日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

55 / 399
第十七話『奸計』 急

 川岸に残された三人の内、憤慨していたは折(おり)野(の)菱(りょう)である。

 

「畜生! あの野郎ふざけやがって! 久(く)住(ずみ)を攫(さら)ったら俺(おれ)の手が自由にならねえだろうが!」

 

 折(おり)野(の)が向こう岸に向かって喚(わめ)き散らすのは、極めて切実な事情からだ。

 六人の中で、彼だけは帰国を望んでいない。

 日本で待っているのは殺人犯として死刑回避が望み薄の裁判であり、日本政府の人間と接触する前にどうにかして姿を眩まそうと思っていた。

 

「やはり何かを企(たくら)んでいたのかよ……」

 

 虎(こ)駕(が)はそんな折(おり)野(の)の様子に呆(あき)れていた。

 普段は皮肉的で狡(こう)猾(かつ)な折(おり)野(の)が取り乱す様は滑稽に見える。

 何せ、見た目の体格に反して神(しん)為(い)を持たない折(おり)野(の)は彼らの誰にも敵(かな)わないのだ。

 そんな状況で逃亡など、最初から望むべくもない。

 

「折(おり)野(の)、諦めるのだよ。お前は公正な裁判を受(う)け容(い)れるべきなのだよ」

「ああ!?」

 

 折(おり)野(の)は激しい形相で虎(こ)駕(が)を睨(にら)み付(つ)ける。

 自身の方が圧倒的に優位な筈(はず)が、その凄(すさ)まじい殺気に虎(こ)駕(が)は気(け)圧(お)された。

 

「ん?」

 

 否(いや)、虎(こ)駕(が)は気付いた。

 不測の事態に冷静さを欠いた折(おり)野(の)は一つのミスを犯したのだ。

 

「折(おり)野(の)、お前神(しん)為(い)が……」

「しまった……!」

 

 自身の神(しん)為(い)を隠蔽するのは高等技術である。

 内面への意識を常に高い水準で保っていなくてはならない。

 取り乱した折(おり)野(の)はそれを怠り、神(しん)為(い)を身に付けたという事実を虎(こ)駕(が)に暴(ばく)露(ろ)してしまったのだ。

 

「こうなったら!」

 

 折(おり)野(の)は繭(まゆ)月(づき)の許(もと)へ走った。

 両手が自由でない状態では戦っても不利だと判断し、彼女を人質に取ろうという判断だろう。

 だが、その時一人の男が三人の前に現れた。

 

「操縦士の小僧は追い掛けて行っちまったか。まあ良い、どの道あの餓鬼は屋(や)渡(わたり)の獲物だ。俺(おれ)は手前ら三人で憂さ晴らしさせてもらうぜ」

 

 土生(はぶ)十(と)司(し)暁(あき)の巨体が川辺の砂(じゃ)利(り)を踏み荒らした。

 虎(こ)駕(が)も折(おり)野(の)も、敵襲に意識を向けざるを得なかった。

 

『術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)・惨尽爆光装甲(サンジンバッカーアーマー)』

 

 土生(はぶ)の体が青白い光に包まれ、紺(こん)碧(ぺき)のパワードスーツを身に纏(まと)った。

 

「言っておくが、この俺(おれ)が弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)よりも弱いと思ったら大間違いだぜエ? 俺(おれ)は根っからの戦士で操縦士。術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)も敵を薙(な)ぎ払(はら)う兵装なのさ!」

「くっ、折(おり)野(の)も放っておけないが、こいつからやるしかないのだよ」

 

 虎(こ)駕(が)にとって、難しい戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 雲(くも)野(の)研究所に足を踏み入れた航(わたる)と新(しん)兒(じ)は二手に分かれた。

 二つの研究棟のどちらに双葉が囚(とら)われているか、手分けして探すことにしたのだ。

 

 南館に侵入した航(わたる)は、一階の部屋を開ける。

 

「此(こ)処(こ)は……事務室か……」

 

 そこには個人計算機(パソコン)らしきものが並べられ、演算結果が表示されている。

 

「皇(こう)國(こく)の文明力だ、パソコンくらいあるか……。多分、別室のスパコンに繋(つな)がってるんだろうな。何の研究施設なんだ?」

 

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の施設を破壊した関係で、少しだけこの研究所の用途が気になった航(わたる)だが、今は双(ふた)葉(ば)を探す方が優先である。

 

「久(く)住(ずみ)さん居るか? 居たら返事してくれ!」

 

 航(わたる)は余計な興味を胸に押し込めて部屋を一回りする。

 この部屋が終われば別の部屋、一階が終われば二階、二階が終われば三階と、順々に部屋を巡っていく。

 だが、双(ふた)葉(ば)の姿は一向に見付からない。

 

「糞(くそ)、居ない……!」

 

 航(わたる)は三階のサーバールームを後にした。

 一応、人が隠れそうな場所は一通り探した筈だが、双(ふた)葉(ば)の姿は影も形も無かった。

 

「もう一巡したら、向こうの棟で虻(あぶ)球(く)磨(ま)と落ち合おう……」

 

 航(わたる)は階段を降りていく。

 ここまで、航(わたる)は一人として施設の人間を見ていない。

 考えてみれば、これは不気味なことだ。

 

(パソコンが動いていたってことは、廃(はい)墟(きょ)じゃないんだよな? てっきり狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)のアジトで、敵と遭遇するだろうと思って覚悟していたんだが……)

 

 航(わたる)はそんな疑念を感じながら一階の廊下へ戻ってきた。

 わざわざ誘い込んでおいて、何も仕掛けてこないというのは些(いささ)か不可解である。

 それとも、航(わたる)は全く見当違いの場所を探しているのだろうか。

 

「いや……」

 

 最初の事務室に再び足を踏み入れた航(わたる)は、考えを改めた。

 そこでは双(ふた)葉(ば)を攫ったものと同じ型の弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が待ち構えていたのだ。

 

「……何処(どこ)に潜んでいたか知らないが、久(く)住(ずみ)さんもこの近くに居そうだな。さっき返事がなかったのはよく分からないが……」

 

 丸腰の航(わたる)は構える。

 思い出すのは、六年前の学校占拠事件だ。

 あの時は、偶(たま)々(たま)仲間割れした敵が残したパワードスーツでなんとか凌(しの)いだ。

 今は、全て自力でどうにかしなくてはならない。

 

(何か……武器が欲しいな)

 

 そう脳(のう)裡(り)に過(あやま)った瞬間、航(わたる)の手には日本刀が握られていた。

 いや、よく見ると刀身が薄らと光っており、普通の刀ではなさそうだ。

 

「やはりこれが僕(ぼく)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)か。戦いにも使えるのは有難い!」

 

 航(わたる)は刀を構えた。

 扱い方はよく分かっていないが、何も武器が無いよりは遥(はる)かにマシである。

 

 弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が四本の腕を拡(ひろ)げ、机や個人計算機(パソコン)を蹴散らしながら航(わたる)に向かって来た。

 二対の腕に備わったドリル・鎌に対し、此(こ)方(ちら)にあの時の装甲は無いが、寧(むし)ろ脅威は薄かった。

 

「うおおおっ!!」

 

 速さは互角、だが航(わたる)には数日前に屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)と戦った経験がある。

 死線を潜(くぐ)り抜(ぬ)けた航(わたる)は、生身の戦闘勘があの時よりも格段に冴(さ)えていた。

 

 鎌の大振りを避け、敵の背後に回り込む。

 この型の機体は六年前に破壊した経験がある。

 航(わたる)はあの時と同じように、刀を弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の肩口から深々と突き立てた。

 神(しん)為(い)によって強化された膂(りょ)力(りょく)は、六年前よりも遥かに容易に機体の内部を穿(うが)つ。

 

「ぶっ壊れろ!」

 

 航(わたる)は床を踏締め、刃を引いて機体を切り裂いた。

 光る刃は驚く程の切れ味であっさりとあの「殺(さつ)戮(りく)ロボット」を破壊した。

 

 航(わたる)は火花放電を散らす機体を蹴り飛ばした。

 嘗(かつ)ての経験から、破壊された弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)がどうなるかは予想出来た。

 案の定、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は爆発四散して破片や窓硝子(ガラス)、部屋の備品を飛び散らせる。

 航(わたる)は机の影に身を伏せ、衝撃から自分の身を庇(かば)った。

 

「扨(さ)て、早く久(く)住(ずみ)さんを探さないと……」

 

 その時、航(わたる)は床に映る巨体の影に気が付いた。

 どうやら敵は一機だけではなかったらしい。

 咄(とっ)嗟(さ)にその場から跳び退かなければ、航(わたる)は振り下ろされた鎌で真っ二つにされていただろう。

 

「流(さ)石(すが)にあれで終わりじゃないか……」

 

 航(わたる)は膝立ちで刀を構えた。

 周りを見ると、ざっと十機の弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が航(わたる)を取り囲んでいる。

 

「これは……結構なピンチだな」

 

 ドリルの腕が航(わたる)に襲い掛かる。

 航(わたる)は刀身で軌道を逸(そ)らし、機体の懐に潜り込んだ。

 ドリルが掠(さら)ったようで、左肩から血が流れる。

 

「ぐっ!」

 

 航(わたる)は痛みを堪えながら機体を下から切り付けた。

 しかし、どうやら刃筋が悪かったらしく、機体に食い込んだ刀が途中で折れてしまった。

 

「駄目か!」

 

 航(わたる)は蹴りで折れた刃を押し込み、脚を掴(つか)んで振り回し、周囲の敵機を殴打した。

 そしてジャイアントスイングの要領で機体を窓の外へ投げ飛ばした。

 

「ハァ……ハァ……そう上(う)手(ま)くは行かないみたいだな。剣術の心得なんか無いからな僕(ぼく)は……」

 

 そう言いつつも、航(わたる)の手には再び同じ様な日本刀が握られていた。

 

「とはいえ、ここはこれで切り抜けるしかない……!」

 

 航(わたる)は深呼吸して再び刀を構えた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 所長室の自席に腰掛け、鍛(か)冶(じが)谷(や)群(むら)護(もり)はモニターを見ながら咖哩(カレー)を食べていた。

 映し出されているのは、別館で戦う航(わたる)と弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の様子だった。

 

「うーん、これは自動操縦機能を改良する余地があるね。今一つ、同志土生(はぶ)の操縦データを再現し切れていない」

 

 自機が次々と撃破される光景を前に、鍛(か)冶(じが)谷(や)は余裕に満ちた様子で咖哩(カレー)に舌鼓を打っている。

 事務室の破壊も特に気にしてはいなさそうだ。

 

「それにしても、あの餓鬼の様子……。おそらく、無自覚に術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)を使っている。つまり、第三段階に手が届きかけ、半覚醒状態に至っているということ。完全に覚醒されると面倒だな……」

 

 鍛(か)冶(じが)谷(や)は匙(さじ)を皿に置いた。

 

「仕方が無い。今の内に僕(ぼく)が出向いて始末しておくか」

 

 そう呟(つぶや)いて、面倒臭そうに鍛(か)冶(じが)谷(や)が席を立った、その時だった。

 

「オラァッ!!」

 

 突然、扉を蹴破って虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)が入って来た。

 

「な、なんだね君(きみ)は!」

「お、ボス部屋か? ラッキー!」

「ラッキーって、此処が所長室だと分かって来たんじゃないの!?」

「んにゃ、適当。昔からこういう時運が良いんだ、俺(おれ)は」

 

 鍛(か)冶(じが)谷(や)は頭を抱えてヒステリックに喚く。

 

「大体、いきなり扉を蹴破る奴(やつ)があるか! 土生(はぶ)ですら普通に入室したのに! どんだけ野蛮なんだよ!」

「お前莫(ば)迦(か)だな。味方と敵が同じなわけないだろ」

「誰が莫迦だ!!」

 

 謎の口論を繰り広げる新(しん)兒(じ)と鍛(か)冶(じが)谷(や)だったが、ふと新(しん)兒(じ)は何かに気が付く。

 

「んん? お前、何処かで見たことあるな」

「ああ? 知る訳ないだろう君(きみ)の様な野猿!」

「いや、絶対会ってるって」

 

 新(しん)兒(じ)は目を凝らして鍛(か)冶(じが)谷(や)を見詰め、そして思い出した様に手を打った。

 

「ああ! そうだ! 確か俺(おれ)のことを攫いやがった連中に居たよお前!」

「何?」

 

 鍛(か)冶(じが)谷(や)も目を凝らして新(しん)兒(じ)を見返した。

 そして、どうやあ新(しん)兒(じ)の言うことが事実であると認めたらしい。

 

「ああ、そうかそうだった! そういえば、僕(ぼく)が部下に指示して攫った一人は君(きみ)の様な野蛮人だったね!」

 

 武装戦隊・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は日本国で航(わたる)達を拉致した。

 その主導的な役割を果たしたのは八(はっ)卦(け)衆の内四人である。

 屋(や)渡(わたり)が航(わたる)と繭(まゆ)月(づき)を、土生(はぶ)が虎(こ)駕(が)と折(おり)野(の)を、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)が自ら二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)を拉致し、内通者として椿(つばき)陽(よう)子(こ)を潜り込ませた。

 そして残る二人、この鍛(か)冶(じが)谷(や)が双(ふた)葉(ば)と新(しん)兒(じ)を拉致したのだ。

 

「そうそう、確かお前には家族旅行に水を差された恨みがあったよな。いや、弱そうな奴だったんでぶちのめすのも気が引けたんだが、そういうことなら遠慮は要らねえ。リベンジマッチってことになるし、まあ抑(そもそ)も人(ひと)攫(さら)いの悪党だしな」

「何ィ?」

 

 鍛(か)冶(じが)谷(や)は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せた。

 彼は研究員であり、拉致も部下に指示しただけだが、八(はっ)卦(け)衆(しゅう)の一員であり、戦闘能力も決して皆無ではない。

 

「お前なんかに舐(な)められる覚えは無い。邪魔で不愉快だからさっさと片付けて、もう一人も始末してやる」

「こっちの台詞(せりふ)だ! さっさとぶちのめして、久(く)住(ずみ)ちゃんの居場所を吐いてもらうぜ!」

 

 狭い所長室内で、二人の戦いの火蓋が切られようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。