ろく)を醸し出すダンディなナイスミドルといった様相の男だ。

 

「お待ちください、陛下」

()(どう)か、よく来たな」

 

 公爵・()(どう)(ひろ)(たか)――現(じん)(のう)()()(かみ)(えい)()()()となり、新侍従長に着任した男である。

 ()(どう)公爵家は(こう)(こく)で六摂家に次ぐ家格を持つ「(せい)()家」の一角であり、更に六摂家と同じ氏族から分かれた「(かん)(いん)流」を()む現存唯一の公爵家である。

 つまり、(こう)(こく)社会に於ける地位は元々六摂家当主に次いで高い。

 

「陛下、畏れながら申し上げます。(わたくし)と致しましては、陛下はアメノミナカヌシを離れられるべきではないかと」

「どういうことだ?」

「はい……」

 

 ()(どう)の視線が()(りゆう)(いん)を捉えた。

 どうやら彼は彼女の存在を快く思っておらず、今回()(りゆう)(いん)(じん)(のう)にアメノミナカヌシを離れるよう上奏したことを不審に思っているらしい。

 しかし、()(どう)はそれを口には出さない。

 (じん)(のう)が信を置く近衛、それも先代(じん)(のう)の嫡男として降誕した時から仕えている()(りゆう)(いん)を表立って(そし)ることは、()(どう)(もつ)てしても難しかった。

 

 とはいえ、()(どう)としてはこのまま()(りゆう)(いん)の思い通りにさせる訳にはいかない。

 ()(りゆう)(いん)(ねい)(しん)の動きがあるという懸念は、先代侍従長の頃より(ささや)かれていたことだ。

 ()(どう)(じん)(のう)の側に()(りゆう)(いん)一人であるという状況を(うれ)い、(わざ)(わざ)標高一一九四一(メートル)にもなる()()(さん)を山頂まで登り、アメノミナカヌシに通じる入り口を潜ってきたのだ。

 

「陛下がアメノミナカヌシを離れられますと、逆賊共がその隙を突いてアメノミナカヌシの破壊を試みる可能性が非常に高いかと思われます」

「それならば問題は無かろう。アメノミナカヌシを()とすとなると、()ず静止軌道まで到達せねばならん。更に、耐久力はこれまでの特別機の比ではない。破壊される危険は極めて低い」

「しかし、敵には(たつ)()(かみ)(みずち)()(かみ)両殿下と、先帝陛下が伏せる原因となった(うる)()()(こと)、更にはこれまで散々(こう)(こく)軍に煮え湯を飲ませてきた(めい)()(ひの)(もと)の英雄・(さき)(もり)(わたる)まで(そろ)っています。()(ちら)の予想だにしない手を打って来ることも考えられます。決して侮るべきではないかと……」

「ふむ、成程。(なれ)の言うことも一理あるな……」

 

 (じん)(のう)は考え込む仕草で玉座に再び腰掛けた。

 そんな彼に向け、()(どう)は更に言葉を加える。

 

「今回の陛下の()(たい)(もう)、何としても果たさなければなりませぬ。既に貴方(あなた)様を(おも)う忠臣に尊き犠牲が出ております。万に一つも、彼らの死を無駄にすることは、()()に陛下と(いえど)(まか)()りませぬ」

(しま)()、それに(しず)(なり)か……」

 

 (しま)()(とら)(むね)(かい)()(いん)(しず)(なり)――(とこ)(たち)研究所で二人が犠牲になった件は、既に(じん)(のう)の耳に入っていた。

 二人は(いず)れも()(どう)(ひろ)(たか)の派閥に於いて強い発言力を持っていた人物で、大きな戦力でもあった。

 そして同時に、(じん)(のう)にとっても(かお)()()みの臣下だ。

 特に旧皇族で同い年の(かい)()(いん)(しず)(なり)は、彼にとって親戚である以上に親友と言って過言でも無い、(ばく)(ぎやく)の友であった。

 

(しま)()、彼は武家としての誇りを持った一本気な、見ていて気持ちの良い男であった。武士道の精神というものを、彼から大いに学ばせてもらったものだった。そして(しず)(なり)は……(ひよう)(ひよう)とした振る舞いの裏に熱き魂を持つ男だった。性格は異なるところもあったが、不思議と馬が合った。何れの喪失も、(おれ)にとって極めて重い……」

 

 (じん)(のう)は目を細め、二人の死に哀悼を(ささ)げていた。

 そしてそのまま()(どう)に鋭い視線を向ける。

 

「あいわかった。ならば()(どう)、地上は(なれ)に任せる。(あら)()()による(こう)(どう)()(しゆ)(とう)の統制を貴族社会に伝を持つ(なれ)が助けるのだ。貴族院を(てのひら)握出来れば大きな力となろう。また()(りゆう)(いん)と並び、(なれ)も地上の問題を(おれ)に逐一報告せよ」

「へ、陛下!?」

 

 驚いて声を上げたのは()(りゆう)(いん)である。

 (じん)(のう)の決定は、事実上自分の上奏を却下するものだった。

 のみならず、これまで()(りゆう)(いん)が独占していた報告の窓口を()(どう)にも分け与えようというのだ。

 ()(りゆう)(いん)としては面白い訳が無い。

 

「陛下への報告、(あたくし)では不足だと?」

「そうは思わん。だが、報告を取り扱うに於いて等しく信の置ける者が並立すれば体制はより盤石となるだろう。(こう)(こく)(ため)、日本人の為、互いに手を取り合って協力するのだ」

 

 ()(りゆう)(いん)は表情に浮かんでいた不服を押さえ込んで笑顔を作る。

 

「成程……素晴らしい……()(えい)(りょ)ですわ」

「そうだろうそうだろう」

 

 ()(りゆう)(いん)としてはこう言うしか無い。

 (じん)(のう)は満足気だった。

 彼は他者の悪意というものを知らず、言葉を言葉通りに受け取る。

 一方で()(どう)は対照的に、転び出そうな笑みを抑えて神妙な面持ちを作り、(うやうや)しく頭を下げる。

 

(かしこ)まりました、陛下。必ずや、陛下のご期待に添いましょう」

「うむ、頼んだぞ、()(どう)

 

 ()(りゆう)(いん)()(どう)の権力争い、この場は()(どう)に軍配が上がった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 同じ日の夜、(うる)()()(こと)は一人、(たつ)()(かみ)邸の風呂に()かっていた。

 来たる作戦決行の刻に向けて鍛錬を積み重ねる彼女の入浴は大抵一日で最後になる。

 

(まさか今更(わたる)に格闘の稽古を付けることになるなんてね……)

 

 彼女の鍛錬形式は主に個人訓練と実戦組手である。

 と言っても、組み手の方は実質(わたる)の為に行われている様なものだ。

 しかしこれが、彼女にとって迷惑ではない。

 

(やはり(わたる)には戦いの才能が無い。相手をすればする程実感する。軽く、極限まで手加減して軽くやってあげているけれど、それでも今日だけで何回気絶させたか……)

 

 案の定、(わたる)では()(こと)の相手にならず、何度も伸されているらしい。

 ()(こと)にとって、これは日々の楽しみであった。

 

(いけないとは思いつつも、やっぱり(わたる)(いじ)めるのは、心が(たか)ぶって、体が()()ってきて、(たの)しくなってしまう。向き合って殴り掛かった時のあの顔、気絶した(わたる)のあの顔、起こしてまた相手をしてあげる時のあの顔、どれも情けなくて(いと)おしい……)

 

 ()(こと)()()へ来て(わたる)を相手に自身の()(ぎやく)欲を満たしていた。

 不謹慎ではあるが、こればかりは持って生まれた「邪悪な(けだもの)」の性なのでどうしようも無い。

 とはいえ、ただ(いたずら)に欲望に身を任せる訳でもなかった。

 

(まあ、あまり自信を失くされて(しん)()が弱くなってしまっても本末転倒だから、一度フォローはしてあげた方が良いかも知れない……。何だかんだ言って(わたる)も頑張っているし、少しずつマシにはなってきているし……)

 

 ()(こと)はそんなことを考えながら、湯船から上がった。

 

()て、と……。明日もたっぷり、()(わい)がってあげなくっちゃね……ふふふっ」

 

 声に出した言葉が届いたのか、隣の浴室で大きな水音がした。

 同じ時間に入浴しているとすれば、()(こと)と同じく鍛錬を積んでいる者しか居ない。

 そんな隣の様子を尻目に、()(こと)は上機嫌で浴室から出て行った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 浴場から上がった()(こと)が部屋へ向かって歩いていると、彼女の前に(くも)()()(たか)(くも)()()()()の兄妹が神妙な面持ちで()(ふさ)がった。

 この二人もまた、戦闘訓練は行っていないものの、(しん)()を上昇させる特別な訓練を日々積んでいる。

 故に、この時間に出くわすこと自体は珍しくない。

 しかし、どうも今夜は様子が違う。

 

「どうしたの?」

 

 ()(こと)は腰を(かが)め、二人に問い掛ける。

 すると兄の()(たか)()(こと)に手を差し伸べてきた。

 取れということなのだろうか。

 だとすれば、目的は(しん)()の貸与だろうか。

 

「……誰かいるの?」

 

 死者の誰かが霊魂となった今に()(こと)へ伝えたいことがある――彼女はその推察に行き着き、笑顔を保てず、思わず真顔で()(たか)()(ただ)してしまった。

 彼は少し(おび)えた様に震えたて手を引っ込めようとしたが、妹の()()()に肩を小突かれて()(とど)まった。

 そして、()(たか)は一言だけ答えた。

 

「お(じい)さん……」

 

 それを聴き、()(こと)(どう)(もく)した。

 彼女に何かを伝えようとする、老いて死んだ男。

 思い当たる心当たりは、一人しかいない。

 

()(じい)(さま)……」

 

 彼女の祖父、(うる)()()(いる)――(こう)(こく)による日本侵略を止める事に生涯を懸け、その為に娘や息子、そして孫娘である()(こと)をも捧げようとした狂人である。

 そして、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の一人、()(こく)(てん)(うる)()(みつ)(なり)の息子でもある。

 

 今更何の用だろう。――()(こと)(いぶか)しんだ。

 

 彼女の祖父は(いま)()に彼女を巻き込んだことに対し謝罪の意を述べたが、同時に(さい)()まで血の宿命に絡め捕ったまま放そうとしなかった。

 ()(こと)自身もそう強く願った事ではあるが、結果として彼女は無謀な戦いに身を投じ、命を落としかけた。

 

 だが、同時に(ただ)(ごと)ではないとも思えた。

 今更、(うる)()()(いる)という男を知っていれば(なお)のこと、今更弁解を述べるとも思えない。

 何か余程の事を伝え忘れたのだろうか。

 

()(たか)君、()わせてくれる?」

 

 ()(こと)()(たか)の手を取って願う。

 彼は小さく(うなず)くと、光る(しん)()を掌伝いに彼女に受け渡した。

 

 ()(こと)は感じていた。

 自身の中の認識能力が大幅に(ひら)いていく。

 五感を超えた感覚が翼を持って()(ばた)く様だ。

 

 そして、振り向くと確かに、そこには懐かしい顔をした老翁が立っていた。

 

「お久しぶりです、御爺様」

 

 そこに淡く(たたず)んでいた老翁は、彼女の知る祖父とは思えぬ程穏やかな表情をしていた。

 

()(こと)、よく生き延びてくれたの……』

 

 第一声は意外な言葉だった。

 しかし潤んだ瞳は彼の言葉が偽りの無い本心だということを言葉以上に雄弁に物語っている。

 そういえば確かに、出来れば強要はしたくないとも言っていた気がする。

 あれは()(こと)を自分の意志でその気にさせる為の一手かと思っていたが、どうもそれだけではなかったらしい。

 

「はい。しかし、まだ終わっていません」

『うむ。まさか二度二代に(わた)って(じん)(のう)と決死の戦いに向かわせることになろうとは思わんかった。信じて(もら)えぬとは思うが、生前からずっと毎日毎時間毎分毎秒、代われるものならば代わってやりたいと思い悩み続けておった……』

「はい……」

 

 ()(こと)はただそう答える他無かった。

 祖父が身内を巻き込んだのは、己の力不足故だった――それはとうの昔に承知している。

 かといって、気安く慰めの言葉を投げるには、余りに重過ぎる。

 

 しかし、彼が孫娘に逢いたいと(こいねが)ったのはただそれだけを言いたいが為ではあるまい。

 

「御爺様、何か大事はお話でも……?」

『うむ。(わし)はずっと、お前に(こう)(こく)を、(じん)(のう)を、偽りの帝を討てと言い続けた。しかし、それに固執するあまり肝腎要の我が父、(うる)()(みつ)(なり)について余りに多くを伝え漏らしておった……』

 

 考えてみれば、祖父の言う通りだ。

 彼は経歴上、父と共に(こう)(こく)へ行く為に世界線を渡っている。

 ならば(こう)(こく)で彼女の(そう)()()が何をしていたかについて、少なからず情報を持っていた筈である。

 しかし、()(こと)再従妹(はとこ)である()(ごく)()()()から聞くまで、曾祖父である(うる)()(みつ)(なり)が生きていることも、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)についても全く知らなかった。

 

「御爺様、(じん)(のう)の陰で陰謀を張り巡らし(うごめ)く者がいます。四名居た内の二名は既に討伐しましたが、残るの二名について何か御存じなのではないですか? 内一人は他ならぬ曾祖父、(うる)()(みつ)(なり)こと()(ごく)()(さぶ)(ろう)なのですから」

()(よう)……』

 

 彼は静かに語り始めた。

 

『父の事は(もち)(ろん)(わし)が死した今ならばその裏の黒幕であるあの女についても支障無く語ることが出来る』

 

 (うる)()(みつ)(なり)の裏で動く女――()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)()いて他には居まい。

 今、()(こと)の祖父、(うる)()()(いる)の口から彼女の正体、その一端が語られようとしていた。

 

『心して聴け、()(こと)。神州日本、その真なる敵の正体、()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)こと(つげ)(ゆき)()()について今からお前に教える……!』

 

 ()(こと)は息を()み、祖父の言葉に聴き入った。

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