日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十八話『時の彫刻』 序

 岬(さき)守(もり)航(わたる)と麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は六歳の頃から、十五年半もの期間を交わってきた幼馴染である。

 互いを互いに想(おも)い合(あ)い、躊(ため)躇(ら)い合い、通じ合ってきた二人は、半年前に漸(ようや)く男女として交際し始めた。

 しかしながら、二人の関係は寧(むし)ろ、互いにどっち付かずだった曖昧な十五年間で培われてきた。

 今、共通の目的――否(いな)、使命を前にした二人は、互いに任された役割を必ず果たすという確固たる信頼を寄せ合っている。

 

(頼んだぞ、魅(み)琴(こと))

(任せなさい、航(わたる))

 

 無(む)窮(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・アメノミナカヌシを前にして、宇宙空間を隔てた二人は、声を要せずとも通じ合っていた。

 離れていても、互いの見る景色が在り在りと思い浮かぶ。

 宛(さなが)ら、視点を共有しているかの様に。

 

「ふにゅぅ」

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さん、何をする気ですか?」

 

 皇(こう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレビコ操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」、副操縦席の雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)が不安げに尋ねる。

 しかし、航(わたる)には構っている余裕が無かった。

 

「悪いが黙って見ていてくれないか? 集中しないと失敗する。そうしたら三人とも宇宙の塵(ちり)だ」

 

 雲(くも)野(の)兄妹は引(ひ)き攣(つ)った声を漏らした。

 航(わたる)は敢(あ)えて其(そ)方(ちら)に意識を向けず、つい今し方飛び立っていった魅(み)琴(こと)の一挙手一投足へと眼(め)を凝らす。

 

「行け、魅(み)琴(こと)!」

 

 アメノミナカヌシに肉薄した魅(み)琴(こと)は、両の拳を握り締めて振り被った。

 超常の膂(りよ)力(りよく)を秘めた両腕に渾(こん)身(しん)の力が込められ、超絶なる破壊の暴が今再び、アメノミナカヌシの装甲へと向けられる。

 

 魅(み)琴(こと)には絶対の自信があった。

 この世に存在する汎ゆる鉱物・無機物に、自分の拳で砕けないものなど存在しない。

 その気になれば巨星すらも打ち砕けるだろう。

 

(何より、航(わたる)に頼られて「出来ませんでした」なんて無(ぶ)様(ざま)を曝(さら)すなんてあり得ない! そして今の航(わたる)なら、自分が言い出したことは必ずやり遂げてくれる!)

 

 そして、凄絶無比なる拳打。

 宇宙空間にも拘(かか)わらず、如何にも轟(ごう)音(おん)が鳴り響きそうな衝撃がアメノミナカヌシに降り掛かる。

 傍(はた)目(め)からも異常な振動が目に見える程だ。

 本来ならばこの一撃で外壁を覆う装甲は木(こつ)端(ぱ)微(み)塵(じん)に砕けるだろう。

 

 しかし、アメノミナカヌシの装甲は破壊された瞬間に自己再生する。

 それは恰(あたか)も、まるで効いていないかの如く錯覚させる程の再生速度だ。

 

 勿(もち)論(ろん)、魅(み)琴(こと)はそれを先刻承知である。

 再生しようが、砕けていることは事実なのだ。

 ならば破壊し続けるまでだ。

 

(アアアアアアアッッ!!)

 

 目にも留(とど)まらぬ、腕が無数に分裂したと錯覚する程の凄(すさ)まじい連打である。

 それでも装甲は破壊の瞬間に再生するが、少しずつ拳の破壊範囲が大きくなっていく。

 

 魅(み)琴(こと)には恐るべき能力がある。

 彼女はこれから繰り出す拳に、今までの拳の威力を総和して上乗せ出来るのだ。

 単純に計算すると、二発目の拳には一発目の拳の威力が上乗せされて二発分の威力になる。

 三発目の拳には一発目の一発分と二発目の二発分――合計三発分が上乗せされて四発分の威力になる。

 同様の計算で四発目の拳は八発分の威力、五発目の拳は十六発分の威力と、倍々に威力が増大していくのだ。

 そんな物を彼女は、拳が壁を作る程の速度で連発するのだから、唯(ただ)でさえとんでもない破壊力は途方も無い規模に膨れ上がっていく。

 

(ハアアアアアッッ!!)

 

 アメノミナカヌシの再生が追い付かなくなってきた。

 そして遂(つい)に、一瞬、ほんの一瞬だけ装甲の内部が見えた。

 その瞬間を逃さず、魅(み)琴(こと)はアメノミナカヌシの内部へと侵入する。

 連打に連打を重ねた彼女の拳は想像を絶する破壊力にまで凶悪化していたに違い無い。

 だがそれでも、魅(み)琴(こと)の細身の体を通すのが精一杯だった辺り、アメノミナカヌシの自己再生能力もまたやはり途(と)轍(てつ)もなかった。

 

 遠巻きに魅(み)琴(こと)の侵入成功を見守っていた航(わたる)はしかし、全く狼(う)狽(ろた)えない。

 基よりここまでは予定通りだった。

 

「扨(さ)て、勝負はここからだ……」

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)の様子を瞬き一つせず見守った。

 彼には見届ける必要があった。

 カムヤマトイワレビコの装甲が金(こん)色(じき)に激しく輝く。

 トミノナガスネヒコとの戦いに続き、再び日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)を発動させたのだ。

 

「行くぞ!」

 

 航(わたる)は機体の拳の砲口をアメノミナカヌシに向ける。

 そして、金(きん)鵄(し)砲(ほう)を一発。

 しかしながら、この程度では装甲はビクともしない。

 

「やはり駄目か。これを拳一発で砕く魅(み)琴(こと)はとんでもないな、解(わか)っちゃいたが……」

 

 と、次の瞬間、アメノミナカヌシの装甲が砕け、再生までの一瞬だけ魅(み)琴(こと)の姿が外から見えた。

 金(きん)鵄(し)砲(ほう)が効いたのではなく、魅(み)琴(こと)が内側から再度破壊したのだ。

 その様子を見て、航(わたる)は口角を上げた。

 

(良し、計算通りだ)

 

 航(わたる)は再び金(きん)鵄(し)砲(ほう)で射撃。

 その直後、魅(み)琴(こと)が内側から装甲を破壊。

 そうして同じ遣(や)り取(と)りを何度も繰り返す。

 

(これで十回、そろそろだな……)

 

 愈(いよ)々(いよ)カムヤマトイワレビコが動き出す。

 航(わたる)の目(もく)論(ろ)見(み)は、魅(み)琴(こと)が内側から装甲を破壊した瞬間にカムヤマトイワレビコを滑り込ませるというものだ。

 今まで撃ってきた金(きん)鵄(し)砲(ほう)はその為(ため)の準備である。

 

 光線砲が装甲に当たった時、破壊こそ出来ずとも、装甲に何ら名の反応はある筈(はず)だ。

 常人には全く感じられない、誤差にも等しい変化とはいえ、魅(み)琴(こと)ならばそれに気付く。

 現に、魅(み)琴(こと)は航(わたる)が撃った光線砲に対して破壊という反応を返してきた。

 つまり、航(わたる)は金(きん)鵄(し)砲(ほう)で突撃のタイミングを魅(み)琴(こと)に報(しら)せていたのだ。

 逆に魅(み)琴(こと)は航(わたる)に金(きん)鵄(し)砲(ほう)直撃から装甲破壊までのタイミングを航(わたる)に報せる。

 

(行くぞ、魅(み)琴(こと)!)

(来なさい、航(わたる)!)

 

 そして、十発繰り返したことにも意味がある。

 魅(み)琴(こと)の身長一六六センチに対して、カムヤマトイワレビコの全高は二十八メートル、その比率は約一六八七倍である。

 魅(み)琴(こと)の拳の威力は一発毎(ごと)に倍になるものとして計算すると、十発で一〇二四倍――即(すなわ)ち次で二〇四八倍になり、カムヤマトイワレビコが充分通れる規模の破壊が可能となる。

 

「二人共、確(しつか)り捕まってろよ!」

 

 雲(くも)野(の)兄妹に呼び掛け、航(わたる)はカムヤマトイワレビコをアメノミナカヌシに向けて加速させた。

 このまま極超音速でアメノミナカヌシに向かって突っ込む。

 失敗すれば装甲に正面衝突して、三人は宇宙の塵になるだろう。

 航(わたる)自身が最初に言ったとおり、これは賭けだ。

 

「おおおおおおっっ!!」

 

 航(わたる)は金(きん)鵄(し)砲(ほう)をアメノミナカヌシに撃ち、更に機体を加速させる。

 雲(くも)野(の)兄妹が副操縦席で悲鳴を上げているが、極限の集中力を発揮した航(わたる)の耳には入っていない。

 航(わたる)は限界まで出力を上げ、最高加速度を出さなければならなかった。

 

(っ! やっぱり来たか、重力操作!)

 

 航(わたる)は前方から機体に掛かる圧力を感じた。

 それは地球の重力に引かれる感覚に似ていたが、アメノミナカヌシからは遠(とお)離(ざか)る力だ。

 アメノミナカヌシからの反重力がカムヤマトイワレビコに掛かっているのだ。

 

(予想は出来ていたさ。だからこそ、全速力だ!)

 

 実を言うと、航(わたる)は先程魅(み)琴(こと)がアメノミナカヌシに飛び移った際、彼女が一瞬減速する様子を見ていた。

 それで、ある程度接近すると反重力に襲われることは既に承知していたのだ。

 

 が、アメノミナカヌシの恐ろしさはそれだけでは終わらない。

 航(わたる)は機体を目一杯加速させ、反重力を打ち消して突き進む。

 だが装甲が目前に迫った時、カムヤマトイワレビコは恐るべき力で逆に吸い寄せられた。

 

(くっ! 重力反転、そう来たか!)

 

 カムヤマトイワレビコは仕様を遙(はる)かに超えた、想定以上の勢いで装甲へ向かって加速していく。

 このままでは正面衝突する。

 

(いや、大丈夫だ! そうだろ、魅(み)琴(こと)!)

(勿論!)

 

 ぶつかる――その瞬間、航(わたる)の目の前から装甲が弾(はじ)け飛(と)んだ。

 そして迫るのは魅(み)琴(こと)の拳、否、掌(てのひら)だ。

 魅(み)琴(こと)はカムヤマトイワレビコの限界を超えた突撃を片腕で受け止め、暫(しばら)く後方に押された後に停止させた。

 

「ふう、作戦通りだな……」

『ええ。バッチリだったでしょう』

「途中減速したり加速したりしたけれど、よくタイミングを調整出来たな」

『当然よ。貴方(あなた)が困難に見舞われたときどう藻(も)掻(が)き苦しむのか、それは他でもない私(わたし)が一番能(よ)く知っているもの』

 

 二人は見事、カムヤマトイワレビコをアメノミナカヌシの内部に突入させることに成功したのだ。

 

「ふにゅうぅぅ……」

「死ぬかと思ったです……」

 

 後部座席では、雲(くも)野(の)兄妹が航(わたる)以上に草(くた)臥(び)れていた。

 

「ごめんごめん。また危険な目に遭わせちゃったね。おーい魅(み)琴(こと)、ハッチを開けるから中へ入って、この二人を落ち着かせてやってくれないか?」

「良いわよ」

 

 日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)の光を収めたカムヤマトイワレビコが魅(み)琴(こと)を再び機内へと招き入れた。

 此(こ)処(こ)からはまた暫く為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)で内部を進んでいく。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 アメノミナカヌシ内部、中央制御室「高(たか)御(み)座(くら)の間(ま)」。

 

「貴(き)龍(りゆう)院(いん)よ」

「はい、陛下」

 

 玉座に坐(すわ)る神(じん)皇(のう)と、側に控える貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)――二人の表情は対照的なものだった。

 

「どうやら明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の『金(こん)色(じき)の機体』がアメノミナカヌシの装甲を破り、内部へと突入してきたらしい」

「然(さ)様(よう)で御座いますか……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は苛(いら)立(だ)つ感情を絞り出す様に歯(は)噛(が)みする。

 自分達(たち)に刃向かい、斃(たお)そうという者達が此(こ)方(ちら)の防衛網を突破し、近付いて来ているのだから、この反応は自然である。

 

 一方で、神(じん)皇(のう)はやはり何処(どこ)か嬉(うれ)しそうに笑っている。

 己の正義を胸に自分にすら盾突く者の来訪は寧ろ嬉しい、出来ることなら会って話がしたい――その期待が高まっているのだろうか。

 若(も)しくは、それ以外にも来訪を心待ちにする理由があるのか。

 

「しかし、信じられませんわ……。アメノミナカヌシの装甲が破られるなんて……」

 

 来訪者に罵(ば)詈(り)雑(ぞう)言(ごん)を浴びせたい貴(き)龍(りゆう)院(いん)だったが、彼らを評価する主君の手前では直接的には言えず、驚(きよう)愕(がく)の吐露に恨み言を含ませた。

 

「外壁の装甲は陛下の絶大なる神(しん)為(い)に守られているのではなかったのですか?」

「ふむ、確かに通常ならば如(い)何(か)に岬(さき)守(もり)航(わたる)の『金(こん)色(じき)の機体』や麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)の拳とて、傷一つ付けられぬであろう。更には瞬時の自己再生機能も二段構えの防御機構として働き、外からは絶対に突破不能である筈だった」

 

 言葉とは裏腹に、神(じん)皇(のう)の声はやや弾んでいた。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)としては全く以(もつ)て気に入らないが、本心を押し殺して質問を重ねる。

 

「彼らがそれを為(な)したのは、如何なる奇跡が起こったのでしょう」

「一つは、本来装甲を守る筈の俺(おれ)の神(しん)為(い)が行き渡っていなかった為だな。これは先程、更新予告が掛けられた際にその変更が内部機構に何らかの影響を与え、不具合を起こしてしまっていたのだろう」

「何ですって!?」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は顔を顰(しか)め、眉(み)間(けん)周りに深い皺(しわ)を刻んだ。

 

(三(みつ)入(なり)君……何処まで役立たずなのぉ? 貴方(あなた)がしくじったせいであいつらが中に入っちゃったじゃなぁい……!)

 

 とはいえ、形の上では配下の不始末が原因なので、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は表向き畏(かしこ)まらざるを得ない。

 

「も、申し訳ございません陛下」

「いや、汝(なれ)が悪い訳ではない。それに、先程も言ったとおりそれだけで突破出来るものではない。何より、あの二人の力と機転と勇気が非凡であったが故に成し遂げられたのだ。ここは素直にそれを讃(たた)えておこうではないか」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は舌打ちしたい気持ちを必死で押さえ込んでいた。

 苛立ちから表情筋が秒刻みに震え、その心根が滲(にじ)み出(で)る。

 

(まだよぉ、まだ最外装甲を突破されただけ。アメノミナカヌシは直径八一二八米(メートル)の巨大要塞、この中央制御室「高(たか)御(み)座(くら)の間(ま)」まではまだまだ突破しなければならない区域が四層もあるんだからぁ……)

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の考えるとおり、航(わたる)達のアメノミナカヌシ攻略は始まったばかりである。

 彼女が邪悪に口角を歪(ゆが)め上げるのは、この先にもまだ恐るべき防衛機構が待ち受けているからに他ならない。

 

(各層に陛下の用意した刺客「時の彫刻」が貴方(あなた)達に身の程というものを教えてくれるわぁ……)

 

 侵入者に対し、アメノミナカヌシは更なる容赦の無い刺客を送り込もうとしていた。

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