日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百十九話『君側の奸』 急

 形勢は既に決定的だった。

 殴り倒された閏(うる)閒(ま)はめげずに再度武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)の超大型二丁拳銃「奇(き)門(もん)遁(とん)甲(こう)魔(ま)弾(だん)銃(じゅう)・晴(せい)卍(まん)道(どう)満(まん)」を形成し、起き上がり様に航(わたる)へと向かって行く。

 

「調子に乗るな、青二才が!」

 

 閏(うる)閒(ま)の武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)で形成された拳銃には、非常に細かな遁(とん)甲(こう)の図が描かれている。

 その図は敵の動きに合わせ一部が光り、吉方を示す。

 閏(うる)閒(ま)はその導きに従い、近接戦闘で有利に立ち回りながら高威力の銃弾で相手を確実に仕留めるのだ。

 軍隊で鍛えた体幹と機敏な動きと相(あい)俟(ま)って、独特且つ洗練された一つの格闘術として敵に襲い掛かる。

 

「ガアアアッッ!!」

 

 初撃は牽(けん)制(せい)としての前蹴り――これは航(わたる)の腕で強く払(はら)い除(の)けられる。

 航(わたる)は腕の光線砲ユニットの砲口を閏(うる)閒(ま)に向けようとするが、閏(うる)閒(ま)は既に銃の示す吉方に従い、航(わたる)の背後に回り込んでいた。

 そして、振り向くことなく航(わたる)の後頭部に銃口を向け、発砲。

 S(スミス)&(アンド)W(ウェッソン)・M(モデル)500を片手で寸分の狂い無く照準を合わせ、空(す)かさず狙い撃てる彼は、充分過ぎる程に技を磨いている。

 

 だが、銃弾は航(わたる)に中(あた)らない。

 それどころか、航(わたる)は閏(うる)閒(ま)が引(ひき)金(がね)を弾(はじ)く直前に、閏(うる)閒(ま)を見ることも無く光線砲で眉(み)間(けん)を正確に撃ち抜いていた。

 

「ぐ、が……糞(くそ)っ……!」

 

 本来ならば致命傷だが、穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)で不死身となっている閏(うる)閒(ま)はすぐさま傷を再生し、腕を交差させながら一度航(わたる)と距離を取った。

 そして、勢いを付けて跳び上がり、回転蹴りを繰り出す。

 当然、跳び上がる方向は奇(き)門(もん)遁(とん)甲(こう)に従って航(わたる)に対して有利な位置を選んでいる。

 閏(うる)閒(ま)は此(こ)方(ちら)を再び狙おうとする航(わたる)の手を蹴り上げ、脇の下から銃を向けて発砲。

 

 しかし、航(わたる)の後回し蹴りが閏(うる)閒(ま)の背中を激しく撲(う)った。

 同時に、銃弾も回し蹴りの動きで躱(かわ)している。

 

「ぐおおっ、ま、まだっ……!」

 

 閏(うる)閒(ま)は肘で転倒から体を庇(かば)い、上半身の発条(ばね)で跳ね上がる。

 が、この時彼は吉方に従うことを忘れていた。

 跳び上がった閏(うる)閒(ま)は隙だらけで、航(わたる)の光線砲が一瞬のうちにその胴体を蜂の巣にしてしまった。

 

「か……は……」

 

 閏(うる)閒(ま)は体の方々が辛うじて繋(つな)がっている状態になりながら、それでも怒りに塗れて血走った眼(め)で航(わたる)を睨(にら)み付(つ)けていた。

 

「糞(くそ)っ、糞(くそ)っ……!」

 

 そしてこれだけやられても、彼の体はあっという間に再生する。

 

「糞(くそ)アアアアッッ!!」

「お前だよ、糞(くそ)野郎は!」

 

 閏(うる)閒(ま)の体が再生した瞬間、航(わたる)の渾(こん)身(しん)の拳が再び顔面に叩(たた)き込(こ)まれた。

 

「ぐはっ!!」

 

 航(わたる)の攻撃は終わらない。

 もう一発、更にもう一発と、怒りに固められた石の様な拳が何度も何度も閏(うる)閒(ま)の顔面に、脇腹に、他汎(あら)ゆる部位を打ち付け、抉(えぐ)り、穿(うが)つ。

 

「お前に解(わか)るか! お前のせいで! 魅(み)琴(こと)がどんなに哀(かな)しい想(おも)いをしたか! どんなに苦しんで全てを諦めたか! どれほどの重荷を背負わされたか! ええ、鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)!? 俺(おれ)がお前に与えられる痛みなど、あいつが運命付けられた物に比べたら、泡沫(うたかた)の様に軽く儚(はかな)い!」

 

 下からの拳が閏(うる)閒(ま)の頬(ほお)を激しく打ち上げた。

 

「ガハアアアアアッッ!!」

 

 閏(うる)閒(ま)の体は血を吐きながら数米(メートル)程も舞い上がり、既に崩壊した顔面から地面に叩(たた)き付(つ)けられた。

 流石(さすが)の閏(うる)閒(ま)も、凄惨なる怒(ど)濤(とう)の連打を受けては力無く突(つっ)伏(ぷ)すしか無く、すぐに起き上がることは出来なかった。

 そんな彼に、航(わたる)は静かな怒りと共に宣告する。

 

「さっさと立て。お前には地獄を見せてやる。あいつが悩み傷付いた分に釣り合うだけ痛め付けなきゃ、この怒りは収まらないと思え。飽くまでも抵抗する限り到底終わらないから覚悟するんだな」

 

 閏(うる)閒(ま)は損傷と疲労から震える体を気力で支える様に手を床に着いた。

 散々殴られる中、武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)も何(ど)処(こ)かへ手放してしまった。

 彼の脳(のう)裡(り)に、古い記憶の言葉が浮かぶ。

 

『兵に告ぐ。勅命が發(はつ)せられたのである。既に天皇陛下の御(ご)命(めい)令(れい)が發(はつ)せられたのである。お前達は上官の命令を正しいものと信じて絶(ぜっ)對(たい)服(ふく)從(じゅう)をして、誠心誠意活動して來(き)たのであろうが、既に天皇陛下の御命令によって、お前達は皆原隊に復(ふっ)歸(き)せよと仰せられたのである。此(この)上(うえ)お前達が飽くまでも抵抗したならば、それは勅命に反抗することとなり逆賊とならなければならない。正しいことをしたと信じてゐたのに、それが間違っていたと知ったならば、徒(いたず)らに今(いま)迄(まで)の行きがゝりや、義理上からいつまでも反抗的態度を採(と)って天皇陛下に背き奉(たてまつ)り、逆賊としての汚名を永久に受ける樣(よう)なことがあってはならない』

 

 閏(うる)閒(ま)があの時、蹶(けつ)起(き)の失敗を知らされた時に抱いた感情は、裏切られたことへの激しい怒りだった。

 尤(もつと)も、他の青年将校達に比べても彼の怒りは随分と身勝手なものだ。

 彼は実のところ皇道派の理念に対して興味は無く、「東方」での「蹶(けつ)起(き)」に「平(たいらの)将(まさ)門(かど)」との繋がりを勝手に見(みい)出(だ)して陶酔していただけだった。

 彼が当時の昭和天皇に抱いたのは、相手が自分の都合の良い物語に乗らなかったことへの自己都合的な逆(さか)恨(うら)みだった。

 

(儂(わし)は……選んだ! 逆賊上等だと! 我らの大義も解らぬ暗愚な君主など此(こ)方(ちら)から願い下げだと! 彼奴(きやつ)の方こそ暗君の汚名を永久に受けろと! 怒りが収まらんのは儂(わし)の方だ!)

 

 閏(うる)閒(ま)は懸命に当時の感情を思い出し、怒りで自分を奮い立たせようとする。

 しかし、同時にそれは彼にとって決定的な挫折だった。

 何故(なぜ)、蹶(けつ)起(き)が失敗に終わったあの時のことを今思い出したのか。

 それは今の状況が詰みだと、最(も)早(はや)航(わたる)には勝てないのだと、此(こ)処(こ)から先はただ痛め付けられ続けるだけだと、心の奥底で悟ってしまったからかも知れない。

 

(ぐううっ、何故儂(わし)がこんな目に? あの暗君の、萬(ばん)世(せい)一(いっ)系(けい)の日(ひ)嗣(つぎ)は何故未(いま)だに潰(つい)えていない? 所詮米国に敗北した劣等民族のボス猿の癖に! 儂(わし)は本当の君主に仕えている! 勝ったのは儂(わし)の筈(はず)だ! 神(じん)皇(のう)の力を使って天皇を今度こそ滅ぼす筈だったのに!)

 

 気力でどうにか起き上がった閏(うる)閒(ま)。

 しかし、既に足がふらついて真(まと)面(も)に戦うどころではない。

 航(わたる)はそんな彼の足の甲を、掌(てのひら)を、容赦無く光線砲で撃ち抜く。

 

「ぎゃあああああっっ!!」

「魅(み)琴(こと)が言っていたよ。掌や足の裏は感覚神経が集中しているから痛みも感じ易(やす)いってな。先刻(さっき)も言ったと思うが、あいつと付き合いが長いせいかそういうことに詳しくなってな。お前を苦しめる手段ならいくらでも思い付く。普段は悪趣味なことはしたくないが、お前だけは別だよ」

 

 閏(うる)閒(ま)は痛みに再び蹲(うずくま)り、起き上がることが出来ない。

 最後の性根まで燃え尽きてしまった、と言ったところか。

 

(ま、まだだ……。まだ負けではない……。どの道こいつを閉じ込め続ければ時間切れで儂(わし)の勝ちなんだ。儂(わし)は食料が無くても生きられるが、こいつは違う。如(い)何(か)に神(しん)為(い)で耐久力と生命力が大幅に上がり、飲まず食わずで活動出来る時間が長かろうが、限度が有る。最終的に儂(わし)が勝つことは確定している)

 

 しかし、閏(うる)閒(ま)は震えていた。

 持久戦に持ち込むとして、その間ずっと航(わたる)に痛め付けられることになる。

 耐えられるのか。

 既に心は戦意を喪失してしまっているのに。

 

「なあ、鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)」

 

 そんな閏(うる)閒(ま)に、航(わたる)が語り掛ける。

 

「お前は今、貴(き)龍(りゅう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)に仕えているのか? それとも神(じん)皇(のう)か? どちらにしても、トップは神(じん)皇(のう)だよな? だとしたら今のお前は、お前こそが『君(くん)側(そく)の奸(かん)』だな」

「な、何だと!?」

「だって、自分でも言っていただろう? 『貴(き)龍(りゅう)院(いん)は神(じん)皇(のう)を操って日本を滅ぼすよう仕向けようとしている』って。正に、完全な佞(ねい)臣(しん)じゃないか。皮肉なもんだな」

「き、貴様……!」

 

 一瞬、閏(うる)閒(ま)の心に怒りの火が点(つ)いた。

 しかし、それでも航(わたる)の眼を見た瞬間に心が竦(すく)んでしまう。

 今や彼の心は、魂は、怒りや憎しみよりも恐怖に塗(ぬ)り潰(つぶ)されていた。

 

(糞(くそ)っ糞(くそ)っ、糞(くそ)糞(くそ)糞(くそ)糞(くそ)ぉぉぉっっ!)

 

 その時だった。

 閏(うる)閒(ま)は前方から光が差し込むのを感じた。

 篝(かがり)火(び)とは違う、自らの心の闇を暴く様な光だ。

 それと共に、航(わたる)は踵(きびす)を返す。

 

「行こう、幽(ゆ)鷹(たか)君、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん」

「ふにゅ」

「はいです」

「なっ……!?」

 

 航(わたる)はそう言うと、幽(ゆ)鷹(たか)と兎(と)黄(よ)泉(み)を連れて歩き出した。

 突然の行動に理解が遅れた閏(うる)閒(ま)だったが、すぐに三人が向かう行き先を認めた。

 何故か閏(うる)閒(ま)の意思に反し、「穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)・深(しん)膿(のう)」異空間に出口が開け、「皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)の廻(かい)廊(ろう)」に繋がったのだ。

 

「ば、莫(ば)迦(か)な……どういうことだ?」

 

 事態が呑(のみ)込(こ)めない閏(うる)閒(ま)は震えた声で疑問を漏らした。

 そんな彼に、航(わたる)は立ち止まり、振り向いて答える。

 

「お前が願ったんじゃないのか? 僕(ぼく)が出て行くことを。自分の胸に訊(き)いてみろよ」

 

 航(わたる)はそう言い残すと再び歩き出し、「皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)の廻(かい)廊(ろう)」へと異空間を出て行った。

 自分の胸に訊いてみろ――航(わたる)はそう言ったが、閏(うる)閒(ま)も心の奥底では解っている。

 しかし、力の差と恐怖に折れた心が無意識のうちに航(わたる)から逃げたいと願ったなどと、決して認めたくは無い。

 

「ま、待て!」

 

 閏(うる)閒(ま)は慌てて航(わたる)を追い掛けようとする。

 しかし、それは形だけの偽りだった。

 もう痛め付けられないと、心の奥底では安(あん)堵(ど)している。

 だからなのか、航(わたる)と雲(くも)野(の)兄妹が出て行くと同時に、異空間の出口は閉じて辺りは再び闇に包まれた。

 

「そんな……莫迦な……」

 

 驚(きよう)愕(がく)だった、屈辱だった。

 だがそれ以上に、閏(うる)閒(ま)は深刻かつ絶望的な事態に見舞われていた。

 今、異空間の出入りは閏(うる)閒(ま)の意思に反して行われている。

 つまり裏を返せば、閏(うる)閒(ま)自身の意思では異空間の出口を開けなくなってしまっているのだ。

 

「ま、まさか……! 嘘(うそ)だ、そんなの嘘だ……!」

 

 程無くして、閏(うる)閒(ま)は気が付いた。

 自分の中から何か決定的なものが失われている。

 明らかに闇の力が、理から外れた力が自分の中に感じられなかった。

 

 閏(うる)閒(ま)は思い出す。

 嘗(かつ)て、神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)は貴(き)龍(りゆう)院(いん)から揃(そろ)ってこの様な忠告を受けていた。

 

『穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)を支えるのはこの世界への恨み、神々への強い憎しみよぉ。それがある限り貴方(あなた)達は永遠に生き、理外の力を操ることが出来る。つまり、貴方(あなた)達が目的を忘れない限りね』

『大丈夫だよ、御(お)媛(ひめ)様(さま)。僕(ぼく)達が忘れる訳が無い』

『うむ。我ら、既に冥府魔道を突き進む覚悟よ』

 

 八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)と推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)はそう即答していた。

 しかし、閏(うる)閒(ま)は少し気に掛かることがあった。

 

『それは無論で御座います。しかし媛(ひめ)様(さま)、仮にですよ、仮に儂(わし)等が世界への恨み、神々への憎しみを失うか、もっと別の目的が出来て忘れるか、してしまった場合はどうなるのです?』

『失われるわぁ。貴方(あなた)達の中から穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)の力が。だって、それこそが黄(よも)泉(つ)戸(へ)喫(ぐひ)の契約だものぉ』

 

 恨みを、憎しみを忘れた場合、穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)は失われる――その言葉を思い出した閏(うる)閒(ま)は全身に怖気(おぞけ)を感じた。

 世界への恨みと神々への憎しみ、皇統を断絶させ日本を滅ぼさんとする執念よりも、航(わたる)への恐怖が上回って屈してしまった。

 それが恨みと憎しみを忘れたと判定され、穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)の力が消えてしまったとしたら……?

 

「畜生、開け! 儂(わし)を此処から出せ! 出してくれ!」

 

 閏(うる)閒(ま)は最早、自らの穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)で作り出した異空間を他の場所に繋ぐ術を失ってしまった。

 つまりこのまま、閏(うる)閒(ま)はたった一人で闇の中閉じ込められたままになってしまう。

 

「嫌だ……嫌だ! 開け! 開いてくれ! 開いてええええっっ!!」

 

 閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)は二度と異空間から出られなかった。

 自らが作り出した闇の中、永遠の恐怖と孤独、敗北感と屈辱感に苛(さいな)まれ続けるのだ。

 そして死ぬことも出来ない彼は絶望の中で発狂し、正気の思考を失ってしまった。

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