日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第百二十二話『もう一つの戦い(前編)』 序

 時を遡(さかのぼ)り十八時頃、皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きよう)は紅(あか)坂(さか)大旅館。

 神(じん)皇(のう)の政権が発足してより二箇月、この施設は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)によって名目上貸し切り――実態としては占拠されている。

 その一室に、幹部たる青年将校達が集まっている。

 そんな彼らの許(もと)に、一人の男が訪れていた。

 

「挙兵の準備は進んでおられるのですかな、荒(あら)木(き)田(だ)副総裁」

「はい。既に超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)部隊も呼び戻してあります、壬(み)生(ぶ)殿」

 

 副総裁・荒(あら)木(き)田(だ)佐(さ)佑(すけ)――前総裁・荒(あら)木(き)田(だ)将(まさ)夫(お)の息子である彼と机の対面に坐(すわ)り、語り合っているのは伯爵・壬(み)生(ぶ)十(じっ)輝(き)――皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の思想的な柱である「光(こう)文(ぶん)維新論」を提唱した人物だ。

 壬(み)生(ぶ)はその様な背景から、本来は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゅ)黨(とう)青年将校の敵対者である貴族でありながら、彼らと懇意にしていた。

 

(陛下が御創りになる新しい皇(こう)國(こく)の為(ため)、彼らのことは是が非でも押さえておかなければ。我が理想の為……)

 

 壬(み)生(ぶ)が唱えているのは、皇(こう)國(こく)が神(しん)和(わ)維新の本義に立ち返るべしとの理想であった。

 皇(こう)國(こく)が建国されるよりも以前、彼らの日本もまた武家社会の安(あ)槌(づち)幕府から維新によって王権復古が成され、近代国家を作り上げていた。

 しかしそれは世界大戦の敗戦により瓦(が)解(かい)し、革命を許して共産主義国家・ヤシマ人民民主主義共和国の成立を許してしまっている。

 壬(み)生(ぶ)はその根本原因を、当時の神(しん)和(わ)日(ひの)本(もと)が維新の本義を忘れて格差の激しい社会を作ってしまったからだと看破していた。

 

(本来、先代神(じん)皇(のう)陛下がヤシマ政府を斃(たお)して神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)を建国した際、我々は神(しん)和(わ)維新の本義に立ち返るべきだった。だが有力貴族はその意義を反革命、決して負けることの無い強固な貴族社会の確立に求め、却(かえ)って在るべき姿から遠(とお)離(ざか)ってしまった。神(じん)皇(のう)陛下が皇(こう)國(こく)を、日本民族の在り方そのものを造り変えようというこの時は、その本義に立ち返る「光(こう)文(ぶん)維新」の絶好の機会なのだ……)

 

 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)とは、そんな壬(み)生(ぶ)の理論を精神的支柱とした一団である。

 元々軍には地方の貧農や没落した旧士族の出身者が多く、広い共感を得る土壌があったのだ。

 

「壬(み)生(ぶ)さん、貴方(あなた)には感謝している。貴方(あなた)の御(お)陰(かげ)で、我々は進むべき道が見えた」

 

 青年将校の一人、幹事長・芹(せり)沢(ざわ)雁(かり)也(や)が壬(み)生(ぶ)に謝意を述べた。

 他にも三人、政調会長・新(にい)見(み)虹(こう)、総務会長・山(やま)南(なみ)知(とも)郎(ろう)、国対委員長・伊(い)東(とう)陽(よう)之(の)進(しん)――下級士族出身の役員達が芹(せり)沢(ざわ)の言葉に静かに頷(うなず)く。

 だが、彼らは知らなかった。

 この壬(み)生(ぶ)、既に最上級の貴族である紫(し)桐(どう)玄(ひろ)貴(たか)に取り込まれ、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)を彼の制御下に置く為の間諜(スパイ)に成り下がっているのだ。

 

(他の青(せい)華(が)家(け)は知らんが、紫(し)桐(どう)卿(きよう)だけは信用出来る。紫(し)桐(どう)卿が体制を安定させることは光(こう)文(ぶん)維新実現の近道となろう。その為に、呉々も彼らが暴走せぬ様釘(くぎ)を刺しておかねば……)

 

 そう、壬(み)生(ぶ)自身も貴族の当主であり、且つ貴族社会に直接の恨みが有る訳ではないない。

 彼の思想に本当の意味で共感するならば、紫(し)桐(どう)の様な上位の貴族でも同志になり得ると、彼はそう考えてしまうのだ。

 そしてこれこそ、彼の命取りとなった。

 

「失礼する」

 

 二人の男女が入室してきた。

 

「おお、鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)総裁に武(たけ)田(だ)青年部長」

 

 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)幹部で唯一の非軍人、総裁の鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)氷(こおり)と、紅一点の武(たけ)田(だ)観(み)月(づき)大尉である。

 二人はそれぞれ剣術、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦技術で、他と一線を画す強者だ。

 そして壬(み)生(ぶ)と鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)は旧(ふる)くからの知り合いであった。

 

「丁度荒(あら)木(き)田(だ)副総裁と、今夜の蹶(けつ)起(き)について話し合っていたところだ」

「ええ、それは御苦労なことですね、壬(み)生(ぶ)伯爵」

 

 壬(み)生(ぶ)は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の眼(め)に狂気が宿っていることに気が付いていなかった。

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)氷(こおり)の父親である鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)唯(い)織(おり)は皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)結党の功労者で、壬(み)生(ぶ)の思想が軍に齎(もたら)されたのはその筋からであったが、青年将校達は既に鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)唯(い)織(おり)を老害として排除している。

 それを主導したのが、息子の鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)氷(こおり)であると、壬(み)生(ぶ)は知らなかった。

 

「鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)殿、私の耳に入った情報によると、今皇宮は皇(こう)國(こく)正統政府を名乗る逆賊共に占拠されている。これは絶好の機会だ」

「と、仰いますと?」

「我々で逆賊共を排除する名分が既に出来ている。逆賊の中には六(ろく)摂(せつ)家(け)当主が四人も含まれている。これを排除すれば、皇(こう)國(こく)を牛耳る上位貴族を一気に弱体化出来るだろう。光(こう)文(ぶん)維新の実現がぐっと近付くのだ」

「成程……」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)は椅子に腰掛けて足を組み、刀を抜いて刃を手入れし始めた。

 

「興味深い話ですな。まあ基より我々は今夜蹶(けつ)起(き)するつもりでしたが……。しかし、そのような当然のことを今更何故(なぜ)貴方(あなた)が仰(おつしや)るのです?」

「うむ、問題は如(い)何(か)にして蹶(けつ)起(き)を成功させるか、それが重要だからだ。その為に、利用出来る物は利用しなくてはならない」

「利用出来る物? つまり、我々の同志ではない者が動きを見せており、それに便乗する形で蹶(けつ)起(き)せよと、そう仰っているのですか?」

「そうだ。今、侍従長の紫(し)桐(どう)玄(ひろ)貴(たか)卿が青(せい)華(が)家(け)の私兵で討伐隊を結成しようとしている。ここは一時的に、彼らと手を組むのだ。皇族の御(お)二(ふた)方(かた)は神(しん)為(い)を失っているが、依然として六(ろく)摂(せつ)家(け)当主は脅威。青(せい)華(が)家(け)当主を彼らにぶつけ、その隙に我々で皇宮を占拠、両殿下を確保しよう」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の鋭い視線が壬(み)生(ぶ)を睨(ね)め付(つ)け、部屋に緊張が奔(はし)る。

 彼はその過激な性格で皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の幹部からすらも恐れられていた。

 唯一軍人でないにも拘(かか)わらず、総裁に名乗りを上げる彼に誰一人として異論を挟めなかったのは、彼の実力と狂気が抜きん出ていたからだ。

 

「それは宜(よろ)しいですね、壬(み)生(ぶ)伯爵」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の回答は意外にも穏当なものだった。

 壬(み)生(ぶ)も胸を撫(な)で下(お)ろす。

 しかし鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の纏(まと)う不穏な空気は消えておらず、彼はその雰囲気のまま徐(おもむろ)に立ち上がる。

 

「だが、同時に青(せい)華(が)家(け)を粛正する手(て)筈(はず)も整えておかなければ……。紫(し)桐(どう)公爵、玖(く)我(が)侯爵、花(か)鳥(ちよう)院(いん)侯爵……全員今(こ)宵(よい)斬り捨ててくれる」

 

 壬(み)生(ぶ)は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の言葉に戦慄した。

 その狂気は想定内、だが思惑から外れていたのは、彼が挙げた名前である。

 

「さ、榊(さかき)御(み)門(かど)侯爵と菊(きく)屋(や)敷(しき)侯爵は良いのか?」

「ああ、あの二人は今陛下のところだろう? 流(さ)石(すが)に陛下の許(もと)へ武装して出向く訳にもいくまいよ。二人のことは後に始末しなくては……」

「な、何故それを知っている!」

 

 そう、青(せい)華(が)家(け)の動きは神(じん)皇(のう)以外に誰にも知らせていない筈(はず)だ。

 それなのに何故か、彼ら皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)に筒抜けとなっている。

 壬(み)生(ぶ)には覚えのないことだった。

 

「皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)には陛下の側近と伝(つ)手(て)があってな。近衛侍女とその配下の者が色々と教えてくれるのだ」

「近衛侍女と配下……貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)とその手の者か!」

「ええ。尤(もつと)もあの女が佞(ねい)臣(しん)であれば容赦無く斬るがな。扨(さて)て……」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)は壬(み)生(ぶ)に刃を向けた。

 

「貴(き)龍(りゅう)院(いん)は俺に紫(し)桐(どう)公爵を筆頭とする青(せい)華(が)家(け)の内部事情も色々と教えてくれたよ。随分彼らと懇意にしているようだな、壬(み)生(ぶ)伯爵」

「何だと!?」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の言葉に、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の幹部達はざわついた。

 

「どういうことだ壬(み)生(ぶ)さん!」

「貴方(あなた)は青(せい)華(が)家(け)と、紫(し)桐(どう)と通じていたのか!」

「貴方(あなた)だけは他の貴族とは違うと信じていたのに!」

 

 新(にい)見(み)・山(やま)南(なみ)・伊(い)東(とう)の三人が批難の声を上げた。

 

「鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)総裁、どうするおつもりですか?」

 

 武(たけ)田(だ)が尋ねるが、その手は腰の軍刀に掛かっている。

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)から声が掛かれば、いつでも斬ってやるといった趣だ。

 

「ま、待て! 違う、話を聞け!」

「残念だが、貴方(あなた)の話は充分聞かせていただいた。非常に感銘を受けた。だがもう、我々は我々だけで思想を磨き、鍛える時なのだ」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)の狂気を前に、壬(み)生(ぶ)は恐(おそ)れ戦(おのの)き後(あと)退(ずさ)る。

 そんな彼を、四人の男達が取り囲んだ。

 

「鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)、偶(たま)には俺(おれ)達に殺(や)らせろ」

「お前は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)伯爵と荒(あら)木(き)田(だ)前総裁を既に粛正している」

「前総裁の息子たる荒(あら)木(き)田(だ)副総裁も灰(かい)祇(ぎ)院(いん)侯爵を粛正しているし、俺(おれ)達も手柄が欲しい」

「幹部たる者、一人くらいは維新の弊害となる者を除いておかないとな」

 

 芹(せり)沢(ざわ)・新(にい)見(み)・山(やま)南(なみ)・伊(い)東(とう)――下級士族出身の四名が軍刀を抜いた。

 

「そういうことなら総裁、私(わたし)も……」

「武(たけ)田(だ)大尉は良い。既に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の戦いで多くの戦果を挙げているからな。しかし四人には確かに、働いてもらった方が良いかもな」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)が刀を納めて合図を送ると、芹(せり)沢(ざわ)・新(にい)見(み)・山(やま)南(なみ)・伊(い)東(とう)の四人が壬(み)生(ぶ)に軍刀を突き立てた。

 

「う……ぐ……はっ……!」

 

 鮮血に塗れて倒れ伏す壬(み)生(ぶ)は、絶命の瞬間まで考える。

 

(まだ……まだ終わりではない……! 陛下があらせられる限り……我が理想は……潰えは……!)

 

 しかし、壬(み)生(ぶ)は一言も発しないまま事切れてしまった。

 彼を殺害した四人は、軍刀の血を拭う。

 

「扨(さ)て、では蹶(けつ)起(き)に当たって作戦を立てたいが、宜しいか?」

 

 副総裁の荒(あら)木(き)田(だ)が電視(ディスプレイ)に統(とう)京(きよう)の地図を映し出した。

 軍人ではない鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)に代わり、指揮は彼が取ることになっている。

 

「……以上が今回の作戦だ。目標は蛟(みずち)乃(の)神(かみ)殿下と龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下を確保し、東(とう)瀛(えい)丸(がん)と扶(ふ)桑(そう)丸(がん)を服用いただいて御二方の神(しん)為(い)を恒久的に無力化すること。そうすれば、神(じん)皇(のう)陛下に取って代わろうという不届きな企(たくら)みを抱く者は二度と現われないだろう」

「うむ、悪くない……」

 

 壬(み)生(ぶ)を殺害した四人が動き出した。

 

「では、我々は作戦の為、一足先に動くぞ。皇道師団は鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)総裁・荒(あら)木(き)田(だ)副総裁・武(たけ)田(だ)青年部長に任せる」

 

 四人はそう告げると、部屋を後にした。

 

「では荒(あら)木(き)田(だ)副総裁、紅(あか)坂(さか)駐屯地から下士官兵を集めるんだ。作戦開始は四時間後、街から人が消えるのを見計らって行う。我々の行動は飽くまで皇(こう)國(こく)の為のもの、無意味な破壊と殺(さつ)戮(りく)を指向するものではないからな」

「だが、敵が六(ろく)摂(せつ)家(け)当主である以上、超(ちよう)級(きゆう)を出してこないとは限らないぞ」

「解(わか)っている。その為に貴様を呼び戻したのだ、武(たけ)田(だ)大尉。敵の出方によっては、此(こ)方(ちら)も巨大兵器を動かすことも已(や)むを得(え)まい」

 

 鸙(ひばり)屋(や)敷(しき)は何やら不気味に笑っていた。

 彼は超(ちよう)級(きゆう)を動かすことになると確信している様だった。

 ともあれ、斯(か)くして皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)は年明け直前の蹶(けつ)起(き)に向けて動き出したのであった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 二十時頃。

 皇宮へ向けて進軍する皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)系軍人からなる「皇道師団」には皇族の侍従侍女三名――水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)・灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)が近衛師団と共に当たり、紫(し)桐(どう)公爵家・玖(く)我(が)侯爵家・花(か)鳥(ちよう)院(いん)侯爵家の私兵団からなる「青(せい)華(が)家(け)連合兵団」には六(ろく)摂(せつ)家(け)当主――十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)・丹(に)桐(どう)士(あき)糸(つら)・甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)・公(く)殿(でん)零(ふる)鳴(なり)が彼らの私兵団である「摂(せっ)関(かん)家(け)連合兵団」を率いてぶつかろうとしていた。

 

 そんな中、早(さ)辺(え)子(こ)は敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)――姉の水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)に問い掛ける。

 

「姉さん、随分……怒っている様に見えますが……」

「ああ。陛下への忠義を騙(かた)り犯した狼(ろう)藉(ぜき)の数々……近衛侍女として、最(も)早(はや)皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の連中を捨て置くことは出来ない」

「刃向かうことになった今でも陛下への忠誠心は変わらない、と?」

「そうだ。しかし、それはそれとしてあの御(お)方(かた)のなさろうとしていることは間違っている――それを誤(ご)魔(ま)化(か)すことに、私(わたくし)は忠義を感じられなかった。だから、紫(し)桐(どう)卿や皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)と戦うことに躊(ため)躇(ら)いは無い」

 

 三人の侍従侍女は、率先して近衛師団の前に立ち、戦いに備える。

 皇道師団はすぐそこまで迫っていた。

 

「とはいえ、あの御方の御(み)心(こころ)に触れてしまったら、その望みを叶(かな)えるべく身を尽くしたいという気持ちも解るがな。あの御方には否が応にもそれを希望させてしまう力がある」

「忠誠心は強要されたものだと?」

「半分はそうだ。あの御方の絶対的な力に触れてしまったら、殆(ほとん)どの者がそうなる。私(わたくし)も、あの御方に刃向かう無意味さを知ってそうなった。そしてあの御方には自らが忠誠を強いることなど望まないし、その自覚も理解も無いだろう。お気の毒なことだ……」

 

 敷(しき)島(しま)の眼には憂(うれ)いの色が帯びていた。

 

「あの御方は純粋だ。それ故に、此(こ)度(たび)の凶行を引き起こしてしまった。私(わたくし)は敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)として、あの御方の望みを叶える。その望みとは、信念を以(もつ)てあの御方と対面することだ。しかし敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)としては、あの御方に唯々諾々と従うことしか出来ない」

「姉さん……!」

「ああ、その通りだ。私(わたくし)は今この瞬間だけ、嘗(かつ)てあの御方と敵として対(たい)峙(じ)したお前の姉・水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)に戻る。それこそが、愛したあの御方に報いる道だと信じて、あの御方の過(あやま)ちに連なる者達を斬る!」

 

 侍従侍女と並び立つ近衛師団の前に、一万の皇道師団が迫る。

 当(まさ)に今、両軍は激突の時を迎えようとしていた。

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