日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

69 / 399
第二十二話『襲来』 破

 川岸へ戻ってきた航(わたる)達は息を呑(の)んだ。

 血(ち)塗(まみ)れの折(おり)野(の)菱(りょう)、バラバラの土生(はぶ)十(と)司(し)暁(あき)が相打ちとなり、死んでいる。

 凄惨な死体の様子に、航(わたる)は眉を顰(ひそ)め、新(しん)兒(じ)は手で口を覆い、そして双(ふた)葉(ば)は顔を背けつつも雲(くも)野(の)兄妹の眼(め)を両手で覆った。

 二人分の死体の傍らで航(わたる)達の帰りを待つ虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)と繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)は、重苦しい空気に染められるがまま佇(たたず)んでいた。

 

 一目見れば、不在の間に起きた事は充分察せられた。

 土生(はぶ)が襲ってきたこと、最初は虎(こ)駕(が)が土生(はぶ)と交戦したこと、何かの拍子に折(おり)野(の)の拘束が解けたこと、折(おり)野(の)は逃げずに土生(はぶ)と戦い、共倒れとなったこと――状況からそんな筋書きが見えてくる。

 航(わたる)も新(しん)兒(じ)も、そして双(ふた)葉(ば)さえも虎(こ)駕(が)を責めようとはしなかった。

 

「悪い。全ては俺(おれ)の責任なのだよ」

 

 虎(こ)駕(が)は硬く瞼(まぶた)を締め付け、深々と頭を下げた。

 航(わたる)はそんな虎(こ)駕(が)の痩せた肩に手を置き、首を振る。

 

「大変だっただろう。よく生き延びてくれたよ」

 

 虎(こ)駕(が)が咄(とっ)嗟(さ)に背負わされた役割は大変なものだった。

 土生(はぶ)の襲撃から繭(まゆ)月(づき)と折(おり)野(の)を守りつつ、その守る対象の一人である折(おり)野(の)が逃げ出さないように気を配り続ける。

 何なら、折(おり)野(の)の出方によっては繭(まゆ)月(づき)を守らなければならない相手が二人になる。

 そんなややこしい多重責務を熟(こな)せと言われたら、航(わたる)も自信が無い。

 

「この場でお前に出来ないことは、多分他の誰にも出来ない」

「すまん、岬(さき)守(もり)。すまんのだよ」

 

 虎(こ)駕(が)は肩を震わせていた。

 折(おり)野(の)を帰国させたかったのは、日本で法の下の裁きを受けさせたかったのは、虎(こ)駕(が)とて同じである。

 そんな虎(こ)駕(が)の真面目さを航(わたる)はよく知っている。

 

(僕(ぼく)にもっと力があれば……虎(こ)駕(が)にばかり押し付けずに済むような、何か別の選択肢があったかも知れない……)

 

 航(わたる)は考える。

 抑(そもそ)も、発(ほっ)端(たん)は双(ふた)葉(ば)が弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に攫(さら)われたことだ。

 何故(なぜ)そんなことになったかというと、双(ふた)葉(ば)に薪(まき)を用意してもらおうと、集団から一人呼びつけたのが原因である。

 また、弐(に)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が現れたとき即座に破壊することが出来ていれば、その時点で解決していた。

 その後に土生(はぶ)が出てきたとしても、虎(こ)駕(が)だけでなく航(わたる)や新(しん)兒(じ)も加えて迎え撃てた。

 

(約束、守れなかったな……)

 

 昨日、龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)に威勢良く啖(たん)呵(か)を切ったものの、結果がまるで伴わなかった。

 短時間話し合った様子だけでも、彼女がこれで臍(へそ)を曲げる人間だとは思えない。

 しかし、航(わたる)が彼女にとって口先だけの人間になってしまったことは言い訳のしようがない。

 

(別に深(み)花(か)様に良く思われたいとかじゃない。自分の通すべき筋を通せなかったことが問題なんだ)

 

 航(わたる)は拳を握り締めた。

 自分の無力を思い知り、悔しさで顔から火が出そうだ。

 

 と、そんな航(わたる)と虎(こ)駕(が)の脇を小さな人影が擦り抜けた。

 俯(うつむ)いていた航(わたる)は折(おり)野(の)の死体へ近付く雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)の姿を見て慌てて止めようとする。

 

「あっ! 何をやっているんだ君(きみ)! あまり見るもんじゃないよ」

 

 雲(くも)野(の)兄妹の実年齢は十代後半だが、精神的にはその半分程の年齢だと思われる。

 到底、この残酷な光景を見せるべきではないだろう。

 兄妹の視界を遮っていた双(ふた)葉(ば)もそう思っていたのだろうが、本人もショックを受ける中で振り切られてしまったらしい。

 

 しかし、そんな彼らの心配などどこ吹く風と、幽(ゆ)鷹(たか)は泰然自若とした様子で折(おり)野(の)を見詰めている。

 妹の雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)も、平然とした顔で兄を見守りつつ口を開く。

 

「この人、死んでしまったのでしょう? 魂が何(ど)処(こ)かに行ってしまってもう居ないのが分かるので、隠す必要は無いですよ」

「いや、そういう問題じゃなくてね……」

 

 困り果てる航(わたる)を尻目に、幽(ゆ)鷹(たか)は折(おり)野(の)に手を触れようとする。

 

「あ、こら!」

「ふにゅ!?」

 

 制止しようとする航(わたる)の声に驚いた幽(ゆ)鷹(たか)だったが、兎(と)黄(よ)泉(み)はそんな兄の肩に手を置いて怯(おび)えを制する。

 

「御(お)兄(にい)様(さま)、続けてください。岬(さき)守(もり)航(わたる)さん、この人をこのままにしておくのは可(か)哀(わい)想(そう)なのです。もっとちゃんと眠らせてあげるべきです」

 

 兎(と)黄(よ)泉(み)の言うことが分からない航(わたる)ではない。

 しかし、容(た)易(やす)く首を縦には振れなかった。

 

「気持ちは分かるけど、駄目なんだよ。ちゃんと警察の人に見てもらわないと、勝手に余計なことはしちゃいけないんだ」

「はい、御兄様も兎(と)黄(よ)泉(み)も子供じゃないですので、それくらい解(わか)るのですよ」

 

 え?――そう疑問符を声に出す間もなく、幽(ゆ)鷹(たか)の体が光を放った。

 それは宛(さなが)ら、彼が新(しん)兒(じ)に神(しん)為(い)を貸し与えたときと同じである。

 

「この人には何もしません。ただ、良い事が起こるようにしてあげるだけです」

「良い事が起こる?」

 

 航(わたる)は首を傾(かし)げた。

 幽(ゆ)鷹(たか)に起きた現象が新(しん)兒(じ)のときと同じ「神(しん)為(い)を貸し与える」行為なら、死んでしまった命無き「モノ」にそんなことをしてどうなるというのか。

 その疑問に、兎(と)黄(よ)泉(み)が言葉を続けて答える。

 

「神(しん)為(い)とは、神様の真(ま)似(ね)事(ごと)なのです。それを与えるというのは、相手を神様に見立てる意味もあるのです。例えば、古い木や大きな岩が神様だったりするように。そしてその相手は、元々人間だった死体でも可能なのです」

 

 航(わたる)は何となく解る気がした。

 兎(と)黄(よ)泉(み)が出した喩(たと)え以外にも、例えば神像や仏像が信仰の対象になることはある。

 そしてそれは、聖人や偉人の遺体にも時折見られる。

 

「成程……。でも、それで一体どうなるんだい?」

「神様になったモノは、奇跡が起きて色々な不幸から守られます。そういう木や岩は、偶(たま)に信じられないくらい長持ちすることがあるでしょう? 偶(たま)々(たま)嵐が避けたり、地震でもたった一つ無事に済んだり……。つまりこれは、お巡りさんに上(う)手(ま)く見付けてもらう為のお呪(まじな)いみたいなものです。雨で水(みず)嵩(かさ)が増えた川に流されたりしたら大変ですから」

 

 つまり、なるべく折(おり)野(の)が死者としての尊厳を保てるように守ってあげようということだろうか。

 

「そっか……」

 

 航(わたる)は眼を閉じた。

 何処か、このまま折(おり)野(の)を置いて行くことに後ろめたさがあった。

 

 思えば、折(おり)野(の)の言動の端々には仲間意識を窺(うかが)わせるものがあった。

 椿(つばき)陽(よう)子(こ)との交戦、墜落時の機転、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の破壊、そして最(さい)期(ご)まで航(わたる)達に手を掛けようとしなかった事実――最終的に逃げようとしたのは間違い無いだろうが、それらの行動も無視出来まい。

 

「『人は何を言うかより、何をやったか』だったっけか、折(おり)野(の)?」

 

 そしてそれは、鏡に映すように航(わたる)の意識にも模(かたど)られた。

 

「僕(ぼく)も折(おり)野(の)を仲間だと思っていたのか……。屹(きっ)度(と)、一緒に帰りたかったんだな……」

 

 感傷的な航(わたる)を余(よ)所(そ)に、幽(ゆ)鷹(たか)は土生(はぶ)の死体にも寄っていく。

 

「その人もですか、御兄様?」

「うん。悪い人だけど、死んだ人はみんな同じだから……」

「兎(と)黄(よ)泉(み)は別に良いですけど、御兄様、三回目になっちゃいますよ?」

 

 幽(ゆ)鷹(たか)は無言で頷(うなず)き、そして再び光に包まれた。

 死者の尊厳に生前の行いは関係無い、等しく弔われるべき――幽(ゆ)鷹(たか)と兎(と)黄(よ)泉(み)にはそんな感性が強いのだろう。

 もしかするとそれは、人よりも霊魂が身近だからかも知れない。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さん、それともう一つお伝えしたいのです」

 

 兎(と)黄(よ)泉(み)が航(わたる)の裾を引っ張る。

 

「なんだい?」

「実は一箇月程前、一人のお姉さんの死体が研究所に運び込まれたのです。その人の魂が、兎(と)黄(よ)泉(み)達に岬(さき)守(もり)航(わたる)さん達の事を教えてくれたのです」

 

 航(わたる)は眼を瞠(みは)った。

 薄々、雲(くも)野(の)兄妹が何故か航(わたる)達の事を知っているのは不可解だと思っていた。

 兎(と)黄(よ)泉(み)は、航(わたる)達を知る人物の霊魂から聞いたのだという。

 丁度一箇月前に死んだ、航(わたる)達を知っている人物と言えば、一人しか居ない。

 

「二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)か!」

 

 初日、屋(や)渡(わたり)が起こした崩落に巻き込まれて死んでしまった少女・二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)。

 その遺体は雲(くも)野(の)研究所に運び込まれていたということか。

 

「じゃあ……!」

「はい。行先で研究所のことを話してくれれば、あの人のことも見付けてもらえます。そうすれば、あの人も故郷に帰れるのです」

 

 奇跡だろうか――航(わたる)は天を仰いだ。

 命が戻ってくるわけではないが、彼女も日本に帰れるというだけでほんの少しだけでも救われる。

 

「凄(すご)いな、君(きみ)達の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は。まるで双子の天使だ」

「ふみゅ? 術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)ってなんです?」

 

 兎(と)黄(よ)泉(み)は小さく首を傾げた。

 航(わたる)の眼が潤んでいる理由も、能(よ)く解らないのかも知れない。

 

「あ、あのさ……」

 

 そんな航(わたる)達に、繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が恐る恐る声を掛けてきた。

 

「さっきからこの子達、何?」

「あ、えーと……。実はですね……」

 

 航(わたる)は雲(くも)野(の)研究所で双子と出会った経緯を簡潔に語った。

 一通り聞き終えた繭(まゆ)月(づき)は目頭を押さえている。

 

「えっと、一つ一つ確認して良い、岬(さき)守(もり)君?」

「どうぞ」

「この子達、歳(とし)は幾つだっけ?」

「十八歳です」

 

 双子の声がハモった。

 

「どう見ても年齢一桁か、多くても十歳くらいに見えるんだけど……?」

「多分、肉体年齢はそれくらいですね。魂を入れ替えられたそうなんで」

「いや、言動も幼過ぎるでしょ」

「それは、何年も意識を失ってたからじゃないですか?」

 

 繭(まゆ)月(づき)は頭を抱えて悶(もだ)え始めた。

 

「え!? マジで!? ヤバいってそれ!! 心も体も十歳以下! でも実年齢は十八歳! つまり、合法ロリショタパーフェクト!! マジヤバいマジヤバい!! 犯罪的過ぎて頭おかしくなる!!」

 

 発狂したかのように金切り声を上げる繭(まゆ)月(づき)に、航(わたる)達は引(ひ)き攣(つ)った笑みを浮かべる他無かった。

 双(ふた)葉(ば)などは、白い目すら向けている。

 

「ふにゅ?」

「ふみゅ?」

 

 幽(ゆ)鷹(たか)と兎(と)黄(よ)泉(み)は同時に首を傾げた。

 その愛くるしさにやられてしまったのか、繭(まゆ)月(づき)は横転してしまった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない……。あの子達、私に近付けないで……」

 

 航(わたる)は意味が分からないと思いながら、繭(まゆ)月(づき)を起こし上げた。

 と、その背後で幽(ゆ)鷹(たか)が空(うつ)ら空(うつ)らと揺れ始めた。

 目(ま)蓋(ぶた)は半開きになり、今にも眠ってしまいそうな面持ちだ。

 

「どうしたの?」

「ふにゅう……眠たいゆ……」

「御兄様は力を一日に三回使うと眠くなってしまうのです。兎(と)黄(よ)泉(み)は一日に一回しか使えませんが、眠気は平気なのです」

 

 どうやら何でもありに思えた雲(くも)野(の)兄妹も万能ではないらしい。

 兎(と)黄(よ)泉(み)の言う通りだとしたら、限界まで力を使ってしまった今の二人はただの幼い子供に過ぎないということだ。

 

「どうする? 眠いなら一旦休もうか?」

「大丈夫、頑張る……」

 

 呆(ほう)けた幽(ゆ)鷹(たか)は、どう見ても大丈夫な様子ではない。

 フラフラと足下をふらつかせ、繭(まゆ)月(づき)に抱き付く。

 

「うわ! ちょ! 待って! 無理! 待って待って!」

 

 繭(まゆ)月(づき)はパニックを起こしている。

 そんな彼女に助け船を出す様に、新(しん)兒(じ)が幽(ゆ)鷹(たか)を抱え上げた。

 

「そうか、眠いか! なら寝てて良いぞ! 俺(おれ)が負(お)ぶって行ってやるからな!」

 

 新(しん)兒(じ)が幽(ゆ)鷹(たか)を背負っていく事に、航(わたる)達も異存は無かった。

 

「ま、確かに虻(あぶ)球(く)磨(ま)君は二人に恩があるかもね」

「久(く)住(ずみ)、岬(さき)守(もり)の話だとそれはお前も同じなのだよ」

「それはそうだけど、こういう力仕事は男がやるもんでしょ」

「いや、俺(おれ)が言っているのはお前の他(ひ)人(と)事(ごと)な態度の話で……」

「おい!」

 

 双(ふた)葉(ば)と虎(こ)駕(が)に争いの気配を感じた航(わたる)は、二人へ強めに釘(くぎ)を刺して窘(たしな)めた。

 二人は不服そうな表情を見せたものの、ただ互いの顔を背け合っただけでそれ以上は続かなかった。

 好(い)い加(か)減(げん)、学習してきたのかも知れない。

 

「じゃ、行こうか」

 

 随分と余計な時間を食ってしまった。

 航(わたる)達は、最後の旅路へと出発した。

 帰国への長い長い道のり、その終わりを目指して。

 

 だが、航(わたる)達は誰一人として気付いていなかった。

 そんな彼らの行く手を阻まんと、遥(はる)か遠くから恐るべき男が狂気に満ちた視線を向けている事に……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。