遺伝子には様々な特殊事例があり、性染色体もまた例外ではない。
一つの卵子から分裂して生まれる「一卵性双生児」は、遺伝子が同じである為、一般的には同じ性別で産まれてくる。
しかし、非常に稀ではあるが、性染色体が違う組み合わせとなり、男女として産まれる例も存在している。
一般に、男性の性染色体はXY、女性の性染色体はXXという二本の組み合わせである。
しかし稀に、XXYという三本の性染色体を持つ男性、Xという一本の性染色体しか持たない女性も存在する。
一卵性双生児が生まれる卵子の分裂の際、XYの組み合わせからXYの男性ととXの女性が生まれる場合、もしくはXXYの組み合わせからXYの男性とXXの女性が生まれる場合に、一卵性であるが男女である双子が産まれることがあるのだという。
因みに、男性であるがY染色体を持たない例も、極めて稀ではあるが存在するらしい。
もしかすると両方ともXXの組み合わせだが片方が男性、という場合もあり得るのかも知れない。
兎にも角にも要するに、雲野研究所の地下室で岬守航の前に現れた少年と少女は、それくらいに珍しい存在だということだ。
湯気に包まれ、雲野幽鷹・雲野兎黄泉を名乗る幼い双子が花畑に降り立った。
高々と伸びた花畑の中、幼い二人は肩から下を隠されている。
「君達は……一体……?」
航は訳も解らず二人に問い掛けた。
口を開いたのは妹・兎黄泉だった。
「私達は元々、皇國とは別の日本に暮らしていたのです」
「別の日本、それって僕達の日本?」
「いいえ、この世界の日本でもない、もっと別の日本なのです」
航は首を捻った。
抑も、皇國というもう一つの日本を名乗る国家が突然現れただけでも驚天動地なのだ。
況してや、更に別の日本があると言われても、そう簡単には呑み込めない。
「一寸待って、待ってよ。じゃあ、その君達が住んでいたという日本は、今何処にあるの?」
「皇國と一つになったのです。それで、私達も皇國に来たのです」
兎黄泉は舌足らずな発声ながら、一つ一つ航の疑問に答えようとしている。
「日本だけじゃなく、色々な国や世界が他にも沢山あるみたいなのです。皇國は、そういった世界を巡って、今はこの世界に来たようなのです」
「なるほど、多元宇宙系みたいなものか……」
自分たちが住む世界や宇宙が、他に無数存在するという多元宇宙論、或いは平行世界論――SFでは定番の設定である。
基より、皇國の存在を認めた以上は、他にも異なる歴史を辿った日本や世界が無数にあると納得をせざるを得ないのかも知れない。
「それで、最初の質問に戻ろう。君達が違う日本から皇國に来てしまったことは解った。では、それがどうしてこんな場所、『武装戦隊・狼ノ牙』の施設で、変な装置に入っていたの?」
航の問いに、双子は互いの顔を見合わせた。
次に口を開いたのは兄・幽鷹だった。
「僕達、攫われたの。事故に遭って、眠ったままで、体を入れ替えられて……」
「御兄様、兎黄泉以外と喋るのは苦手でしょ。兎黄泉が説明するから黙っていてくださいなのです」
「ふ、ふにゅう……」
妹に出しゃばりを咎められ、しょぼくれる兄。
どうやら兄妹の主導権は妹が握っているらしい。
そんな兎黄泉が改めて航に説明する。
「確か、十年くらい前なのです。私達は事故に遭って、ずっと眠ったままの体になってしまったのです。そんな私達のことを、此処の人達は攫った。そして、魂だけを別の体に入れ替えられてしまったのです」
「魂を……別の体に……?」
俄かには信じ難い言葉だった。
魂などという存在するかも解らない曖昧なものを、別の体に移し替えるなどという芸当が本当に出来るのか。
だが考えてもみれば、航達は既に「神為」――己の深淵に潜む内なる神の力を発揮するという、極めて神秘主義的なことをさせられている。
そういう非科学的な幻想領域には、既に片足を突っ込んでいるのだ。
「信じるのは別に構わない。でも、一体何の為に態々そんな事を……?」
双子は再び顔を見合わせ、航の方へと向き直った。
答えるのは相変わらず兎黄泉だ。
「それは、この体に双子の魂を入れたかったからなのです。この体は此処の人の手で作られたもので、魂がありませんでした。それで、この体を動かす魂として私達が選ばれたのです」
「その体が……重要なの?」
航はあまり一糸纏わぬ二人の体を見ていられず、逆に異様な桜色の髪ばかり眼に映していた。
三週間前に、中学時代の記憶――麗真魅琴の家に飾られていた少年の写真を夢に見たことが大きいだろう。
「とても強い神為を持った人をコピーしたものです。残念ながらオリジナルの人には遠く及びませんが、少しでも神為を上乗せする為に、男と女の双子として作ったみたいです。そして、同じ様な双子である私達が、それに合った魂に丁度良いと……」
兎黄泉の話を聞いている内に、航は背筋に寒気を覚えた。
彼女が平然と話している内容は、極めて現実離れした人体実験である。
狼ノ牙が非道な事は承知していたが、ここまで倫理の欠片も無い組織だとは思わなかった。
「男女の双子だから……神為が強くなるのか?」
「そうみたいです。此処の人達は八年くらい前にそれを知って、この体を作った。一年後、魂が無いと判って私達を攫ったみたいです」
ここでふと、兄の幽鷹が航の後ろを指差した。
何事かと思って振り返ると、航の目に発条が切れかかった人形の様にぎこちない動きで踊る久住双葉が映った。
「だ、大丈夫か、久住さん?」
「ふにゅ、大丈夫だよ。あれは今だけ」
「一寸協力してもらう為に、久住双葉さんに御兄様が神為を貸してあげたのです。自分の力を大きく超える神為を手に入れて、気分が良くなったみたいです。だから、貸した分が無くなれば元に戻ります」
それで、この一面お花畑か。
研究員らしき二人の男が倒れたのも、植物を操る双葉の術識神為が強大な神為によって新たな能力を得たからだろう。
そう納得する航の目の前で、双葉はふらついて倒れそうになる。
「危ないな……」
航は双葉の体を支えた。
良い気分に水を差されて思うところがあったのか、双葉は拗ねる様に顔を背ける。
「……久住さん、君的には本当に大丈夫?」
「全然、平気だよ」
「そう。それは良かった……」
心做しか、普段の双葉に戻った気がする。
これなら一安心だろう。
航の肩から双葉が気不味そうに離れた。
「神為の貸し借りか……」
「ふにゅ、これが僕達の力」
「私達には戦う力はありません。しかし、その大きな大きな神為を他の人へ一時的に貸してあげることが出来るのです」
「オリジナルの人と同じ力」
航は考える。
狼ノ牙はこの双子を、神為を必要に応じて出し入れする貯蔵庫にしたかったのだろうか。
だとすると、航達がこの場所へやって来たのは二人にとって幸運だったのかも知れない。
狼ノ牙のことだから、二人を都合よく利用する為には更なる酷い仕打ちをするだろう。
「君達、僕達と一緒に来るかい?」
不本意な形で狼ノ牙に攫われ、目的の為に利用されようとしていたこの兄妹は、航達と同じ様な被害者だろう。
二人は力強く頷いて答える。
「僕達、待ってたの」
「私達は、ずっと此処の人達じゃない誰かが来るのを待っていました」
「此処から出たいゆ」
「もう本当の名前も忘れてしまいましたが、自由になりたいです」
「一緒に連れて行って」
「多分、私達は皇國では生きていけないのです。岬守航さん達の日本へ連れて行ってほしいです」
話は決まった。
「良し、行こう。あと一人、ここへやって来たお兄さんが居るから、そいつと合流してこんな場所さっさと出よう」
航は兄妹を誘うと、双葉に声を掛ける。
「久住さん、そろそろ行こう。と、その前に、植物の蔓か何かでこの二人に何か着るものを用意出来るかな?」
「ん、ああ、そうだね。うん、任せて」
双葉は少し照れくさそうに、兄妹に向けて手を翳した。
すると、一面咲き誇っていた草花が光の粒となって彼女の掌に集まりそれらが兄妹の体を包み込む。
光が収まると、二人の少年少女は可愛らしい子供服を身に纏っていた。
「ふにゅ、ありがとう!」
「ふみゅ、色使いが素敵です」
「えへへ、どういたしまして。これでも、一応は絵に関わる仕事を目指していたから」
兄妹は与えられた衣服に大層喜び、子供らしく無邪気に喜んでいた。
こうして見ると、先程までの不思議な雰囲気が嘘のようだ。
(話し振りに依ると、実年齢は多分見た目よりも随分上なんだろうな。肉体年齢はおそらく七歳。眠ったままだった分、精神年齢も幼い。でも、実際の年齢はおそらく高校生か、下手をすれば大学生くらいだ)
そう考えると、兎黄泉が自分達のことをきちんと説明できたのも合点が行く。
と、そう航が納得していると、双子は三度互いの顔を見合わせた。
「どうしたの?」
「もう一人のお兄さんって、虻球磨新兒さんって人ですか?」
「そ、そうだけど、よく分かるね」
そういえば、もう一つだけ奇妙な点は残されている。
この兄妹は、航と双葉の名前を最初から知っていたのだ。
神為が大きくなれば認識能力も上がるのだが、それだけでは説明が付かない。
「近くに居る魂が教えてくれるの」
「魂?」
「はい。その虻球磨新兒さんをよく知る人達の魂が、兎黄泉達を案内してくれているのです。多分、付いて行けばその人と合流出来ますです」
相変わらず、双子の説明は突拍子も無く神秘主義的だが、それを信じさせる不思議な雰囲気が二人にはある。
それに、航達の目には見えない超常的な存在が双子には見えていたとしてもおかしくはない。
強大な神為は認識能力を大幅に向上させるというのは、先に述べたとおりだ。
「分かった。付いて行ってみよう」
航は雲野兄妹の案内に従うことにした。