時を遡り十八時頃、皇國首都統京は紅坂大旅館。
神皇の政権が発足してより二箇月、この施設は皇道保守黨によって名目上貸し切り――実態としては占拠されている。
その一室に、幹部たる青年将校達が集まっている。
そんな彼らの許に、一人の男が訪れていた。
「挙兵の準備は進んでおられるのですかな、荒木田副総裁」
「はい。既に超級為動機神体部隊も呼び戻してあります、壬生殿」
副総裁・荒木田佐佑――前総裁・荒木田将夫の息子である彼と机の対面に坐り、語り合っているのは伯爵・壬生十輝――皇道保守黨の思想的な柱である「光文維新論」を提唱した人物だ。
壬生はその様な背景から、本来は皇道保守黨青年将校の敵対者である貴族でありながら、彼らと懇意にしていた。
(陛下が御創りになる新しい皇國の為、彼らのことは是が非でも押さえておかなければ。我が理想の為……)
壬生が唱えているのは、皇國が神和維新の本義に立ち返るべしとの理想であった。
皇國が建国されるよりも以前、彼らの日本もまた武家社会の安槌幕府から維新によって王権復古が成され、近代国家を作り上げていた。
しかしそれは世界大戦の敗戦により瓦解し、革命を許して共産主義国家・ヤシマ人民民主主義共和国の成立を許してしまっている。
壬生はその根本原因を、当時の神和日本が維新の本義を忘れて格差の激しい社会を作ってしまったからだと看破していた。
(本来、先代神皇陛下がヤシマ政府を斃して神聖大日本皇國を建国した際、我々は神和維新の本義に立ち返るべきだった。だが有力貴族はその意義を反革命、決して負けることの無い強固な貴族社会の確立に求め、却って在るべき姿から遠離ってしまった。神皇陛下が皇國を、日本民族の在り方そのものを造り変えようというこの時は、その本義に立ち返る「光文維新」の絶好の機会なのだ……)
皇道保守黨とは、そんな壬生の理論を精神的支柱とした一団である。
元々軍には地方の貧農や没落した旧士族の出身者が多く、広い共感を得る土壌があったのだ。
「壬生さん、貴方には感謝している。貴方の御陰で、我々は進むべき道が見えた」
青年将校の一人、幹事長・芹沢雁也が壬生に謝意を述べた。
他にも三人、政調会長・新見虹、総務会長・山南知郎、国対委員長・伊東陽之進――下級士族出身の役員達が芹沢の言葉に静かに頷く。
だが、彼らは知らなかった。
この壬生、既に最上級の貴族である紫桐玄貴に取り込まれ、皇道保守黨を彼の制御下に置く為の間諜に成り下がっているのだ。
(他の青華家は知らんが、紫桐卿だけは信用出来る。紫桐卿が体制を安定させることは光文維新実現の近道となろう。その為に、呉々も彼らが暴走せぬ様釘を刺しておかねば……)
そう、壬生自身も貴族の当主であり、且つ貴族社会に直接の恨みが有る訳ではないない。
彼の思想に本当の意味で共感するならば、紫桐の様な上位の貴族でも同志になり得ると、彼はそう考えてしまうのだ。
そしてこれこそ、彼の命取りとなった。
「失礼する」
二人の男女が入室してきた。
「おお、鸙屋敷総裁に武田青年部長」
皇道保守黨幹部で唯一の非軍人、総裁の鸙屋敷氷と、紅一点の武田観月大尉である。
二人はそれぞれ剣術、為動機神体の操縦技術で、他と一線を画す強者だ。
そして壬生と鸙屋敷は旧くからの知り合いであった。
「丁度荒木田副総裁と、今夜の蹶起について話し合っていたところだ」
「ええ、それは御苦労なことですね、壬生伯爵」
壬生は鸙屋敷の眼に狂気が宿っていることに気が付いていなかった。
鸙屋敷氷の父親である鸙屋敷唯織は皇道保守黨結党の功労者で、壬生の思想が軍に齎されたのはその筋からであったが、青年将校達は既に鸙屋敷唯織を老害として排除している。
それを主導したのが、息子の鸙屋敷氷であると、壬生は知らなかった。
「鸙屋敷殿、私の耳に入った情報によると、今皇宮は皇國正統政府を名乗る逆賊共に占拠されている。これは絶好の機会だ」
「と、仰いますと?」
「我々で逆賊共を排除する名分が既に出来ている。逆賊の中には六摂家当主が四人も含まれている。これを排除すれば、皇國を牛耳る上位貴族を一気に弱体化出来るだろう。光文維新の実現がぐっと近付くのだ」
「成程……」
鸙屋敷は椅子に腰掛けて足を組み、刀を抜いて刃を手入れし始めた。
「興味深い話ですな。まあ基より我々は今夜蹶起するつもりでしたが……。しかし、そのような当然のことを今更何故貴方が仰るのです?」
「うむ、問題は如何にして蹶起を成功させるか、それが重要だからだ。その為に、利用出来る物は利用しなくてはならない」
「利用出来る物? つまり、我々の同志ではない者が動きを見せており、それに便乗する形で蹶起せよと、そう仰っているのですか?」
「そうだ。今、侍従長の紫桐玄貴卿が青華家の私兵で討伐隊を結成しようとしている。ここは一時的に、彼らと手を組むのだ。皇族の御二方は神為を失っているが、依然として六摂家当主は脅威。青華家当主を彼らにぶつけ、その隙に我々で皇宮を占拠、両殿下を確保しよう」
鸙屋敷の鋭い視線が壬生を睨め付け、部屋に緊張が奔る。
彼はその過激な性格で皇道保守黨の幹部からすらも恐れられていた。
唯一軍人でないにも拘わらず、総裁に名乗りを上げる彼に誰一人として異論を挟めなかったのは、彼の実力と狂気が抜きん出ていたからだ。
「それは宜しいですね、壬生伯爵」
鸙屋敷の回答は意外にも穏当なものだった。
壬生も胸を撫で下ろす。
しかし鸙屋敷の纏う不穏な空気は消えておらず、彼はその雰囲気のまま徐に立ち上がる。
「だが、同時に青華家を粛正する手筈も整えておかなければ……。紫桐公爵、玖我侯爵、花鳥院侯爵……全員今宵斬り捨ててくれる」
壬生は鸙屋敷の言葉に戦慄した。
その狂気は想定内、だが思惑から外れていたのは、彼が挙げた名前である。
「さ、榊御門侯爵と菊屋敷侯爵は良いのか?」
「ああ、あの二人は今陛下のところだろう? 流石に陛下の許へ武装して出向く訳にもいくまいよ。二人のことは後に始末しなくては……」
「な、何故それを知っている!」
そう、青華家の動きは神皇以外に誰にも知らせていない筈だ。
それなのに何故か、彼ら皇道保守黨に筒抜けとなっている。
壬生には覚えのないことだった。
「皇道保守黨には陛下の側近と伝手があってな。近衛侍女とその配下の者が色々と教えてくれるのだ」
「近衛侍女と配下……貴龍院皓雪とその手の者か!」
「ええ。尤もあの女が佞臣であれば容赦無く斬るがな。扨て……」
鸙屋敷は壬生に刃を向けた。
「貴龍院は俺に紫桐公爵を筆頭とする青華家の内部事情も色々と教えてくれたよ。随分彼らと懇意にしているようだな、壬生伯爵」
「何だと!?」
鸙屋敷の言葉に、皇道保守黨の幹部達はざわついた。
「どういうことだ壬生さん!」
「貴方は青華家と、紫桐と通じていたのか!」
「貴方だけは他の貴族とは違うと信じていたのに!」
新見・山南・伊東の三人が批難の声を上げた。
「鸙屋敷総裁、どうするおつもりですか?」
武田が尋ねるが、その手は腰の軍刀に掛かっている。
鸙屋敷から声が掛かれば、いつでも斬ってやるといった趣だ。
「ま、待て! 違う、話を聞け!」
「残念だが、貴方の話は充分聞かせていただいた。非常に感銘を受けた。だがもう、我々は我々だけで思想を磨き、鍛える時なのだ」
鸙屋敷の狂気を前に、壬生は恐れ戦き後退る。
そんな彼を、四人の男達が取り囲んだ。
「鸙屋敷、偶には俺達に殺らせろ」
「お前は鸙屋敷伯爵と荒木田前総裁を既に粛正している」
「前総裁の息子たる荒木田副総裁も灰祇院侯爵を粛正しているし、俺達も手柄が欲しい」
「幹部たる者、一人くらいは維新の弊害となる者を除いておかないとな」
芹沢・新見・山南・伊東――下級士族出身の四名が軍刀を抜いた。
「そういうことなら総裁、私も……」
「武田大尉は良い。既に為動機神体の戦いで多くの戦果を挙げているからな。しかし四人には確かに、働いてもらった方が良いかもな」
鸙屋敷が刀を納めて合図を送ると、芹沢・新見・山南・伊東の四人が壬生に軍刀を突き立てた。
「う……ぐ……はっ……!」
鮮血に塗れて倒れ伏す壬生は、絶命の瞬間まで考える。
(まだ……まだ終わりではない……! 陛下があらせられる限り……我が理想は……潰えは……!)
しかし、壬生は一言も発しないまま事切れてしまった。
彼を殺害した四人は、軍刀の血を拭う。
「扨て、では蹶起に当たって作戦を立てたいが、宜しいか?」
副総裁の荒木田が電視に統京の地図を映し出した。
軍人ではない鸙屋敷に代わり、指揮は彼が取ることになっている。
「……以上が今回の作戦だ。目標は蛟乃神殿下と龍乃神殿下を確保し、東瀛丸と扶桑丸を服用いただいて御二方の神為を恒久的に無力化すること。そうすれば、神皇陛下に取って代わろうという不届きな企みを抱く者は二度と現われないだろう」
「うむ、悪くない……」
壬生を殺害した四人が動き出した。
「では、我々は作戦の為、一足先に動くぞ。皇道師団は鸙屋敷総裁・荒木田副総裁・武田青年部長に任せる」
四人はそう告げると、部屋を後にした。
「では荒木田副総裁、紅坂駐屯地から下士官兵を集めるんだ。作戦開始は四時間後、街から人が消えるのを見計らって行う。我々の行動は飽くまで皇國の為のもの、無意味な破壊と殺戮を指向するものではないからな」
「だが、敵が六摂家当主である以上、超級を出してこないとは限らないぞ」
「解っている。その為に貴様を呼び戻したのだ、武田大尉。敵の出方によっては、此方も巨大兵器を動かすことも已むを得まい」
鸙屋敷は何やら不気味に笑っていた。
彼は超級を動かすことになると確信している様だった。
ともあれ、斯くして皇道保守黨は年明け直前の蹶起に向けて動き出したのであった。
⦿⦿⦿
二十時頃。
皇宮へ向けて進軍する皇道保守黨系軍人からなる「皇道師団」には皇族の侍従侍女三名――水徒端早辺子・灰祇院在清・敷島朱鷺緒が近衛師団と共に当たり、紫桐公爵家・玖我侯爵家・花鳥院侯爵家の私兵団からなる「青華家連合兵団」には六摂家当主――十桐綺葉・丹桐士糸・甲烏黝・公殿零鳴が彼らの私兵団である「摂関家連合兵団」を率いてぶつかろうとしていた。
そんな中、早辺子は敷島朱鷺緒――姉の水徒端早芙子に問い掛ける。
「姉さん、随分……怒っている様に見えますが……」
「ああ。陛下への忠義を騙り犯した狼藉の数々……近衛侍女として、最早皇道保守黨の連中を捨て置くことは出来ない」
「刃向かうことになった今でも陛下への忠誠心は変わらない、と?」
「そうだ。しかし、それはそれとしてあの御方のなさろうとしていることは間違っている――それを誤魔化すことに、私は忠義を感じられなかった。だから、紫桐卿や皇道保守黨と戦うことに躊躇いは無い」
三人の侍従侍女は、率先して近衛師団の前に立ち、戦いに備える。
皇道師団はすぐそこまで迫っていた。
「とはいえ、あの御方の御心に触れてしまったら、その望みを叶えるべく身を尽くしたいという気持ちも解るがな。あの御方には否が応にもそれを希望させてしまう力がある」
「忠誠心は強要されたものだと?」
「半分はそうだ。あの御方の絶対的な力に触れてしまったら、殆どの者がそうなる。私も、あの御方に刃向かう無意味さを知ってそうなった。そしてあの御方には自らが忠誠を強いることなど望まないし、その自覚も理解も無いだろう。お気の毒なことだ……」
敷島の眼には憂いの色が帯びていた。
「あの御方は純粋だ。それ故に、此度の凶行を引き起こしてしまった。私は敷島朱鷺緒として、あの御方の望みを叶える。その望みとは、信念を以てあの御方と対面することだ。しかし敷島朱鷺緒としては、あの御方に唯々諾々と従うことしか出来ない」
「姉さん……!」
「ああ、その通りだ。私は今この瞬間だけ、嘗てあの御方と敵として対峙したお前の姉・水徒端早芙子に戻る。それこそが、愛したあの御方に報いる道だと信じて、あの御方の過ちに連なる者達を斬る!」
侍従侍女と並び立つ近衛師団の前に、一万の皇道師団が迫る。
当に今、両軍は激突の時を迎えようとしていた。