日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第十三話『最高の譚詩曲を贈ろう』 急

 瓦(が)礫(れき)や土木が落下してきた影響で、格納庫内の者達はそれぞれの陣営に拠(よ)らず離れ離れになっている。

 折(おり)野(の)が付け狙ったのは、そんな状況下で孤立していた青年――首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の息子・道(どう)成(じょう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)だった。

 理由の一つは近くに居たこと、一つは敵の中で最も小柄であったことだ。

 折(おり)野(の)菱(りょう)は卑劣な犯罪者であり、弱き者を襲うに躊(ため)躇(ら)いが無い。

 そして狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)と違い、それを取り繕うつもりも無い。

 

「陰(かげ)斗(と)!」

 

 そんな折(おり)野(の)と陰(かげ)斗(と)の間に割って入ったのは、航(わたる)達の仲間である筈の椿(つばき)陽(よう)子(こ)だった。

 得意の武術で折(おり)野(の)の攻撃を捌(さば)き、両手首を掴(つか)んで動きを封じた。

 硬直状態にされた折(おり)野(の)だったが、彼は自体に得心の笑みを浮かべる。

 

「成程な。最初から怪しいとは思ってたぜ、椿(つばき)。俺(おれ)達にやたらと薬を飲ませたがってた辺りからな」

「私(あたし)ももう少し貴方(アンタ)達とお仲間ごっこをしていたかったんだけどね。流(さ)石(すが)に弟を狙われたんじゃ出ざるを得ない。連れて来て会わせろと親(おや)父(じ)に言ったのは失敗だったよ」

 

 折(おり)野(の)は回し蹴りで椿(つばき)の脇を狙ったが、彼女はこれを脛(すね)で器用にガードした。

 そして素早く折(おり)野(の)の腕から手を放し、逆に彼の胸へ掌(しょう)底(てい)を見舞った。

 

「うぐっ!」

「陰(かげ)斗(と)、近くて術(じゅつ)識(しき)が使えない! 離れて!」

 

 姉・陽(よう)子(こ)の言葉に弟・陰(かげ)斗(と)は無言で足早に離れた。

 

「これだけ距離があれば!」

 

 追撃の雷光が折(おり)野(の)を貫いた。

 

「ぐああああっっ!!」

 

 折(おり)野(の)は全身焼け焦げて倒れ込み、煤(すす)と煙を纏(まと)って小刻みに痙(けい)攣(れん)している。

 同時に、距離を取っていた陰(かげ)斗(と)も頭を押さえて蹲(うずくま)った。

 陽(よう)子(こ)は慌てて彼に駆け寄る。

 

「陰(かげ)斗(と)! ごめん、出力が強過ぎた。立てる?」

「姉さん、すまない」

「良いから」

 

 陽(よう)子(こ)は陰(かげ)斗(と)を背負い、父親の首(しゅ)領(りょう)Д(デー)へ顔を向けた。

 

「親父! 陰(かげ)斗(と)を待避させる!」

 

 娘の訴えを父親は聴いていなかった。

 超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改の暴走、その甚大な被害を前に、我が子を気に掛けている余裕など無いといった様子だった。

 陽(よう)子(こ)は父親の応答を待たず、格納庫の入り口から陰(かげ)斗(と)を連れて出て行った。

 その際、繭(まゆ)月(づき)を背負う双(ふた)葉(ば)と目が合ったが、ばつが悪そうにわざとらしく背を向けていた。

 

「陽(よう)子(こ)さん……」

 

 双(ふた)葉(ば)はただ顔を伏せた。

 

 一方、返り討ちに遭って起き上がれない折(おり)野(の)に、虎(こ)駕(が)が新(しん)兒(じ)を背負ったまま歩み寄った。

 

「折(おり)野(の)、大丈夫なのか?」

「大丈夫に見えるか? 神(しん)為(い)の回復が今一つ利いてねえ。参ったなこりゃ……」

 

 悪態を吐く折(おり)野(の)だったが、その表情は力無くも笑っていた。

 結果的に、内通者の炙(あぶ)り出(だ)しに成功した事は思い掛けない成果である。

 

「げほっ!」

「折(おり)野(の)!」

 

 折(おり)野(の)が吐血した。

 繭(まゆ)月(づき)に懇願され、双(ふた)葉(ば)も彼の許(もと)へ歩み寄った。

 そして、破壊活動を終えた航(わたる)のミロクサーヌ改も彼らの目の前に帰還した。

 

『みんな、いきなりすまなかった。そっちはどうなった?』

「岬(さき)守(もり)、椿(つばき)の奴(やつ)はどうやら敵だったらしい! 後、折(おり)野(の)がやられてしまい危険な状態なのだよ! あの女、平然と裏切りやがった!」

「そんな言い方しないで!」

 

 虎(こ)駕(が)に食ってかかった双(ふた)葉(ば)だったが、その様子はいつもの苛(いら)立(だ)ちよりもやり切れない悲しみが濃く見える。

 そんな彼女に、虎(こ)駕(が)も普段の様には応じられない。

 

「久(く)住(ずみ)、悪いが今はそれどころではないのだよ」

「でも……だって……」

 

 今回ばかりは口論にならなかった。

 そんな仲間達に、航(わたる)は改めて呼びかける。

 

『みんな、ロボットの掌に乗ってくれ。背中から中へ入れる。機体に乗り込んだら、このまま脱出するぞ』

 

 ミロクサーヌ改が床に膝を突いた。

 だが、それを黙って見過ごす狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)ではない。

 特にこの男は怒り心頭に発している。

 

「莫(ば)迦(か)共が! これ以上好きにさせて堪(たま)るか!」

 

 屋(や)渡(わたり)が両腕に素早く肉の槍(やり)を形成し、航(わたる)の仲間達に襲い掛かろうとする。

 だがその瞬間、屋(や)渡(わたり)の目の前にミロクサーヌ改の左拳が振り下ろされた。

 巨大な腕に足場を崩された屋(や)渡(わたり)はその場で尻餅を搗(つ)いた。

 

「糞(くそ)がぁっ!!」

 

 最後まで喚(わめ)くことしか出来なかった屋(や)渡(わたり)の目の前で、航(わたる)の仲間達は全員ミロクサーヌ改の首の後ろから機内へ乗り込んだ。

 

⦿

 

 航(わたる)は操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」の中に仲間達五人を迎え入れた。

 副操縦席「和(にぎ)魂(みたま)座(くら)」には重傷の折(おり)野(の)を坐(すわ)らせ、二席の両脇に二人ずつが所狭しと位置取る。

 

「ぐ、なんだこれは……? 体が椅子に吸い付く……!」

「折(おり)野(の)、悪いけど耐えてくれ。なるべく緩やかに操縦するが、慣れていないと加速のGが結構きついと思う」

「ふん、気にすんな。俺(おれ)の自(じ)業(ごう)自(じ)得(とく)だよ。だが、敵さんの間諜(スパイ)ははっきりさせといたぜ」

 

 折(おり)野(の)は不敵に笑って航(わたる)に言葉を返すが、強がりを隠せていない。

 

「みんなも、なるべく席に体を寄せてくれ。それで折(おり)野(の)と同じように固定される」

 

 双(ふた)葉(ば)と新(しん)兒(じ)が航(わたる)に、虎(こ)駕(が)と繭(まゆ)月(づき)が折(おり)野(の)に寄り掛かり、出発の準備は整った。

 

「岬(さき)守(もり)、俺(おれ)はお前が出来る奴だって、ずっと信じてたぜ!」

 

 新(しん)兒(じ)が心底嬉(うれし)しそうに航(わたる)を称(たた)え、親指を立てた。

 航(わたる)もそれに無言で応え、微(ほほ)笑(え)んで拳を突き合せた。

 そして再び脇の璧を掴むと、ミロクサーヌ改を浮上させる。

 

「うわっ! マジできついなこれ!」

「すまんみんな、心配を掛けた。虻(あぶ)球(く)磨(ま)、ここからはあまり喋(しゃべ)らない方が良いぞ。舌噛(か)むから」

 

 航(わたる)は今までの訓練に思いを馳(は)せながら遥(はる)か地上の格納庫を見下ろした。

 立ち上がって地団駄を踏む屋(や)渡(わたり)、ただ呆(ぼう)然(ぜん)と見上げている首(しゅ)領(りょう)Д(デー)、そしてそんな彼らに気取られぬ様に朗らかな笑みで見送ろうとしている早(さ)辺(え)子(こ)。

 航(わたる)はそんな、世話になった彼女にもう一つ贈り物をしたいと思った。

 

「最後だ!」

 

 一発の射撃――威力は極小に抑えたが、早(さ)辺(え)子(こ)に捧(ささ)げるべく放った心からの捧げ物である。

 一筋の光が公(こう)転(てん)館(かん)を跡形も無く消し飛ばした。

 憎き監獄の最(さい)期(ご)に、喋るなと忠告を受けていた仲間達からも歓声が上がった。

 

(さようなら、早(さ)辺(え)子(こ)さん。どうかお元気で)

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の涙混じりの笑顔を確認し、機体を南へと飛ばした。

 確かに受け取りました――そう無言の内に謝意を述べられたような気がした。

 

 二〇二六年七月一日、一三:三五、岬(さき)守(もり)航(わたる)以下六名は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)より超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改を奪取し、霜(しも)北(きた)半島に位置する碧(あお)森(もり)支部を脱出した。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 無残にも崩壊した格納庫の跡地には三名だけが取り残されていた。

 

「おのれ! おのれええええっっ!!」

 

 屋(や)渡(わたり)は半狂乱になって喚き散らしている。

 だがそんな彼に、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の厳しい視線が向いた。

 

「屋(や)渡(わたり)君、彼に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を預けたのは誰の采配だったかな?」

 

 屋(や)渡(わたり)は一瞬にして硬直し、強(こわ)張(ば)った表情を首(しゅ)領(りょう)Д(デー)へと向けた。

 

「扇(おうぎ)……扇(おうぎ)です……!」

「屋(や)渡(わたり)様、先程も申し上げましたが、私(わたくし)は貴方(あなた)より拝命申し上げました職務に基づき、彼に私(わたくし)の仕事を任せたまでで御座います。しかも、その範囲は屋(や)渡(わたり)様に逐一お伺いを立てさせていただきました。勿(もち)論(ろん)、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の整備についても貴方(あなた)は御(ご)承(しょう)知(ち)置(お)きされていらっしゃった筈で御座いますよ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は言葉の端々に胸の空く気持ちを隠しきれなくなっていた。

 それを読み取ったのか、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)は一つ大きく咳(せき)払(ばら)いをした。

 

「まあ扇(おうぎ)君の言葉遣いは兎(と)も角(かく)、全ての責任は屋(や)渡(わたり)君にあるということだね」

 

 首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の纏めに、屋(や)渡(わたり)は目を伏せて閉口する他無かった。

 

「済んだことはどうにもならん。今は被害をこれ以上広げない事を考え給(たま)え。その為(ため)にやるべき事は二つだ」

 

 顔を上げた屋(や)渡(わたり)に、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)は人差し指を立てて突き出した。

 

「一つ目、ミロクサーヌ改を回収すること。これは『直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)』さえ残っておれば良い。それさえ手元に戻れば、機体は再生出来るからね」

 

 首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の人差し指の隣に中指が立つ。

 

「二つ目、彼らに落とし前を付けさせること。何(いず)れにせよ、彼らを捕えねば何も始まらん」

「し、しかしどうすれば……?」

 

 その時、麓の湖から勢い良く水(みず)飛(し)沫(ぶき)が上がった。

 大量の湖水を巻き上げたのはもう一つの超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)だった。

 

「ふむ、同志土生(はぶ)はどうやら逃げた訳ではなかったようだね。性能比べと持って来たあれが、四(よ)方(も)や活躍の場を得るとは」

 

 超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)「ガルバケーヌ改」――ミロクサーヌと並び、皇(こう)國(こく)の超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の二大機として名高いガルバケーヌを鹵(ろ)獲(かく)し、独自改造した機体である。

 普段は本部のある巫(ふ)璽(じ)山(さん)麓にて厳重に保管されている。

 その機体が、航(わたる)の駆るミロクサーヌ改を追い掛けるように南へと飛んで行った。

 

「やはり追ったか、同志土生(はぶ)。では君(きみ)達、我(わが)輩(はい)は娘息子と共に本部へ戻る。屋(や)渡(わたり)君は同志土生(はぶ)と協力してこの件を我(わが)輩(はい)の納得のいく形で収め給え。然(さ)もなくば、今ある地位からの降格も考えなくてはならん」

 

 首(しゅ)領(りょう)Д(デー)はそう屋(や)渡(わたり)に宣告すると、怒りを取り繕った様子で足早にその場を後にした。

 屋(や)渡(わたり)と早(さ)辺(え)子(こ)は二人だけ瓦礫の中に取り残された。

 

 苦難の末、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の許から脱出した航(わたる)達一行だったが、ここからは彼らを追う者達との必死の攻防が始まるのである。

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