日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

41 / 399
第十三話『最高の譚詩曲を贈ろう』 序

 七月一日は、前夜の雨も上がり、珍しくよく晴れた日だった。

 皇(こう)國(こく)の気候は日本国とよく似ているが、梅雨明けも近いのだろうか。

 

 この日、岬(さき)守(もり)航(わたる)達が軟禁されている武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の碧(あお)森(もり)支部を首(しゅ)領(りょう)Д(デー)らが訪問し、訓練の進(しん)捗(ちょく)などを確認する予定となっている。

 即(すなわ)ち、航(わたる)にとっては脱出の決行日である。

 航(わたる)は一人、格納庫で全高二十八米(メートル)にもなる超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改の威容を見上げている。

 

 航(わたる)以外のメンバーは、例の如く屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)によって地獄の訓練へと駆り出された。

 屋(や)渡(わたり)としてはその様子を見せられれば充分なのだが、訪問者の一人がどうしても超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改の調子を見たいということで、格納庫へも通す予定になっている。

 水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)の計画は、これを見越してのものだった。

 

「今し方、屋(や)渡(わたり)から連絡が入りました。間も無く此(こ)方(ちら)に到着するそうです」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)が航(わたる)の横に並んだ。

 何やら物思いに耽(ふけ)る様に目を閉じ、時の流れに身を委ねている。

 やるべきことをやりきったという表情である。

 即ち、航(わたる)は為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦技術を身に付けて万全の状態で今日に臨むことが出来たのだ。

 

「岬(さき)守(もり)様、愈(いよ)々(いよ)で御座いますね」

「はい」

 

 航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)は互いに向き合った。

 この三週間、もっと言えば素(す)性(じょう)を明かされる以前から数えて一箇月、早(さ)辺(え)子(こ)には本当に世話になった。

 航(わたる)にとって、恩人と言って何ら差し支えないだろう。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)さん、本当に、本当にありがとうございました。貴女(あなた)が居なければ、僕(ぼく)は闇の中を藻(も)掻(が)き続けるしかなかった」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の手を取り、心からの感謝を表した。

 早(さ)辺(え)子(こ)は頬(ほほ)を僅(わず)かに紅潮させ、潤んだ眼(め)で微(ほほ)笑(え)み返す。

 

「岬(さき)守(もり)様、おそらくはこれが今生の別れとなりましょう。ですが、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)はいつも貴方(あなた)の幸せを心より願っておりますわ。仮令(たとえ)想(おも)い報われずとも、貴方(あなた)と貴方(あなた)の大切な御(お)方(かた)が末永く息災でありますように……」

「こちらこそ、貴女(あなた)と大切な人が相(あい)見(まみ)え、再び共に歩めますように……」

 

 二人は別れを惜しみ、互いに見つめ合う。

 それは予(あらかじ)め決められた通過儀礼だが、それでも淡々と処理出来ない感慨がある。

 

「岬(さき)守(もり)様……いえ、航(わたる)様、どうか今一度無礼をお許しくださいね」

 

 最後に初めて、敢(あ)えて航(わたる)を名前で呼んだ早(さ)辺(え)子(こ)は、不意に彼の頬に軽く口付けた。

 

「貴方(あなた)の唇を奪うのは流(さ)石(すが)に憚(はばか)られますが、せめて私(わたくし)の唇くらいは献上したく、このような真(ま)似(ね)を致しました」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)がそう言って浮かべた満面の笑みは、初めて会った時の仏頂面からは想像も出来ない、少女の様な花を咲かせていた。

 航(わたる)は今、早(さ)辺(え)子(こ)のもう一つの美しさを認めた。

 凜(りん)と澄ました、事務的で怜(れい)悧(り)な彼女も素敵だが、今の彼女もまた別の意味で素晴らしい。

 

 そんな遣(や)り取(と)りをしていると、部屋の外、長い廊下の奥から大勢の足音が聞こえてきた。

 どうやら、組織の連中と航(わたる)の仲間達を引き連れた屋(や)渡(わたり)が到着したようだ。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)さん、どうか御(お)達(たっ)者(しゃ)で」

「岬(さき)守(もり)様、そちらこそ御武運を」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)と最後の挨拶を交わし、超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改に乗り込んだ。

 

⦿

 

 屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)の後に続くのは合計十人――航(わたる)と同じ拉致被害者が六人、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)のメンバーが首領を含めて四人である。

 拉致被害者の中で、神(しん)為(い)の第三段階「術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)」を会(え)得(とく)していない虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)は、屋(や)渡(わたり)からこっ酷(ぴど)く痛め付けられて他の者達に肩を借りている。

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)からは首領を含めた最高幹部「八(はっ)卦(け)衆(しゅう)」から三人と、首領の息子らしき青年が屋(や)渡(わたり)の傍らを歩いている。

 

「こちらです、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)」

 

 屋(や)渡(わたり)は顔、指紋の照合を行い、合言葉を述べる。

 

「使命は地球より重い」

『三重認証完了、解錠します。どうぞお入りください、同志よ』

 

 格納庫の扉が開き、十一人が室内に足を踏み入れる。

 そこへ、昇降機を使って早(さ)辺(え)子(こ)が降りてきた。

 

「ようこそおいでくださいました、我らが同志、最高幹部「八(はっ)卦(け)衆(しゅう)」の皆様方にお会い出来て、誠に光栄に御座います」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は昇降機から降りると、わざとらしい程に深々と頭を下げ、「扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)」として彼らを出迎えた。

 

「只(ただ)今(いま)、屋(や)渡(わたり)様より給(たま)わりました私(わたくし)の助手・岬(さき)守(もり)航(わたる)が私(わたくし)の任務の一つ、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の挙動確認を行い、整備に不良が無いか点検しております」

 

 モヒカン頭の大男が早(さ)辺(え)子(こ)を押しのけ、柵越しにミロクサーヌ・改を見上げる。

 

「新入りに任せて大丈夫だろうな。この状況で実戦起動されたら一(ひと)溜(た)まりも無いぞ」

「土生(はぶ)様、私(わたくし)に僅か二・三日でそこまで仕上げる技量があると思われるのは、些(いささ)か買(か)い被(かぶ)りが過ぎるのでは? 屋(や)渡(わたり)様が匙(さじ)を投げられた彼を」

 

 八(はっ)卦(け)衆(しゅう)の一人・土生(はぶ)十(と)司(し)暁(あき)は、二米(メートル)にも及ぶ長身に屈強な筋肉を備えたモヒカン頭の男で、元軍人である。

 それ故に、組織でも数少ない為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦技能を持った人員である。

 彼はその職業柄、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の仕上がりだけは確認しておきたかった。

 早(さ)辺(え)子(こ)の計画は、この土生(はぶ)の存在を計算に入れてのものだった。

 

「同志土生(はぶ)、扇(おうぎ)の言う通り、心配のし過ぎだ」

 

 屋(や)渡(わたり)も早(さ)辺(え)子(こ)に同調した。

 ミロクサーヌ改を見上げる冷笑には、航(わたる)への侮蔑が多分に入り交じっている。

 

「扇(おうぎ)も実戦起動は出来るが、それを他人に指導出来る教官の水準には至っていない。それは他ならぬお前が一番よく知っているだろう。しかも、仮に指導したとしても岬(さき)守(もり)の才覚では話にならん」

 

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)がその能力を十全に発揮するには、実戦起動状態と呼ばれるモードに入らなければならず、これには高い水準の技能と神(しん)為(い)の扱いが要求される。

 この機構に依(よ)り、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は素人の人為的誤動作や敵軍の鹵(ろ)獲(かく)・再利用を防いでいるのだ。

 この三週間、航(わたる)が苦労したのは、まさにその実戦起動状態に単独で入ることだった。

 

「しかし同志屋(や)渡(わたり)、何か様子がおかしくはないかね?」

 

 真(まっ)先(さき)に異変に気が付いたのは、胸に十字を装飾された黒い服を纏(まと)う神父然とした格好の男、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)こと道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)である。

 この長身で痩せた髭(ひげ)の男と、息子である小柄な青年・陰(かげ)斗(と)が凸(でこ)凹(ぼこ)したコントラストを演出している。

 そんな彼は、怪(け)訝(げん)そうな面持ちでミロクサーヌ改を見上げていた。

 

「我(わが)輩(はい)も挙動確認には立ち会ったことがあるが、こんなに激しく廃熱音が鳴るものかね?」

「確かに、これは異常だぞ」

 

 土生(はぶ)も首(しゅ)領(りょう)Д(デー)に同調する。

 彼もまた、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の挙動には当然詳しく、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)と違和感を同じくしていたのだ。

 

 彼らから少し離れ、黄色いタートルネックの男――八(はっ)卦(け)衆(しゅう)の一人・仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)が辺りを見回している。

 というより、この男は視線を三点に行ったり来たりさせている、という方が正確だろう。

 ミロクサーヌ改、早(さ)辺(え)子(こ)、そして拉致被害者達にそれぞれ目を遣(や)り、何か思う所があるのか、腕を組んでいる。

 

「莫(ば)迦(か)な。皆、岬(さき)守(もり)航(わたる)という男の程度の低さを知らんのだ。あの能無しに、そんな大それた真似が出来るものか」

 

 屋(や)渡(わたり)だけは唯一、ポケットに手を突っ込んで暢(のん)気(き)に構えている。

 だが、彼以外の八(はっ)卦(け)衆(しゅう)は皆この状況にそわそわしていた。

 それは、拉致被害者達にもはっきりと異変を伝えていた。

 

「こいつら、様子がおかしくねえか?」

「ああ、何かトラブルのようなのだよ」

 

 虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)と、彼に肩を貸す虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)が最初に気が付いた。

 

「岬(さき)守(もり)君……」

 

 久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)は繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)に肩を貸しつつ、航(わたる)の身を案じていた。

 その繭(まゆ)月(づき)は、気絶はしていないものの、また最初の様に無気力な状態でただ双(ふた)葉(ば)に身を預けている。

 椿(つばき)陽(よう)子(こ)は、怪訝そうな視線をミロクサーヌ改に向けている。

 折(おり)野(の)菱(りょう)も概(おおむ)ね椿(つばき)と同じ様な調子だが、彼は何かを企(たくら)む様に全体へ視線を配らせている。

 

「これは……そんな筈(はず)は……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)――「扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)」は、ミロクサーヌ改の様子に困惑している、といった様子で狼(ろう)狽(ばい)を見せていた。

 勿(もち)論(ろん)、これは「彼女にとって想定外の事が起きている」という演技である。

 

 そして、ミロクサーヌ改は喧(やかま)しく鳴らしていた廃熱音を停止させた。

 

「まさか……!」

 

 この後起こるであろう事を最初に察したのは、勝手知ったる土生(はぶ)だった。

 同時に、全高二十八米(メートル)の機械巨人の両目が青く光り、音声が流れる。

 

『有害波動相(そう)殺(さい)機構、作動準備完了。超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ、実戦起動しました』

 

 間(かん)髪(はつ)を入れず、土生(はぶ)は慌てて格納庫の外へと飛び出した。

 他の者達は何が起きたのか理解が遅れ、その場でこの後の暴挙を目撃することになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。