日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

383 / 383
第百十三話『神風来たりいざ起きよ(前編)』 破

 (うる)()()(いる)――()(こと)の祖父にして、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の一人、(うる)()(みつ)(なり)の長男。

 その彼が、(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)(しゆ)(かい)である()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)の正体を知っていても何ら不思議はない。

 彼の父、(うる)()(みつ)(なり)は他の二人とは別格に()(りゆう)(いん)から信頼を寄せられている。

 ()(こと)が祖父の口から出た()(りゆう)(いん)の真名を聞き、最初に受けた印象はこうだった。

 

(つげ)(ゆき)()()……。かなり古い、神話に出て来そうな名前ですね……」

()(よう)

 

 祖父は何やら満足気に(うなず)いた。

 

『嘆かわしいことに、近頃の学校では日本国の興りを教えんからの。お前がこの名を聞き、そう思い至っただけでも、(わし)の教育は必ずしも間違ってはいなかったと確信出来る』

「そうですか……」

 

 そうだ、と()(こと)(あき)れながら思い出した。

 祖父はこういう人だった。

 

 一九三四年生まれ、国民学校教育の直撃世代。

 そして彼は終戦を待たずして父に連れられ(こう)(こく)に渡っている。

 その後、彼が日本国に返ってきたのは二年後、既に終戦を迎えた後であった。

 故に、彼は国民学校教育の価値観をそのまま維持し続けていた。

 

(わか)るか、()(こと)よ? 神代は確かに日本の地にあったのだ。(おお)(やま)()は誠に神の国であったのだ』

「それで()(じい)(さま)、その神代に()(りゆう)(いん)は、(つげ)(ゆき)()()はどういった人物だったのですか?」

『ふむ、そうだったの』

 

 話が脱線しそうになったと察知した()(こと)は強引に話題を()(りゆう)(いん)()(じよう)に戻した。

 どうも()(いる)には、昔から他人を「教え諭し」、「思想に引き込もうとする」悪癖がある。

 死して(なお)それが改まっていない様子の祖父に、()(こと)はある意味懐かしさを覚えていた。

 一方で孫娘に水を差された祖父の方は気を取り直し、改めて話し始める。

 

(つげ)(ゆき)()()(じん)()聖帝の東征を阻んだ敵は、何も記紀に登場する者達ばかりではない。(そもそ)も記紀には様々な伝承から当時に確証ありとして載せるべきとされたものが取捨選択されており、各地の伝承には(へん)(さん)に漏れたものが数多く存在する。彼女もそんな敵対する()(ぞく)の首長であったと思われる。(もつと)も、本人は(つげ)(ゆき)(ひめ)と名乗っておったそうじゃがな』

「思われる、ですか……」

『うむ、彼女の生まれについてははっきりしていない。しかし解っていることには、大層見目(うるわ)しき乙女として(むら)では評判者だったそうじゃ』

「まあ、見た目は確かに悪くないですからね……」

 

 ()(こと)()(りゆう)(いん)の顔を思い浮かべながら渋々そこだけは認めた。

 とはいえ、伝承の時代に生きたという()(りゆう)(いん)の過去に客観的な資料や証人が存在する(はず)もない。

 まず間違い無く、自画自賛であろう。

 

『だが彼女はそんな地元の男達には目もくれなかったらしい。求婚してくる男も後を絶たなかったそうじゃが、彼女は地元から遠く離れ、丁度現在の奈良県辺りにあった規模の大きな集落に身を寄せ、首長の後継息子を狙った。しかし、神代に整備された道は無く、女一人で集落を移るのは困難じゃ。そこで、求婚してきた男の中から一番強そうな者と苟且(かりそめ)に婚約し、故郷を(みなごろし)にさせた後、目当ての集落が見えるや否や婚約者のことも寝込みを襲って殺してしもうたらしい』

 

 開幕から危険な匂いのする話である。

 神代の、治安も倫理観も現代とは程遠い昔の話とはいえ、なんとも物騒な話だ。

 

「しかし、集落には何と言って擦り寄ったのですか?」

『自分の邑は天災と(おおかみ)の群に襲われ全滅した。命辛々逃げてきたからどうか身を置かせて欲しい、と言ったそうじゃ』

「よく信じて(もら)えましたね……。当時に女の身一つでしょう?」

(もち)(ろん)、それだけではない。彼女が求めた集落に入り込み、(あまつさ)え後の長と婚約まで()()けた理由にはもう一つ、彼女が不可思議な力を持っておったことがあった。遠く地平線や水平線を越えて離れた場所をはっきりと認め、(おぼろ)()ながら近い将来すらも見通す尋常ならざる眼力……。集落の長はそれを欲したのじゃ。彼女はその力によって難を逃れたと(うそ)を吐いた』

 

 成程、と()(こと)は得心した。

 嘘の中に(わず)かながらの真実を混ぜ、(しん)(ぴよう)(せい)を高めて相手を(だま)す。

 現代でも有効な手段であるのだから、神頼みや(まじない)(ごと)が迫真であった当時ならば(こう)()覿(てき)(めん)だったのだろう。

 

『その時、彼女はこう名乗った。自分は(くに)()(かみ)の一柱、(こと)(しろ)(ぬしの)(かみ)()()()()()(ひめ)の間に生まれた娘。雪の降る夜、寒さに凍える母の(もと)(あらわ)れた(こと)(しろ)(ぬしの)(かみ)と母が一夜を共にし、生まれたのが自分、(つげ)(ゆき)(ひめ)であると。それ故に、自分には神の声が聞こえるのだと』

()()()()()(ひめ)……?」

『またの名を(たま)(ぐし)(ひめ)とも()う。(たま)(ぐし)(ひめ)は音に聞く美女で、(つげ)(ゆき)()()が入り込んだ集落にもその評判は伝わっておった。神に見初められたという話も確かに信憑性のある物だったのだろう。後で(わか)るが、無理も無い事じゃ……』

 

 (たま)(ぐし)(ひめ)、その名前が()(こと)の中で引っ掛かる。

 同時に、(こと)(しろ)(ぬしの)(かみ)との間に(もう)けられた娘という話にも()()か心当たりがあった。

 当然のことだ。

 他でも無い、祖父によって聴かされた昔話の中に出てきたのだから。

 

「御爺様、(わたし)の記憶力はそこまで悪くはありません。貴方(あなた)から昔話として散々、何度も何度も聞かされたではありませんか。日本の国の興り、その神話を」

『そうだったの。しかしまあ、今は少し話を聴け。そうして手段を(えら)ばず有力者の妻という地位を手に入れ、彼女も安泰かと思われた。だが、ある夜彼女は義父となる長を唆し、ある別の邑を攻め滅ぼすよう助言した。近く脅威となるという神の()()げがあったと言い包めてな。当時の日本、(あし)(はらの)(なかつ)(くに)では平和などあったものではなく、匪賊による略奪や流血沙汰など(にち)(じよう)()(はん)()じゃったし、匪賊によって残虐な支配を受ける集落も少なくはなかった。彼女の助言は何も不自然ではなかった』

 

 つまり、当時の()(りゆう)(いん)(つげ)(ゆき)()()にとってその邑には都合の悪い何かがあり、それが持ち前の尋常ならざる眼に見えたのだろう。

 

『しかし、彼女のいた集落にとって、相手を攻め滅ぼすのは無理があった。相手の方が強大な武力を持っておったのじゃ。そこで彼女は集落の若い男を(たぶら)かし、暗殺者に仕立て上げることにした。彼女は若い男に、()()()(たら)()()()(ひめ)という娘を殺してくれたら自分はその男の物になる、と言い包めたらしい』

()()()(ひめ)……。ああ、やはりそういうこと……」

 

 ()(こと)はその名を聞き、事の裏、(つげ)(ゆき)()()の思惑を察した。

 

「初代皇后・(ひめ)(たた)()()()()(ひめの)(みこと)……。確か日本書紀によると、彼女は(こと)(しろ)(ぬしの)(かみ)(たま)(ぐし)(ひめ)との間に産まれた娘……。そういうことだったのね……」

『うむ。(つげ)(ゆき)()()は自分が名乗った偽りの素性を真に持つ娘の存在を知った。そこで自分の正体が明かされぬように()()()(ひめ)を闇に葬ろうとしたのじゃ。しかし、ここで一つ問題が起こる。同じ時期、()()()(ひめ)は名を()()(たた)()()()()(ひめ)から(ひめ)(たた)()()()()(ひめ)と変えておった。しかも、同じ邑には五十鈴(いすず)の名を持つ女が他にも何人かおったが(ため)、放った男は誰を狙えば良いか判らんかった』

 

 何とも間の抜けた話である。

 ()()()(ひめ)がその後皇后となった事を考えると、当然暗殺は失敗に終わったのだろう。

 

『そして殺す女を決めあぐねている内に、男は邑に見つかってしもうた。しかも(つげ)(ゆき)()()の放った刺客だともばれた。つまり、逆に(つげ)(ゆき)()()が身を寄せている集落の方が攻められる口実を相手に与えた事になる。皮肉なことに、彼女自身の行動が彼女の予言を真にしてしまった』

 

 集落からしてみれば、とんだ災難である。

 ()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)(つげ)(ゆき)()()の行為は恩を(あだ)で返したとしか言いようが無いものだった。

 しかし、事はそれだけでは済まなかったらしい。

 

(つげ)(ゆき)()()自身は戦いのどさくさに紛れて集落を離れ、命辛々逃げ延びたらしい。しかし、この所業は彼女の予想以上に(あま)()(かみ)の怒りに触れた』

「どういうことです?」

『どうもこうも、()()()(ひめ)は神々に選ばれた乙女だったのじゃよ。(かね)てより、(たか)(まが)(はら)の神々には(あし)(はらの)(なかつ)(くに)(あま)(てらす)(すめ)(おお)(かみ)の子孫である血族の一つ、日向国の王に統治させようという()()(こう)をお持ちじゃった。()()()(ひめ)はその后となる候補の一名だった』

「そんな()(かた)を、ただ()()えるだけの何処の馬の骨とも知らぬ女が殺そうとした……」

(あま)()(かみ)の意見は二つに分かれていた。日向の王太子、(いわ)()(びこの)(みこと)(はた)(また)その()()(なん)()()()(みの)(みこと)(いず)れが(おお)(やま)()(すめら)(みこと)()(さわ)しいか。()()()(ひめ)(とし)近く(きさき)もいない()()()(みの)(みこと)を推す声もあったそうじゃが、()()へ来て急転直下、悠長なことは言っていられなくなってしもうた。()()()(みの)(みこと)が後を継ぐのを待っていては遅い、父親の代で決着を付けねばならん、とな』

 

 彼が()()()(みの)(みこと)(すめら)(みこと)の候補と言っているのは、後の事を考えると兄である()(ぎし)()(みの)(みこと)では都合が悪いからだろう。

 何れにせよ、(つげ)(ゆき)()()の所業は東征を間接的に(いわ)()(びこの)(みこと)――後の(じん)()天皇の代に早める切掛を作ったということらしい。

 

()くして、後の(じん)()聖帝・(かむ)(やま)()(いわ)()(びこの)(みこと)に明確な東征の神託が下った。(しお)(との)()()の語った美地に都を築かんと、長く険しい船旅に連れて行けぬ妃の()(ひら)()(ひめ)と次男の()()()(みの)(みこと)を日向に残し、三名の兄君と長子・()(ぎし)()(みの)(みこと)、そして忠実なる軍勢を率いて東を目指し、風が丁度良い(あん)(ばい)になった夜に出港した……』

 

 此処へきて、祖父の眼は夢物語を(うた)う様に輝いて見えた。

 昔から、生前から祖父は(じん)()東征の話が大好きだったと、()(こと)は思い出してまた(あき)()てた。

 

「御爺様、また脱線しそうになっていますよ。(じん)()東征の話はもう何度も聴かせていただいて完璧に頭に入っていますから御安心ください」

『そうかそうか。祖父として鼻が高いことだの。お前さんも立派な愛国者に育ってくれたということか』

「でなければ、()(くに)の為に(じん)(のう)と刺し違えろなどという教えに従ったりはしませんよ」

 

 ()(こと)は少々(とげ)のある言葉で()(いる)を突き刺してみた。

 しかし祖父の顔色は変わらず、意地悪が不発に終わった()(こと)は呆れる他無かった。

 

「まあつまり、(じん)()東征は結果的に当時の()(りゆう)(いん)(つげ)(ゆき)()()の蛮行に()かされたことが最後の引き金になったということですか?」

『尤も、(じん)()聖帝は御自身も明達なる()()()()()ちで、匪賊凶徒入り乱れ流血の絶えぬ神代に在って唯一、(あし)(はらの)(なかつ)(くに)そのものの統一と調和という()(たい)(もう)を求められた空前絶後の英傑であらせられた。結局、天下平定の大偉業は(じん)()聖帝でなければ成し遂げられんかったじゃろう』

「御爺様、それは既に(こつ)(ずい)まで染みています。()(りゆう)(いん)の方はどうなったのですか?」

『おお、そうじゃった』

 

 またもや脱線の気配を感じ、()(こと)が話を戻す。

 

「どうします? そんなに(じん)()聖帝のお話がしたくて(たま)らないのなら、一層のこと()(りゆう)(いん)の話は後日改めてにしますか? (わたし)としても、有難いお話を遮るのは心苦しい」

『お前さん、言うようになったの。良いやら悪いやら……。勿論、()(はや)死人の(わし)にはお前と簡単に話す機会を持つことなど出来ん』

 

 ()(いる)(せき)(ばら)いをして、話を再開する。

 

()(りゆう)(いん)――(つげ)(ゆき)()()には優れた眼があった。これには神々も難儀したらしくての、神罰の(ことごと)くを逃れて別の邑に落ち延びたらしい。しかしそこでも、彼女は懲りもせずある時は()()()(ひめ)を害そうとし、ある時は(いわ)()(びこの)(みこと)の進軍を阻もうとした。どうやら彼女の目にも()()()(ひめ)辿(たど)る運命が見えたらしく、自分の居場所を奪った娘が(あし)(はらの)(なかつ)(くに)の皇后となることが余程許せんかったらしい』

「完全な()(ごう)()(とく)じゃないですか……」

『そうじゃの。しかし()(りゆう)(いん)は、(つげ)(ゆき)()()はそう思っておらんかった。結局彼女の(たくら)みは悉く(くじ)かれ、(ひめ)(たた)()()()()(ひめ)(かむ)(やま)()(いわ)()(びこの)(みこと)の后となり、橿(かし)(はら)に日本で最初の都が立ち、東征は完了した。我らが日本の初代天皇・(じん)()天皇陛下の誕生というわけじゃ。(つげ)(ゆき)()()はというと現在の京都に逃れ、懲りずに()()(みの)(かみ)の神託を受ける巫女(みこ)を自称してその地の権力者に取り入りひっそりと生き延びたらしい』

 

 あまりにも(すさ)まじい半生と図太い根性に、()(こと)(おのの)くべきなのか呆れるべきなのか少々困った。

 しかし、()(りゆう)(いん)の所業はこれだけに(とど)まらなかったのである。

 続いて祖父の口から語られるのは、今の世界に(つな)がる戦慄の蛮行であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。