超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコを降りた四人は、鸕鶿草葺不合尊の神像に拵えられていた階段を昇り、像の掌に止まっていた鸕鶿の彫刻の背中に乗った。
すると、頭上の巨大な球体から四人の眼前に一羽の烏を模した彫刻が降り立つ。
「三本足の烏、八咫烏か……」
「これが私達をあの『人代の璽』という球体に導いてくれるということだけれど……」
八咫烏の彫刻は空中で羽撃いたまま鸕鶿の前に留まり、その両眼を光らせた。
光に包み込まれた四人は、そのまま上方の「人代の璽」に向かってゆっくりと浮上していく。
「ふにゅぅ……」
「凄い技術です……」
「まるでファンタジーの神殿だな……」
「多分、そういうコンセプトなんでしょうね……」
岬守航と麗真魅琴は、この無窮為動機神体・アメノミナカヌシを進む中で神皇の世界観を見た気がしていた。
日本神話の物語を描いた絵画に、神々を模った彫刻――それらへの愛着を余すことなく注ぎ込んだこの設備の造形は、おそらく自らの血筋へと繋がっていく。
神皇にとって日本とは、おそらく一つの巨大且つ壮麗な幻想物語なのだ。
彼が自らの絶大なる力を以て行使しようとしている破壊と殺戮は、その壮大な世界観を守ろうとしての凶行に違い無い。
「私には少し解る気がする……」
「え?」
魅琴は悲しみを宿した眼で周囲の空間を見下ろしていた。
この場所からだと、部屋の外に拵えられた神々の彫刻が能く見える。
「私はこの世界に生まれた時、一匹の邪悪な獣だった。けれども貴方を始め愛すべき人達と沢山出会って、世界の美しさを知ったの。そして素敵な人達を育んだ歴史と文化を持った日本のことも……。そんな世界で生きる私の人生も、まるで夢物語の様で……」
だから、何を犠牲にしても守りたかった。
だから、己を犠牲にしてでも戦った――魅琴が言いたいのはそういうことだろう。
「だが、それは神皇のしていることとは違う」
航は魅琴の肩を抱き、静かに、しかし力強く言い聞かせる。
「君は襲い来る脅威に立ち向かい、運命に抗ったんだ。神皇は自らの物語にとって邪魔な異物を世界から取り除こうとしている。同じな訳が無い」
「そうね。それに、こんなことを許していては愛した人達に顔向け出来ないわ。私は私の守ろうとした国を古くから築き上げ、守り続けた人達に愧じることの無い私で居たい、最期まで……」
「ああ……」
丁度、四人は超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコの顔の高さまで浮上した。
「カムヤマトイワレヒコ……」
共に戦ってきた愛機と対面し、航は言い知れぬ感慨に襲われた。
思えばこの機体には何度も助けられてきた。
先代神皇を相手に決死の戦いを挑んだ魅琴を迎えに行くことが出来たのも、その御陰で微かに繋がった希望を守って戦い抜けたのも、そして今再び戦う為にこの場所まで辿り着けたのも、全てこの日本国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコがあってのことだ。
「ありがとう。最後まで一緒に来てくれて、此処まで連れて来てくれて、本当にありがとう……」
航は心に湧き上がった言葉をそのまま口にした。
この先、彼らに帰る術は無い。
彼の愛機もまた、この場所で彼らと運命を共にするのだ。
「どうか見届けてくれ。立派に戦って来るから……」
四人はカムヤマトイワレヒコの頭を越え、更に高く浮上していく。
気が付くと、「人代の璽」と呼ばれる球体の外壁がもう目の前まで迫っている。
カムヤマトイワレヒコを見下ろす航は、ふと愛機が微笑んだ気がした。
表情などある筈も無いが、それでも航は彼に見送られた気がしたのだ。
四人は軈て、「人代の璽」の壁にそのまま入り込む。
宛ら、彼らを包む光の球が霧の中へと突入したといった様相だった。
そのまま、暫く上昇していくと共に、彼らの視界は徐々に闇に包まれる。
そして周囲が完全に見えなくなると、航達を包んでいた光も霧の様に消えてしまった。
「着いたみたいだな」
航達は足で床を踏み締めている。
どうやら「人代の璽」内部の階層に辿り着いたらしい。
目の前がゆっくりと開け、外の光が見えてくる。
「さあ、行こうか」
四人は光の下へと歩き出した。
⦿
無窮為動機神体・アメノミナカヌシへの正規の入場方法は、神皇の許可を得た上で巫璽山頂から此処「人代の璽」へと転移するに限られている。
正規入場者は転移の最中に天地開闢から神武東征までの記紀神話を短時間の走馬灯に見せられ、映像が終わると共に「人代の璽」の玄関口となる場所へと転移を完了する。
「また彫刻の像か……」
航達が辿り着いたのは、まさにそんな「人代の璽」の入り口、「皇祖皇宗の廻廊」と呼ばれる広々とした廻廊の開始地点である。
その壁際には、無数の立像が並べられている。
最初に目に付いた像には、名札として「初代・神武天皇・神日本磐余彦尊」の文字が台座に彫られている。
両隣に目を遣ると、非常によく似た像が二つ――それぞれ「二代・綏靖天皇・神渟名川耳尊」「二代・綏靖天皇・神八井耳尊」との名札が付けられている。
「御爺様の言っていた通りね。日本と皇國では、二代天皇の時点で歴史が分かれていた」
「成程、二つの日本の分岐はそこだったのか。やっと謎が解けたよ」
二つの像の先にはそれぞれ、更に三代・四代……と、日本と皇國それぞれの歴代天皇の像が並べられている。
「皇國の方も昔は『天皇』だったんだな」
「『神皇』と称し始めたのは先代が帰還してヤシマ政府を斃し『神聖大日本皇國』を建国してからだから、それはそうでしょうね……」
この様な何気ない細部にも、両の日本が辿った歴史の差異が顕れている。
「扨て、行こうか」
四人が廻廊を先へ進もうとした、その時だった。
「そこまでだ、侵入者共」
航達が進もうとした反対側、皇國の歴代帝像が並ぶ側の通路から二人の男が現われた。
頭を丸めた力士を思わせる巨漢と、極端な長身痩躯の男――如何にも凸凹コンビと言った二人組だ。
「榊御門侯爵家当主・榊御門飯降」
「菊屋敷侯爵家当主・菊屋敷師継。神皇陛下の御大望を阻もうとする不届き者共、此処で余さず始末してくれよう」
思わぬ敵襲――航と魅琴は咄嗟に振り向き、雲野兄妹を庇う様に立ち塞がる。
兄・雲野幽鷹は魅琴の、妹・雲野兎黄泉は航の背中に隠れ、怯えて震えていた。
「二人共、少し離れていてくれ。でも、余り遠くには行き過ぎるなよ」
「安心しなさい、すぐに終わらせるわ」
雲野兄妹は無言で頷くと、航と魅琴から離れて天皇像の陰に隠れた。
二人切りとなった航と魅琴は改めて榊御門飯降・菊屋敷師継の二人と対峙する。
「時間が無いんでな。やるならさっさと始めよう」
航が力士然とした巨漢・榊御門と、魅琴が長身痩躯の拳法服男・菊屋敷と、それぞれ向き合った。
対する二人は不気味な笑みを浮かべる。
「まさか貴様ら、我々をやられ役の雑魚とでも思っているのか? 青華家当主の我々を」
「見縊るなよ。我々は皇國でも指折りの『精神系能力』の使い手なのだ。如何に貴様らが強かろうが、心が屈してしまえば此方のものよ」
両者の間の空気が張り詰める。
戦いの火蓋が早くも切られようとしていた。
「さあ、先ずはそこの優男! 貴様から捻り潰してくれる!」
最初に動いたのは巨漢・榊御門だった。
彼の両眼が妖しい光を放つ。
「私の術識神為は、敵に自分の姿を『過去最も恐怖した対戦相手』に錯覚させるというもの! 更に、私の攻撃の痛みもまたその対戦相手の攻撃と同じ痛みを発生させる! さあ、恐怖に慄きながら為す術無く死ぬが良い!」
「え?」
榊御門の言葉に航は表情を引き攣らせた。
航にとって「過去最も恐怖した対戦相手」は自明である。
航の見る榊御門の姿が徐々に変貌していく。
「みっ、みみみみみ……!」
航の眼に映っているのは、邪悪な笑みを浮かべる魅琴の姿だった。
「ひ、ひいいいいっっ!!」
航は恐怖で固まって動けない。
彼の眼に映っている魅琴の幻影は一瞬で距離を詰め、航の顔面に強烈な拳の一撃を叩き込んだ。
『アハハハハ! 私の拳の味はどうかしら? 強く激しく壊してあげるわ!』
航は顔面に凄まじい激痛を感じていた。
榊御門の言葉も、魅琴の声と言葉に変換され、幻聴となって頭に鳴り響く。
だが、航は全く堪えていなかった。
「これが……魅琴の拳? この程度が?」
航は榊御門の腕を掴み、捻り上げた。
彼の瞳には既に、目の前の敵が正しい姿で映っている。
「ぐああああっっ!」
「確かに、この痛みは魅琴の拳そのものだ。あいつの拳は威力以上に異常に痛い、それは確かにそうだ」
魅琴の恐ろしさは、超絶の身体能力も然る事ながら、人体構造を天賦の才で知り尽くしているが故に最も効果的に苦痛を与える拳の打ち方をするところにある。
彼女との戦いはそれ自体が拷問に等しい。
だがそれでも、そんな彼女の拳そのものの痛みを以てしても、航は全く揺るがなかった。
「でも全然違うんだよ。拳から伝わる『痛み』の説得力が。この拳は自分を確実に壊す力がある、にも拘わらずギリギリ命運を繋がされている、そんな嗜虐の説得力が全然足りない。更に、はっきり言って間合いを詰める速度も全然なっちゃいない。つまり、見た目と痛み以外の全てが魅琴からは程遠い、似ても似つかない!」
この相手は魅琴の真赤な偽物である――そう認識してしまったが最後、榊御門の能力は航に幻覚を見せ続けることが出来なくなってしまったのだ。
彼は持ち前の怪力で捻られた腕を振り払い、体勢を立て直す。
「ならば仕方が無い! この榊御門自らの剛力を以て貴様の生白い肉体を挽肉にしてくれるわ!」
榊御門は皇國でも有数の大貴族である。
それ故、神為そのものも非常に大きい。
加えて、力士にも似た彼の体型はそれに違わぬ剛力を備えているのだ。
しかし、そんな榊御門の拳を航は軽々と受け止めた。
「な、何……?」
航はこの一箇月、魅琴を相手に格闘の鍛練を積んできた。
そんな彼にとって、榊御門の剛力など既に物の数ではないのだ。
「時間が無い、一気に決めてやる!」
今度は航が拳を振るった。
⦿
一方、長身痩躯の男・菊屋敷もまた魅琴を相手に精神系の能力を行使しようとしていた。
彼の両眼が妖しい光を放つ。
「私の術識神為は催眠洗脳! 常識改変・人格上書き――汎ゆる手法で対象の精神を書き換える! 相手に合わせて最も適切な手段を自動で選択し、一瞬にして御手軽催眠洗脳を完成させる! 如何に強かろうが、この能力に掛かれば抑も戦いにすらならん!」
魅琴の両眼から光が消えた。
菊屋敷の能力が選択したのは「人格の完全消去と新しい人格の植え付け」である。
魅琴は構えを解き、両腕両脚そして背筋を真直ぐに伸ばした姿勢を取った。
「くくく、さあこれで貴様は私のものだ。これからは私の、神皇陛下の忠実な奴隷戦士として働くのだ。手始めに侵入者をその手で鏖にせよ」
菊屋敷は魅琴に無慈悲な命令を出す。
だが、魅琴は微動だにせずただ不敵な笑みだけを浮かべた。
「悪いけれど私、そういうのは通用しないのよ」
「な、何!?」
魅琴の両眼には光が戻っていた。
想定外の事態だったのだろう、菊屋敷は焦燥の表情で後退る。
「簡単に言うと、私は抑も本来の自分を自分で洗脳して今の自分を作り上げているの。本来の邪悪な獣を今の淑やかな手弱女の人格に自ら塗り潰している」
一体どの口で「淑やかな手弱女」と言うのかは扨置き、確かに魅琴には菊屋敷の能力が全く通じていない様だ。
本来の自分を己で洗脳している――物は言い様だが、確かに彼女にはそういう側面もあるだろう。
尤も、宇宙空間を生身で暴れ回る麗真魅琴という女は抑も常識で測れないのかも知れないが。
「同時に、精神の根の部分では本来の邪悪な獣が主導権を取り戻し、いつでも表に出て来られる状態にある。謂わば私には汎ゆる洗脳に対し既に耐性を持っているのよ」
「ば、莫迦な……!」
更に後退る菊屋敷だが、追い詰められた彼は拳法の構えを取った。
「こ、こうなれば己の拳で通すのみ……!」
「そ、話が早くて助かるわ」
対する魅琴も拳を握り締めた。
すぐ側では航が拳を振るっている。
魅琴もまた、襲い掛かってきた菊屋敷を拳で迎え撃とうとしていた。
「退いてもらうぞ!」
「とっとと消えなさい!」
航と魅琴、二人の攻撃がそれぞれの相手を同時に激しく打ち付けた。
榊御門と菊屋敷は宙空に高々と舞い上がる。
「ふにゅ、凄い……」
「瞬殺です……」
雲野兄妹が嘆息するのも無理は無い。
岬守航と麗真魅琴――この二人は今や日本国でも並び立つ者が居ない最強コンビだろう。
床に叩き付けられた榊御門と菊屋敷は意識を失い、再び起き上がってくることは無かった。