岬守航と麗真魅琴は六歳の頃から、十五年半もの期間を交わってきた幼馴染である。
互いを互いに想い合い、躊躇い合い、通じ合ってきた二人は、半年前に漸く男女として交際し始めた。
しかしながら、二人の関係は寧ろ、互いにどっち付かずだった曖昧な十五年間で培われてきた。
今、共通の目的――否、使命を前にした二人は、互いに任された役割を必ず果たすという確固たる信頼を寄せ合っている。
(頼んだぞ、魅琴)
(任せなさい、航)
無窮為動機神体・アメノミナカヌシを前にして、宇宙空間を隔てた二人は、声を要せずとも通じ合っていた。
離れていても、互いの見る景色が在り在りと思い浮かぶ。
宛ら、視点を共有しているかの様に。
「ふにゅぅ」
「岬守航さん、何をする気ですか?」
皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコ操縦室「直靈彌玉」、副操縦席の雲野幽鷹と雲野兎黄泉が不安げに尋ねる。
しかし、航には構っている余裕が無かった。
「悪いが黙って見ていてくれないか? 集中しないと失敗する。そうしたら三人とも宇宙の塵だ」
雲野兄妹は引き攣った声を漏らした。
航は敢えて其方に意識を向けず、つい今し方飛び立っていった魅琴の一挙手一投足へと眼を凝らす。
「行け、魅琴!」
アメノミナカヌシに肉薄した魅琴は、両の拳を握り締めて振り被った。
超常の膂力を秘めた両腕に渾身の力が込められ、超絶なる破壊の暴が今再び、アメノミナカヌシの装甲へと向けられる。
魅琴には絶対の自信があった。
この世に存在する汎ゆる鉱物・無機物に、自分の拳で砕けないものなど存在しない。
その気になれば巨星すらも打ち砕けるだろう。
(何より、航に頼られて「出来ませんでした」なんて無様を曝すなんてあり得ない! そして今の航なら、自分が言い出したことは必ずやり遂げてくれる!)
そして、凄絶無比なる拳打。
宇宙空間にも拘わらず、如何にも轟音が鳴り響きそうな衝撃がアメノミナカヌシに降り掛かる。
傍目からも異常な振動が目に見える程だ。
本来ならばこの一撃で外壁を覆う装甲は木端微塵に砕けるだろう。
しかし、アメノミナカヌシの装甲は破壊された瞬間に自己再生する。
それは恰も、まるで効いていないかの如く錯覚させる程の再生速度だ。
勿論、魅琴はそれを先刻承知である。
再生しようが、砕けていることは事実なのだ。
ならば破壊し続けるまでだ。
(アアアアアアアッッ!!)
目にも留まらぬ、腕が無数に分裂したと錯覚する程の凄まじい連打である。
それでも装甲は破壊の瞬間に再生するが、少しずつ拳の破壊範囲が大きくなっていく。
魅琴には恐るべき能力がある。
彼女はこれから繰り出す拳に、今までの拳の威力を総和して上乗せ出来るのだ。
単純に計算すると、二発目の拳には一発目の拳の威力が上乗せされて二発分の威力になる。
三発目の拳には一発目の一発分と二発目の二発分――合計三発分が上乗せされて四発分の威力になる。
同様の計算で四発目の拳は八発分の威力、五発目の拳は十六発分の威力と、倍々に威力が増大していくのだ。
そんな物を彼女は、拳が壁を作る程の速度で連発するのだから、唯でさえとんでもない破壊力は途方も無い規模に膨れ上がっていく。
(ハアアアアアッッ!!)
アメノミナカヌシの再生が追い付かなくなってきた。
そして遂に、一瞬、ほんの一瞬だけ装甲の内部が見えた。
その瞬間を逃さず、魅琴はアメノミナカヌシの内部へと侵入する。
連打に連打を重ねた彼女の拳は想像を絶する破壊力にまで凶悪化していたに違い無い。
だがそれでも、魅琴の細身の体を通すのが精一杯だった辺り、アメノミナカヌシの自己再生能力もまたやはり途轍もなかった。
遠巻きに魅琴の侵入成功を見守っていた航はしかし、全く狼狽えない。
基よりここまでは予定通りだった。
「扨て、勝負はここからだ……」
航は魅琴の様子を瞬き一つせず見守った。
彼には見届ける必要があった。
カムヤマトイワレビコの装甲が金色に激しく輝く。
トミノナガスネヒコとの戦いに続き、再び日神回路を発動させたのだ。
「行くぞ!」
航は機体の拳の砲口をアメノミナカヌシに向ける。
そして、金鵄砲を一発。
しかしながら、この程度では装甲はビクともしない。
「やはり駄目か。これを拳一発で砕く魅琴はとんでもないな、解っちゃいたが……」
と、次の瞬間、アメノミナカヌシの装甲が砕け、再生までの一瞬だけ魅琴の姿が外から見えた。
金鵄砲が効いたのではなく、魅琴が内側から再度破壊したのだ。
その様子を見て、航は口角を上げた。
(良し、計算通りだ)
航は再び金鵄砲で射撃。
その直後、魅琴が内側から装甲を破壊。
そうして同じ遣り取りを何度も繰り返す。
(これで十回、そろそろだな……)
愈々カムヤマトイワレビコが動き出す。
航の目論見は、魅琴が内側から装甲を破壊した瞬間にカムヤマトイワレビコを滑り込ませるというものだ。
今まで撃ってきた金鵄砲はその為の準備である。
光線砲が装甲に当たった時、破壊こそ出来ずとも、装甲に何ら名の反応はある筈だ。
常人には全く感じられない、誤差にも等しい変化とはいえ、魅琴ならばそれに気付く。
現に、魅琴は航が撃った光線砲に対して破壊という反応を返してきた。
つまり、航は金鵄砲で突撃のタイミングを魅琴に報せていたのだ。
逆に魅琴は航に金鵄砲直撃から装甲破壊までのタイミングを航に報せる。
(行くぞ、魅琴!)
(来なさい、航!)
そして、十発繰り返したことにも意味がある。
魅琴の身長一六六センチに対して、カムヤマトイワレビコの全高は二十八メートル、その比率は約一六八七倍である。
魅琴の拳の威力は一発毎に倍になるものとして計算すると、十発で一〇二四倍――即ち次で二〇四八倍になり、カムヤマトイワレビコが充分通れる規模の破壊が可能となる。
「二人共、確り捕まってろよ!」
雲野兄妹に呼び掛け、航はカムヤマトイワレビコをアメノミナカヌシに向けて加速させた。
このまま極超音速でアメノミナカヌシに向かって突っ込む。
失敗すれば装甲に正面衝突して、三人は宇宙の塵になるだろう。
航自身が最初に言ったとおり、これは賭けだ。
「おおおおおおっっ!!」
航は金鵄砲をアメノミナカヌシに撃ち、更に機体を加速させる。
雲野兄妹が副操縦席で悲鳴を上げているが、極限の集中力を発揮した航の耳には入っていない。
航は限界まで出力を上げ、最高加速度を出さなければならなかった。
(っ! やっぱり来たか、重力操作!)
航は前方から機体に掛かる圧力を感じた。
それは地球の重力に引かれる感覚に似ていたが、アメノミナカヌシからは遠離る力だ。
アメノミナカヌシからの反重力がカムヤマトイワレビコに掛かっているのだ。
(予想は出来ていたさ。だからこそ、全速力だ!)
実を言うと、航は先程魅琴がアメノミナカヌシに飛び移った際、彼女が一瞬減速する様子を見ていた。
それで、ある程度接近すると反重力に襲われることは既に承知していたのだ。
が、アメノミナカヌシの恐ろしさはそれだけでは終わらない。
航は機体を目一杯加速させ、反重力を打ち消して突き進む。
だが装甲が目前に迫った時、カムヤマトイワレビコは恐るべき力で逆に吸い寄せられた。
(くっ! 重力反転、そう来たか!)
カムヤマトイワレビコは仕様を遙かに超えた、想定以上の勢いで装甲へ向かって加速していく。
このままでは正面衝突する。
(いや、大丈夫だ! そうだろ、魅琴!)
(勿論!)
ぶつかる――その瞬間、航の目の前から装甲が弾け飛んだ。
そして迫るのは魅琴の拳、否、掌だ。
魅琴はカムヤマトイワレビコの限界を超えた突撃を片腕で受け止め、暫く後方に押された後に停止させた。
「ふう、作戦通りだな……」
『ええ。バッチリだったでしょう』
「途中減速したり加速したりしたけれど、よくタイミングを調整出来たな」
『当然よ。貴方が困難に見舞われたときどう藻掻き苦しむのか、それは他でもない私が一番能く知っているもの』
二人は見事、カムヤマトイワレビコをアメノミナカヌシの内部に突入させることに成功したのだ。
「ふにゅうぅぅ……」
「死ぬかと思ったです……」
後部座席では、雲野兄妹が航以上に草臥れていた。
「ごめんごめん。また危険な目に遭わせちゃったね。おーい魅琴、ハッチを開けるから中へ入って、この二人を落ち着かせてやってくれないか?」
「良いわよ」
日神回路の光を収めたカムヤマトイワレビコが魅琴を再び機内へと招き入れた。
此処からはまた暫く為動機神体で内部を進んでいく。
⦿⦿⦿
アメノミナカヌシ内部、中央制御室「高御座の間」。
「貴龍院よ」
「はい、陛下」
玉座に坐る神皇と、側に控える貴龍院皓雪――二人の表情は対照的なものだった。
「どうやら明治日本の『金色の機体』がアメノミナカヌシの装甲を破り、内部へと突入してきたらしい」
「然様で御座いますか……」
貴龍院は苛立つ感情を絞り出す様に歯噛みする。
自分達に刃向かい、斃そうという者達が此方の防衛網を突破し、近付いて来ているのだから、この反応は自然である。
一方で、神皇はやはり何処か嬉しそうに笑っている。
己の正義を胸に自分にすら盾突く者の来訪は寧ろ嬉しい、出来ることなら会って話がしたい――その期待が高まっているのだろうか。
若しくは、それ以外にも来訪を心待ちにする理由があるのか。
「しかし、信じられませんわ……。アメノミナカヌシの装甲が破られるなんて……」
来訪者に罵詈雑言を浴びせたい貴龍院だったが、彼らを評価する主君の手前では直接的には言えず、驚愕の吐露に恨み言を含ませた。
「外壁の装甲は陛下の絶大なる神為に守られているのではなかったのですか?」
「ふむ、確かに通常ならば如何に岬守航の『金色の機体』や麗真魅琴の拳とて、傷一つ付けられぬであろう。更には瞬時の自己再生機能も二段構えの防御機構として働き、外からは絶対に突破不能である筈だった」
言葉とは裏腹に、神皇の声はやや弾んでいた。
貴龍院としては全く以て気に入らないが、本心を押し殺して質問を重ねる。
「彼らがそれを為したのは、如何なる奇跡が起こったのでしょう」
「一つは、本来装甲を守る筈の俺の神為が行き渡っていなかった為だな。これは先程、更新予告が掛けられた際にその変更が内部機構に何らかの影響を与え、不具合を起こしてしまっていたのだろう」
「何ですって!?」
貴龍院は顔を顰め、眉間周りに深い皺を刻んだ。
(三入君……何処まで役立たずなのぉ? 貴方がしくじったせいであいつらが中に入っちゃったじゃなぁい……!)
とはいえ、形の上では配下の不始末が原因なので、貴龍院は表向き畏まらざるを得ない。
「も、申し訳ございません陛下」
「いや、汝が悪い訳ではない。それに、先程も言ったとおりそれだけで突破出来るものではない。何より、あの二人の力と機転と勇気が非凡であったが故に成し遂げられたのだ。ここは素直にそれを讃えておこうではないか」
貴龍院は舌打ちしたい気持ちを必死で押さえ込んでいた。
苛立ちから表情筋が秒刻みに震え、その心根が滲み出る。
(まだよぉ、まだ最外装甲を突破されただけ。アメノミナカヌシは直径八一二八米の巨大要塞、この中央制御室「高御座の間」まではまだまだ突破しなければならない区域が四層もあるんだからぁ……)
貴龍院の考えるとおり、航達のアメノミナカヌシ攻略は始まったばかりである。
彼女が邪悪に口角を歪め上げるのは、この先にもまだ恐るべき防衛機構が待ち受けているからに他ならない。
(各層に陛下の用意した刺客「時の彫刻」が貴方達に身の程というものを教えてくれるわぁ……)
侵入者に対し、アメノミナカヌシは更なる容赦の無い刺客を送り込もうとしていた。