日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百二十話『想死』 急

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)には恐るべき真の能力が有る。

 畢(ひつ)竟(きよう)、それに比べれば彼女の剣の腕前など添え物に過ぎない。

 

「うふ……ふふふふふ……」

 

 足下から漏れ聞こえる不気味な笑い声に、魅(み)琴(こと)は不快気に眉を顰(ひそ)めた。

 

「何が可(お)笑(か)しい?」

「何って、分からないのぉ? 如(い)何(か)に自分が能天気な事を言っているかを……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の体からドス黒い靄(もや)が立ち上がる。

 酷(ひど)い屍(し)臭(しゆう)を伴う靄だった。

 

「教えてあげるわぁ。生かし続ける事に比べ、殺すのは一瞬の容(た)易(やす)さ。私(あたくし)は生きとし生けるもの総(すべ)ての死を統(す)べる者。そして、思い出しなさぁい。生あるものにとって決して抗(あらが)えぬ絶対的宿命的結末こそが死であると……! つまり『死』こそ『最後にして永遠の花婿』……! 思い知りなさぁい! 私(あたくし)こそ『最後にして絶対の仲(なこ)人(うど)』であると!」

 

 地べたに顔を擦り付ける自称「絶対の仲人」――神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の頭目「広(こう)目(もく)天(てん)」貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)がその真価を発揮しようとしていた。

 

『穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)・磐(いわ)那(な)娥(が)告(つげ)逝(ゆき)』

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)は生まれ付き強力な神(しん)為(い)を持っていた。

 それこそが彼女の持つ「尋常ならざる眼(め)」と呼ばれる超感覚の正体である。

 しかし、その割に貴(き)龍(りゆう)院(いん)には神(しん)為(い)の第三段階で発現する能力――「術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)」や「武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)」が備わっていない。

 何(な)故(ぜ)ならば彼女のそれは、神の理に背く力である「穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)」と同化してしまっているからだ。

 

 とはいえ、その穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)は神(しん)為(い)の能力の欠如を補って余りある程に強力で、絶対的である。

 生きとし生けるものにとって「命」という存在そのものに関わる要素を操るのだから、並の能力など比較にならない。

 

 穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)「磐(いわ)那(な)娥(が)告(つげ)逝(ゆき)」――その能力は生と死の境界線を操るというものだ。

 平たく言えば、寿命の操作である。

 自他を問わず、限り無く死を遠ざけることも出来れば、遠ざけることも出来る。

 ただ、その為(ため)には二つ条件がある。

 

 それ即(すなわ)ち「対象を認識する」ことだ。

 これは単に「知っている」だけでは不足で、相手のことを「知覚」しなければならない。

 逆に「知覚」さえ出来れば、対象と死の距離がどれだけ接近し、或(ある)いはその境界を越えようとも、再び限り無く遠ざけることが出来る。

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の三人と「穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)」の契約を行う際、「黄(よも)泉(つ)戸(へ)喫(ぐひ)」に自身の血を少量混ぜている。

 これに因(よ)り、契約相手は貴(き)龍(りゆう)院(いん)の血と一体になる為、肉体が死ぬ度に与えられた彼女の血が「死」を「知覚」し、自動的に再び死を遙(はる)か彼方(かなた)へ追(お)い遣(や)る。

 そうして蘇(よみがえ)った体は、より貴(き)龍(りゆう)院(いん)の因子と混ざり合い、適合する。

 また、それは細胞の生と死にも適用される為、一度の契約で「不死」になるだけでなく、死んで蘇る度に適合した肉体はより「不老」に近付いていく。

 

 そして貴(き)龍(りゆう)院(いん)自身も述べるとおり、生かすのでなく殺すのであれば、この様な面倒な手続など必要無い。

 繰り返すが、彼女の能力に必要な条件は「知覚」だけだ。

 彼女が相手を殺すのに難儀するとすれば、相手を知覚するのに大きな力が必要な場合――即ち、対象と距離があったり、多人数であったりする場合である。

 その場合、彼女は能力の行使に神(しん)為(い)を大きく消耗してしまう為、余り濫用は出来ない。

 

 が、今の様に至近距離ならばその心配は無い。

 加えて、これも繰り返すが彼女には「尋常ならざる眼」がある。

 顔を伏せた状態からでも、死角の相手を知覚することなど容易いのだ。

 

 そしてもう一つの条件、これは別に大した話ではない。

 相手を明瞭に意識して、はっきりと能力の行使を念じるだけだ。

 即ち、相手を殺したければ相手に明確な殺意を向ければ良い。

 要するに「死ね」「殺す」などと念じれば、それだけで相手は死から逃れることは出来ない。

 

 そう、実は魅(み)琴(こと)は最初から大いなる危機に陥っていた。

 一度貴(き)龍(りゆう)院(いん)がその気になれば、魅(み)琴(こと)には逃れようの無い死が襲い掛かる。

 自然の摂理、世界の理――それは魅(み)琴(こと)を以(もつ)てしても「抗い様の無い強大な、絶対的な力」と評するものである。

 即ち、魅(み)琴(こと)の運命は決まったも同然であった。

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は顔を伏せたまま、血走った目を見開き、魅(み)琴(こと)を意識に捉えた。

 そして、念じる。

 

(死(し)っ……!)

 

 が、蹴り。

 その瞬間、魅(み)琴(こと)の足が貴(き)龍(りゆう)院(いん)の頭を振り抜いた。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は気絶しながら宙に打ち上げられる。

 

(なっ……!? 今蹴られて一瞬意識が飛んだ!?)

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は空中で体勢を立て直して着地。

 魅(み)琴(こと)の背後を取り、今度はその眼で彼女の後ろ姿を凝視しつつ唱える。

 

(死(し)っ……!)

 

 だが今度は魅(み)琴(こと)の拳が顔面を激しく撲(う)ち、一瞬意識を飛ばす。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)が見たのは膝から崩れ落ちて目の前に迫っていた地面だった。

 床に手を突いて頭を庇(かば)った彼女は気を取り直し、今度こそ魅(み)琴(こと)を殺そうとする。

 

「ガッ!?」

 

 しかし、再び蹴り。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の意識は三度飛び、思考が復帰した時には拳が目の前に迫っていた。

 

「ぐぼぁっっ!?」

 

 凄(すさ)まじい打(ちよう)擲(ちやく)が貴(き)龍(りゆう)院(いん)の身体を壁に叩(たた)きつけた。

 またしても彼女の意識が飛び、尻餅を突いたところで目の前の敵を仰いで気が付いた。

 

「くっ……!」

 

 穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)の脅威はどうした――そんなことは貴(き)龍(りゆう)院(いん)本人が一番痛感している。

 彼女は無敵の能力を手に入れた筈(はず)だった。

 しかし、「穢(え)詛(そ)禍(まが)終(つひ)・磐(いわ)那(な)娥(が)告(つげ)逝(ゆき)」には意外なほど脆(もろ)い欠点があった。

 いや、本来は欠点にならないのであろうが、現に彼女はそれによって苦しめられている。

 

「おのれ……!」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は依然自分を窮地から逃さない相手、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)を睨(にら)み上げる。

 自分の能力に絶対の自信を持つ筈の彼女は、確かに魅(み)琴(こと)を瞬殺しようとしていた。

 

 何より、見下す眼が気に入らない。

 澄ました綺(き)麗(れい)な顔も気に入らない。

 だから今すぐに殺(ころ)……と考えた瞬間、魅(み)琴(こと)の回し蹴りが貴(き)龍(りゆう)院(いん)の蟀谷(こめかみ)に炸(さく)裂(れつ)し、彼女は地べたを転げ回る。

 

「このっ……!」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は勢いを利用して立ち上がった。

 何度も邪魔が入るが、決まりさえすれば一瞬で終わる。

 

 今度こそ死(し)……と念じようとした瞬間、今度は魅(み)琴(こと)の拳が顔面に突き刺さる。

 かなり飛ばされた筈だったが、魅(み)琴(こと)はその間合いも刹那で詰めていた。

 そして、貴(き)龍(りゆう)院(いん)も気が付いた。

 意識を失っていたので、二重の意味で。

 

「小娘がぁっ……!」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)はずっと能力を行使しようとしている。

 しかし、魅(み)琴(こと)に殺意を向けようとした瞬間、何故か彼女の攻撃が頭部に飛んできて意識が暗転してしまうのだ。

 

 有り得ない……!――貴(き)龍(りゆう)院(いん)は想定外の事態に困惑していた。

 

 今まで誰に対してもいとも容易く行ってきた筈のことが出来ない。

 おかしい、そんな筈はない。

 高々二十歳そこそこの小娘如(ごと)きを殺……また殴られ、意識が飛ぶ。

 

「糞(くそ)ぉぁぁああアッッ!!」

 

 恥も外聞も無く汚い言葉を叫ぶ貴(き)龍(りゆう)院(いん)だが、それほど彼女は焦っていた。

 もう認めるしかない。

 どういう訳か、この相手は能力の行使を察知してくるのだ。

 そして、「殺す」「死ね」などの単語が頭を過(あやま)っただけでその意識をぶん殴られ、消し飛ばされてしまう。

 

 殺(ころ)……何度でも殴られる。

 死(し)……何度やっても意識が中断される。

 

「そんな……そんな莫(ば)迦(か)な!」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は口を拭いながら、迫り来る魅(み)琴(こと)をただ睨みつける事しか出来ないでいた。

 こんな状態になっては、最(も)早(はや)戦うどころではない。

 このままでは寧(むし)ろ此(こ)方(ちら)が殺(ころ)……今度は顎を蹴り上げられた。

 

 意識を失い、床に後頭部を強打した事で逆に目覚めた彼女は、這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)で後(あと)退(ずさ)る。

 

「何故……何故分かる!?」

 

 困惑を極める貴(き)龍(りゆう)院(いん)を冷酷に見降ろしながら、魅(み)琴(こと)短く答えた。

 

「さあ? 『勘』かしら?」

 

 それは余りにも理不尽な答えだった。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)の思考は今、一切理解不能な存在を前にして完全に恐怖で埋め尽くされていた。

 

 いつだったか、誰かがこんなことを言っていた。

 絶対に破れない能力など、この世には無い。

 他者に破られぬよう理不尽に構築した能力程、思わぬ落とし穴があるものだ。

 そして、理不尽な術理を組めば組む程、破られた時の敗北はより一方的で悲惨なものとなる。

 

 如何に死の統括者を気取ろうが、異能に頼っている限り神(じん)皇(のう)はおろか他の皇族にも劣る。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)という女は自分で思っている程絶対的な存在ではなかったのである。

 

 怯(おび)える貴(き)龍(りゆう)院(いん)に対し、魅(み)琴(こと)は更なる恐怖の追い打ちをかける。

 

「だけどもう少し精度を上げないと……。多分、今お前は自分の死を予感したでしょう? 死の恐怖を中断させるなんて、面白くないものね」

「ひ、ヒイイイイィィィッッ!!」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は悲鳴を上げながら転げ回るようにその場から逃げ出した。

 

「へ、陛下! 神(じん)皇(のう)陛下ァァァッッ!!」

 

 彼女は歴代天皇の彫刻の前を無(ぶ)様(ざま)に駆けていき、「皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)の廻(かい)廊(ろう)」の奥へと引っ込んで行った。

 

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 時を遡り一九時三〇分頃、地上、皇(こう)國(こく)皇宮「宇(う)気(け)比(ひ)の間(ま)」。

 皇(こう)國(こく)全土に神(しん)為(い)を送り終え、神(しん)為(い)を失った皇弟・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)は、姉・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)と共にこの広間で待機していた。

 傍らには日本国からの使者――根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)の三名、六(ろく)摂(せつ)家(け)当主――十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)・丹(に)桐(どう)士(あき)糸(つら)・甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)・公(く)殿(でん)零(ふる)鳴(なり)、新華族令嬢三(さん)羽(ば)烏(がらす)――鬼(き)獄(ごく)東(あ)風(ゆ)美(み)・枚(ひら)辻(つじ)埜(の)愛(あ)瑠(る)・別(びゆ)府(う)幡(まん)黎(れい)子(こ)、三名の侍従侍女――水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)・灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)、といった、この事態に立ち上がった者達が揃(そろ)い踏(ぶ)みで控えている。

 

「蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下! 龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下! 大変です!」

 

 そんな彼らの許(もと)へ、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の侍女・飛(ひ)燕(えん)寺(じ)霧(きり)花(か)が慌てた様子で駆け込んできた。

 

「飛(ひ)燕(えん)寺(じ)、どうしたんだい?」

「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)が……! 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の軍人達が統(とう)京(きよう)で『皇(こう)道(どう)師(し)団(だん)』を結成し一斉に動き出しました! 同時に青(せい)華(が)家(け)の紫(し)桐(どう)公爵家・玖(く)我(が)侯爵家・花(か)鳥(ちょう)院(いん)侯爵家も一斉に挙兵! 皇(こう)道(どう)師(し)団(だん)は紅(あか)坂(さか)方面から、青(せい)華(が)家(け)私兵団は澁(しぶ)屋(や)方面から此(こ)処(こ)皇宮へ向け進軍中です!」

 

 飛(ひ)燕(えん)寺(じ)の報告は「宇(う)気(け)比(ひ)の間(ま)」に唯(ただ)ならぬ緊張を走らせた。

 皇族でありながら神(じん)皇(のう)に刃向かう龍(たつ)乃(の)神(かみ)と蛟(みずち)乃(の)神(かみ)は、神(じん)皇(のう)に忠誠を誓う者達にとって邪魔で仕方が無い筈だ。

 二人が神(しん)為(い)を失った今、排除の絶好の機会である。

 動くであろうことはこの場の誰もが解(わか)っていた。

 

「遂(つい)に来た、か」

 

 根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)は此処まで同行した虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)・繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)に目配せする。

 二人は精(せい)悍(かん)な表情で微(ほほ)笑(え)み返して見せていた。

 その脇では十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)と灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)が同時に立ち上がり、互いの顔を見合わせて頷(うなず)き合う。

 

「奴(やつ)原(ばら)を退けるのは我々の責任じゃ」

「そうですね、此処は私(わたくし)達が討伐に向かうべきでしょう」

 

 二人はそれぞれ六(ろく)摂(せつ)家(け)当主と侍従侍女に目で合図を送り、立ち上がる様に促した。

 そして、部屋全体に指示を出す。

 

「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)と青(せい)華(が)家(け)の討伐には我ら六(ろく)摂(せつ)家(け)当主と水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)・灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)が向かう!」

「御士人方(メッシュー)・御婦人方(メドモアゼル)、皆様はこの場に待機し、両殿下を御(お)守(まも)りください」

「承知した」

「お任せください!」

 

 根(ね)尾(お)達日本国の使者と、新華族令嬢三羽烏は皇族の護衛に残る。

 遙かなる宇宙とは別に、地上でも波乱の時が刻一刻と迫っていた。

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