日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十五話『人類解放の聖戦』 破

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)の鍛錬も後半戦に差し掛かり、それぞれ新たな内容が加わった。

 

 先(ま)ず、航(わたる)の組手相手には三人の六摂家当主が加わった。

 甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)・公(く)殿(でん)零(ふる)鳴(なり)・丹(に)桐(どう)士(あき)糸(つら)――何(いず)れも皇族を除いては皇(こう)國(こく)の最高戦力であるが、逆に雲(くも)野(の)兄妹との融合無しでも彼らと渡り合えるくらいでないと神(じん)皇(のう)の相手は心(こころ)許(もと)ないことも確かである。

 航(わたる)は十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)の能力で生み出された小宇宙空間で、三人を代わる代わる相手にしていた。

 

(丹(に)桐(どう)の能力は本体と同じ強さを持った無数の分身を作り出すこと。一人でさえ強い六摂家当主の大軍が一斉に襲い掛かってくる……。根(ね)尾(お)さんはよく勝てたな……)

 

 航(わたる)は次々に襲い掛かる分身の攻撃を凌(しの)ぎながら、僅(わず)かな隙を突いて光線銃を放つ。

 幸いこの武装には、如(い)何(か)に六摂家当主とはいえ一撃で戦闘不能にする威力がある。

 だが、丹(に)桐(どう)の真骨頂はここからである。

 

(分身は斃(たお)しても斃しても本体に吸収されて逆に本隊を強化してしまう! だったら本体を斃すしか無い! しかし……!)

 

 航(わたる)は分身の一斉攻撃を紙一重で躱(かわ)しざま、丹(に)桐(どう)の本体を光線砲で撃ち抜いた。

 だが、丹(に)桐(どう)は喩(たと)え本隊を戦闘不能に追(お)い遣(や)っても、その瞬間に「特別な分身」を自動的に作り出して本体機能を移してしまう。

 要するに、丹(に)桐(どう)は殆(ほとん)ど不死身なのだ。

 

 丹(に)桐(どう)の本体が航(わたる)の背後から、分身が四方八方から襲い掛かる。

 だがその瞬間、航(わたる)は目にも留(とど)まらぬ早(はや)業(わざ)で分身を全て撃ち抜き、更に背後の本体も眼(め)を向けぬままに撃ち抜いた。

 

「くっ、もう見抜きましたか、吾(ご)人(じん)の能力の弱点を……」

 

 丹(に)桐(どう)は再び「特別な分身」を航(わたる)の懐に作り出し、本体機能を移す。

 しかし航(わたる)は左手に吸引式のモップを形成し、丹(に)桐(どう)を吸引して動きを封じた。

 そして、右手の光線砲の砲口を丹(に)桐(どう)の蟀谷(こめかみ)に押し付ける。

 一連の動きは、宛(さなが)ら待ち構えていたかの様だった。

 

「貴方(アンタ)の能力は一見無敵だが、本体機能を移す瞬間は他の分身の制御を失う。その瞬間、大きな隙が出来る」

「御明察。しかし、ここからどうしますか?」

「別に、どうもしないさ。この状態からなら貴方(アンタ)が動いた瞬間に撃ち殺せる。能力で復活しても、何度でも捕えることが出来る。つまり、既に貴方(アンタ)は詰みだ」

「フン、まあ合格としておいてやりますか……」

 

 丹(に)桐(どう)の姿が消えた。

 代わって今度は厳格そうな和装の壮年男・公(く)殿(でん)零(ふる)鳴(なり)が姿を顕(あらわ)した。

 この様に、十(とお)桐(どう)は航(わたる)の組手相手を交代で送り込んでくるのだ。

 

「さあ、次は某(それがし)が相手だ」

 

 公(く)殿(でん)零(ふる)鳴(なり)は駐車場の戦いで死亡した姉・公(く)殿(でん)句(ふし)子(こ)に代わって公(く)殿(でん)公爵家当主を継いだ男である。

 彼もまた、非常に凶悪な能力を持っている。

 

(過去に触れたことのある物質と状態に体を変化させる能力……!)

 

 彼の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)は姉の能力とよく似ている。

 液体に変化すれば殆どの攻撃を受け流してしまうし、毒劇物に変化すれば触れた相手を逆に攻撃することも出来る。

 そして類(たぐ)い稀(まれ)なる神(しん)為(い)と権力を持つ彼は、極めて入手困難かつ危険な物質にも触れることが出来てしまうのだ。

 経験によって能力の脅威度が何千倍にも膨れ上がるその性質は鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)にも似ている。

 

(来るっ!)

 

 そんな公(く)殿(でん)が自らの体を変化させる物質、それは人工元素の一つで超天(ウ)王(ラ)素(ン)元素の一つ・加(カ)利(リ)福(ホル)尼(ニ)素(ウム)二(2)五(5)二(2)である。

 強力な中性子線を自発的に放出する危険な元素で、生産が非常に難しい為(ため)、金の数十万倍というとんでもない値が付く恐ろしく高価な金属でもある。

 また、中性子線は生物学的影響が極めて大きく、エネルギーが大きい状態で体内に侵入すると細胞や遺伝子を激しく傷付ける。

 総じて、巨大な権力と強大な神(しん)為(い)を持つ彼でなければ、自ら触れることなど考えられないだろう。

 

 公(く)殿(でん)の体が光を放ち、物質が変化する。

 加(カ)利(リ)福(ホル)尼(ニ)素(ウム)二(2)五(5)二(2)に変化してしまうと、航(わたる)は高エネルギーの中性子線に曝(ばく)露(ろ)されてしまう。

 航(わたる)は自らの周囲に防御策を講じた。

 但し、形成するのは鏡の障壁――虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の能力、ではない。

 

(僕(ぼく)を守ってくれ! 久(く)住(ずみ)さん!)

 

 航(わたる)の周囲を巨大な一本の竹が包み込んだ。

 公(く)殿(でん)への対抗策として、航(わたる)は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の植物を生やす能力を選択したのだ。

 中性子線を防ぐには水など、水素を多く含む物質で障壁を作る必要がある。

 竹は重量のうち七〇~八〇パーセントと、非常に多くの水分を含有するのだ。

 

(魅(み)琴(こと)曰(いわ)く、竹は成長も早いからな。相手の動きを読んで先回りで植物の障壁を作るとしたら、これしか考えられなかった)

 

 そして、公(く)殿(でん)が加(カ)利(リ)福(ホル)尼(ニ)素(ウム)二(2)五(5)二(2)への変化を維持出来るのはほんの一瞬である。

 極めて危険で強力な一撃必殺だが、やり過ごしてしまえば航(わたる)にとって返しの一撃で沈めるのは容易だった。

 竹の内部から撃った光線砲が公(く)殿(でん)の蟀谷(こめかみ)を掠(かす)める。

 わざと狙いを外したが、実戦ならば確実に仕留めていた。

 

「……まあ合格か」

「では、次は儂(わし)だな」

 

 公(く)殿(でん)と入れ替わる用に、今度は甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)が顕れた。

 彼には航(わたる)と一つの因(いん)縁(ねん)がある。

 

「言っておくが儂(わし)は他の二人の様に甘くはないぞ。貴様には父が煮え湯を飲まされているからな」

「う、そうだった……」

 

 異質な威圧感を放つ甲(きのえ)に対し、航(わたる)は少々たじろいだ。

 彼の父親・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)は、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)を虐待して航(わたる)の怒りを買い、成敗されて破滅している。

 当然、息子の彼はその事を忘れていなかったらしい。

 

「では、行くぞ! 覚悟せよ!」

 

 甲(きのえ)の能力は、前後一秒間の時間を操るというものである。

 極短い時間ではあるが、止めることも、戻すことも、加速することも、飛ばすことも自由自在なのだ。

 六摂家筆頭に相(ふ)応(さわ)しい、恐るべき能力ではあるが、二手三手先を読んで詰めていく戦いを繰り返してきた航(わたる)にとって、攻略出来ない相手ではなかった。

 

「ぐっ、合格だ……!」

 

 植物の蔓(つる)に絡め取られ、四方に鏡を撒(ま)かれ、おまけに背後から砲口を突き付けられた甲(きのえ)は、歯(は)噛(が)みしながらも負けを認めた。

 

(良し!)

 

 確かな手応えに、航(わたる)は拳を握り締めた。

 強くなっている――その実感が湧き上がってくる。

 そしてこれこそ、この訓練の狙いであった。

 六摂家当主という皇(こう)國(こく)最高戦力すらも凌ぐことが出来る――その自信を神(しん)為(い)の向上に繋(つな)げる好循環が、航(わたる)の中で始まっていた。

 

「では、ここからは僕(ぼく)が相手をしよう」

「私(わたし)も参加させてもらうわ」

 

 甲(きのえ)と入れ替わる様に、今度は麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)が顕れた。

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の言葉通り、ここからは趣向が変わる。

 

『連携も訓練しておかんとの』

 

 十(とお)桐(どう)の声が空間に響いた。

 そう、ここからは蛟(みずち)乃(の)神(かみ)を相手取った仮想神(じん)皇(のう)戦である。

 但し、十(とお)桐(どう)の能力で小宇宙空間の法則を弄(いじ)り、魅(み)琴(こと)には大きく不利なハンデが課せられる。

 実戦の神(じん)皇(のう)とは比較にならないだろうが、雲(くも)野(の)兄妹の神(しん)為(い)が借りられない状態で彼を相手にするのは航(わたる)にとって丁度良い仮想敵になるだろう。

 

 こうして、二人は来たる戦いに向けて残りの日々を只管(ひたすら)に追い込んでいった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 十二月三十一日木曜日、昼――世界はとうとうこの日を迎えた。

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)、雲(くも)野(の)兄妹は最後に一日休養を取り、万全の状態で決戦へと挑もうとしていた。

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸の大食堂では、四人の下にこれまで力を尽くしてきた日本国の仲間達や六摂家当主達が集まっている。

 

「四人とも、ここまで能(よ)く準備をしてきてくれた」

「本来ならば皇(こう)國(こく)の者(しや)達で解決すべき問題を、君達の命に委ねてしまい、誠に申し訳ないと思っている」

 

 二人の皇族、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)と龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)が、出立する戦士達に謝意を述べた。

 やるだけのことをやりきった航(わたる)や魅(み)琴(こと)、雲(くも)野(の)兄妹は、生きて帰る見込みが極めて薄い戦いへ赴(おもむ)く身でありながら、どこか晴れやかな顔をしている。

 

 魅(み)琴(こと)はともかく、他の三人はこの二箇月で見違える程に力を付けた。

 航(わたる)は今や素の力で六摂家当主に匹敵する戦士に成長したし、雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)は魅(み)琴(こと)が先代神(じん)皇(のう)と戦った時の兄・雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と同等の神(しん)為(い)を身に付けている。

 また、幽(ゆ)鷹(たか)も以前よりも遙(はる)かに強大な神(しん)為(い)を手に入れており、航(わたる)と融合すれば彼も神の領域に達するだろう。

 つまり、彼らはどうにか神(じん)皇(のう)と戦う土俵に立つ資格を得ることは叶(かな)ったのだ。

 

「魅(み)琴(こと)はどうなんだ? 正直僕(ぼく)達には判(わか)らないんだが、強くなった実感はある?」

「そうね。少なくとも、あの時の倍は力を付けたと思うわ」

「そりゃ頼もしいね」

 

 とはいえ、真(まと)面(も)に戦っては今の神(じん)皇(のう)を斃すことなど不可能である。

 原理的に、如何なる存在も超えられない「絶対強者」――それを凌(りよう)駕(が)する秘策は航(わたる)の手に委ねられているが、それでも微細に満たぬ極小の可能性を掴(つか)む賭けになるだろう。

 

「岬(さき)守(もり)君、麗(うる)真(ま)君、幽(ゆ)鷹(たか)君、兎(と)黄(よ)泉(み)君」

 

 日本国を代表して、根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)が彼らに声を掛ける。

 

「恥ずかしいことだが、もう俺から言えることは二つしか無い。世界を頼む。そして、どうか帰ってきてくれ」

「いいえ、根(ね)尾(お)さん、今まで何度も助けていただいて、本当にありがとうございました」

 

 航(わたる)は根(ね)尾(お)と固く握手を交わす。

 あの喫茶店「金(かな)糸(り)雀(や)」で初めて会ったときは、こんな風に信頼関係を築くなどとは夢にも思わなかった。

 続いて魅(み)琴(こと)もまた、根(ね)尾(お)と握手を交わす。

 

「お世話になりました」

 

 続いて、虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)も二人を激励する。

 

「岬(さき)守(もり)、神(じん)皇(のう)の野郎に一発、とびっきりの一撃を喰(く)らわせて来い」

「ああ」

「麗(うる)真(ま)さん、胸を張って行って来なさい」

「はい」

 

 別れを惜しむ彼らだが、出発の予定時刻は刻一刻と迫っている。

 四人はこの後、十五時に超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコで神(か)児(ご)島(しま)州は胤(たね)子(が)島(しま)「常(とこ)立(たち)研究所」へと出発する。

 その後、赤道直下のこの地から静止軌道上の無窮為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシを目指し、十五時半に西向きの上空へ飛び出す。

 到達まで約六時間を費やし、二十一時半にアメノミナカヌシ内部へと侵入する。

 

「既に、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下に『金(こん)色(じき)の機体』の再生をお願いし、甲(きのえ)邸跡地に直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の準備が出来ておる。出発の三十分前に呼ぶから、それまで思い残すことが無いように過ごすとええ」

 

 十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)が航(わたる)と魅(み)琴(こと)に笑い掛けた。

 呼び出しが十四時半とすると、あと二時間余裕が残されている。

 

「じゃあ魅(み)琴(こと)、一寸(ちよつと)中庭の方へ行こうか」

「良いわよ」

 

 気を利かせた十(とお)桐(どう)だったが、二人は昨日一日の休みで既に悔いを残していなかった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 中庭へ向かう廊下で、航(わたる)と魅(み)琴(こと)は一人の女と出くわした。

 スタンダードなメイド服を身に纏(まと)い、刀を佩(は)いた長身の女は、厳しい表情の裏に幾多の言葉と感情を押し込めているかの様だ。

 

「敷(しき)島(しま)さん……」

 

 魅(み)琴(こと)は彼女の今の名を呟(つぶや)いた。

 神(じん)皇(のう)・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)の元近衛侍女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)。

 一度は叛(はん)逆(ぎやく)者の路(みち)に奔(はし)りながら、当時の第一皇子であった獅(し)乃(の)神(かみ)の絶望的な力に屈服し、以後ずっと彼好みの凛(りん)とした武人肌の忠臣を演じつつ、その実、主をずっと心地良い夢の中に微(ま)睡(どろ)ませようと顔色を窺(うかが)い機嫌を取り続けた女である。

 

「水(み)徒(と)端(はた)……早(そ)芙(う)子(こ)さん……」

 

 航(わたる)は彼女が棄(す)てた過去の名を呟いた。

 航(わたる)が最初に皇(こう)國(こく)で心を通わせた恩人、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)の姉・早(そ)芙(う)子(こ)。

 早(さ)辺(え)子(こ)曰く、姉妹はあれからまだ一言も言葉も交わしていないという。

 彼女の後ろめたい胸中を思えば、無理からぬことに思えた。

 

 そんな彼女はどういう訳か、眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せて憎々し気に二人を見下ろしている。

 一八〇糎(センチ)を超える彼女は二人の何れよりも背が高い。

 

「ずっと抑えていた……。言いたいことがあった……」

 

 彼女は怒りを宿した手を震わせ、今にも抜刀しそうな風情で柄を握り締めていた。

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