日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

50 / 345
第十六話『颯爽たる姫騎士』 序

 時を少し戻し、七月一日十五時頃。

 ()()(はた)()()()は自動車を休憩拠点(サービスエリア)に入れ、(どう)(じょう)()親子から離れて一人になった。

 周囲を伺い、誰にも聞かれていないことを確認して電話を掛ける。

 

「もしもし、()()()様。(さき)(もり)(わたる)の件、とは()()なる意味で御座いましょう」

 

 電話の相手は()()()(れん)――()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の最高幹部「(はっ)()(しゅう)」の一人である。

 運転中、()()()の電話端末は()()()から「(さき)(もり)(わたる)の件で話がある」というメッセージを受け取っていたのだ。

 だが、そのメッセージには気になる(もん)(ごん)があった。

 

「それと『(わたくし)の同類』とは?」

貴女(あなた)()(そう)(ぞう)の通りですよ、()()(はた)()()()さん』

 

 ()()()から返ってきた言葉に、()()()は驚きと確信を抱いた。

 ()()()(おおかみ)()(きば)()いて「(おうぎ)()()」の偽名を使っている。

 それを見抜き、本名を呼び掛けてきたということは、()()()()()()の潜入を見抜いているということだ。

 

「どうしてそれを?」

『失礼ですが、(ちょう)(ほう)という分野に於いて(わたし)はプロです』

「では、()()()様も(わたくし)と同様に?」

『はい。日本政府……失礼、(めい)()(ひの)(もと)政府の()()(かた)から密命を受け、(おおかみ)()(きば)という組織を探っておりました。(もっと)(わたし)の場合、名を偽る必要はありませんでしたがね』

 

 ()()()は再び周囲を見渡した。

 予感してはいたが、万に一つも聞かれてはならない通話だ。

 

『ここ一箇月は、我が国の拉致被害者を解放すべく動いていました。それで、脱出を敢行した彼らの安否を確認すべく土生(はぶ)と連絡を取ったのです』

「結果はどうだったのですか?」

『十中八九、全員無事かと』

 

 ()()()はほっと胸を()()ろした。

 土生(はぶ)()()(あき)が搭乗したガルバケーヌ改の機動力が向上していると聞いた時から、ずっと(わたる)達の事は気掛かりだった。

 

「良かった……」

『そして忠告しましょう。()()(はた)さん、今すぐ(おおかみ)()(きば)から離脱なさい。どうやら土生(はぶ)貴女(あなた)の裏切りを感付かれました』

「……どういうことですか?」

 

 プロを名乗る()()()はいざ知らず、他の者に自分の正体を知られたというのは(にわ)かに信じ(がた)かった。

 特に、土生(はぶ)がそこまで賢いとは思えない。

 

『どうやら(さき)(もり)(わたる)が頑張り過ぎたようです。何せ土生(はぶ)のガルバケーヌ改を撃墜したのですからね。その操縦技術から、土生(はぶ)(さき)(もり)(わたる)()(どう)()(しん)(たい)操縦のイロハを(たた)()んだ者が居るという結論に達してしまった。そうなると、候補は貴女(あなた)しかいない』

()(よう)で御座いますか……」

 

 ()()()は目を閉じた。

 どうやら()()()の言う通り、彼女の潜入捜査はここまでらしい。

 探し求めていた姉の消息――その辿(たど)った末路も判明した。

 気に掛けていた者の消息――その(つか)んだ活路も判明した。

 

 もう思い残すことは何も無い――やることがあるとすればあと一つだと、()()()は己の胸に言い聞かせる。

 

『ですから、()()(はた)さん、これ以上(おおかみ)()(きば)と行動を共にするのは危険です。いつ貴女(あなた)に粛正の裁断が下ってもおかしくはない』

()()()様、()()(づか)いありがとうございます。しかし、御心配には及びません。どうせ土生(はぶ)は己の失態を自分から首領に報告などしません。どうにかして()(わたり)に責を押し付けようとするでしょう。その算段の間だけ、まだ(わたくし)に猶予は残されている」

 

 ()()()がやり残したこと、それは姉の(あだ)()ちに他ならない。

 (もち)(ろん)、相手は逆賊として(ちゅう)した者ではない。

 姉を唆し、(はん)(ぎゃく)の道に()とした(しゅ)(りょう)Д(デー)こと(どう)(じょう)()(ふとし)、あの男だけは刺し違えてでも殺す――一度押し込めた(ふく)(しゅう)(しん)が再び沸々と込み上げてきていた。

 

()()(はた)さん、何をお考えですか!』

(わたくし)()(じょう)を調査済みでしたら、何の(ため)にこんな組織へ潜り込んだかもお(わか)りではないですか? 目的は今し方達成いたしました。(すなわ)ち、(わたくし)には()(はや)何も無いのです」

『お待ちなさい! 早まってはいけません!』

()()()様、感謝いたします」

 

 ()()()()()()に謝意を述べ、電話を切ろうとした。

 しかしそんな彼女の耳に滑り込む様に、()()()の叫び声が聞こえてきた。

 

貴女(あなた)()(ねえ)(さま)は生きています!!』

 

 ()()()の手が止まった。

 時が止まったような気さえした。

 

「今、何と?」

()()(はた)()()()は生きている、と言ったのです! 確かな情報です!』

(どう)(じょう)()は……姉は死んだと……そう()っていましたが?」

『繰り返しますが、(わたし)は諜報活動のプロです。調査対象自身の情報網ですら掴みきれない、そんな事情にさえ通じる、そこにアマチュアとの差があるのですよ』

 

 ()()()の目に涙が(あふ)れた。

 

「信じて……(よろ)しいのですね?」

『はい。そして、御姉様は最早(おおかみ)()(きば)へ戻りません。ですから、一刻も早く組織を抜けるのです』

「どうしてそれを……(わたくし)に?」

()()(はた)さん、貴女(あなた)は我が国民の恩人だ。その貴女(あなた)が誤解から命を落とすことなど許容出来ない。図らずも(わたし)の任務の協力者となった以上、貴女(あなた)の身の安全を確保することはプロとしての(わたし)の責務です。どうか、生きてください』

 

 ()()()の心に火が(とも)った。

 燃え盛る(ふく)(しゅう)の炎が温かな希望の灯に変わったのだ。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 ()()()()()()に心からの感謝を伝え、電話を切った。

 その時、彼女の背後で靴の擦る音が聞こえた。

 

「ふーん……。貴女(アンタ)、本名は()()(はた)()()()っていうんだ。それに、()()()さんも内通者だったんだね」

 

 ()()()が驚いて振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた椿(つばき)(よう)()が立っていた。

 

(まず)い、聞かれたか!)

 

 ()くなる上は(よう)()を始末して速やかに離脱するしかない――そう考えて()()()は構えた。

 しかし、(よう)()が発したのは意外な言葉だった。

 

「良いって良いって、そんなに怖い顔しなくても。聞かなかったことにしてあげるよ。その代わり、(あたし)達のことはちゃんと送り届けてもらうよ。その後は勝手にしな」

「何……?」

 

 不可解な(よう)()の言葉に戸惑う()()()は警戒を解かない。

 そんな()()()に対し、(よう)()は自分に従うよう促す。

 

「やめときなって。(せっ)(かく)あの夜、(さき)(もり)(やつ)に格好良く助けてもらったんだ。命は無駄にするもんじゃない。(さき)(もり)()()()、それにそのなんとかってお姉さんが悲しむよ」

「成程。あの夜のことを知っているということは、貴女(あなた)(わたくし)(じゅつ)(しき)(しん)()は通用しない、と……」

 

 ()()()()(わたり)(りん)()(ろう)に襲われた夜、彼女は(こう)(てん)(かん)の拉致被害者全員を(じゅつ)(しき)(しん)()で眠らせた。

 その効果は、(わたる)がそうした様に、強い(しん)()か精神力で破ることが出来る。

 つまり(よう)()は、自身もまた()()()(じゅつ)(しき)(しん)()を破ったと言外に伝えたのだ。

 

「まあね。勿論、弟や(おや)()に試したところで同じだろうね」

 

 ()()()(のう)()に疑念が渦巻く。

 (よう)()はどういうつもりなのだろう。

 (ひと)()ずは(いわ)()支部まで運転手として利用し、用済みになってから裏切り者として始末しようとしているのか。

 

「大丈夫大丈夫。本当に貴女(アンタ)()()()を告発する気は無いから安心しなって。(あたし)(そもそ)も、組織や革命になんかこれっぽっちも興味が無いんだ。親父のことも嫌いだしね」

 

 ()()()は考える。

 確かに、椿(つばき)(よう)()(どう)(じょう)()(ふとし)の関係が良好では無い、というのは事実だろう。

 それは(どう)(じょう)()も認めていたし、何より兄弟で姓が違うその名前が複雑な家庭事情を表している。

 

 勿論、だからといって(よう)()の言葉を素直に信じるには至らない。

 だがいつまでも態度を決めかねていられるという訳でもなかった。

 

「何の話をしているのかね、(よう)()(おうぎ)君?」

 

 (しゅ)(りょう)Д(デー)こと(どう)(じょう)()(ふとし)が二人の(もと)へ現れた。

 どうやら二人の会話は聞かれていないようだ。

 

「なんでもないよ、親父。電話が終わったみたいだから声を掛けただけ」

 

 (よう)()は父親に見えぬよう、()()()に向かってウィンクした。

 ()()()に選択肢は残されていない。

 (よう)()の言葉を()()れなければこの場で戦うことになるし、裏切られれば(いわ)()支部で戦うことになる。

 助かる可能性は、(よう)()が裏切らない場合のみである。

 

「はい、なんでも御座いません。では、参りましょうか」

 

 ()()()は一先ず、この過激派(テロサー)の姫に運命を預ける他無かった。

 覚悟を決め、再び(いわ)()支部へ向けて自動車を走らせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。