鬼獄魅三郎という人物を端的に表わすと「軽薄な妄想家」である。
彼は皇道派青年将校の一人として叛乱蹶起に参加したものの、昭和維新の理念そのものに共感した訳ではない。
彼は唯、「革命」「蹶起」そのものへの憧憬のみを抱いていた、中身の無い男であった。
例えば米国社会を「煌びやかな摩天楼と大らかな尺度で生きる民衆の、豊かさを極めた一攫千金の夢に溢れた国」と想像し、星条旗の意匠を身に付けてみる様な。
例えば大陸社会を「二胡の音が奏でられる雄大な自然の中を生きる素朴な民衆と、中央指導の下での力強い躍進」と想像し、眼を輝かせて思い浮かべる様な。
例えば仏蘭西革命を「貴族文化の華やかな激動と立ち上がった民衆による劇的な世界転覆」と想像し、日本でも起こしてみたいと憧れる様な。
例えば日本文化を「サムライ! スモウ! スシ! ゲイシャ! ハラキリ! サクラ!」と想像し、玩具の日本刀を振り翳してみる様な。
兎に角、そういう気分で全てを捉える男であった。
そんな男が明治末期に生まれ、大正から昭和初期という激動の時代を生きたのだ。
そんな男が実家で見つかった謎の武具を「平将門縁の品」だと聞かされたのだ。
彼は妄想に妄想を重ね、軽薄な意識で時流に乗り、暴走していった。
(儂は信じていた。愚かな体制は打倒されるのが世の定めなのだと。当然、日本で最も偉い天皇もそれに諸手を挙げて賛同すると。そして千年の刻を超えて将門公の心は朝廷に届くのだと。儂や同志達がその架け橋になるのだと)
尚、同志の青年将校達は彼の言葉を聞いても能く解っていなかった。
一応は同志だから敢えて否定はしなかったものの、的外れなことばかり言う彼のことは誰も相手にしていなかったのが実態である。
にも拘わらず彼は、一丁前に皇道派青年将校の中心人物面をして憚らなかった。
(だが、あの分からず屋は儂らの手を払い除けおった! 天皇が敵も味方も解らぬ愚物だったから世は乱れに乱れ、遂には破滅に突き進んだのではないか! ざまあ見ろとはこのことだ!)
確かに、彼は蹶起に敗れて命辛々逃げた。
同志達が集まった陸軍大臣官邸から首謀者の一人と共に連れ出された際、同志を自殺に見せ掛けて殺害してまで逃走した。
軽薄な彼は、法廷で命懸けの闘争を続けようとは考えられなかったのだ。
惨めな逃亡生活の中、彼は天皇親政への軽薄な憧憬を反転させ、日に日に恨みを募らせていった。
貴龍院皓雪と出会ったのはそんな頃のことだった。
『皇統を恨む神代の媛ですと!? 素晴らしい! 貴女様こそが、儂の真に仕えるべき君主! さあ、いざ真の維新へ邁進しましょう! 愚かなる天皇に目に物見せてやるのです!』
『あ、あらぁ……随分あっさり……受け容れるのねぇ……』
斯くして彼は容易に貴龍院の下へと奔り、神瀛帯熾天王の盟に加わったのだ。
恐るべきは、彼の持つ「世を乱す才能」は本物であったということだ。
その妄想癖は、青年将校の暴走を煽り加速させ、遂には大乱にまで発展させた。
人間として中身が無いにも拘わらず、傍迷惑さだけは開闢以来稀に見る逸材であった。
そうして彼は同じ様に才能を目に掛けていた一人息子を元妻の下から巧みに誘い出し、別の世界線へと渡った。
日本国のみならず世界を襲ったこの神聖大日本皇國という究極の大災は、此程までに矮小な男が始めた絵空事の続きであったのだ。
「今、儂と媛様は忌まわしき日本という国を葬る最終局面に向けて動いておる。アメノミナカヌシはその要じゃ。貴様の如き青二才に邪魔させはせんよ!」
閏閒三入――嘗ての鬼獄魅三郎は、自らの機体「壜級為動機神体・トミノナガスネヒコ」の操縦席から、相対する皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコを睨んでいた。
彼が得意とするのは近現代兵器全般の扱いである。
八社女征一千が弓と矢を、推城朔馬が長槍を戦いに用いた様に、彼は銃火器から戦車、攻撃ヘリ、果ては自動操縦機まで幅広く駆使して戦う。
その内の一つがこの為動機神体という訳だ。
「岬守航、カムヤマトイワレビコよ! 貴様は此処で、この壜級為動機神体・トミノナガスネヒコによって敗れるのだ! 神話の通りならば確かに最後は磐余彦の勝利に終わるが、忘れるな! これは互いにとって長髄彦が勝利する初戦、そして再戦の機会は無いということを!」
カムヤマトイワレビコを視界に捉えた閏閒はトミノナガスネビコで斬りかかる。
カムヤマトイワレビコがこれを回避し、両機の位置が入れ替わる。
『関係あるかよ! 諸悪の根源、害悪糞爺が!』
航も負けじと啖呵を切りつつ応戦するが、閏閒は切り返し際に光線砲を放ち、相手の出鼻を挫く。
撃墜とはならなかったものの、攻撃を掠められたカムヤマトイワレビコが見せた極めて小さな隙を、閏閒は見逃さない。
「ハン! 口程にも無いわ、西方の小童が!」
空かさず、トミノナガスネヒコはカムヤマトイワレビコに斬りかかる。
攻撃を防がれてはいるものの、流れは閏閒の独壇場となっていた。
これは、航の後部副操縦席には雲野兄妹という規定以上の乗員が居て、本来の動きを発揮出来ないことが影響していた。
カムヤマトイワレビコは一度距離を取り、光線砲で狙ってきた。
だが閏閒の直感、軍人として長年培った戦闘勘は冴えわたっている。
彼には航がどう狙って打ってくるかが手に取るように読み取れた。
「所詮は形だけの君主国に成り果てた落ち目の旧国、救国の英雄すらもこの程度よなあっ!」
勢いに乗る閏閒は「手本を見せてやる」とばかりに光線砲をカムヤマトに向けて発射した。
この攻撃は回避されたが、動きを完璧に読んでいた閏閒は相手の回避に先回りし、日本刀様の切断ユニットを振り上げた。
「貰ったあッ!」
トミノナガスネヒコの剣がカムヤマトイワレビコに襲い掛かる。
勝利を確信した閏閒だったが、そうすんなりと行かないのが日本国最高峰の為動機神体操縦士、岬守航である。
攻撃を回避したカムヤマトイワレビコは再び東方へ逃れ、体勢を立て直そうとしていた。
「猪口才な……。だがここまでの攻防で確信したぞ! 日本の磐余彦と儂の長髄彦では此方が上じゃ! 国家の誉れと共に墜ちてしまえぃッ! 昏い星の海の底へなァッ!」
調子に乗るだけ乗る閏閒だったが、ここまで航に一撃として有効打を与えられていないこともまた事実である。
それを鑑みてか、閏閒は奥の手を発動しようとしていた。
流れが自分に傾いているうちに一気に勝負を決めてしまう――その決断力は、流石に軍人として蹶起し、修羅場を潜り抜けてきただけのことはある。
「行くぞ! 『土蜘蛛回路』発動!」
その瞬間、トミノナガスネヒコは銀色に光り輝いた。
宛ら、宇宙に眩く燦めく一等星の如しである。
これで、トミノナガスネヒコは機体の性能も兵装の破壊力も大幅に向上する。
「ふはははは! こうなった儂のトミノナガスネヒコは今までと全く違うぞ! このまま予告通り、宇宙の塵と化してくれるわ!」
凄まじい速度でカムヤマトイワレビコとの間合いを詰め、剣を振り被る閏閒。
だが、彼は気付いていなかった。
航の駆るカムヤマトイワレビコもまた、その雰囲気を一変させていた。
『先刻から訳の解らないことばかりごちゃごちゃと五月蠅いんだよ。寝言は終わってからにしろよ。好きなだけ、永遠に吐けるからな』
カムヤマトイワレビコの威圧感が急激に増す。
そして閏閒は知らなかった。
カムヤマトイワレビコは「金色の機体」の異名を持ち、波動相殺機能を作動させている間は常に金色の輝きを放つ。
だが、それは所詮予算が足りなかったが故の欠陥によるもので、皇國の兵達を恐れさせるような現象ではない。
皇國に畏怖された「金色」はこの程度の煌めきではない。
それを閏閒三入はすっかりと誤認してしまっていた。
『これは僕とお前の勝負だ! 他の誰も、何も関係無いんだよ!』
航の持つ何かが閏閒をたじろがせ、向こう見ずの突進を止めさせた。
そして次の瞬間、彼は目撃することになる。
皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコの真価の力――「日神回路」が発動したのだ。
その眩いばかりの金色の光がトミノナガスネヒコ内部、閏閒にまで容赦無く照り注ぐ。
「ぐああああっ!! 何だこれは!? 眩しいッッ!」
その光は攻撃でも何でもない、単なる強化回路の発動である。
だがその威容は、ただそれだけで閏閒にこれまでの戦いと全く別の次元に入ることを認識させた。
否、もうはっきり言ってしまえば、閏閒は日神回路の発動だけで敗北を予感したのだ。
それ故か、『金鵄砲』と化した光線砲に彼は全く反応できなかった。
閏閒はトミノナガスネヒコが金鵄砲によって下半身を吹き飛ばされてしまったことを感じ取った。
機体の体勢が大きく崩れる。
(ま、拙い! 撃墜されるぞォッ! おのれえええッッ!!)
閏閒は腸から焦燥と憤怒が同時に湧き上がり、顔面を膨れ上がらせ脳を煮え滾らせる衝動に支配されていた。
どうにか一矢報いてやらねば気が収まらない。
このまま素直に敗北を認めてなどやるものか――閏閒は残された上半身で出来る反撃を試み、腕の砲口をカムヤマトイワレビコに向けた。
「こいつを喰らうが良い! 『薨矢砲』!」
砲口から光の奔流が発射される。
並の相手ならば躱し切れない高出力・広範囲の破壊圧が闇の中を駆け抜けていったが、カムヤマトイワレビコには掠りもしない。
そして、混乱する感情の渦に乱された思考は反応を余りにも遅らせ、判断を致命的に誤らせた。
最後の悪足掻きを回避した航、カムヤマトイワレビコは『韴靈劔』と化した切断ユニットを振り上げ、眼前に迫っていた。
残されたトミノナガスネビコの上半身は頭から真二つ、機体の中央部に位置取っていた閏閒諸共正中線に光の刃が奔り抜けた。
(ぎいぃやあああああアァァァァァッッっ!!)
宇宙の真空で声にはならなかったが、腹の底から有丈の吐瀉物と共に断末魔の叫びを打ち撒ける様な、凄まじいまでの形相、死に様だった。
機体諸共宇宙の塵となる――皮肉にもそれは、閏閒自身が予告した敗者の末路であった。
皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコと壜級為動機神体・トミノナガスネヒコの戦いは、神話の最終的な記述通り、朝敵の完全敗北に終わった。