日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十五話『人類解放の聖戦』 序

 十一月二十四日火曜日夜、()(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・アメノミナカヌシ内部「(こう)()(こう)(そう)(かい)(ろう)」。

 二手に分かれ、それぞれ日本国と(こう)(こく)の歴代帝の銅像が見下ろす大廻廊のうち、(こう)(こく)の歴代帝が並ぶ側で、()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)は二人の男を斬り伏せていた。

 

()(どう)……まさかこの(あたくし)を排除する一手をこうも早々に打ってくるとはね……」

 

 刀に付いた血を振り払い、(さや)に収める彼女の脇で鮮血に塗れて倒れ伏すのは、二人の帰化新華族――男爵・(ろう)(ぜん)(えり)(いん)ことエルヴィン=ローゼンベルク、男爵・()(かる)()(しげる)ことジークフリート=エッカートである。

 二人は下級貴族でありながら、幼少期の(じん)(のう)にそれぞれ語学と史学を教授した縁で上級貴族に混じって()(どう)一派に加わっていた者達である。

 つまり、二人は()(りゆう)(いん)を始末する(ため)に送り込まれた侍従長・()(どう)(ひろ)(たか)の刺客であった。

 とはいえ、()(どう)の目的はただ単純に()(りゆう)(いん)を殺害しようというものではない。

 

「こいつらの能力、(あたくし)にとっては中々面倒なものだったわ」

 

 ()(りゆう)(いん)は肩で息をしていた。

 といっても、二人を相手に苦戦した訳ではない。

 戦い自体は、()(りゆう)(いん)の一太刀の下に二人が斬り伏せられてあっさり決着している。

 しかし、二人はそれぞれの能力に()(りゆう)(いん)を捉えることに成功していた。

 

 (ろう)(ぜん)の能力は、身体のエネルギー消費を大幅に増大させるというものである。

 これに()り、()(りゆう)(いん)は一挙手一投足はおろか、基礎代謝だけで膨大な体力を消耗してしまう。

 (しん)()(もつ)てしても()(ろう)(こん)(ぱい)となり、立っていることもままならなかった。

 

 更に、()(かる)()の能力は体内の悪玉菌を活性化させる。

 悪いことに(ろう)(ぜん)の能力によって免疫細胞の活動にも大量のエネルギーを消耗してしまう為、彼女は今や全ての(しん)()を状態の(かい)(ふく)に当てなければならない状態に追い込まれていた。

 

(おそらく二人に、そして()(どう)にも戦闘で(あたくし)を殺すつもりは無かった。ただ、いつ死んでもおかしくない状態に追い込むことで、不慮の事故を装おうというもの)

 

 そう、()(どう)()(りゆう)(いん)(ねい)(しん)と判断し始末しようとしているが、ただ消してしまうと(じん)(のう)の信頼する臣下を独断で除くことになってしまい、不興を買うだろう。

 そこで、二人の能力を使って()(りゆう)(いん)を間接的な死に追い込もうとしたのだ。

 また、帰化新華族という二人の()(じよう)も都合が良かった。

 

(万に一つ二人の仕業と陛下に発覚しても、帰化新華族の暴走ということにすれば日本人を愛する陛下の世界観は守れるという訳ね。()(ざか)しい()()を……)

 

 しかし、()(りゆう)(いん)は不敵な笑みを浮かべる。

 思わぬ相手に追い込まれた()(りゆう)(いん)だったが、彼女の命には遠く及ばないのもまた事実であった。

 ()(りゆう)(いん)には死を限りなく遠ざける「()()(まが)(つひ)」の邪法があり、並大抵のことでは死なないのだ。

 これは()(どう)にとって最大の誤算だろう。

 

「やれやれ、大事な時期だというのにどっと疲れてしまったわぁ……」

『とんだ災難で御座いましたな、(ひめ)(さま)

『あら(みつ)(なり)君、お疲れ様ぁ』

 

 彼女の(のう)()に、仲間である(うる)()(みつ)(なり)が思念を飛ばしてきた。

 

『アメノミナカヌシの解析が完了いたしました』

『思ったよりも早かったわねぇ』

『自力での解析は極めて困難と早々に見切りを付け、最高級の人工知能に解析させました。(もつと)も、最高級の人工知能自体が陛下の手で組まれたものですので、そのままでは禁則事項に引っ掛かってしまい解析は拒否されてしまいましたが、別の人工知能に(ジェイル)(ブレイク)の手段を尋ね、命令文(プロンプト)を組ませました。まあそれも拒否された為、また別の人工知能に(ジェイル)(ブレイク)命令文(プロンプト)を組ませるよう試み……と、何重にも(ジェイル)(ブレイク)を繰り返すのは骨が折れましたがな』

『あー、そういう難しい話は結構よぉ。()(かく)、アメノミナカヌシの制御権を(あたくし)のものにする準備は出来たのねぇ?』

 

 ()(りゆう)(いん)(ゆが)んだ笑みを浮かべた。

 宇宙を創造し、それを利用して世界線の枝を摘み取るという絶大なる力を持つアメノミナカヌシを、自らの思い通りにする――それは(じん)(のう)を出し抜いて日本人を根絶やしにしようとする()(りゆう)(いん)にとって、降って湧いた妙手だった。

 

(いか)()なさいますか、(ひめ)(さま)? 早速、この宇宙の近傍に宇宙を創造し、対消滅させてしまいますか?』

『残念ながら一寸(ちよつと)今は無理ねぇ。(あたくし)が恢復するまで手は出さないでおきましょう。下手に制御権を移したまま放置して、陛下に感付かれでもしたら一巻の終わりだわぁ』

『承知いたしました。それならばもう一つ、アメノミナカヌシとは別に面白い座興を仕掛けることも可能ですぞ』

 

 (うる)()の提案を聞き、()(りゆう)(いん)はおどろおどろしい笑い声を上げた。

 

『良いわねぇ! それならばあの目障りな弟妹を葬る目途が立つわぁ!』

『では、その様に進めます』

『決行は(おお)(みそ)()(やつ)らが反攻に転じる出鼻を(くじ)いてやりましょう。それまで(あたくし)は、(うつ)(とう)しい二人から受けた疲労の恢復に専念する』

(かしこ)まりました、ではお大事に……』

 

 何やら二人は良からぬことを多く(たくら)んでいた。

 最終日、(さき)(もり)(わたる)(うる)()()(こと)はそう(やす)(やす)と最後の戦いに(おもむ)ける訳ではないらしい。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 十二月八日火曜日、運命の日まで残り一箇月を切った。

 

 この日までに日本国は、戦闘能力を持たず命の危険があるとされた数名の(こう)(こく)正統政府閣僚の亡命を()()れ終えた。

 引き渡しは自衛隊機と摂関家連合兵団機との間で行われ、実施の際に連合兵団が(こう)(どう)()(しゆ)(とう)系の正規軍に撃墜されることも(しば)(しば)あり、亡命(かな)わず命を落とした閣僚も何人か居たものの、(おおむ)ね正統政府として活動する人員は日本国に(そろ)ったと言える。

 

 そんな中、二人の男と二人の女が夜の海を眺めていた。

 といっても、彼らは別に男女の関係がある二組ではない。

 ()わば盟友か、(はた)(また)好敵手か、そう言った関係の者達だった。

 

「今回はお疲れ様でした、(あも)()先生」

 

 最年長の(あも)()(よし)(ろう)元総理に頭を下げたのは、(ばん)(どう)(あけ)()――亡き(すめらぎ)(かな)()の元秘書である。

 彼女は今、(すめらぎ)の伝で(あも)()の秘書の一人となっていた。

 

「いやー、本当に助かりましたよー。(ばん)(どう)さんが(あも)()さんの秘書で良かったです」

 

 一仕事終えたといった様子で伸びをするのは(びやく)(だん)(あげ)()である。

 彼女は元々()(しば)(かず)()前総理と懇意にしていたが、今回念には念を押す形で(ばん)(どう)に取り次ぎを頼み、(あも)()と接触したのだ。

 

「ま、こちとら体力には自信があるんでね。こんな(じじい)で良けりゃあいくらでも働かせてもらうぜ」

「いえいえ、そういつまでも(わたし)達年寄りがのさばるものではありませんよ」

 

 皮肉と共に(あも)()にくぎを刺すのはその()(しば)前総理だ。

 彼と(あも)()は本来、あまり関係が良くないと言われている。

 前回下野した際、二人の間に何やら確執が生まれる出来事があったらしい。

 

「そう言いつつ、貴方(アンタ)はまだ総裁への返り咲きを諦めちゃいないんじゃねえか? 総理を経験して随分と(たぬき)になったもんだぜ」

「行政の頂点、あの椅子には人を変えるものがあります。貴方(あなた)()(ぞん)()の通りだ」

 

 ()(しば)の言葉に、(あも)()は小さく笑みを(こぼ)した。

 

(みな)(がわ)総理もそろそろ感じてきたかね。総理大臣だけが抱える『どす黒いまでの孤独』って奴を……」

「まあ、気の毒ではあります。こんな事態、我が党の政治家でも受け止められるかどうか……」

「亡き(さだ)()元総理か、(きぬ)()元総理か、あの二人の胆力なら動じなかったろうがね」

「そういえば(さだ)()さんでしたね、(すめらぎ)さんを我が党に引き入れたのは……」

 

 故・(さだ)()(そう)()元総理――二度目の下野から返り咲き、長期政権を築いた大宰相であるが、四年前、米国が(こう)(こく)に降伏して間も無い時期に急死している。

 彼の功績は多岐に(わた)り、取り分け安全保障分野に関しては絶大であるが、その一つに「(こう)(こく)の事情に詳しい(すめらぎ)奏手を自党に取り立てて重用した」ことがある。

 (さだ)()(あも)()の盟友でもあり、(すめらぎ)も本来はどちらかというと()(ちら)の派閥なのだが、(こう)(こく)という差し迫った危機に際して対立派閥の(きぬ)()()(しば)両政権も彼女を閣僚として迎え入れざるを得なかった。

 

「今回、(おれ)達が手を取り合うことになったのも、(すめらぎ)の縁か……」

「ですね。彼女には悪いことをしてしまった……」

「ああ……」

 

 ()(しば)は選挙に負けて下野した際、その原因を(すめらぎ)の強硬的な法整備のやり方に(みい)()して彼女に激怒したことがある。

 その後彼女が急逝し、()(しば)としては思う(ところ)があったのだろう。

 

「ま、何にせよ(みな)(がわ)総理にはもっと苦しんで、耐えて(もら)わなきゃな。(おれ)達から政権を奪ったんだからよ」

「性格がお悪いですね。だが、言い得て妙でもある。それが出来なければ総理の座になど着くべきではない、(わたし)も思い知りました」

 

 二人はそう言って笑い合った。

 政敵同士が腹を割って話し合う、貴重な絵がそこに在った。

 

「ま、(みな)(がわ)総理も本音では(じん)(のう)に相当頭に来ていたみたいですけどねー」

「そうなんですか?」

「なんだ、訳知り顔だな(びやく)(だん)。詳しく聞かせろよ」

 

 (びやく)(だん)が話に割って入ると、途端に空気が軽くなった。

 こういう所が彼女の才能なのかも知れない。

 

「総理が一番気になさっていたのは、彼を天皇陛下に会わせてしまったことみたいですよ」

「ほう、意外ですね。彼にそういう意識があったとは」

「なんだかんだ、日本人としちゃそこは気になっちまうよな。ま、陛下が(えつ)(けん)した要人が後にやらかした例は過去にもあるし、そんな程度で揺らぐ様な権威じゃねえとは思うがな」

「あの時はこうなるとは思っていなかったでしょうしね。彼も、同じ祖先を持つ遠い遠い親戚として親近感を持っていた様でした。それがこんなことになるなんて、(いま)だに信じられません」

 

 (あも)()()(しば)は溜息を吐いた。

 

「……ま、結局のところ向こうの(じん)(のう)と我が国の天皇陛下が根本的に違うってことが浮き彫りになったってところだろう」

「確かに、そうですね」

「おうよ、当たり前だ。(まか)り間違っても天皇陛下は、皇室ってもんはあんな、異民族を消し去ろうって存在じゃねえよ」

「あれは(かつ)ての我が国とも異質と言えるでしょうね。彼らは異民族との共生・協和……その名目すら持っちゃいない」

 

 そう、二人が看破しているとおり、(しん)(せい)(だい)(にっ)(ぽん)(こう)(こく)は「帝国」ではない。

 彼らには「他民族を取り込む」と言う発想が(ほとん)ど無く、只管(ひたすら)に純化した「日本人」のみでその国家を完結させようとしている。

 極(わず)かな帰化人は存在するが、そんな彼らも含めて「日本人」だけの大連合を、世界線を越えることで実現しようとしている、世界史的にも極めて異質な超大国である。

 (じん)(のう)の存在は、ある意味でその病理の集大成と言えるだろう。

 

「尤も、こっち側の(おれ)達も度し難いもんだとは思わんかね、()(しば)よ」

「と、言いますと?」

(わか)ってんだろ? (さき)(もり)(わたる)(うる)()()(こと)のことだよ」

 

 (あも)()は再び、今度は先程よりも一層大きな溜息を吐いた。

 

「政治的な名目で色々と飾っちゃいるが、結局の所(おれ)達がしたことはあの二人に死にに行けって命じたのと同じだ」

「成程、図らずも敵が『嘗ての我が国』と異質なら、『現在の我が国』は変わっていない同質の業を以て対抗しようとしている、ということですか……」

 

 ()(しば)もまた負けず劣らず大きな溜息を吐いた。

 

「法的な制約がある中、自衛隊に『危険を冒せ、死にに行け』と命じるのは我々安全地帯の政治家だ。だが、そうであって初めて彼らは国家にとって必要な防衛能力たり得る」

「彼()が守るのは(もち)(ろん)、政治家というより国民、国家そのものだ。丸腰の民を殺傷の為の武力と鍛錬を積んだ敵兵の前に差し出さぬよう、()(ちら)側もまた日々訓練を重ねた彼等が前に立たねばならん。だが彼等の統制を維持し、国民国家に壊滅的な厄災を(もたら)さぬ為には、彼らを自在に動かすことのできる我々政治家もまた、弱者である民衆と共に守られていなければならん。仮令(たとえ)我が身()(わい)いがる自身が()()に醜悪に思えようとも、この美しき(みず)()の国を(まも)る為に……」

「戦いを終わらせる人間は最後まで残っていなきゃいけませんからね。指揮官や政治指導者を前線に送ろうなどというのは、平和を(はる)かな彼岸に()()る愚か者の発想です」

「文民統制、ままならねえもんだ。未来ある若い命に比べて、(おれ)達老いぼれの命なんざ、守るべき価値も無かろうに……」

「それは逆に問題発言ではありますがね。マスコミに聞かれていなくて良かったですね」

「へっ、相変わらず面倒臭え野郎だね、貴方(アンタ)も……」

 

 月が水面に映し出されている。

 この空の向こうで、今まさに若者達が命を賭した戦場へ旅立つべく最後の追い込みを続けている。

 

「ところで(びやく)(だん)よ、()()の奴は元気だったかい?」

「ええ、まあいつも通りですよー」

「そうか、そいつは良かった。あいつには(すめらぎ)の後釜として、次の総理を支えて貰わにゃならんからな」

 

 (あも)()は不敵な笑みを浮かべた。

 その()にはまだまだ野心が燃えている。

 そんな政敵の様子に、()(しば)は半ば(あき)れた様に尋ねる。

 

「おや、気が早いですね。次の選挙で政権を奪還出来る当てがあると?」

「あの調子じゃどうせ短命政権だよ。だったら準備させとくさ」

「そういえば、貴方(あなた)達にはまだ有力株の女性が居ましたね。(わたし)としてはあまり面白くありませんが」

(すめらぎ)とどっちかが初の女性総理になるかと思ってたが、こんな形で決着が付くとはな。まあ、(いず)れにせよこっちは既に新体制を見据えてるってこった」

「そう簡単にいくかは(さて)()き、()ずはこの難局を乗り越えなくてはなりませんね」

 

 四人は東の海を見詰めていた。

 この先の(くら)い空から、先の見えない明日が訪れようとしている。

 年が明けるまで、その(こん)(とん)が収まることはないだろう。

 新しい年に如何なる光を見るかは、今この国の者達に託されていた。

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