日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

71 / 345
第二十三話『その燐火に捧げる鎮魂歌』 序

 ()(わたり)(りん)()(ろう)の父親は事業家だった。

 といっても、決して羽振りの良い生活をしていた訳ではない。

 (むし)ろ逆で、何度も事業に失敗しては借金を繰り返し、年(ごと)に困窮に追い込まれていった。

 生活費は(もっぱ)ら母親が稼ぎ、(わず)かな収入で家族三人()(こう)(しの)いでいた。

 

『いつかこんな生活ともおさらばだ。今に大成功を収めて、幸せいっぱいの生活が出来るようにしてやるからな。(おれ)は社会の歯車に収まるんじゃなく、(おれ)の王国を築くんだ。(こう)(こく)最高の立志伝を打ち立てるのが(おれ)の夢なのさ。成功を(つか)みさえすれば、今の苦しい生活もその物語の一(ページ)になる。その時、母さんは(こう)(こく)一の王女様、(りん)()(ろう)、お前は王子様、そして行く行くは(おれ)の後を継いで王様になるんだ。ワクワクするだろう?』

 

 父親は目を輝かせて、()(わたり)によくそんな話をしていた。

 そして、最後まで自分の生き方を曲げようとはしなかった。

 

 ()(わたり)は父親の言葉を強く信じていた。

 ひょっとすると、父親以上に信じていたかも知れない。

 いつの間にか、父親の夢は息子の夢にもなっていたのだ。

 

 ()(わたり)は考える。

 夢を共有出来るのは幸せなことだ。

 夢さえあれば、どんな辛い境遇でも耐えられる。

 家族さえ居れば、どんな辛い境遇も分かち合える。

 

 そうだ、家族とは同じ夢を見るものなのだ。

 どんな境遇であろうと、夢を見ることは誰にでも出来るのが素晴らしい。

 夢とは澄み渡った虹色の宝石だ。

 夢見る日々とは真ん丸く()(れい)な真珠だ。

 

 家計が厳しく食事の無い日があっても、借金取りに追い立てられ夜逃げを余儀無くされても、両親が口論になり、父親が母親と自分に暴力を振るっても、その全ては父が最高の大団円を迎えるまでの美しい物語なのだ。

 (おれ)は絶対に諦めず夢を追う父親の事を、心から尊敬している――()(わたり)はそう自分に言い聞かせ、日に日に妄信していった。

 

 だが、そんな日々も終わりの時を迎えた。

 ()る雨の日、父親はびしょ()れになりながら金策に駆け巡っていた。

 それが(たた)り、父親は風邪を(こじ)らせた。

 

 そして、そんな体調のまま父親は来る日も来る日も雨の中を駆け回った。

 悪い事に、夢を(かな)える(ため)の情熱に関しては本物であったのだ。

 そんなことを続けていたせいで父親の風邪は増悪し、とうとう肺炎で呼吸もままならないほど重篤な状態となった。

 

 ()(わたり)は病床の父親に向けて絶叫した。

 

『諦めるなよ!! (おれ)達の王国を築くんじゃないのか!! こんなところで死ぬな!! (おれ)達の夢を終わりになんかするな!!』

『すまん……(りん)()(ろう)(きずな)、すまん……。悪かった……』

『謝るな!! 信じてる!! 立て!! 立つんだよおおっっ!!』

 

 ()(わたり)の願いは届かなかった。

 母子に(のこ)された夢の(ざん)()は借金だけだった。

 だが()(わたり)はそれでも信じていた。

 この胸にある宝石は、真珠は、今も(いろ)()せず、ずっと形を変えず、綺麗なままで輝いていると。

 

 だが、母親は少し様子が違った。

 夫が死んで悲しんではいたものの、どこかほっとしていた。

 実際、父親が居なくなって食費が減り、新たな借金が増えなくなり、暴力もなくなったことで生活は少し楽になった。

 

 三年が過ぎた頃から、生活は劇的に改善された。

 借金は帳消しになり、食事は増え、家は改築され、母子は段々と肉付きが良くなっていった。

 ()(わたり)は得も知れぬ不安を覚えた。

 何かが自分の大切な物を土足で踏み荒らしているような気がした。

 

 答えはその二年後、母親の口から知らされた。

 新華族の男爵家から再婚の申し込みをされたらしい。

 

(りん)()(ろう)()()(はた)男爵はとても良い人よ。貴方(あなた)のことも、息子として迎え入れてくれるって。今まで随分()くしてもらったでしょ? これからは優しいお父さんや()(わい)い二人の妹と、(きっ)()幸せいっぱいの生活が出来るわ』

 

 ()(わたり)の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

 (かつ)て夢見た生活がいともあっさり手に入る。

 ()(わたり)にはそれが嘗ての夢への侮辱に思えた。

 

 嗚呼(ああ)(おれ)達の物語が汚されていく。

 虹色の澄んだ宝石が、キラキラとした輝きを曇らせて黒ずんでいく。

 玉虫色の真ん丸な真珠が、神秘的な形を曲げられて(ひず)んでいく。

 そんな()(てつ)もない(はく)(だつ)感から、()(わたり)は拳を握り締めた。

 

『なんだよ、それ……』

『え?』

『それじゃまるで父さんが()()みたいじゃないか!』

『は?』

 

 ()(わたり)は母親に向けて拳を振るった。

 皮肉にも、栄養状態が改善されて()(わたり)は急激に体格を増していた。

 (きゃ)(しゃ)な母親にとって、命を脅かすに充分な暴力だった。

 ()(わたり)の中で、(くす)んだ宝石と歪んだ真珠の割れる音がした。

 

 十五歳で、()(わたり)(りん)()(ろう)は母親を殺した。

 そして憎しみは、自らの抱いた美しい物語を汚した(こう)(こく)の貴族制度に向かった。

 彼は自らの足で(はん)(ぎゃく)テロ組織「()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)(きば)」を頼り、血塗られた手でその門を(たた)いた。

 二度と汚されない、新しい夢を見る事にしたのだ。

 

 ()(わたり)(りん)()(ろう)は誓い、今も強く念じている。

 

 許さない。

 (おれ)の夢見た日々の物語を殺した母・()(わたり)(きずな)を決して許さない。

 認めない。

 (おれ)()()(はた)(さい)(ぞう)を父親とは決して認めない。

 

 (おれ)の父親は嘗て夢をくれた男・()(わたり)(あおい)、そしてこの憎しみを理解して(おおかみ)(きば)に招き入れ、新たな夢を見せてくれる男・(どう)(じょう)()(ふとし)だけだ。

 

 夢さえあれば、どんな辛い境遇でも耐えられる。

 家族さえ居れば、どんな辛い境遇も分かち合える。

 夢とは澄み渡った綺麗な宝石だ。

 夢見る日々とは真ん丸く綺麗な真珠だ。

 

 そして(おれ)は、家族の夢を侮辱し、裏切る(やから)を決して許さない。

 皆等しく死を与えてやる。

 

 だから、殺す――()(わたり)は自身を取り囲む脱走者達一人一人に殺意の(こも)った目を向ける。

 

 この愚かな子供達を父である(おれ)の手で(みなごろし)にしてやる。

 特に、(さき)(もり)(わたる)よ。

 父と母の(きずな)を壊し、夢にすら甚大な傷を与えた貴様の事は苦しめるだけ苦しめてやる。

 覚悟しろ!――()(わたり)はその異形に備わった八本の(やり)を振るった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 夕日に照らされた肉の槍が八本、三人に襲い掛かる。

 ()(ずみ)(ふた)()(あぶ)()()(しん)()にはそれぞれ二本ずつ、()()(けん)(しん)には倍の四本が向けられた。

 

「させるか!」

 

 ()()は鏡の障壁を生成し、()(わたり)の周囲を覆う。

 三人で()(わたり)を取り囲む様な位置取りの為、全員を守るにはこれが正着だろう。

 だが、()(わたり)の槍の威力を前に鏡は(あっ)()()く砕け散り、土瀝青(アスファルト)(きら)めく破片が降り注いだ。

 

「充分なのだよ。そうだろ、()(ずみ)!」

「うん、分かってる!」

 

 瞬間、木の(つる)()(わたり)の足下から土瀝青(アスファルト)を突き破って伸びた。

 そしてそれは、()(わたり)へ肉の槍ごと巻き付いて拘束する。

 鏡の障壁で()()が狙ったのは、寧ろ()(わたり)の槍を長く伸ばさせないことだった。

 普段は(いが)()っている二人が、共通の敵を前に息を合わせている。

 

()(ざか)しい!」

 

 しかし()(わたり)にとって、蔓の拘束を破るのは難しくなかった。

 力ずくで引き千切り、程無くして自由になってしまう。

 ()(わたり)(しん)()による強化はかなりの水準だ。

 だが、それも織り込み済みだった。

 

「へっ! そいつも充分だぜ、()(わたり)!」

 

 (ふた)()にも次善の狙いがあった。

 一瞬でも動きを止める事が出来ればそれで充分だった。

 (しん)()が既に飛び掛かっている。

 その腕には氷を(まと)っていた。

 

「オラァッ!!」

 

 ()(わたり)は拘束を破った勢い余って両腕両脚を大きく(ひろ)げていた。

 そんな無防備な状態の()(わたり)に、(しん)()は数発の拳を(たた)()む。

 

「ぐっ……!」

 

 顔面への拳はそれなりに効いている。

 しかし、傷はすぐに修復された。

 不敵な笑みを見るに、どうやら決定打には程遠いらしい。

 胴部への拳は、(じゃ)(ばら)の様な装甲に阻まれて効いていなさそうだ。

 

「それが貴様の(じゅつ)(しき)(しん)()か。追試合格といったところかな?」

手前(テメエ)の試験なんざ赤点で結構だぜ!」

「そうか、なら死ね!」

 

 収縮した槍の刺突が(しん)()に襲い掛かる。

 間一髪の所で()()の鏡が(しん)()の胸部を守った。

 ()(わたり)が反撃してくることもまた分かっていたので、既に()()(しん)()の応援に出ていたのだ。

 

「切り裂いてやるのだよ!」

 

 ()()は薄い金属の刃を生成した。

 その()にもう迷いは無い。

 ()(わたり)の体を切断する覚悟は出来ているらしい。

 だが腕の槍は非常に硬く、刃は通らなかった。

 

(おれ)(じゅつ)(しき)(しん)()は防御面に()いて(ちょう)(きゅう)()(どう)()(しん)(たい)の装甲に匹敵する。(いっ)(きゅう)の兵装ですら通さんのだ。貴様らの如きヒヨッコの力では傷一つ付くものか!」

 

 槍の刺突が、今度は()()に襲い掛かる。

 当然、鏡の障壁で防御した。

 しかし、槍の殺傷力は(げん)(さい)出来ても衝撃までは殺し切れない。

 ()()は後に(はじ)()ばされ、膝を突く。

 先刻同じように攻撃を受けた(しん)()も顔を(しか)めていた。

 

()(ずみ)ちゃん、また縛れ!」

 

 (しん)()が叫んだ。

 (ふた)()もそれに応え、再び木の蔓を生やして()(わたり)を拘束する。

 拘束を破られたところを、痛みを堪える(しん)()の拳が(さく)(れつ)する。

 皮肉にも訓練が功を奏したのか、三人は()く連携出来ていた。

 

「守られてねえ顔面には攻撃が通る様だな!」

「ぐ、成程……。ならば仕留める順番を変更する!」

 

 ()(わたり)の槍は()()(しん)()を素通りし、(ふた)()に向かって伸びていく。

 

「ヒッ!?」

()(ずみ)ちゃん危ねえ!!」

()(ずみ)!!」

 

 (ふた)()は必死で攻撃を(かわ)す。

 だが、元々運動神経の良くない彼女は矢継ぎ早の攻撃に対処しきれない。

 二本目の槍で既に脇を(かす)め、三本目の槍に心臓を貫かれようとしていた。

 

「うおおおおっっ!!」

 

 その時、(わたる)(ふた)()を押し倒した。

 間一髪、(ふた)()は難を逃れた。

 

()(ずみ)さん、大丈夫か!」

「あ、ありがとう(さき)(もり)君」

 

 ()(わたり)の攻撃は(なお)も続いたが、駆け寄ってきた()()が障壁を作ってこれを防いだ。

 

(さき)(もり)ィッ……!」

 

 ()(わたり)(わたる)を憎々しげに(にら)んだ。

 その隙に、(しん)()()(わたり)の顔面を殴る。

 ()(わたり)も迎撃しようとするも、今度は(ふた)()の蔓が再び拘束する。

 時折隙は見せるものの、見事な連携が()(わたり)の攻勢を封じていた。

 

(だが、決定打には遠い。そして、危うい……)

 

 (わたる)は考える。

 確かに三人は能く戦っているものの、その(すう)(せい)は薄氷を踏むが如しだ。

 今の様に、何かの拍子で誰かが(つぶ)され、()(たん)する危険性が高い。

 

(ぼく)も力になりたい。攻撃の手が増えれば、それだけで()(わたり)も対処に困る(はず)だ。何か武器になるような物があれば……)

 

 そんな事を思うと、(わたる)は覚えのある手触りを感じた。

 雲野研究所で弐級()(どう)()(しん)(たい)を相手取ったときと同じように、その手には日本刀が握られている。

 

(必要に応じて武器や道具が生成される、それが(ぼく)の能力、(じゅつ)(しき)(しん)()なのか?)

 

 能く(わか)らない、だがこれで戦える――(わたる)は刀を握り締め、戦いに参加すべく()(わたり)を睨み上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。