無窮為動機神体・アメノミナカヌシの内部は中心に向けて主に四つの層に分かれている。
先ず最外殻から中心までの距離は約四〇六四米であるが、最外壁から約一八四〇米までの区域を「別天神の層」、そこから約一四〇〇米までの区域を「神世七代の層」、その内側五二六米までの区域を「地神五代の層」と呼び、此処までの領域は実質的に兵器の格納庫である。
神皇や彼に仕える者、謁見を求める者が通るのは、その内側に設けられた直径四九六米の中核部「人代の璽」である。
其処へ入場すると廻廊が二手に分かれており、それぞれ日本国と皇國の歴代皇尊を模った彫刻が並べられている。
何れの道を選んでも、進んだ先で最終的には中央制御室「高御座の間」の扉へと辿り着く。
扨て、「別天神の層」、「神世七代の層」、そして「地神五代の層」と「人代の璽」――最後の二つを一つに纏めると、その深さの比率は約二十九:二十二:十三で、これは地球の内部構造によく似ている。
アメノミナカヌシは小型の世界そのものを模しているのかも知れない。
航と魅琴、雲野兄妹を載せた皇級為動機神体・カムヤマトイワレビコは、アメノミナカヌシの深淵へと向けて「別天神の層」を落下していく。
いつ重力操作が働くか分からないので、航は機体の速度に神経を研ぎ澄まし、慎重に機体を下らせていた。
「それにしても、これは凄いな……」
航は息を呑んだ。
周囲に見えるのは、一つの壮大な物語を描いた壁画である。
「古事記に記された天地開闢の神話ね。世界の初めに顕れた天御中主神、続いて顕れた高御産巣日神、神産巣日神――この三柱を『造化参神』と呼ぶ。続いて可美葦芽彦舅神、天常立神が顕れ、そしてすぐに隠れたと云う……。この原初の五柱のことを『別天神』と呼ぶのよ」
「日本神話か……。如何にも神皇が好きそうだな」
「私も好きよ。御爺様も好きだった……」
「そうか……」
圧巻の光景だった。
これを神皇が一人で造ったのだとすれば、神皇はおそらく芸術的な才能にも恵まれている。
それらの天稟を建設的に、平和的に生かしていれば、彼の存在は間違い無く、皇國や日本のみならず、世界にとって大いなる福音となったに違い無い。
「っと、落下は此処までか……」
そろそろ地面に着く頃だ。
航の目の前を、カムヤマトイワレビコよりも一回り大きな神像の彫刻が通過する。
足下には高さ五十米程の台座が設けられており、神の名が記されている。
「『天常立神』か。君が先刻言っていた神様だね」
「そうね。でも……」
魅琴は意味深に黙った。
航も同じく、嫌な予感を抱いている。
どうして、彫刻は一柱分しかないのであろうか。
航にとって聞いたことのある、他の神々のことは忘れたのだろうか。
航はカムヤマトイワレビコを床に着地させた。
彫刻の台座には扉が備わっており、脇に案内が書いてある。
『上:別天神の層――下:神世七代の層』
「……成程ね」
航はすぐに状況を理解した。
扉に迫った瞬間、辺りが赤く点滅し、三機の為動機神体がカムヤマトイワレビコを取り囲むように降り立ったのだ。
何れもカムヤマトイワレビコよりも一回りも二回りも大きい、航も知っている特別機だ。
「特級為動機神体・ツハヤムスビ、極級為動機神体・タカミムスビ、絶級為動機神体・カムムスビか……。まさかこいつらを一遍に相手にしろと……。容赦無いぜ、全く……」
嘗て航を苦しめた三機が再び襲い掛かろうとしていた。
航は日本刀様の切断ユニットを機体の手に持たせ、構えを取る。
一見すると無茶な絵面――しかし、航は落ち着いていた。
「大丈夫、航? 手を貸しましょうか?」
「ありがとう。いざという時は頼むかも知れない。だが、多分行ける筈だ」
三機の敵がそれぞれ動き出す。
それを見て、航は予感を確信に変えた。
「やっぱりな。思った通りだ」
特級為動機神体・ツハヤムスビが胸の前で両腕を交差させ、背中から翼の様な兵装を拡げる。
節目と先端に備わった十数もの光線砲がカムヤマトイワレビコに斉射される。
しかし、航はこれを悉く躱した。
「喰らうかよ。その兵器は輪田衛士の超人的な操縦技能・射撃力があってこその脅威だ」
日神回路が発動し、カムヤマトイワレビコが金色の光を放つ。
航は金鵄砲をツハヤムスビに向け、二発を発射。
一発は躱されたものの、二発目で見事ツハヤムスビに命中させ、光の奔流で呑み込んだ。
結果、ツハヤムスビは爆炎と共に大破。
「まず一体目!」
幸先の良い滑り出しが出来た航だが、突如機体の動きが取れなくなった。
これも知っている。
案の定、極級為動機神体・タカミムスビが拳の光線砲で此方を狙っていた。
重力崩壊で相手を縛って砲撃する必殺兵器「天鳴砲」だ。
「束縛が甘いな。鯱乃神那智程の脅威は感じない」
航は冷静に、敵が砲撃を解き放つ瞬間を狙って光線砲を砲口に叩き込んだ。
結果、タカミムスビの腕の砲口は暴発。
その隙にカムヤマトイワレビコを肉薄させ、韴靈劔でタカミムスビを一刀両断した。
「二体目!」
残るは絶級為動機神体・カムムスビのみである。
しかし、これは航の敵になりようが無い。
「麒乃神聖花が乗ってなきゃ唯の奇を衒った女神像だろ。仏作って魂入れずだよ」
韴靈劔がそのまま返す刀でカムムスビを貫いた。
終わってみれば三機とも瞬殺。
おそらく人工知能による自動操縦だったのだろうが、極めて特別だった三人の操縦士が悉く居ないでは、航の相手になる訳も無かったのだ。
「輪田衛士・鯱乃神那智・麒乃神聖花、どれも恐るべき相手だった。自動操縦なんかじゃ百機揃えようが代わりになりやしない」
しかし、カムヤマトイワレビコの背後に一機の敵が迫っている。
「そうそう、当然居るよな?」
航は振り向き様に金鵄砲でその機体を跡形も無く消し飛ばした。
原級為動機神体・ウマシアシカビヒコヂ――アメノミナカヌシの外周でも襲い掛かってきた、タカミムスビの分身である。
だがこれも、鯱乃神那智の神為が無ければ大した相手ではなかった。
「良し、終わり」
「お見事」
終わってみれば呆気ない戦いだったが、これも偏に航がこれまでに経験した戦いの質がものを言った結果だ。
彼は今や向かうところ敵無し、史上最強の為動機神体操縦士に成長していた。
「扨て、と。特別機を全部斃したが……」
航が機体を先程の扉の方へと向けると、視界に下の層へと続く道が開けていた。
どうやら三機とも撃破すると扉が消える仕掛けだったらしい。
「さあ、行こうか」
航はカムヤマトイワレビコを台座の奥へと進ませた。
四人は更なる下層――「神世七代の層」へと突入する。
⦿⦿⦿
中核部「人代の璽」には「高御座の間」と「皇祖皇宗の廻廊」の他に、神皇に仕える者達の為に用意された控え室がある。
その一室で、二人の男が電視表示された「金色の機体」の様子を眺めていた。
「まさか三機の特別機が破れ、『別天神の層』が突破されるとはな」
「まだ『神世七代の層』と『地神五代の層』が残っているとはいえ、我々の出番も遠くないかも知れん……」
頭を丸めた力士を思わせる巨漢と、極端な長身痩躯の男――この凸凹コンビは何れも「紫桐一派」の青華家当主・榊御門飯降と菊屋敷師継である。
この二人の侯爵は盟主の侍従長・紫桐玄貴から、留守中の側仕えと貴龍院の監視を任されていた。
とはいえ、神皇に忠誠を誓う身として侵入者が見す見す素通りさせるなどあり得ない。
「覚悟の準備をしておいた方が良いかも知れませんな」
「ええ。今の内に『皇祖皇宗の廻廊』入り口に向かいましょうぞ」
アメノミナカヌシに仕掛けられた「時の彫刻」と呼ばれる防衛機構と、貴龍院率いる「神瀛帯熾天王」と呼ばれる朝敵に加え、神皇に絶対の忠誠を誓う「紫桐一派」――六摂家に次ぐ家格を持つ「青華家」の大貴族もまた、航達の行く手を阻もうとしていた。
⦿⦿⦿
闇の中を少し下ると、航達の視界が開けた。
どうやら次の層に到達したらしい。
下方の床には何体かの彫刻の神像が並べられている。
また、カムヤマトイワレビコが通った出口も一体の神像の台座であったらしい。
「また神様の彫刻か……」
「『神世七代の層』の名前からして、おそらくは伊弉諾尊と伊弉冉尊以前の神々ね。何柱かは男女が背中合わせのセットになっているでしょう?」
魅琴の指摘通り、床に立てられた八柱の神像のうち、六柱は男女が合わさった形をしている。
それらの彫刻にはそれぞれ「泥土煮神・沙土煮神」「大戸之道神・大苫邊神」「面足神・惶根神」の表示がある。
また、一柱ずつとなっている残り二つの神像にはそれぞれ「國狹槌神」「豐斟渟神」の表示が見られた。
「先刻通った天井の神像はおそらく國常立神ね。別天神最後の一柱・天常立神の次に生じた神で、神世七代の初代とされているわ」
「本当、博識だな……」
更に、床には五芒星が描かれており、それぞれの頂点には青・赤・黄・白・黒に塗られた円が描かれている。
「あれは何だ? というか、次の層へは何処から行けばいいんだ?」
「そうね。本来なら床をぶち破ってしまえば良いと言いたいところだけど、神様を前にしてそれは一寸憚られるわ」
「ああ、そういえば君は神社巡りが趣味だったな……」
そんなことを話しているうちに、カムヤマトイワレビコが着地した、その瞬間だった。
再び、辺りが赤く点滅する。
天井に備わった、航達がこの層へ入ってきた出口の備わった神像が天井に呑み込まれていく。
「退路を断たれた!」
そして、床に備わっていた八つの神像が動き出す。
「今度は何が来る?」
航は神像の動きを警戒し、空中へと機体を回避させた。
結果的に、この行動は正解だったと言えるだろう。
八つの神像の眼が光り、幾多の光線が解き放たれたのだ。
「うおおおおおっっ!?」
航は咄嗟に光線を躱した。
しかし、神像はカムヤマトイワレビコを狙って動き回りながら眼から光線砲を乱射する。
更に、光線は壁面に反射し、跳弾となって再び襲い掛かってくる。
「こりゃ洒落にならないぞ!」
航は焦燥を覚えた。
確かに、彼には卓越した回避技術がある。
しかし、このまま敵の光線が反射し続け、更に次弾・次々弾と矢継ぎ早に光線砲を連射されるとなると、すぐに敵の射撃で部屋が埋め尽くされてしまう。
つまり、躱そうにも物理的に躱す空間が無くなってしまうのだ。
「駄目だ! 魅琴、悪いが時間が無い! 床をぶち抜かせてもらうぞ!」
日神回路を発動させた航はカムヤマトイワレビコの拳を床に向け、砲口から金鵄砲を発射した。
が、航が撃った光線は床に当たった瞬間に吸収されてしまう。
しかも、吸収された瞬間に航は強烈な反重力に襲われ、機体を高々と打ち上げられてしまった。
「ガッ!? 糞! これじゃ先へ進めない!」
拙い事態である。
此方の攻撃がアメノミナカヌシの床や壁面に当たると、その瞬間侵入者に対して反重力が作用するようになっているらしい。
つまり、仮に魅琴を外へ出して床を破壊するよう頼んだとしても、床に攻撃を加えた瞬間にカムヤマトイワレビコが天井目掛けて吹き飛ばされてしまうのだ。
これでは、仮令魅琴が床を破壊しても一人でしか先へ進めない。
「どうすれば良い? これはどうすれば良いんだ!」
敵の光線は物凄い勢いで部屋を埋め尽くしていく。
そんな中、後部の副操縦席「和魂座」から魅琴が身を乗り出してきた。
「航、私の言うとおりに機体を動かしてみて」
「何か判ったのか?」
「根拠は無いけれど、多分こういうことじゃないかと思うのよ」
魅琴の指示を受けた航は、その通りに機体を動かす。
その動きに釣られ、此方を狙う神像もまたそれぞれ床を這うように動く。
「後少し! このままそれぞれの神像を色の付いた床の上まで持って来て!」
「了解!」
航は光線を回避しながら、八柱五組の神像を五芒星の頂点へと誘導していく。
そして、遂に「國狹槌神」を黒、「豐斟渟神」を赤、「泥土煮神・沙土煮神」を黄、「大戸之道神・大苫邊神」を白、「面足神・惶根神」を青の円上へ持ってきた時、神像は光線砲の連射をぴたりと止めた。
また、反射していた光線も壁面に吸収されて消えてしまった。
「ふう、助かったか。しかし、能く判ったな」
「北畠親房の『神皇正統記』に拠ると、國常立神の後から伊弉諾尊・伊弉冉尊の前の神々はそれぞれ五行の徳を司ると云われているらしいのよ。木・火・土・金・水の徳はそれぞれ青・赤・黄・白・黒に対応している。だから、それぞれに対応する色の円上に移動させれば何かが起こると考えたの。思った通りだったわ」
「そうか。君の知識に助けられた形だな」
「フ、私は文武両面で貴方の遙か上を行くのよ」
そんな話をしていると、五芒星の中央から新たに二体の神像の彫刻が迫り上がってきた。
それぞれ「伊弉諾尊」「伊弉冉尊」の表示が台座に彫られている。
また、二つの台座にはそれぞれ次の層への入り口が開けられていた。
『上:神世七代の層――下:地神五代の層』
「どちらかの道を選んで先へ進めということらしいわね」
「なんだかゲームのダンジョン攻略みたいだな。まあ此処は伊弉諾尊だろうな」
「そうね。私でもそっちを選ぶわ」
カムヤマトイワレビコは更に次の層へと進んでいく。