日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十七話『登美能長髄彥』 急

 同刻、アメノミナカヌシ内、中央制御室「高(たか)御(み)座(くら)の間(ま)」。

 神(じん)皇(のう)が僅(わず)かに眉根を寄せた。

 何か奇妙な違和感に気付いた、といった様相だ。

 

「如(いか)何(が)なさいましたか、陛下?」

 

 近衛侍女・貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)が尋ねる。

 今、この広々とした空間には神(じん)皇(のう)と貴(き)龍(りゆう)院(いん)の二人だけだ。

 長年彼に仕え続けた貴(き)龍(りゆう)院(いん)は、主の僅かな変化も見逃さない。

 

「妙だな」

「何がでしょう?」

「アメノミナカヌシの機構に更新予定が掛かっている」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の顔が青(あお)褪(ざ)めた。

 彼女の命令で閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)が仕掛けていたアメノミナカヌシへの工作が早くも露見したかも知れない。

 

「更新……ですか?」

「うむ。当然だが、アメノミナカヌシは神(じん)皇(のう)位(い)に就きし者以外何人たりとも動かすこと罷(まか)り成(な)らぬ究極兵器だ。俺(おれ)の感知しない機構変更などあり得ない。ならば外部から不正に侵入されたと考えられるが、その危険性故防御に関しても万全に万全を重ねていた筈(はず)だ。それをまさか破られたというのか……?」

 

 神(じん)皇(のう)は細めた眼(め)の中、左右色違いの虹(こう)彩(さい)を動かしていた。

 彼が腰掛けている玉座は、謂(い)わば為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦席と同じであり、坐(すわ)った時点で「操縦者」となって機体に神(しん)為(い)と意識が接続される。

 彼が機構の異変に気付いたのはこの為(ため)だった。

 通常の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)であれば操縦者の意識がそこまで機体の深層に達することは無いが、神(じん)皇(のう)の強大な神(しん)為(い)と自ら想像した機体という特殊性がそれを可能にしたのだろう。

 

(拙(まず)いわぁ。私(あたくし)が関与していると知られたら命が無い。最悪の時の為に弁明を考えないといけないじゃない、あの役立たず!)

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)はあれ程絶賛していた閏(うる)閒(ま)のことを早くも罵倒し、切り捨てる算段に切り替えていた。

 一応、閏(うる)閒(ま)がやろうとしていたのはアメノミナカヌシの制御権を神(じん)皇(のう)に限定せず全ての人間に解放するというもので、貴(き)龍(りゆう)院(いん)を名指しで制御権者に加えるものではない。

 しかし、閏(うる)閒(ま)が彼女の配下である以上、管理責任は追及されるだろうし、彼女自身にも疑いが掛けられるだろう。

 

「これはいかんな。何重にも人工知能を介在させて防御を解除するよう命令文を出させている。御丁寧に命令拒否も潜(くぐ)り抜(ぬ)けて……」

「誰の仕業か辿(たど)れないよう、出所を巧妙に偽装されている、ということですか?」

「うむ。しかしすぐに判明はしたがな」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は息を呑(の)んだ。

 

「御弟妹の手の者ですか?」

「いや、残念ながら汝(なれ)の配下として俺(おれ)に紹介したあの閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)によるものらしい。残念だが、汝(なれ)はあの男に謀られたのかも知れんな」

「そんな、まさか……!」

 

 犯人はあっさり判明してしまった。

 こうなっては、貴(き)龍(りゆう)院(いん)としては白(しら)を切り通すしか無い。

 幸いなことに、神(じん)皇(のう)は貴(き)龍(りゆう)院(いん)のことまでは疑っていなかった。

 

「も、申し訳御座いません。しかしどうして彼が……」

「どうやらアメノミナカヌシの制御権を限定解除しようとしていたようだ。先程も言ったが、これは決して許されぬ暴挙だ」

「然(さ)様(よう)で……御座いますか……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は只管(ひたすら)神(じん)皇(のう)に恐縮してみせる。

 それ自体、彼女にとって今更苦痛ではない。

 しかし痛手なのは、神(じん)皇(のう)の目を盗みアメノミナカヌシを動かしてこの宇宙ごと日本を消滅させる計画が永遠に実行不可能となったことだ。

 

(どいつもこいつも……! 私(あたくし)の周りの男共がこうも揃(そろ)いも揃って肝心な時に使い物にならないのはどういうことなのよぉ……!)

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は今や保身だけを全力で考えなくてはならない。

 不本意ながら、神(じん)皇(のう)が願う「日本人が完璧な幸福を永遠に享受し続ける、日本人だけが生き残る世界」に協力する以外の道を絶たれた。

 二千七百年も日本を呪い、仇(あだ)なし、滅ぼそうとしてきた彼女にとって屈辱であるが、神(じん)皇(のう)に刃向かうには力の差が余りにも大き過ぎる。

 

「まあ、あの男にも何か已(や)むに已まれぬ事情か意図があったのかも知れんな。処罰は必要だが、話を聴く必要はあるだろう」

「畏(かしこ)まりました。私(あたくし)が責任を持って席を設けますわ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は内心北(ほく)叟(そ)笑(え)んだ。

 やはり神(じん)皇(のう)は「自分が助けたいと思った者」に対して何処(どこ)までも甘い。

 日本人であれば、最後まで最善の相で内心を推し量ろうとする。

 そして、閏(うる)閒(ま)の本心が露見することは永遠に無い。

 

(三(みつ)入(なり)君は宇宙で消えた。仮令(たとえ)復活したとしても、宇宙空間に投げ出されてはどうしようも無い。態(わざ)々(わざ)私(あたくし)が手を下すまでも無いわねぇ)

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)には尋常ならざる眼がある。

 閏(うる)閒(ま)敗北は既に承知していた。

 彼女の次なる関心は、岬(さき)守(もり)航(わたる)と麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)のアメノミナカヌシ侵入を如(い)何(か)に防ぐかに移っていた。

 

「陛下、年明けまで後二時間程度ですが、御弟妹は仕掛けてくるでしょうか」

「必ず来る」

 

 神(じん)皇(のう)は確信したように答え、そして口角を上げた。

 どこか来訪を心待ちにしている様にも見える。

 

「地上に戻った紫(し)桐(どう)より上奏があった。例の『金(こん)色(じき)の機体』に岬(さき)守(もり)航(わたる)・麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)、それから父上の複製人間(クローン)二名が搭乗し、地上を発(た)ったとな」

「随分嬉(うれ)しそうですね。不届き者が陛下の御(ご)大(たい)望(もう)を理解せず、刃向かおうとしているのに」

「うむ。彼らにも彼らなりの正義がある以上、それに殉じようというのは寧(むし)ろ見上げたものだ。正直に言えば、会うのを楽しみにもしている」

「相変わらず陛下の寛大な御(み)心(こころ)には返す言葉も見付かりませんね」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は考える。

 閏(うる)閒(ま)が航(わたる)と戦ったのはアメノミナカヌシと目と鼻の先の位置だ。

 おそらく、到達まで時間はあるまい。

 

(とはいえまだアメノミナカヌシには独自の防衛機構が存在する。如何に彼らが強く凄(すご)腕(うで)とは言え、中にまで入ってくることは出来ないでしょう。まあ万が一侵入を許してしまったら、その時は面倒を被りたくはないわねぇ……)

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)が神(じん)皇(のう)に迫る中、貴(き)龍(りゆう)院(いん)もまた密(ひそ)かに少しずつ追い詰められていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 岬(さき)守(もり)航(わたる)は向かい来る敵を撃墜し、一(ひと)先(ま)ずは安(あん)堵(ど)していた。

 戦いを振り返るに、閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)の駆る壜(たん)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・トミノナガスネヒコは予想を超えて強敵だった。

 

「閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)……、何だかんだ言って強かったよ。為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦の腕なら今までの敵でも五指に入るな……」

 

 航(わたる)は初め、皇族でもない相手との一騎討とあって日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)は温存するつもりだった。

 だが、同時に勝負を早く付ける必要もあった。

 そこで、相手が思いの外出来ると発覚した為、即座に判断を切り替えたのだ。

 

「ふにゅぅ、死ぬかと思った……」

「ふみゅぅ、ハラハラさせないでください……」

 

 操縦席の後ろから雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)の兄妹が不平を述べる。

 自分の至らなさから危険な目に合わせた二人に対し、航(わたる)は批難を甘んじて受けるしかなかった。

 

「ごめんごめん……。でも、大丈夫かな? ここまでの戦いで結構神(しん)為(い)を使っちゃったよ……」

 

 航(わたる)にとって最大の不安は、神(じん)皇(のう)・叡(えい)智(ち)と相(あいま)見(み)えた時、神(しん)為(い)の第四段階「神の領域」へと入門出来るかということだ。

 雲(くも)野(の)兄妹との融合は一度行ってしまうと兄妹が長い眠りに就いてしまう為、ここまで練習することが出来なかった。

 つまり、航(わたる)には神の領域入門による身体の巨大化「化(け)至(し)深(しん)為(い)・葦牙狀代(あしかびのかたしろ)」の経験が無い。

 いざ決戦の時を間近にすると、そういう不安がどうしても込み上げてしまう。

 

「まだまだ平気」

「全然大丈夫ですよ、岬(さき)守(もり)航(わたる)さん」

 

 雲(くも)野(の)兄妹は二人揃って太鼓判を押す。

 航(わたる)は見た目幼い彼等(ら)に心の暗雲を払(ふつ)拭(しよく)し、日の光で明るく照らされる思いがした。

 

「ありがとう」

 

 岬(さき)守(もり)航(わたる)は長らく、自分に自信が無い人間だった。

 幼い頃に出会ってしまった麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)という圧倒的な才能を前に強烈な劣等感を植え付けられ、そこから逃れることもまた彼女への恋心に赦(ゆる)されなかった。

 それは彼の神(しん)為(い)の才能にまで悪影響を与え、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に拉致されたメンバーの中で最も見込みが無いとまで言われた。

 

 航(わたる)にとってそれはショックなことだった。

 自分は何処までも、天与を持たない凡人なのだと思い知った。

 その劣等感が魅(み)琴(こと)への告白を強く躊(ため)躇(ら)わせた。

 

 だが今や、その彼の双肩には世界の命運が掛かっている。

 弱気でなどいられない、「やれる」という自信を持たなければ、どんな可能性も撃ち抜けない。

 

 航(わたる)はこの戦いでそれを思い知らされたように感じた。

 雲(くも)野(の)兄妹によってそれを自覚させられたように思えた。

 そして何より自分自身の意思が、心を強く持てと雄々しく叫び上げていた。

 

「さあ、行くぞ!」

 

 無(む)窮(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシは目前まで接近し、此方へ向けてマッハ九.一という速度で猛然と迫ってくる。

 その周囲には、先程近付いた時に形成されていた弐(に)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の輪がすっかり消えている。

 魅(み)琴(こと)が今でも厄介な護衛を今も殲(せん)滅(めつ)し続けているに違い無い。

 

「良し……!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレビコを充分に接近させ、アメノミナカヌシの速度に合わせて逆噴射した。

 輪が形成されていた距離よりも接近し、魅(み)琴(こと)と再び接触するつもりなのだ。

 

「って、弐(に)級(きゆう)は後ろ側に召喚されるんだから反対側か。迎えに行かないとな」

 

 航(わたる)がそんなことを考えていると、一つの影がアメノミナカヌシから此方へ向かって飛んできた。

 どうやら魅(み)琴(こと)がカムヤマトイワレビコの到着を察知し、向こうから来てくれたらしい。

 

『遅かったじゃない、航(わたる)』

 

 魅(み)琴(こと)は相変わらず骨伝導を使って機内の航(わたる)に向かって話し掛ける。

 宇宙空間を生身で戦い、無重力にも拘(かか)わらず当然の様にカムヤマトイワレビコに取り付くその様は、どう考えても物理法則が真(まと)面(も)に働いているとは思えない。

 単(ひとえ)に、魅(み)琴(こと)があまりにも超人過ぎることの証左である。

 

「ごめんごめん。さあ、ハッチを開けるから中へ戻ってきてくれ。これから装甲をぶち破って突入する」

 

 しかし、航(わたる)の呼び掛けに魅(み)琴(こと)は首を振った。

 

『航(わたる)、おそらくこの機体の兵装では無理よ。先刻(さっき)私(わたし)が試してみたの、気付いた?』

「『試した』って、突入しようとしたってこと?」

『ええ』

 

 航(わたる)は驚(きよう)愕(がく)を禁じ得なかった。

 魅(み)琴(こと)の力で破れない装甲など考えられない。

 いや、もしかするとアメノミナカヌシは神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)で守られているのかも知れない。

 過去、同じ様に操縦者の力で機体を守るという設計思想の「絶(ぜっ)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムムスビ」と戦った時のことが思い出される。

 

「歯が立たなかったのか、君(きみ)ですら?」

『いいえ、そうじゃないわ』

 

 魅(み)琴(こと)はそう言うと、カムヤマトイワレビコからアメノミナカヌシに飛び移る。

 そして、その装甲に拳の一撃を叩(たた)き込(こ)んだ。

 瞬間、航(わたる)は魅(み)琴(こと)の言いたいことを理解した。

 

「修復されるのか! 破壊されたその瞬間に!」

 

 魅(み)琴(こと)は確かにアメノミナカヌシの装甲を破ってはいた。

 しかし、その自己再生が余りにも速過ぎて魅(み)琴(こと)の体すら通れないのだ。

 魅(み)琴(こと)は再びカムヤマトイワレビコに戻ってきた。

 

『この通りよ。突入しようとすると、再生し続ける装甲を連続で破壊し続けてぶち抜きながら行くしか無い。でもその機体の兵装でそんなことをしたら、貴方(あなた)の神(しん)為(い)が尽きてしまう』

「参ったな、君(きみ)は兎(と)も角(かく)僕(ぼく)は生身じゃ到底装甲を破壊出来ないし……」

 

 航(わたる)は考える。

 手段は一つ思い付いた。

 しかし、それは危険な賭けだろう。

 

「とはいえそうも言っていられないな。一(いち)か八(ばち)か、やってみるしか無い」

『何か思い付いたのね?』

「ああ。訊(き)くが、装甲を破壊しながら突き進めば君(きみ)一人が入ることは可能か?」

『誰に物を言っているの?』

 

 魅(み)琴(こと)の声は自信に満ちていた。

 彼女がやると言えば、どんなことでも成し遂げてしまいそうな気がする。

 ならば行けそうだ。

 

「解(わか)った。悪いが一つ、骨の折れる作業をお願いしたいんだが、大丈夫か?」

『何でも言ってみなさい』

「ありがとう、じゃあ頼みたいんだが……」

 

 話を聴いた魅(み)琴(こと)は再びアメノミナカヌシへ向かって飛んだ。

 航(わたる)は操(そう)縦(じゆう)桿(かん)を強く握り締める。

 

「幽(ゆ)鷹(たか)君、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん。一寸(ちよつと)無(む)茶(ちや)をするから確(しつか)りと捕まっていてくれ」

 

 航(わたる)は覚悟を決め、アメノミナカヌシの余りにも巨大な威容と向き合った。

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