日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十四話『神風来たりいざ起きよ(後編)』 破

 (わたる)は思い悩んでいた。

 よりにもよって(しん)()の才に乏しいと誰もが指摘する彼に世界の命運が託された不条理に思い詰めていた。

 仮にこれが運命だとしても、他にもう少し適任者が居ただろうと。

 (ある)いは何か、もっと(すご)(たぐい)(まれ)なる才能を与えてくれても良かっただろうと。

 

 だが、()(こと)は、(わたる)と同じく運命を委ねられ、汎ゆる才に神懸って恵まれた彼女は彼の(うら)(わずら)いを否定する。

 そして、(わたる)に才能が無い事も全て運命は織り込み済みなのだという。

 それを語る前に、彼女はまず祖父の霊魂と対話を交わしたと告げた。

 

(きみ)のお()()さんってことは、(きみ)(じん)(のう)との戦いに仕向けた張本人……」

 

 (わたる)もまた、その人物に決して()い感情は持っていなかった。

 (うる)()()(いる)――()(こと)の祖父についてその断片でも聴いた者は、誰一人として手放しで賞賛したりはしない。

 

 (わたる)(うる)()家で夕食を一緒にした中学時代、一度もその男と食卓を囲んだことが無い。

 だが時折、もう一人居る様な気配を感じてはいた。

 しかし、それを口にすることは(はばか)られた。

 

 (もつと)も、実のところ()(こと)は祖父を一から十まで嫌っていたという訳ではない。

 それこそ最初は、祖父の昔話を根気よく聴いていたし、彼から受け継いだ使命を全うする道を彼女自身が選び、後悔もしていない。

 何より、死して(なお)この場に()いに来た彼を拒まず、会話を交わしたと(わたる)に告げたこと自体が、祖父を全否定していない証左だった。

 

「そうね。(もち)(ろん)今回も、迷わず戦うように言われたわ」

「そうかい……。相変わらずなんだな……」

「ええ、本当に……」

 

 孫娘を死なせかけた今になって尚そんなことを言う()(いる)に対し、(わたる)(けん)()感を覚えた。

 (わたる)にとって日本を守る為に命を賭けた尊敬すべき人物はあくまで()(こと)であって、()(いる)には大した思い入れは無い。

 そんな彼の思いを見越してか、()(こと)(わたる)(あらかじ)(くぎ)を刺す。

 

「言っておくけれど、(わたし)の見解は祖父の影響を強く受けたものよ。それでも聴く?」

 

 そう言われると、(わたる)(ため)()いを覚えた。

 だが、()(こと)のことだから祖父の言葉を自分なりに()(しやく)してはいるだろう。

 その信頼感が、(わたる)を前に進ませた。

 

「聴かせてくれないか?」

「ええ」

 

 ()(こと)の言葉を待つ(わたる)は息を()んだ。

 彼女の言葉は何か、自分に前へと進む光を、勇気をくれるのだろうか。

 自分こそがこの戦いに()(さわ)しいと、心から確信させてくれるだろうか。

 

「祖父は貴方(あなた)を見ていると、責められている様に感じるらしいわ」

「どういうことかな?」

「才能が無いのを言い訳に、自分の張るべき命を呪いに変えて下の世代に押し付けた自分の愚かさを思い知るようだって……」

「へえ……」

 

 (わたる)は少しだけ()(いる)に対する見方を変えた。

 自分の罪悪を見据え、反省するだけの人間性は備えていたのか。

 

(わたる)貴方(あなた)(わたし)と一緒に居ることが出来たのは、正に貴方(あなた)が持たざる者だったからなのよ。そして、(わたし)に対しては早々に折られてしまった心は、他の何者に対しても折れない強さを得た。それは(ひとえ)に、貴方(あなた)が凡夫だったが故に見えないものがあったからなの」

「見えなかったもの?」

 

 今一つ飲み込めない。

 普通は、見えたものがあるから良かったという話ではないのか。

 その答えは、一つの典型例が教えてくれた。

 

貴方(あなた)にもし中途半端に才能があったらどうなったか、知りたければ()()さんを見れば良いわ。彼はね、才能があったからこそ限界が見え、(わたし)と共に戦う道は選べなかった。仮令(たとえ)運命と言われても無理だったでしょうね。それに貴方(あなた)が有望なら、まず祖父が(わたし)の保険として貴方(あなた)にも何かしら手を出したと思うの」

「会ったことも無い人間にすら見限られるレベルかよ……」

 

 (わたる)は苦笑いを浮かべた。

 そうなっていたら、今受けている拷問の様な訓練を中学時点で受けていたのか。

 

()()さんは伯母から(うる)()家や(わたし)の事を知って(しん)()を鍛え、独学であそこまで力を付けた。彼は間違いなく天才だったのでしょう。でも、だからこそ早々に(わたし)の代わりにも助けにもなれないと悟り、裏方の道を選んだのよ」

 

 ()(いる)は言っていた。

 裏方に回って動こうとする人物は、表に立てない人間なのだと。

 それはこの世の全ての真理という訳では無いだろうが、彼が実際に言及した()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)(うる)()(みつ)(なり)については間違いなく(じん)(のう)を差し置くことなど到底出来ない。

 また、孫娘の()(こと)が言う()()(きゆう)()も彼女と比べればそうなのだろう。

 

(ぼく)は才能が無かったから、(きみ)の隣に居られると?」

「そうよ。もっと言えば、今回の作戦のメインは寧ろ貴方(あなた)の方。だからこそ貴方(あなた)は悩んでいたのだろうけれど、でもその大役は才能が無い貴方(あなた)にしか務まらないことだった」

 

 一息置いて、()(こと)は繰り返し強調する。

 

「才の無い、天与を持たざる貴方(あなた)だからこそ、日本国を代表して世界の命運を賭けて、誰だろうと絶対に勝てない理不尽な才能そのものである(じん)(のう)(えい)()と戦うに相応しいのよ。勿論、凡人なら誰でも良い訳ではない。才能よりも確かな意志を持ち、(わたし)の隣に立ち続けた貴方(あなた)だからこそ……」

 

 (わたる)()(こと)の言葉に奇妙なものを感じていた。

 内容そのものではなく、恐ろしい程すっと自分の中に入ってきた感覚が奇妙だった。

 

「そうか……」

 

 (わたる)は自分の運命を驚くほどすんなり飲み込めた。

 今まで悩み、思い詰めていたのが(うそ)の様に、全てを得心していた。

 

()(こと)、ありがとう」

 

 見つめ合う二人を、青白い月明かりが優しく美しく照らしていた。

 二人が互いに納得した運命は、おそらくはとても残酷なものだ。

 (わたる)にとっては一度否定した決断。

 ()(こと)にとっては一貫して避けたかった決断。

 

 だが、それが二人に等しく降り掛かった今、二人には()(やり)な諦念ではなく、果敢に(あらが)う意志が宿っていた。

 それは絶望的な、先代(じん)(のう)戦や日本戦争以上に絶望的な決死行になるだろう。

 しかし、彼らは()(はや)そこから逃げる事など露程も考えてはいなかった。

 

 二人は互いの(おも)いを確かめ合うように、長い長い(せつ)(ぷん)を交わした。

 肩を抱き、互いの身を寄せ合う。

 互いの存在を、(ぬく)もりを感じ合い、そして絶え間無く(はん)(すう)する。

 柔らかな唇と肌の感触が、(わたる)の心を溶かしていた。

 

「ん……」

 

 甘い声が骨を伝い、温かな吐息が鼻を(くすぐ)る。

 (わたる)は今、求めて()まなかった最果ての地へと辿(たど)()いた気がしていた。

 

「ふふ……」

 

 重なりが解け、秘めやかに咲いた()(わく)(てき)な笑みが(わたる)(ささや)く。

 

(せつ)(かく)だから、今日はこのまま人気の無い場所へ抜け出しましょうか」

「え、それってどういう……?」

「今夜は()(わい)がってあげる、って言っているのよ」

 

 突然の誘いに、(わたる)は全身の血管が脈打つ様な感覚に襲われた。

 そういえば最近は全くの御無沙汰だった。

 ()(こと)の指が(わたる)の肌をなぞるように滑っていく。

 それだけで、(わたる)の体は目の前の女に好きなように(もてあそ)ばれたいと、全ての生理現象を総動員して訴え始める。

 

「で、でも……」

「見つかったって開き直れば良いのよ。これから死地へと(おもむ)く恋人同士に禁欲を強いるなんて、道義的に許されないわ。それに、どうせ貴方(あなた)(わたし)にコテンパンに打ちのめされるという点では実戦訓練と同じだと思わない?」

「うぅ……」

「決まりね。たっぷりと()かせてあげる。()(よい)の月は負け犬の(とお)()えに(いろど)られるわね、楽しみだわ」

 

 こうなってしまったら、(わたる)()(こと)に逆らえない。

 若しかすると、既に二人はMの奴隷とSの女王様になりかけているのかも知れない。

 だがしかし、二人が挑む戦いを思えばこの世に未練は残さない方が良いだろう。

 この夜、二人の心は長く険しい戦いに向けて、静かに船を出したのだった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 ()(きゅう)()(どう)()(しん)(たい)・アメノミナカヌシ内部、中央制御室「(たか)()(くら)()」。

 (じん)(のう)は玉座に腰掛けたまま微動だにせず、只管(ひたすら)に壁の映像を見詰めている。

 昨日まで(たしな)んでいた酒も飲まず、ただ何かを待ち続けているといった様相である。

 

(暇ねえ……)

 

 そんな主の傍らで少し(うと)(うと)としているのは、近衛侍女の()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)である。

 彼女もまた、(じん)(のう)に構って(もら)えずに暇を持て余していた。

 

()(とぎ)()(あい)()すら出来ないだなんて、(あたくし)()()に居る意味あるかしらぁ?)

 

 ()(りゆう)(いん)は溜息を吐いた。

 本来ならば、この様な時間は陰謀を進める絶好の機会である。

 しかし今、彼女は大幅に手駒を減らしてしまっている。

 

(せい)()()君も(さく)()君も役に立たずのまま死んでしまうし、腰巾着の(あに)()(いん)君は出落ちで退場しちゃったし……どいつもこいつも、どうして(あたくし)の周りには(ろく)に使えない男しか居ないのかしらぁ……)

 

 そんな彼女の元に、一人の男から思念が届いた。

 

(ひめ)(さま)、たった今、(こう)(どう)()(しゆ)(とう)(あら)()()(まさ)()を始末いたしました。新総裁には超急進的過激派の(ひばり)()(しき)(こおり)が着任したようです。(わし)はこれより(ひばり)()(しき)と接触し、手駒として確保しようかと存じますが、(いか)()でしょう』

『へえ、丁度面白い話の一つでも欲しかったところよぉ。やはり貴方(あなた)は頭一つ抜けて有能ね、(みつ)(なり)君』

 

 (うる)()(みつ)(なり)――(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)の一人で、()(こと)(そう)()()

 (こう)(こく)を見つけ出した功績もあって、その手腕は()(りゆう)(いん)から唯一評価されている。

 

()()めに(あずか)り、光栄に御座います。(つい)でで御座いますが、例の()(どう)侍従長の件は(いか)()致しましょうか? 始末しておきましょうか?』

『あっちは貴方(あなた)一人じゃ厳しいでしょう。(あに)()(いん)君や(しま)()(いのしし)()(しや)があっさり(くたば)っちゃったとはいえ、(こう)(こく)でも有数の上位貴族からなる集団よ。特に、()(どう)()()は六摂家当主にも匹敵するでしょうねぇ……。おまけに一々陛下に対して忠誠を誓っていて懐柔するのも無理そうだし、本当、面倒……』

 

 再び、溜息。

 ()(りゆう)(いん)は現状に嫌気が差しているらしい。

 (そもそ)も、頼みの綱の(じん)(のう)も、皇統と日本人を根絶やしにするという彼女の目的とは真逆に動いてしまっている。

 何もかもが()()く行かない状況に、彼女の(いら)()ちは募るばかりだった。

 

(ひめ)(さま)、どうやら()(どう)一派は(こう)(どう)()(しゆ)(とう)()(づな)を握りたがっている様子。ならば(こう)(どう)()(しゆ)(とう)経由で間接的に操作する方法があるかも知れません。()(ちら)から働きかけてみましょう』

『ああ、そう……』

(ひめ)(さま)、諦めるのはまだ早いですぞ』

 

 (うる)()の声に力が入る。

 何やら熱意を持って訴えたいことがあるらしい。

 だがそれは(うる)()の悪癖であった。

 

(わし)が心を寄せるあの()(かた)は、民衆の為に(はん)(らん)を起こし、朝廷の心胆寒からしめたもので御座います。圧倒的に数的不利であるにも(かか)わらず最後まで諦めずに戦い続け、最終決戦では風を味方に付けて逆転勝利の一歩手前まで()()けております。惜しくも最後は敗れてしまいましたが、死した後も朝廷を恐れさせ続け、(いま)(なお)畏敬の念を忘れ去られておりません』

 

 次第に熱が(こも)(うる)()の語り口とは逆に、()(りゆう)(いん)は眉を(しか)めて目付きを鋭くしていた。

 また始まった――彼を取り入れて八十年以上、もう何度もこの話をされている。

 ()(りゆう)(いん)は内心うんざりしていた。

 そんな彼女の心の内など露知らず、(うる)()は続ける。

 

『あの御方が関東で立たれた様に、(わし)もまた関東で(けつ)()しました。あの御方が朝廷に抗われたように、(わし)(みかど)に御決断を(せり)った。これは決して偶然では御座いますまい』

 

 ()(りゆう)(いん)(あい)(づち)も打たない。

 構わず話が続くことは(わか)っていた。

 

(かつ)て二・二六に()いて(わし)が立った時も、そう考えておりました。あの御方の(まつ)(えい)たる(わし)が再び関東に立ち、帝がその忠義を認め、千年の時を越えて朝廷と彼が和解する――それこそが、(わし)の望んだ真の皇道で御座いました』

 

 最早(うる)()の言葉は演説に近かった。

 

(自分に酔っているわねえ……これだけは、本当にどうにかならないのかしら……)

 

 ()(りゆう)(いん)は溜息を止めることが出来ない。

 聞き飽きた話では退屈を埋めることなど出来なかった。

 

『しかし、あの愚かな帝はそれを拒んだ! ならば最早、(わし)にはあの御方と同じく日本民族に恐れられる荒神と成るより他に無い! ですから(ひめ)(さま)! (ひめ)(さま)もどうか怒りの火を絶やさず、朝廷に目に物見せてやるのです! そう、あの御方の様に……!』

 

 (うる)()は最も大きな声で、その人物の名を(うた)い上げる。

 

(たいらの)(まさ)(かど)公の様に!』

 

 (うる)()(みつ)(なり)――()(ごく)()(さぶ)(ろう)は元々皇道派青年将校であったが、その思想は他の同志(たち)と大きく異なっていた。

 彼は実家に伝わる「(たいらの)(まさ)(かど)縁の武具」とされるものを本物と信じ、更に自身を(まさ)(かど)の子孫であると信じていた。

 そこに根拠は特に無い。

 ただ、自身の信じる「関東蹶起の物語」に()()れていただけである。

 

『……解ったから、その熱意を(あたくし)の為に役立てなさぁい』

 

 ()(りゆう)(いん)は拒む様に、(うる)()との話を打ち切った。

 

(ストレス()まるわぁ……。一層、少々骨が折れるけれど()(どう)の奴は(あたくし)の能力で始末してしまおうかしらぁ……)

 

 彼女が皇宮の()(どう)を「尋常ならざる()」の視界に捉えた、その時だった。

 

()(りゆう)(いん)

「は、はい」

(おれ)は果報者だな。(これ)(ほど)の事を起こそうというのに、(なれ)()(どう)という二人の優秀な臣下が付き従ってくれている。(なれ)らが手を取り合えば、()()なる困難も乗り越えられよう。(きつ)()()()(けん)()(しき)(しま)とも再び手を取り合える。(めい)()(ひの)(もと)とも共存共栄の関係を再構築し、(はん)()(かい)(てき)(おお)(やま)()(れん)(めい)の夢が実現する。屹度、日本民族の未来は果てしなく明るいぞ。楽しみだな」

 

 ()(りゆう)(いん)(じん)(のう)の言葉に心臓を鷲掴みにされ、背筋が凍り付く思いがした。

 此程の都合の良い希望的観測に、有無を言わさず従わせる迫力がある。

 逆らうことが考えられない、心の底から納得し同調させられてしまう様な、絶対強者の暴力的懐柔力。

 この一月足らずで(じん)(のう)は大きく変容し、得体の知れない怪物に近付いている様な気がする。

 

(みつ)(なり)君、早くどうにかしなさぁい。あまり陛下と長く居ると、(あたくし)の頭がおかしくなってしまうわぁ……)

 

 ()(りゆう)(いん)でさえ自身の魂を()()げられる感覚に襲われ、此処から逃げたいと願わざるを得なかった。

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