十四時五十分、甲邸跡地。
出撃の時を控えた岬守航・麗真魅琴・雲野幽鷹・雲野兎黄泉は、超級為動機神体の格納庫跡でカムヤマトイワレヒコの球形操縦室「直靈彌玉」を前にしていた。
これから蛟乃神賢智の手で機体を再生すると、耐宇宙装甲に改造されたカムヤマトイワレヒコが初のお披露目になるだろう。
「愈々だな、魅琴」
「ええ。航、覚悟は出来ているわよね?」
「勿論さ。それに、一つ思い出したことがある」
航は拳を握り締めた。
「虻球磨の奴に、神皇に一発かませって言われたけど、僕の方にもそうしなきゃいけない理由があったよ」
「あら、彼と貴方の間に何かあったかしら?」
「何かあったも何も……!」
航の額に青筋が浮かぶ。
平時の彼には珍しく、酷く怒っていた。
そう、彼には一つ、神皇がどうしても許せないことがある。
「あいつは僕から君を盗ろうとしたんだ! 僕にとって何よりも許せない暴挙だ! 絶対にぶちのめしてやる!」
一人で盛り上がる航を横目に、魅琴は呆れた様子で溜息を吐いた。
「それは貴方が十五年も『好き』の一言すら出せなかったどうしようも無いヘタレだからでしょう。これに限っては彼に罪は無いわよ」
「ある! 僕はNTRものの間男は無残に殺されるべきだと思っている! SとMの関係は強い信頼に依って成立するもので、それを踏み躙る輩には目に物見せてやらなくてはならない! 嗤われるのも莫迦にされるのも軽蔑されるのも心を許しているからこそ受け容れられるんであって、その前提を穢されるのは違う! Mにこそ『舐められたら殺す』の精神が必要なんだ!」
「前提として、あの頃だと貴方のはNTRじゃなくてBSSでしょう」
「BSSはNTRの一部だよ。何を言っているんだ?」
「言い切ったわね。そういえば貴方って偶々相手と両片想いだっただけのストーカーだったわ」
「ありがとう。その冷たい眼がゾクゾク来るよ」
「この変態が。彼の求婚を受けなかったのは失敗だったかも知れないわね」
「またまた、ご冗談を」
航は思わずほんの少しの笑みを溢した。
「君があの男に靡く器な訳ないだろう。君は正真正銘のサディストだ。ザッヘル=マゾッホ曰く、相手の強さによって出したり引っ込めたりするのは本当のサディズムじゃない」
「絶対マゾッホそんなこと言ってないでしょう」
「言ったんだよ、知らないのかい?」
「あのなあ、君達……」
見かねてか、龍乃神深花が止めに口を挟んだ。
「イチャ付く時間は充分与えたつもりだったんだが?」
「すみません殿下、この莫迦が訳の解らないことを言って」
とは言いつつ、龍乃神も蛟乃神も顔から程良く力が抜けている。
最後に送り出す上で明るく冗談を言い合う二人を見ることが出来て、気持ちが楽になっただろう。
「じゃあイチャイチャ序でに真面目に言うと、君があの男に奔る様な人間なら死を前提に戦いを挑んだりはしないさ。あの時も、これからもね」
「フ、成程ね……。ま、そう考えると貴方の言うとおりかも知れないわね。確かに私は誰にも平伏しない」
二人は互いの絆を確かめ合う様に微笑み合った。
覚悟は有る、後悔は無い。
これから彼らは、死を前提にした戦いに赴くのだ。
「魅琴、今度は独りでは行かせないからな」
「ええ、一緒に行きましょう。貴方と私、二人で世界の畢りまでも」
そんな二人を微笑みながら一瞥し、蛟乃神が直靈彌玉の前へ出た。
神為を与え、機体を再生させる時が来たという訳だ。
「では、再生させよう。改造後の姿を見たことがあるのは僕だけだったね。刮目すると良い。これが世界の命運を託される巨神の威容だ!」
しかし、その時だった。
彼らの許へ、慌てた様子の六摂家当主四人が姿を顕した。
「大変です、蛟乃神殿下! すぐに皇宮へお向かいください!」
焦燥に駆られた十桐綺葉が蛟乃神に駆け寄る。
「一体どうしたと言うんだ、十桐?」
「神為が……皇宮から皇國全土への神為供給が止まってしまいましたのじゃ!」
「なんだって!?」
出撃を前にしてアクシデントに見舞われた彼らに緊張が奔った。
現在でも皇國社会の要となる神為供給は皇宮にある「宇気比の間」から送られているが、神皇が静止軌道上のアメノミナカヌシへ移ってからはアメノミナカヌシから送られる神為を一旦皇宮で受け、それから自動で全土へ送られている。
今、皇宮でその機構の監視と保守を担っているのは紫桐一派の青華家貴族から二名、玖我麟子と花鳥院夢春の両侯爵である。
「玖我と花鳥院が止めたのか? それともアメノミナカヌシからの神為供給が止まったのか? 何方にせよ、このままでは皇國が大変なことになる……」
蛟乃神は皇宮の方角を一瞥、また直靈彌玉を一瞥と、二つへ交互に眼を迷わせていた。
龍乃神が神為を失っている以上、彼が対応しなければ皇國は全国的な停電に見舞われ、その電力で維持されている多くが破綻して甚大な被害が生じる。
例えば、全ての医療器具が止まってしまうと入院患者等の生命が失われるだろう。
かと言って、彼がこの場を離れてしまうと航達が出撃出来ない。
「神為を皇國全土へ供給することは出来る。でもかなりの神為を消耗してしまう。超級為動機神体を再生した上でとなると、おそらく完全に底を突く。今日一日、事が終わるまで力を失った無防備な状態で居なければならないことに……」
「賢智!」
一喝したのは姉の龍乃神だ。
「躊躇っている場合か! それしかないならそうするしかない! 無防備結構! この時の為にみんなの協力を仰いだんじゃなかったのか!」
「……そうだね。覚悟を決めるしか無い。みんなを信じ、命を預ける覚悟を……!」
蛟乃神は再び直靈彌玉に手を翳した。
球体が眩い光を放ち、全高二十八米の人型に姿を変えていく。
「おおっ、これが……!」
航は興奮を抑えられず声を漏らした。
基本的には今までの超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコと変わらない。
しかし装甲が厚くなった為か、全体的に逞しくなっている。
そしてそれ以上に、全身の輝く金色から迸る威厳と迫力が大きく増していた。
「さあ、再生は完了した! 耐宇宙装甲を施されたこの機体は性能もまた大きく向上させている! 謂わば『超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ改』!」
「ならばこういう通称はどうかしら」
魅琴が一歩前へ出た。
『皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコ』
今、新たなる航の愛機がその全容を顕した。
⦿⦿⦿
無窮為動機神体・アメノミナカヌシ中央制御室「高御座の間」、玉座の神皇の側には二人の男女が控えていた。
近衛侍女・貴龍院皓雪と侍従長・紫桐玄貴である。
更に、其処へ続く皇祖皇宗の廻廊には二人の配下や同志が敵襲に備えていた。
神瀛帯熾天王の一人・閏閒三入のもそんな者達の一人である。
『媛様、既にいつでも準備は整っております』
貴龍院の脳内に閏閒が通信してきた。
彼はこの最終日、岬守航や麗真魅琴が最後の出撃を迎える寸前にそれを妨害すべく、一つの手を打っている。
貴龍院は白い歯を見せて笑い、閏閒に命じる。
『やりなさい、三入君。陛下に刃向かえるなどと思い上がっているお莫迦さん達の出鼻を挫いてやるのよぉ』
『承知いたしました。では、受給を遮断いたします』
程無くして、紫桐に一本の電話が入る。
「玖我卿、どうした?」
紫桐一派の紅一点、侯爵・玖我麟子からだ。
皇國でも六摂家に次ぐ家格を持つ「青華家」は紫桐の同志に四人の侯爵が名を並べているが、その内彼女と花鳥院夢春は皇道保守黨による皇國の内政を補助する為に皇宮に控えているのだ。
紫桐の下に、その玖我から緊急の連絡が入った。
「何? それは本当か?」
紫桐は眉根を寄せ、貴龍院を一瞥した。
玖我の連絡は神皇にとって、そして皇國にとって一大事である。
澄ましながらも邪悪な笑みを湛える彼女が、何か良からぬことをしたことは間違い無い。
「解った、陛下には私から伝える。其方は花鳥院卿と共に壬生殿と合流し、逆賊共の叛乱に備えてくれ」
一先ず、紫桐は事態の収束を図る。
「紫桐よ、何かあったか?」
「は、畏れながら申し上げます」
紫桐は一瞬、この機に貴龍院のことを諫言するか迷った。
神皇の大望にとってこの女は孰れ大きな憂いとなるだろう。
しかし、やはりそれは出来ない。
楼染襟印・絵駈都繁の両帰化男爵による暗殺が失敗に終わった今では、貴龍院に対して若干の政治的優位を許してしまっている。
(これが終われば愈々貴龍院との争いが本格化する。今の内に次の手を考えておかなくては……)
そんな訳で、紫桐は貴龍院排除を諦めた訳ではないが、今はただ神皇にありのままを伝えるのみだ。
「皇宮の玖我卿より、つい今し方よりアメノミナカヌシからの神為供給が止まってしまった、と」
「何? どういうことだ。アメノミナカヌシには既に今日までの皇國に必要な神為の十倍を蓄積し、皇宮は『宇気比の間』へと自動で供給されるようにしてあるのだ。神為は皇國社会の要、アメノミナカヌシの制御に関する防御も其処は特に厳重に固めてある」
「そうよぉ。何か失敗を隠す為にそう言っているに違い無いわぁ」
眉間に皺を寄せる紫桐と、勝ち誇る貴龍院の視線が交錯する。
(白々しい女め。しかし証拠が無いまま告発することも出来ん)
とはいえ、神皇は紫桐の報告に聞く耳を持たない程愚かではない。
「或いは受信側の皇宮で何か不具合があったのかも知れんな。俺は此処を離れる訳には行かぬ以上、誰かに点検・復帰を委ねねばなるまい」
「それならば三入君にやらせましょう。彼はこういうのに詳しいですわ」
貴龍院の言葉で紫桐は凡その事態を察した。
間違い無くこれは貴龍院の配下・閏閒三入の仕業だ。
ならば、その張本人に任せるなど愚の骨頂である。
「陛下、玖我卿は私を手伝ってくれているのです。ですからこの場は私が皇宮へ向かい、対応いたしましょう」
「そうか。汝に出来るか?」
「はい。宇気比の間に置かれている神為供給装置の構造は侍従長着任時に全て把握しましたので」
貴龍院の表情から笑みが消えた。
やはり間違い無く彼女が何かをやったのだ。
神皇に閏閒を指名させようとしたのは、事態を解決させない為か。
(何方にせよ、私には地上でやることがある。今の内に戻っても問題あるまい)
彼は最初からアメノミナカヌシの防衛に参加するつもりなど無かった。
どうにか理由を付けて持ち場を離れるつもりだったが、貴龍院は格好のそれを与えた形になる。
「それは頼もしいな。では紫桐、任せたぞ」
「は、行って参ります」
紫桐は神皇に一礼すると、貴龍院を一瞥し、二人の許を去って行った。
⦿⦿⦿
十五時過ぎ、龍乃神邸に残っていた皇國正統政府の面々は慌ただしく動き始めていた。
皇宮からの神為供給が途絶えたとの報を受け、蛟乃神賢智を皇宮へ移す必要に駆られた為、彼らもまた拠点を皇宮に移そうとしているのだ。
「良いんでしょうか、私達なんかが皇宮に足を踏み入れて……」
混乱しているのは、正統政府と行動を共にしている新華族令嬢達だ。
鬼獄東風美・枚辻埜愛瑠・別府幡黎子の三名は、これまで皇宮に招かれたことなど一度も無い。
如何に貴族といえど、彼女達にとって今から行こうとしている場所は別世界だった。
「気後れしている場合ではありません。今はまだ全国で予備電源が動いていますが、四半日もすれば停止してしまうでしょう。それまでに事態が解決しなければ大惨事になる!」
その中でも、皇族の侍女を経験しているだけあって水徒端早辺子は肝が据わっていた。
彼女の脇では、姉の敷島朱鷺緒――水徒端早芙子もまた刀を手に鋭い眼光を湛えている。
「皇宮には今、青華家の華族が控えている筈だ。場合によっては戦闘になるかも知れん。心して行くぞ」
「姉さん……!」
「早辺子、後で話がある。だが今は事態の解決に全力で臨むぞ」
「はい!」
彼女達は続々と龍乃神邸の門から出て行く。
そんな令嬢達に続き、日本国の面々も皇宮を目指す。
「岬守君・麗真君……頼んだぞ」
根尾弓矢は空を見上げて呟いた。
航達のアメノミナカヌシ到着予定時刻は二十二時、約七時間後である。