同刻、アメノミナカヌシ内、中央制御室「高御座の間」。
神皇が僅かに眉根を寄せた。
何か奇妙な違和感に気付いた、といった様相だ。
「如何なさいましたか、陛下?」
近衛侍女・貴龍院皓雪が尋ねる。
今、この広々とした空間には神皇と貴龍院の二人だけだ。
長年彼に仕え続けた貴龍院は、主の僅かな変化も見逃さない。
「妙だな」
「何がでしょう?」
「アメノミナカヌシの機構に更新予定が掛かっている」
貴龍院の顔が青褪めた。
彼女の命令で閏閒三入が仕掛けていたアメノミナカヌシへの工作が早くも露見したかも知れない。
「更新……ですか?」
「うむ。当然だが、アメノミナカヌシは神皇位に就きし者以外何人たりとも動かすこと罷り成らぬ究極兵器だ。俺の感知しない機構変更などあり得ない。ならば外部から不正に侵入されたと考えられるが、その危険性故防御に関しても万全に万全を重ねていた筈だ。それをまさか破られたというのか……?」
神皇は細めた眼の中、左右色違いの虹彩を動かしていた。
彼が腰掛けている玉座は、謂わば為動機神体の操縦席と同じであり、坐った時点で「操縦者」となって機体に神為と意識が接続される。
彼が機構の異変に気付いたのはこの為だった。
通常の為動機神体であれば操縦者の意識がそこまで機体の深層に達することは無いが、神皇の強大な神為と自ら想像した機体という特殊性がそれを可能にしたのだろう。
(拙いわぁ。私が関与していると知られたら命が無い。最悪の時の為に弁明を考えないといけないじゃない、あの役立たず!)
貴龍院はあれ程絶賛していた閏閒のことを早くも罵倒し、切り捨てる算段に切り替えていた。
一応、閏閒がやろうとしていたのはアメノミナカヌシの制御権を神皇に限定せず全ての人間に解放するというもので、貴龍院を名指しで制御権者に加えるものではない。
しかし、閏閒が彼女の配下である以上、管理責任は追及されるだろうし、彼女自身にも疑いが掛けられるだろう。
「これはいかんな。何重にも人工知能を介在させて防御を解除するよう命令文を出させている。御丁寧に命令拒否も潜り抜けて……」
「誰の仕業か辿れないよう、出所を巧妙に偽装されている、ということですか?」
「うむ。しかしすぐに判明はしたがな」
貴龍院は息を呑んだ。
「御弟妹の手の者ですか?」
「いや、残念ながら汝の配下として俺に紹介したあの閏閒三入によるものらしい。残念だが、汝はあの男に謀られたのかも知れんな」
「そんな、まさか……!」
犯人はあっさり判明してしまった。
こうなっては、貴龍院としては白を切り通すしか無い。
幸いなことに、神皇は貴龍院のことまでは疑っていなかった。
「も、申し訳御座いません。しかしどうして彼が……」
「どうやらアメノミナカヌシの制御権を限定解除しようとしていたようだ。先程も言ったが、これは決して許されぬ暴挙だ」
「然様で……御座いますか……」
貴龍院は只管神皇に恐縮してみせる。
それ自体、彼女にとって今更苦痛ではない。
しかし痛手なのは、神皇の目を盗みアメノミナカヌシを動かしてこの宇宙ごと日本を消滅させる計画が永遠に実行不可能となったことだ。
(どいつもこいつも……! 私の周りの男共がこうも揃いも揃って肝心な時に使い物にならないのはどういうことなのよぉ……!)
貴龍院は今や保身だけを全力で考えなくてはならない。
不本意ながら、神皇が願う「日本人が完璧な幸福を永遠に享受し続ける、日本人だけが生き残る世界」に協力する以外の道を絶たれた。
二千七百年も日本を呪い、仇なし、滅ぼそうとしてきた彼女にとって屈辱であるが、神皇に刃向かうには力の差が余りにも大き過ぎる。
「まあ、あの男にも何か已むに已まれぬ事情か意図があったのかも知れんな。処罰は必要だが、話を聴く必要はあるだろう」
「畏まりました。私が責任を持って席を設けますわ」
貴龍院は内心北叟笑んだ。
やはり神皇は「自分が助けたいと思った者」に対して何処までも甘い。
日本人であれば、最後まで最善の相で内心を推し量ろうとする。
そして、閏閒の本心が露見することは永遠に無い。
(三入君は宇宙で消えた。仮令復活したとしても、宇宙空間に投げ出されてはどうしようも無い。態々私が手を下すまでも無いわねぇ)
貴龍院には尋常ならざる眼がある。
閏閒敗北は既に承知していた。
彼女の次なる関心は、岬守航と麗真魅琴のアメノミナカヌシ侵入を如何に防ぐかに移っていた。
「陛下、年明けまで後二時間程度ですが、御弟妹は仕掛けてくるでしょうか」
「必ず来る」
神皇は確信したように答え、そして口角を上げた。
どこか来訪を心待ちにしている様にも見える。
「地上に戻った紫桐より上奏があった。例の『金色の機体』に岬守航・麗真魅琴、それから父上の複製人間二名が搭乗し、地上を発ったとな」
「随分嬉しそうですね。不届き者が陛下の御大望を理解せず、刃向かおうとしているのに」
「うむ。彼らにも彼らなりの正義がある以上、それに殉じようというのは寧ろ見上げたものだ。正直に言えば、会うのを楽しみにもしている」
「相変わらず陛下の寛大な御心には返す言葉も見付かりませんね」
貴龍院は考える。
閏閒が航と戦ったのはアメノミナカヌシと目と鼻の先の位置だ。
おそらく、到達まで時間はあるまい。
(とはいえまだアメノミナカヌシには独自の防衛機構が存在する。如何に彼らが強く凄腕とは言え、中にまで入ってくることは出来ないでしょう。まあ万が一侵入を許してしまったら、その時は面倒を被りたくはないわねぇ……)
航と魅琴が神皇に迫る中、貴龍院もまた密かに少しずつ追い詰められていた。
⦿⦿⦿
岬守航は向かい来る敵を撃墜し、一先ずは安堵していた。
戦いを振り返るに、閏閒三入の駆る壜級為動機神体・トミノナガスネヒコは予想を超えて強敵だった。
「閏閒三入……、何だかんだ言って強かったよ。為動機神体操縦の腕なら今までの敵でも五指に入るな……」
航は初め、皇族でもない相手との一騎討とあって日神回路は温存するつもりだった。
だが、同時に勝負を早く付ける必要もあった。
そこで、相手が思いの外出来ると発覚した為、即座に判断を切り替えたのだ。
「ふにゅぅ、死ぬかと思った……」
「ふみゅぅ、ハラハラさせないでください……」
操縦席の後ろから雲野幽鷹・雲野兎黄泉の兄妹が不平を述べる。
自分の至らなさから危険な目に合わせた二人に対し、航は批難を甘んじて受けるしかなかった。
「ごめんごめん……。でも、大丈夫かな? ここまでの戦いで結構神為を使っちゃったよ……」
航にとって最大の不安は、神皇・叡智と相見えた時、神為の第四段階「神の領域」へと入門出来るかということだ。
雲野兄妹との融合は一度行ってしまうと兄妹が長い眠りに就いてしまう為、ここまで練習することが出来なかった。
つまり、航には神の領域入門による身体の巨大化「化至深為・葦牙狀代」の経験が無い。
いざ決戦の時を間近にすると、そういう不安がどうしても込み上げてしまう。
「まだまだ平気」
「全然大丈夫ですよ、岬守航さん」
雲野兄妹は二人揃って太鼓判を押す。
航は見た目幼い彼等に心の暗雲を払拭し、日の光で明るく照らされる思いがした。
「ありがとう」
岬守航は長らく、自分に自信が無い人間だった。
幼い頃に出会ってしまった麗真魅琴という圧倒的な才能を前に強烈な劣等感を植え付けられ、そこから逃れることもまた彼女への恋心に赦されなかった。
それは彼の神為の才能にまで悪影響を与え、武装戦隊・狼ノ牙に拉致されたメンバーの中で最も見込みが無いとまで言われた。
航にとってそれはショックなことだった。
自分は何処までも、天与を持たない凡人なのだと思い知った。
その劣等感が魅琴への告白を強く躊躇わせた。
だが今や、その彼の双肩には世界の命運が掛かっている。
弱気でなどいられない、「やれる」という自信を持たなければ、どんな可能性も撃ち抜けない。
航はこの戦いでそれを思い知らされたように感じた。
雲野兄妹によってそれを自覚させられたように思えた。
そして何より自分自身の意思が、心を強く持てと雄々しく叫び上げていた。
「さあ、行くぞ!」
無窮為動機神体・アメノミナカヌシは目前まで接近し、此方へ向けてマッハ九.一という速度で猛然と迫ってくる。
その周囲には、先程近付いた時に形成されていた弐級為動機神体の輪がすっかり消えている。
魅琴が今でも厄介な護衛を今も殲滅し続けているに違い無い。
「良し……!」
航はカムヤマトイワレビコを充分に接近させ、アメノミナカヌシの速度に合わせて逆噴射した。
輪が形成されていた距離よりも接近し、魅琴と再び接触するつもりなのだ。
「って、弐級は後ろ側に召喚されるんだから反対側か。迎えに行かないとな」
航がそんなことを考えていると、一つの影がアメノミナカヌシから此方へ向かって飛んできた。
どうやら魅琴がカムヤマトイワレビコの到着を察知し、向こうから来てくれたらしい。
『遅かったじゃない、航』
魅琴は相変わらず骨伝導を使って機内の航に向かって話し掛ける。
宇宙空間を生身で戦い、無重力にも拘わらず当然の様にカムヤマトイワレビコに取り付くその様は、どう考えても物理法則が真面に働いているとは思えない。
単に、魅琴があまりにも超人過ぎることの証左である。
「ごめんごめん。さあ、ハッチを開けるから中へ戻ってきてくれ。これから装甲をぶち破って突入する」
しかし、航の呼び掛けに魅琴は首を振った。
『航、おそらくこの機体の兵装では無理よ。先刻私が試してみたの、気付いた?』
「『試した』って、突入しようとしたってこと?」
『ええ』
航は驚愕を禁じ得なかった。
魅琴の力で破れない装甲など考えられない。
いや、もしかするとアメノミナカヌシは神皇の神為で守られているのかも知れない。
過去、同じ様に操縦者の力で機体を守るという設計思想の「絶級為動機神体・カムムスビ」と戦った時のことが思い出される。
「歯が立たなかったのか、君ですら?」
『いいえ、そうじゃないわ』
魅琴はそう言うと、カムヤマトイワレビコからアメノミナカヌシに飛び移る。
そして、その装甲に拳の一撃を叩き込んだ。
瞬間、航は魅琴の言いたいことを理解した。
「修復されるのか! 破壊されたその瞬間に!」
魅琴は確かにアメノミナカヌシの装甲を破ってはいた。
しかし、その自己再生が余りにも速過ぎて魅琴の体すら通れないのだ。
魅琴は再びカムヤマトイワレビコに戻ってきた。
『この通りよ。突入しようとすると、再生し続ける装甲を連続で破壊し続けてぶち抜きながら行くしか無い。でもその機体の兵装でそんなことをしたら、貴方の神為が尽きてしまう』
「参ったな、君は兎も角僕は生身じゃ到底装甲を破壊出来ないし……」
航は考える。
手段は一つ思い付いた。
しかし、それは危険な賭けだろう。
「とはいえそうも言っていられないな。一か八か、やってみるしか無い」
『何か思い付いたのね?』
「ああ。訊くが、装甲を破壊しながら突き進めば君一人が入ることは可能か?」
『誰に物を言っているの?』
魅琴の声は自信に満ちていた。
彼女がやると言えば、どんなことでも成し遂げてしまいそうな気がする。
ならば行けそうだ。
「解った。悪いが一つ、骨の折れる作業をお願いしたいんだが、大丈夫か?」
『何でも言ってみなさい』
「ありがとう、じゃあ頼みたいんだが……」
話を聴いた魅琴は再びアメノミナカヌシへ向かって飛んだ。
航は操縦桿を強く握り締める。
「幽鷹君、兎黄泉ちゃん。一寸無茶をするから確りと捕まっていてくれ」
航は覚悟を決め、アメノミナカヌシの余りにも巨大な威容と向き合った。