航と魅琴の鍛錬も後半戦に差し掛かり、それぞれ新たな内容が加わった。
先ず、航の組手相手には三人の六摂家当主が加わった。
甲烏黝・公殿零鳴・丹桐士糸――何れも皇族を除いては皇國の最高戦力であるが、逆に雲野兄妹との融合無しでも彼らと渡り合えるくらいでないと神皇の相手は心許ないことも確かである。
航は十桐綺葉の能力で生み出された小宇宙空間で、三人を代わる代わる相手にしていた。
(丹桐の能力は本体と同じ強さを持った無数の分身を作り出すこと。一人でさえ強い六摂家当主の大軍が一斉に襲い掛かってくる……。根尾さんはよく勝てたな……)
航は次々に襲い掛かる分身の攻撃を凌ぎながら、僅かな隙を突いて光線銃を放つ。
幸いこの武装には、如何に六摂家当主とはいえ一撃で戦闘不能にする威力がある。
だが、丹桐の真骨頂はここからである。
(分身は斃しても斃しても本体に吸収されて逆に本隊を強化してしまう! だったら本体を斃すしか無い! しかし……!)
航は分身の一斉攻撃を紙一重で躱しざま、丹桐の本体を光線砲で撃ち抜いた。
だが、丹桐は喩え本隊を戦闘不能に追い遣っても、その瞬間に「特別な分身」を自動的に作り出して本体機能を移してしまう。
要するに、丹桐は殆ど不死身なのだ。
丹桐の本体が航の背後から、分身が四方八方から襲い掛かる。
だがその瞬間、航は目にも留まらぬ早業で分身を全て撃ち抜き、更に背後の本体も眼を向けぬままに撃ち抜いた。
「くっ、もう見抜きましたか、吾人の能力の弱点を……」
丹桐は再び「特別な分身」を航の懐に作り出し、本体機能を移す。
しかし航は左手に吸引式のモップを形成し、丹桐を吸引して動きを封じた。
そして、右手の光線砲の砲口を丹桐の蟀谷に押し付ける。
一連の動きは、宛ら待ち構えていたかの様だった。
「貴方の能力は一見無敵だが、本体機能を移す瞬間は他の分身の制御を失う。その瞬間、大きな隙が出来る」
「御明察。しかし、ここからどうしますか?」
「別に、どうもしないさ。この状態からなら貴方が動いた瞬間に撃ち殺せる。能力で復活しても、何度でも捕えることが出来る。つまり、既に貴方は詰みだ」
「フン、まあ合格としておいてやりますか……」
丹桐の姿が消えた。
代わって今度は厳格そうな和装の壮年男・公殿零鳴が姿を顕した。
この様に、十桐は航の組手相手を交代で送り込んでくるのだ。
「さあ、次は某が相手だ」
公殿零鳴は駐車場の戦いで死亡した姉・公殿句子に代わって公殿公爵家当主を継いだ男である。
彼もまた、非常に凶悪な能力を持っている。
(過去に触れたことのある物質と状態に体を変化させる能力……!)
彼の術識神為は姉の能力とよく似ている。
液体に変化すれば殆どの攻撃を受け流してしまうし、毒劇物に変化すれば触れた相手を逆に攻撃することも出来る。
そして類い稀なる神為と権力を持つ彼は、極めて入手困難かつ危険な物質にも触れることが出来てしまうのだ。
経験によって能力の脅威度が何千倍にも膨れ上がるその性質は鷹番夜朗にも似ている。
(来るっ!)
そんな公殿が自らの体を変化させる物質、それは人工元素の一つで超天王素元素の一つ・加利福尼素二五二である。
強力な中性子線を自発的に放出する危険な元素で、生産が非常に難しい為、金の数十万倍というとんでもない値が付く恐ろしく高価な金属でもある。
また、中性子線は生物学的影響が極めて大きく、エネルギーが大きい状態で体内に侵入すると細胞や遺伝子を激しく傷付ける。
総じて、巨大な権力と強大な神為を持つ彼でなければ、自ら触れることなど考えられないだろう。
公殿の体が光を放ち、物質が変化する。
加利福尼素二五二に変化してしまうと、航は高エネルギーの中性子線に曝露されてしまう。
航は自らの周囲に防御策を講じた。
但し、形成するのは鏡の障壁――虎駕憲進の能力、ではない。
(僕を守ってくれ! 久住さん!)
航の周囲を巨大な一本の竹が包み込んだ。
公殿への対抗策として、航は久住双葉の植物を生やす能力を選択したのだ。
中性子線を防ぐには水など、水素を多く含む物質で障壁を作る必要がある。
竹は重量のうち七〇~八〇パーセントと、非常に多くの水分を含有するのだ。
(魅琴曰く、竹は成長も早いからな。相手の動きを読んで先回りで植物の障壁を作るとしたら、これしか考えられなかった)
そして、公殿が加利福尼素二五二への変化を維持出来るのはほんの一瞬である。
極めて危険で強力な一撃必殺だが、やり過ごしてしまえば航にとって返しの一撃で沈めるのは容易だった。
竹の内部から撃った光線砲が公殿の蟀谷を掠める。
わざと狙いを外したが、実戦ならば確実に仕留めていた。
「……まあ合格か」
「では、次は儂だな」
公殿と入れ替わる用に、今度は甲烏黝が顕れた。
彼には航と一つの因縁がある。
「言っておくが儂は他の二人の様に甘くはないぞ。貴様には父が煮え湯を飲まされているからな」
「う、そうだった……」
異質な威圧感を放つ甲に対し、航は少々たじろいだ。
彼の父親・甲夢黝は、水徒端早辺子を虐待して航の怒りを買い、成敗されて破滅している。
当然、息子の彼はその事を忘れていなかったらしい。
「では、行くぞ! 覚悟せよ!」
甲の能力は、前後一秒間の時間を操るというものである。
極短い時間ではあるが、止めることも、戻すことも、加速することも、飛ばすことも自由自在なのだ。
六摂家筆頭に相応しい、恐るべき能力ではあるが、二手三手先を読んで詰めていく戦いを繰り返してきた航にとって、攻略出来ない相手ではなかった。
「ぐっ、合格だ……!」
植物の蔓に絡め取られ、四方に鏡を撒かれ、おまけに背後から砲口を突き付けられた甲は、歯噛みしながらも負けを認めた。
(良し!)
確かな手応えに、航は拳を握り締めた。
強くなっている――その実感が湧き上がってくる。
そしてこれこそ、この訓練の狙いであった。
六摂家当主という皇國最高戦力すらも凌ぐことが出来る――その自信を神為の向上に繋げる好循環が、航の中で始まっていた。
「では、ここからは僕が相手をしよう」
「私も参加させてもらうわ」
甲と入れ替わる様に、今度は麗真魅琴・蛟乃神賢智が顕れた。
蛟乃神の言葉通り、ここからは趣向が変わる。
『連携も訓練しておかんとの』
十桐の声が空間に響いた。
そう、ここからは蛟乃神を相手取った仮想神皇戦である。
但し、十桐の能力で小宇宙空間の法則を弄り、魅琴には大きく不利なハンデが課せられる。
実戦の神皇とは比較にならないだろうが、雲野兄妹の神為が借りられない状態で彼を相手にするのは航にとって丁度良い仮想敵になるだろう。
こうして、二人は来たる戦いに向けて残りの日々を只管に追い込んでいった。
⦿⦿⦿
十二月三十一日木曜日、昼――世界はとうとうこの日を迎えた。
航と魅琴、雲野兄妹は最後に一日休養を取り、万全の状態で決戦へと挑もうとしていた。
龍乃神邸の大食堂では、四人の下にこれまで力を尽くしてきた日本国の仲間達や六摂家当主達が集まっている。
「四人とも、ここまで能く準備をしてきてくれた」
「本来ならば皇國の者達で解決すべき問題を、君達の命に委ねてしまい、誠に申し訳ないと思っている」
二人の皇族、蛟乃神賢智と龍乃神深花が、出立する戦士達に謝意を述べた。
やるだけのことをやりきった航や魅琴、雲野兄妹は、生きて帰る見込みが極めて薄い戦いへ赴く身でありながら、どこか晴れやかな顔をしている。
魅琴はともかく、他の三人はこの二箇月で見違える程に力を付けた。
航は今や素の力で六摂家当主に匹敵する戦士に成長したし、雲野兎黄泉は魅琴が先代神皇と戦った時の兄・雲野幽鷹と同等の神為を身に付けている。
また、幽鷹も以前よりも遙かに強大な神為を手に入れており、航と融合すれば彼も神の領域に達するだろう。
つまり、彼らはどうにか神皇と戦う土俵に立つ資格を得ることは叶ったのだ。
「魅琴はどうなんだ? 正直僕達には判らないんだが、強くなった実感はある?」
「そうね。少なくとも、あの時の倍は力を付けたと思うわ」
「そりゃ頼もしいね」
とはいえ、真面に戦っては今の神皇を斃すことなど不可能である。
原理的に、如何なる存在も超えられない「絶対強者」――それを凌駕する秘策は航の手に委ねられているが、それでも微細に満たぬ極小の可能性を掴む賭けになるだろう。
「岬守君、麗真君、幽鷹君、兎黄泉君」
日本国を代表して、根尾弓矢が彼らに声を掛ける。
「恥ずかしいことだが、もう俺から言えることは二つしか無い。世界を頼む。そして、どうか帰ってきてくれ」
「いいえ、根尾さん、今まで何度も助けていただいて、本当にありがとうございました」
航は根尾と固く握手を交わす。
あの喫茶店「金糸雀」で初めて会ったときは、こんな風に信頼関係を築くなどとは夢にも思わなかった。
続いて魅琴もまた、根尾と握手を交わす。
「お世話になりました」
続いて、虻球磨新兒と繭月百合菜も二人を激励する。
「岬守、神皇の野郎に一発、とびっきりの一撃を喰らわせて来い」
「ああ」
「麗真さん、胸を張って行って来なさい」
「はい」
別れを惜しむ彼らだが、出発の予定時刻は刻一刻と迫っている。
四人はこの後、十五時に超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコで神児島州は胤子島「常立研究所」へと出発する。
その後、赤道直下のこの地から静止軌道上の無窮為動機神体・アメノミナカヌシを目指し、十五時半に西向きの上空へ飛び出す。
到達まで約六時間を費やし、二十一時半にアメノミナカヌシ内部へと侵入する。
「既に、蛟乃神殿下に『金色の機体』の再生をお願いし、甲邸跡地に直靈彌玉の準備が出来ておる。出発の三十分前に呼ぶから、それまで思い残すことが無いように過ごすとええ」
十桐綺葉が航と魅琴に笑い掛けた。
呼び出しが十四時半とすると、あと二時間余裕が残されている。
「じゃあ魅琴、一寸中庭の方へ行こうか」
「良いわよ」
気を利かせた十桐だったが、二人は昨日一日の休みで既に悔いを残していなかった。
⦿⦿⦿
中庭へ向かう廊下で、航と魅琴は一人の女と出くわした。
スタンダードなメイド服を身に纏い、刀を佩いた長身の女は、厳しい表情の裏に幾多の言葉と感情を押し込めているかの様だ。
「敷島さん……」
魅琴は彼女の今の名を呟いた。
神皇・獅乃神叡智の元近衛侍女・敷島朱鷺緒。
一度は叛逆者の路に奔りながら、当時の第一皇子であった獅乃神の絶望的な力に屈服し、以後ずっと彼好みの凛とした武人肌の忠臣を演じつつ、その実、主をずっと心地良い夢の中に微睡ませようと顔色を窺い機嫌を取り続けた女である。
「水徒端……早芙子さん……」
航は彼女が棄てた過去の名を呟いた。
航が最初に皇國で心を通わせた恩人、水徒端早辺子の姉・早芙子。
早辺子曰く、姉妹はあれからまだ一言も言葉も交わしていないという。
彼女の後ろめたい胸中を思えば、無理からぬことに思えた。
そんな彼女はどういう訳か、眉間に皺を寄せて憎々し気に二人を見下ろしている。
一八〇糎を超える彼女は二人の何れよりも背が高い。
「ずっと抑えていた……。言いたいことがあった……」
彼女は怒りを宿した手を震わせ、今にも抜刀しそうな風情で柄を握り締めていた。