日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第十五話『激突』 急

 一台の自動車が碧(あお)森(もり)州の道を走っていた。

 長い山道を抜け、大通りを走り、漸(ようや)く高速道路に差し掛かった、という頃合いである。

 

 運転席には「扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)」こと水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)、後部座席に「首(しゅ)領(りょう)Д(デー)」こと道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)とその息子・道(どう)成(じょう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)、助手席に椿(つばき)陽(よう)子(こ)が坐(すわ)っている。

 早(さ)辺(え)子(こ)は密(ひそ)かにある話題を期待していたが、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の口からはまだ語られていない。

 首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の妻の好きだったという歌だけが沈黙を包み込んでいた。

 

(此(こ)方(ちら)から催促するのも妙な話、今日のところは諦めるか……)

 

 早(さ)辺(え)子(こ)がそう考え始めた、その時だった。

 首(しゅ)領(りょう)Д(デー)が溜(ため)息(いき)交じりに呟(つぶや)く。

 

「この歌手も飽きてきたね」

「然(さ)様(よう)で御座いますか。変えましょうか」

「いや、曲を止めてくれ給(たま)え。出発前の話の続きをしよう。そういえば忘れていた」

 

 来た――早(さ)辺(え)子(こ)の心臓が強く脈打った。

 愈(いよ)々(いよ)姉のことが聞けるかも知れない、そう思うと体が震えそうになる。

 首(しゅ)領(りょう)Д(デー)はそんな彼女の心持ちなど露知らず、曲の停止と共に語り始めた。

 

「嘗(かつ)て、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は我(わが)輩(はい)を含めて四人の指導者が居た。一人は八(はっ)卦(け)衆(しゅう)・久(く)地(ち)縄(なわ)元(げん)毅(き)、一人は秘中の秘で、八(はっ)卦(け)衆(しゅう)でない君(きみ)には明かせないが、後一人は組織の別働隊『地(ち)上(じょう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)』を率いていた」

「別働隊、初耳です」

「あくまでも嘗ての話だからね。地(ち)上(じょう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)は武力闘争に特化した精鋭部隊だった。その隊長、名を黄(つ)柳(げ)野(の)文(ふみ)也(や)といった」

 

 精鋭部隊、という言葉に早(さ)辺(え)子(こ)は息を呑(の)んだ。

 姉ならば、そこに入っても何ら遜色はないだろう。

 

「では、屋(や)渡(わたり)様が繰り上がる前に首領に次ぐ実力者だったのは、その黄(つ)柳(げ)野(の)なる方?」

「いいや、彼はあくまでもリーダーを務めていたというだけで、その婚約者の女性が地(ち)上(じょう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)で最強だった」

「その者の名を訊(き)かせていただいても?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は最(も)早(はや)、自然な問いを取り繕う事も忘れていた。

 目的が目の前に迫っているという確信があった。

 

「水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)。嘗て全国高校剣術大会で女性として初めて優勝した経験を持つ、新華族水(み)徒(と)端(はた)家の才媛。正式な結婚はしていないが、後に黄(つ)柳(げ)野(の)早(そ)芙(う)子(こ)を名乗っている」

 

 やった――早(さ)辺(え)子(こ)は震えた。

 だが喜ぶのはまだ早い。

 問題は姉の現状である。

 

「それで、『地(ち)上(じょう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)』は……その女性はどうなったのですか?」

「六年前の蜂起で壊滅したよ。黄(つ)柳(げ)野(の)文(ふみ)也(や)と水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)はもうこの世に居ない」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は束(つか)の間(ま)瞠(どう)目(もく)し、そしてその表情を苦(く)悶(もん)に歪(ゆが)めた。

 覚悟はしていた。

 叛(はん)逆(ぎゃく)者としての道を択(えら)んだ以上、既に誅(ちゅう)されていても何らおかしくはないと。

 

 だがいざ現実として突き付けられると、姉を喪失した痛みが有刺鉄線を巻かれた様に胸を締め付ける。

 耐え難い悲しみの中で、怒りと憎しみがふつふつと湧き上がってくる。

 姉さんが、強く優しく美しい姉さんが、その気高さに付け込まれて下衆共に利用され、そして殺された。

 

「彼女は……虐げられる弱者にいつも手を差し伸べてきた……。そんな彼女が……どんな思いで命まで投げ出したか……!」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の目から涙が零(こぼ)れ落(お)ちた。

 

「なんだ扇(おうぎ)君、君(きみ)は彼女と知(ち)己(き)だったのかね。まあ、あれはあれで脆(ぜい)弱(じゃく)だったのだよ。君(きみ)の様な庶民と違い、貴族というものはその育ちの時点で弱者を虐げる弾圧の罪を背負っている、それを受(う)け容(い)れさせるのには苦労した。君(きみ)の思い出を否定するのは心苦しいがね。その割に、思っていた程の役にも立たなかった。宝を持ち腐れてしまったことは、我(わが)輩(はい)も反省すべきかな」

 

 殺す――首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の言い草に、早(さ)辺(え)子(こ)は静かに沸騰した。

 己が組織の理念に殉じた者を、形だけでも労(ねぎら)いすらしないのか、その怒りが殺意となって早(さ)辺(え)子(こ)を駆り立てる。

 

 そんな早(さ)辺(え)子(こ)の殺気に、助手席の陽(よう)子(こ)以外は気付く素振りも見せない。

 陽(よう)子(こ)は密かに横目で早(さ)辺(え)子(こ)の表情を見ていたが、特に動こうともしない。

 早(さ)辺(え)子(こ)は首(しゅ)領(りょう)Д(デー)・陽(よう)子(こ)・陰(かげ)斗(と)と戦って勝てないので、陽(よう)子(こ)のこの態度は当然だった。

 おそらく術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)も、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)は難なく破るだろう。

 

 そんな時、早(さ)辺(え)子(こ)の助手席で電話端末が震えた。

 画面に表示された名前とメッセージは助手席からも後部座席からも死角になっており、早(さ)辺(え)子(こ)だけが確認出来る。

 

〈岬守航の件で話がある。私はあなたの同類だ。折り返されたし〉

 

 送り主は行方不明となっている八(はっ)卦(け)衆(しゅう)の一人・仁(に)志(し)旗(き)蓮(れん)だった。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)――その名前が早(さ)辺(え)子(こ)を思(おも)い止(とど)まらせた。

 自分の同類、つまり間諜(スパイ)として話があるという仁(に)志(し)旗(き)は黙殺しない方が良いだろう。

 

「首領、この後何(ど)処(こ)かで休憩させていただきたく存じます。今の電話、どうやら折り返さなければならないようです」

「まあ運転も長いからね。それは構わんが、何かあったのかね?」

「はい、今問題となっている件で、少し……」

 

 まだ無(む)茶(ちゃ)をする訳には行かない、航(わたる)が無事に帰国したことを確認するまでは……。

 道(どう)成(じょう)寺(じ)太(ふとし)、それまでは命を預けておく――早(さ)辺(え)子(こ)は休憩拠点(サービスエリア)へと自動車を走らせた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 栃(とち)樹(ぎ)州の森林地帯に着地した航(わたる)達は、まず早(さ)辺(え)子(こ)との約束通りに直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を破壊することにした。

 これで、屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)と土生(はぶ)十(と)司(し)暁(あき)は直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を回収不能となり、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)はミロクサーヌ改を完全に喪失する。

 

 直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を囲み、そのことについて航(わたる)は仲間達に相談した。

 ここで問題となったのは、誰がそれを行うか、である。

 

「俺(おれ)しか居ねえだろ……」

 

 手を挙げたのは折野だった。

 

「こいつァかなり頑丈だ。破壊するには結構な神(しん)為(い)か適した術(じゅつ)識(しき)が要る。今までの訓練から見るに、それが出来るのは俺(おれ)か椿(つばき)くれぇのもんだ」

 

 だが、折(おり)野(の)にはいくつかの問題がある。

 まず、折(おり)野(の)は椿(つばき)陽(よう)子(こ)に不覚を取った傷がまだ癒えていない。

 その影響か、航(わたる)に次いで彼の体から神(しん)為(い)が消えていた。

 

「岬(さき)守(もり)、東(とう)瀛(えい)丸(がん)を寄(よ)越(こ)しな」

 

 もう一つの問題点は、折(おり)野(の)の人間性である。

 ここまでは利害の一致から共に行動していたものの、彼は人殺しの無法者である。

 力を得れば何をするか解(わか)らないのだ。

 

「折(おり)野(の)、本当にやってくれるんだな?」

「何を躊(ため)躇(ら)ってんだよ。ま、俺(おれ)が神(しん)為(い)を身に付けたら困るよな? でも、俺(おれ)は良いんだぜ? こんな物、別に放って置いても」

 

 航(わたる)は渋々、折(おり)野(の)に東(とう)瀛(えい)丸(がん)を渡した。

 

「おい、大丈夫なのかよ?」

「大丈夫だよ。折(おり)野(の)、すぐにやってくれ」

 

 虎(こ)駕(が)の心配を余(よ)所(そ)に、折(おり)野(の)は東(とう)瀛(えい)丸(がん)を口に入れた。

 彼の体に神(しん)為(い)が蘇(よみがえ)った。

 

「ククク、ありがとうよ」

 

 折(おり)野(の)が直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)に手を当てると、罅(ひび)割(わ)れてバラバラになった。

 彼の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は、手で触れたものを罅(ひび)割り破壊するという異能だ。

 

「こっちこそ、ありがとう折(おり)野(の)。さて、じゃあ明(あ)後(さっ)日(て)まで野宿だ」

「あん? どういうことだ、野宿って」

 

 折(おり)野(の)は首を傾(かし)げた。

 当然、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を破壊したらすぐに街を目指して移動すると思っていたのだろう。

 

「東(とう)瀛(えい)丸(がん)には用法上の注意点があってな。効果が切れた場合、次に飲むのは中一日空けないと、六時間しか効果が持続しないんだ」

「なんだと!?」

 

 折(おり)野(の)は声を上げた。

 つまり、先んじて東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲んでしまった航(わたる)と折(おり)野(の)は六時間で再び神(しん)為(い)を失う、と云(い)っているのだ。

 

「岬(さき)守(もり)、嵌(は)めやがったな……」

「そう言うな。東(とう)瀛(えい)丸(がん)の余りは後二つある。一錠は僕(ぼく)が飲むけど、どうしても必要になったら最後の一錠を渡さないこともないさ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)から貰(もら)った東(とう)瀛(えい)丸(がん)は、当初の人数に予備一つの八個、航(わたる)以外の五人に東(とう)瀛(えい)丸(がん)が行き渡り残り三つ、その内の一つを今折(おり)野(の)が飲んだから、残るは二つという訳だ。

 

「みんな、今日東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効果が切れる筈(はず)だけど、明日は一日空けておいてくれ。明後日の朝、確実に二十四時間経(た)ってから飲もう」

 

 こうして、追加の東(とう)瀛(えい)丸(がん)を得るという折(おり)野(の)の企(たくら)みは挫(くじ)かれた、かに見えた。

 

(悪いな折(おり)野(の)、お前のお陰で助かったのに。けどお前を好きにさせる訳にはいかない)

 

 後ろめたさを感じる航(わたる)だったが、背後で折(おり)野(の)は不気味な笑みを浮かべていた。

 

⦿

 

 日が沈みかけ、航(わたる)達は予定通り野宿に入ろうとしている。

 その前に腹(はら)拵(ごしら)えが必要と思い、航(わたる)は準備を進めていた。

 食器にはミロクサーヌ改の破片を使う。

 

「出来てるか、家事担当?」

 

 採った山菜・釣った魚を包丁で捌(さば)く航(わたる)に、新(しん)兒(じ)が話し掛けてきた。

 航(わたる)はすぐさま新(しん)兒(じ)の狙いに気が付き、料理に伸びた新(しん)兒(じ)の手を平手打ちで制した。

 

「へへ、バレたか」

「この一箇月でお前の厚かましさはよく解ったからな」

 

 航(わたる)は食材を金串に刺し、集めた木材に点火棒で燃やして、料理に火を通し始めた。

 また、汲んで来た水も直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の残骸に溜め込んで煮沸しておく。

 

「ふーん、まあそれはどうでもいいんだけどよ」

「自分の行いを注意されて『どうでも良い』って云えるのも良い性格だよな」

「良いツッコミだな、岬(さき)守(もり)。一寸(ちょっと)妹みてえだ。ま、そんなことよりもよ……」

 

 新(しん)兒(じ)は火に焼(く)べられた魚と、熱される山菜に目を遣った。

 

「さっきから気になってたんだが、岬(さき)守(もり)、その料理道具は何処から持って来たんだ?」

「え?」

 

 新(しん)兒(じ)の疑問に、航(わたる)は驚いて振り返った。

 航(わたる)はその当然の疑問に気付いておらず、指摘されて呆(ぼう)然(ぜん)としてしまった。

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