日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第十六話『颯爽たる姫騎士』 破

 七月一日も夕刻に差し掛かろうとしていた頃だった。

 状況を露知らぬ屋(や)渡(わたり)は、土生(はぶ)からの連絡が無いことに痺(しび)れを切らして電話を掛けた。

 そこで初めて、土生(はぶ)が撃墜されたと知らされた。

 丁度、標的たる岬(さき)守(もり)航(わたる)ら脱走者は野宿に向けて夕食を取ろうとしている、そんな時間である。

 

「どういうことだ土生(はぶ)!! 『為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は俺(おれ)の土俵だ』とか何とか偉そうにほざいておいて、ド素人に墜(お)とされただと!? 独活(うど)の大木が鬼人とは笑わせる!」

『五(う)月(る)蠅(せ)えよ!! あんなとんでもねえ野郎を見す見す逃しやがって!! お陰で俺(おれ)まで責任問題だ!! 手(テ)前(メエ)の尻も手(テ)前(メエ)で拭けねえ無能が!』

 

 二人の八(はっ)卦(け)衆(しゅう)は、自分の落ち度を棚に上げて罵(ののし)り合っていた。

 だが状況は絶望的である。

 やがて屋(や)渡(わたり)は顔を伏せて嘆きだした。

 

「嗚呼(ああ)……これでミロクサーヌ改の直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)が回収出来なければ俺(おれ)は終わりだ……」

『それについてはまだ希望がある。俺(おれ)とあいつらは栃(とち)樹(ぎ)州の森林地帯に不時着した。機体脱出の際、俺(おれ)はあいつらの落下地点を確認している』

「それがどうした。まさかお前が直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を近くの支部まで担いで運ぶのか? 嘸(さぞ)かし悪目立ちして見物だろうな」

『いや、近辺には雲(くも)野(の)研究所がある。彼処(あそこ)には八(はっ)卦(け)衆(しゅう)の一人・鍛(か)冶(じが)谷(や)が居る』

 

 屋(や)渡(わたり)は顔を上げた。

 多少の希望は見えたが、楽観視出来る程でもない。

 屋(や)渡(わたり)は頭を抱え、どうにか考えを纏(まと)める。

 

「良いだろう。鍛(か)冶(じが)谷(や)には俺(おれ)から伝えておく。お前は奴(やつ)と協力して、脱走した連中の足止めと両機の直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を回収しろ。俺(おれ)も其(そ)方(ちら)へ行く」

『何? 来るって、碧(あお)森(もり)支部から二千粁(キロ)はあるぞ?』

「俺(おれ)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)の速度ならどうにかなる。俺(おれ)も後が無いんでな」

 

 屋(や)渡(わたり)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は、体の一部を伸縮自在の長(なが)槍(やり)に変化させるというものだ。

 その伸縮速度を利用して、つい数時間前には遠く離れた有人工場まであっという間に移動している。

 屋(や)渡(わたり)はそれを駆使して二千粁(キロ)離れた航(わたる)達の許(もと)へと向かうつもりらしい。

 

『わ、解(わか)った。それともう一つ、気付いたことがある』

「何だ?」

『さっきも言ったが、操縦していた餓鬼はとんでもない技術を身に付けている。あんなのはとても一(いっ)朝(ちょう)一(いっ)夕(せき)でどうにかなるもんじゃない。間違い無く、もっと以前から密(ひそ)かに訓練を受けていた筈(はず)だ』

「何が言いたい?」

『察しが悪いな、扇(おうぎ)だよ。あいつ、十中八九裏切ってるぜ。どうやらお前はあの女にまんまと乗せられたんだよ』

「何ィ?」

 

 屋(や)渡(わたり)の電話が握力で軋(きし)む。

 

「あの阿(あ)婆(ば)擦(ず)れが……! そこまで色に狂ったか……!」

『おいおい、また電話を壊すなよ?』

「いや……フッフ……」

 

 最初、屋(や)渡(わたり)は怒りに震えていたが、次第にその痙(けい)攣(れん)は別の感情を帯び始めていた。

 口元に歪(ゆが)んだ笑みが浮かぶ。

 

「そういうことなら寧(むし)ろ好都合だ。岬(さき)守(もり)の脱走があの女の過失なら、それを防げなかった俺(おれ)の責任問題になる。だが、あの売(ばい)女(た)が悪意を持って裏切ったのなら話は変わる。万が一直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)が回収出来なくとも、全ての責任を扇(おうぎ)に押し付けることは充分に可能だ」

『ケッ、いい気なもんだ。教えるんじゃなかったぜ』

「そう言うな。お前だって、初めて為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に触れて二・三日のド素人より、数週間みっちり特訓を積んだ相手に不覚を取ったという話の方がまだ面目は保たれるだろう」

『チッ……!』

 

 土生(はぶ)にとって侮辱的な言種だったが、今の土生(はぶ)に言い返す言葉は無かった。

 そしてどうやら、航(わたる)達はまだまだ狼(おおかみの)ノ牙(きば)の追手に悩まされることになるらしい。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 七月二日、脱出二日目の朝。

 脱出した拉致被害者達は野宿で一夜を明かした。

 と言っても、岬(さき)守(もり)航(わたる)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)・虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の三人には、傷が癒えていない折(おり)野(の)菱(りょう)が妙な動きをしないように交代で見張る役割があったのであまり眠れていない。

 朝、目を覚ました航(わたる)は腕時計の時間を確かめる。

 

(まだ時間はあるけど、ちょっと様子を見に行くか)

 

 航(わたる)は折(おり)野(の)を見張る虎(こ)駕(が)の許へ行った。

 航(わたる)に気付いた虎(こ)駕(が)は眠そうな半目を此方に向ける。

 

「どうだ、様子は?」

「好(よ)く寝ているのだよ。他人(ひと)の気も知らないで」

 

 折(おり)野(の)は脱出の際、椿(つばき)陽(よう)子(こ)と交戦になって重傷を負った。

 六人の中でも強力な神(しん)為(い)を持つ折(おり)野(の)だったが、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の同乗や直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の破壊で大きく消耗してしまったのか、その傷は恢(かい)復(ふく)し切れていない。

 彼の命が危うい場合は、余りの東(とう)瀛(えい)丸(がん)を与えなければならない。

 

 だが、見たところ命に別状は無さそうだ。

 そうなると、今度は暴れられて面倒なことになる危険も増す。

 どちらにしろ、航(わたる)達は見張りを怠る訳にはいかなかった。

 

「お疲れさん。まだ少し早いけど代わろうか?」

「いや、時間は守るべきなのだよ。寝起きだろう? 顔を洗ってくると良い」

 

 こういうところ、虎(こ)駕(が)は無駄に真面目である。

 新(しん)兒(じ)ならこれ幸いにと交代し、眠りに就いただろう。

 

 航(わたる)は昨日魚を釣った川へと足を運んだ。

 ふと、水を掬(すく)う為(ため)に流れへ翳(かざ)した掌(てのひら)を見詰める。

 

(そういえば、昨日は色々いつの間にか手に持っていたんだよな……)

 

 新(しん)兒(じ)に指摘されて初めて気が付いたのだが、航(わたる)は当たり前の様に魚を釣って山菜と共に調理した。

 当然だが、その為の道具など脱出に持ち出していない。

 それらの道具は、いつの間にか無くなっていた。

 

(もしかして、あれが僕(ぼく)の……)

 

 航(わたる)は川の水で顔を洗った。

 水面に映る自分の顔が気になったのは、奇妙な現象に己が何者なのか確かめたくなったのかも知れない。

 

「おい、君(きみ)」

 

 背後から女が声を掛けてきた。

 聞き慣れない声に、航(わたる)は驚いて振り返る。

 

「誰だ!」

 

 すわ敵襲か、と朧(おぼろ)気(げ)だった意識が一気に醒(さ)める。

 そこに立っていたのは、背の高い美女だった。

 焔(ほのお)の様に紅(あか)い髪、眉目秀麗な凜(り)々(り)しい顔立ち、混じり気の無い澄んだ意思を感じさせる菫青石(アイオライト)の様な眼(め)、洒(しゃ)脱(だつ)に仕立てられた臙(えん)脂(じ)色(いろ)の燕(えん)尾(び)服(ふく)、ピンと伸びた背筋に意外と起伏に富んだ体の線、すらりと細く長い手足――それは場違いな程の輝きに満ちた「男装の麗人」といった出(い)で立(た)ちだった。

 

「警戒を解かないね。歳(とし)は十代後半から二十代前半。茶髪に痩せ型の長身、やや童顔。うん、聞いていた特徴と一致する。君(きみ)、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に拉致されたっていう明治の民だろう?」

 

 航(わたる)の警戒を余(よ)所(そ)に、女は懐から取り出した電話端末を弄(いじ)りだす。

 

「何者だ?」

「その反応、やっぱり皇(こう)國(こく)臣民じゃないね。此方の人間が妾(わらわ)を知らない筈は無いもの」

 

 航(わたる)は首を傾(かし)げた。

 引っかかったのは二つ、彼女が航(わたる)達の事情を知っている風だということと、「妾(わらわ)」という一人称である。

 

(この女(ひと)、僕(ぼく)と同い年くらいだろう? 未(いま)だに中二病真盛りなのか?)

 

 航(わたる)の中で警戒よりも戸惑いの方が強くなってきた。

 そんな彼に対し、彼女は端末の画面を差し出して見せた。

 

「御覧、三年前の記事だ」

「あ!」

 

 航(わたる)の眼に見せられたのは、ウェブ配信されているであろう新聞の記事だ。

 薄々、皇(こう)國(こく)に独自の通信網があるというのは感じていたが、インターネットの様な環境も整備されているようである。

 世界と繋(つな)がるかは怪しいが、兎(と)に角(かく)彼女の端末には三年前の写真が表示されていた。

 

『龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下、修身院大(だい)學(がく)へ御(ご)入(にゅう)學(がく)。

 

 本日、第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)内親王殿下が修(しゅう)身(しん)院(いん)大(だい)學(がく)の入學式を迎えられた。

 ――中略――

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下は神(じん)皇(のう)陛下の第四御(み)子(こ)として生(あれ)坐(ま)し、歌劇団の男役としても御活動を始められている』

 

 航(わたる)は画面の写真と本人の顔を何度も見比べる。

 彼女はそんな様子を得意気に笑って見守っていた。

 

「失礼いたしました。此(こ)方(ちら)の皇族の御(お)方(かた)……であらせられたのですね……」

「ははは、そんなに畏(かしこ)まらなくても良いよ。同い年ぐらいだろう?」

 

 確かに、そう告げられて眺めてみると身に着けているものはどれも値が張りそうなものばかりだし、立ち振る舞いにも隠し切れない気品がある。

 歌劇団に所属しているそうだが、既に主役を張っていると云(い)われても納得してしまう花さえある。

 彼女に憧れる者は嘸(さぞ)かし、男女問わずに多いだろう。

 その長い脚で踏まれて、自信に溢(あふ)れた麗(うるわ)しい笑顔に見下ろされたい気すらしてくる。

 

「では、改めて自己紹介しておこう。妾(わらわ)は神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)だ。以後宜(よろ)しく」

 

 朝日が川の細流(せせらぎ)に飛び散り、龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)を眩(まばゆ)く彩(いろど)っていた。

 その出会いは、航(わたる)の運命をまた一つ大きく動かすことになる。

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