皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコが大気圏を離脱して数時間が経過しようとしていた。
星の光が微かな燦めきを鏤める闇の中、岬守航は遂に目標の無窮為動機神体
・アメノミナカヌシを視認した。
「見えた!」
「とうとう来たわね」
「ああ。後は限界まで寄せて着陸するだけだ」
航は微かな点の如きその球体へ向けて、カムヤマトイワレビコを加速させる。
アメノミナカヌシは直径八一二八米という、カムヤマトイワレビコと比較すると実に二九〇倍にもなる巨大な機体である。
それは最早小規模な天体と言っても過言ではない。
「さァて、どんな手で来る?」
航達にはまだ懸念が残されていた。
このままアメノミナカヌシがすんなりと着陸を許し、内部へ侵入させてくれるとは思えない。
敵がどんな手を使ってくるか定かではないが、必ず妨害してくる筈だ。
推論の一つに、アメノミナカヌシには自身の万有引力を操作する機能があるのではないか、という予想がある。
また、世界中に突如為動機神艦を出現させたことから、一気に大戦力を展開してくるかも知れない。
何れにせよ、航は何らかの試練を乗り越えなくてはならないだろう。
星屑の中を進むにつれ、アメノミナカヌシが少しずつ大きく見えるようになってきた。
しかし同時に、航は恐るべきものを認めた。
「航」
「ああ、そう来たか……!」
アメノミナカヌシには、土星や木星の輪の様な衛星の集団が纏わり付いていた。
それは回転軸を目紛るしくずらしながら、物凄い回転数で公転している。
宛ら、自動で動く屑星の防御シールドである。
「躱し切れる?」
「余裕だと思う。でも、どうもそれだけじゃなさそうだ……」
接近しつつ、航は考える。
果たしてあれは、ただの屑星なのだろうか。
神皇は航を苦しめた三機の特別機を作った程の人物である。
おそらくは彼の肝煎りで作られたであろうアメノミナカヌシの防衛が、生温いものである筈が無い。
「とはいえ、ビビっているだけじゃ話にならないよな」
航はカムヤマトイワレビコの速度を更に上げた。
目標に接近するにつれ、公転する屑星の正体が見えてきた。
「あれは……弐級為動機神体?」
大量の弐級が一斉に此方を向いた。
嫌な予感がする。
あれがただの弐級ではないとすれば、航は苦い経験を思い出さずにはいられない。
「チッ、やっぱりかよ……!」
大量の弐級は、火花放電しつつ小刻みに震え始めた。
この動き、航は知っている。
松笠を拡げるように体積を増していく弐級――それらは超級以上に巨大な機体へと変貌しようとしていた。
そう、この動きは嘗て極級為動機神体・タカミムスビが放った弐級が、その色違いの機体である原級為動機神体・ウマシアシカビヒコヂに変形したものと同じだった。
「あの時よりも遥かに多い……。全く、嫌になるね」
航はカムヤマトイワレビコの手に日本刀様の切断ユニットを持たせた。
敵は全高三十六米の巨体を持つ為動機神体の大軍である。
それらは一斉に此方へ向かってきた、というよりも流れてきた。
アメノミナカヌシの周囲には新たな弐級が召喚され、変わらず猛スピードで公転し続ける弐級の輪を纏う。
「おまけに増援も湧くのか。あんなの相手にしていられないぞ……」
航は思い出す。
ウマシアシカビヒコヂにはタカミムスビ同様、此方の動きを超重力で封じた上で回避不能の超破壊光線砲「天鳴砲」を撃ってくる機能がある。
この数にそれをやられると、幾ら何でも一溜まりも無いだろう。
とその時、後部座席の麗真魅琴が信じられないことを言い出した。
「航、私が行くわ。ハッチを開けなさい」
「は?」
航は一瞬、魅琴が何を言っているのか理解出来なかった。
おかしなことは沢山あるが、何より機外は宇宙空間なのだ。
操縦室「直靈彌玉」の中に居る誰も宇宙服など身に着けていないし、備え付けも無い。
「……流石に正気か?」
「良いから言うとおりにしなさい。まさか私の命令が聞けないとは言わないわよね?」
魅琴の声には有無を言わさぬ迫力があった。
此程確信に満ちた調子で「命令」されると、航には逆らうことが出来ない。
とはいえ、抵抗は拭えない。
(確か、生身の人間が宇宙空間で意識を保てるのは十秒程度だった筈)
航は鍛錬の日々を送る中、ふと興味本位でこの様なことを調べていた。
仮にカムヤマトイワレヒコを耐宇宙装甲に改造しないまま宇宙に出ると、その環境の感覚が直接操縦士に伝わると聞き、それがどの程度苛酷なのか知りたいと思ったのだ。
生身の人間が宇宙空間に出てしまうと、先ず数秒で体表や粘膜の体液が沸騰して蒸発する。
極端な低気圧下に曝されることで、水の沸点が体温を下回るからだ。
ただ、血管や細胞など、体内の水分はこの時点では圧力が保たれる為、すぐには気化しない。
またこの時、当然呼吸は出来なくなる訳だが、かといって息を吸い込んだまま止めてしまうと圧力差で肺の中の空気が一気に膨張し、組織を傷付けてしまう。
その為、空気を吐き出して肺を空にすることが必須となる。
その後は血液から酸素が逆流し、脳が酸欠状態となり十~十五秒で意識を失う。
そして三十秒~二分が経過すると、体内の気体や水分が膨張し、更に血液中の窒素が気泡化して血流を阻害、全身の酸素欠乏により心停止に至る。
この為、十~十五秒以内に救出出来れば重傷を負いながらも生存出来る可能性は高いが、二分を経過すると絶望的になる。
(神為の生命力・恢復力を考慮しても、極短時間しか出す訳には行かないだろうな)
航は決心した。
「解った、魅琴。但し、十秒だけだ。十秒経ったら強引にでも回収する」
「あら生意気。でもまあ良いわ。それで手を打ってあげる」
機内で直靈彌玉の天井が開き、魅琴が操縦室の外へ出る。
その後、魅琴が出た直靈彌玉が再び天井を閉ざすと、今度は愈々機体のハッチを開く。
しかしその時、航は魅琴の唇が嫌な動きをしたのを認めた。
「あっ! あいつ……!」
航が読んだ魅琴の、胡頽子の様な唇は、確かにこう言っていた。
『貴方如きに私を捕まえられたらね』
「あいつマジふざけるなよ! こんな時までイキリ癖出してどうするんだ!」
これには流石の航も頭に来た。
しかし魅琴は既にカムヤマトイワレビコから遠く離れ、次から次へとウマシアシカビヒコヂを一撃の下に破壊していた。
「え、ええ……?」
当然のように宇宙空間を極超音速で遊泳し、圧倒的な暴力を見せ付ける魅琴。
規格外だとは解っていたが、此程とは想定外であった。
八面六臂の活躍をする魅琴に航は思わず見惚れてしまう。
とうに十秒は過ぎ、しかし魅琴の様子は以前変わり無く、当然の様に今度は変形していない弐級にも手を伸ばしていく。
(なんかもう、あいつのことは常識どころかこの世の摂理で考えることすら間違っていたのかも知れないな……)
そうしてアメノミナカヌシを取り巻く無数のウマシアシカビヒコヂと弐級為動機神体はものの五分で一掃された。
魅琴はカムヤマトイワレビコの肩の上に取り付く。
『取り敢えず、邪魔者は全部排除してあげたわよ』
「一寸待って? 今どうやってこっちに話してるの?」
『骨伝導で機体に振動を伝えているのよ』
「そうはならんだろ! 物理学者が泣くぞ!」
しかし、暢気にこんな遣り取りをしている間にも、アメノミナカヌシの周囲には再び弐級が姿を顕している。
どうやらこの衛星達は際限無く召喚されるらしい。
『一つ解ったことがあるわ』
「なんだい?」
『アメノミナカヌシが弐級を召喚するのは、必ず私達の側だということ。裏面には出て来ない。どうしてだか解る?』
「さあ?」
『あれは静止軌道上を地上からの見かけ上静止浮遊している。つまり、マッハ九.一で西から東に飛んでいるのよ。それは解るわね?』
「そりゃそうだろう。今追い掛けているんだから言われるまでも無い」
『そう、追い掛けている。逆に言うと、アメノミナカヌシにとっては此方側、西側というのは過ぎ去った場所なのよ。つまり、アメノミナカヌシは自分が元居た場所にあの弐級を生み出しているということになる』
「成程……」
確かに、筋は通っている。
マッハ九.一で離れていく機体が卵を産むと、卵は機体が移動した分だけ此方側に置き去りにされるということだ。
『だったらあの弐級が一掃された状態だと、アメノミナカヌシの裏側は完全にガラ空きになると思わない?』
「そうか!」
航は魅琴の意図を理解した。
「一度向こう側に追い抜いて、東から西に向かってアメノミナカヌシに迫れば良いという訳だな!」
『そういうこと。神日本磐余彦尊は一度迂回し、太陽を背に進軍する。神話の通りね』
つまり、航と魅琴はこれから二手に分かれる。
航はカムヤマトイワレビコを大きく迂回させ、アメノミナカヌシを追い抜き、逆側からアメノミナカヌシに着陸を試みる。
その間に魅琴が衛星として周回する弐級を殲滅し続ければ、カムヤマトイワレビコは妨害に遭わずに接近出来るというわけだ。
「魅琴、何分保つ?」
『気にしなくて良いわよ。日付が変わる時間切れまでは余裕だから』
「そうか。怪物的で助かったよ」
航は昂揚していた。
やはり魅琴は矮小な自分の想定など圧倒的に超越してくれる。
それが嬉しくて堪らなかった。
『思い知ったでしょう。貴方は私に決して勝てないって』
「そうだね。じゃあこの場は君に頼むよ」
『ええ、行って来なさい』
「ああ、またな」
魅琴が再び飛び出すと同時に、航は大きく進路を変えた。
これからカムヤマトイワレビコを大きく迂回させ、アメノミナカヌシを追い抜く。
「魅琴、やはり僕は君が好きだ。離れ離れになりたくないな。だから必ず、また会おう」
カムヤマトイワレビコが旋回する。
アメノミナカヌシの進行方向、東側に回り込んだ。
「良し、やってくれているな」
アメノミナカヌシの周囲で無数の火花が飛んでいる。
魅琴が弐級を片端から破壊しているのだ。
遠目で見ると、その光景はまた違った趣がある。
彼女の戦う異常な速度が能く解るのだ。
「扨て、行くか!」
航はアメノミナカヌシに正面から向かおうとする、その時だった。
突如目の前に一際暗い闇の靄が現われた。
「な、なんだ!?」
『岬守航、四方や地球を離れこんな所まで来たとはな。初めて出会った頃からは想像も出来ん話しじゃった。一先ずは褒めておこう』
闇の中から、これまた黒い為動機神体が姿を顕す。
丁度大きさはカムヤマトイワレビコと同程度、超級相当だ。
『しかし、貴様の命運もここまでじゃ。この機体はあの時の出来損ないとは訳が違うぞ。儂ら神瀛帯熾天王を象徴するこの機体、壜級為動機神体・トミノナガスネヒコで、日神の末裔を騙る不遜なる機体諸共、宇宙の塵にしてくれるわ!』
壜級為動機神体・トミノナガスネヒコ――それは閏閒三入が鬼獄家を滅ぼした為動機神体である。
思わぬ敵と遭遇した航だったが、彼は落ち着いて操縦桿を握り締める。
「そうだったな。思えばお前が現われてから僕の運命が変わった気がする。あの時お前が差し向けてきたのは弐級だったか。高一の頃、懐かしいな」
航が閏閒三入と初めて出会ったのは、崇神會廻天派による高校占拠の時だ。
あの時、閏閒は猫面を被り、幹部達に混じっていた。
そして土壇場で仲間を裏切り、弐級為動機神体だけを残して去って行ったのだ。
あの時の航にはまだ戦う力は無かった。
皇國がこの世界に顕れたのはそのすぐ後だった。
確かに、閏閒三入は航にとって因縁の相手かも知れない。
「上等だよ、鬼獄魅三郎。僕だってあの時とは違う。機体ごと宇宙の塵となるのはお前の方だ! 閏閒三入だって? お前の閏年はとっくの昔に、一九三六年二月二十九日で終わっているんだよ!」
航はカムヤマトイワレビコの剣を構えさせた。