日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第二十四話『化爲明瞭』 序

 倒れ伏す岬(さき)守(もり)航(わたる)が傷を負ったのは二箇所、左脇と右腹である。

 双方共に肉の槍(やり)で貫かれ、外傷だけでなく内臓も傷付いている。

 

 彼にとって幸いだった点は二つ。

 一つは神(しん)為(い)によって常人離れした恢(かい)復(ふく)力を身に付けていること。

 もう一つは、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の絹糸で簡易とはいえ止血が出来ており、恢復の為(ため)の神(しん)為(い)は少なく済むことだ。

 

 だが、それでも重傷には違いない。

 元々の神(しん)為(い)が少ない航(わたる)にとっては、充分致命傷になり得る大傷だ。

 

 航(わたる)は今、燃え盛る土瀝青(アスファルト)の灼(しゃく)熱(ねつ)に枕している。

 その傍(かたわ)らで相争うは、不死鳥が如き焔(ほのお)の天使と八(や)岐(ま)大(たの)蛇(おろち)が如き異形の悪魔――此(こ)処(こ)は地獄か、終末か。

 航(わたる)の意識は闇の中、死の淵(ふち)へと引(ひ)き摺(ず)り込(こ)まれようとしていた。

 

「胴部の被弾も慣れてきたぞ。これなら顔面さえ守れば事足りる。槍は半分で充分だろう。つまり、他は攻撃に転用出来るというわけだ!」

「くっ……!」

 

 一方で、繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)は徐々に押され始めていた。

 というのも、彼女の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は強力だが、狙いの精度が悪いのだ。

 屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)『毘斗蛇邊倫(ビートジャベリン)・形(けい)態(たい)惨(さん)』と呼ばれる姿は胴部に蛇(じゃ)腹(ばら)の様な装甲を形成しており、有効打を与えられる部位は首から上しかない。

 言ってしまえば、そこ以外に飛来する結晶弾は無視出来るのだ。

 

 屋(や)渡(わたり)は結晶弾の対処に慣れ始め、一部の肉槍を少しずつ他へと回し始めていた。

 防御に使っているのは八本のうち四本、他は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)・虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)へ向けて一本ずつ、そして繭(まゆ)月(づき)への攻撃に一本が差し向けられていた。

 

「あうっ!!」

「ガッ!? 糞(くそ)!」

「ぐあっ!!」

 

 双(ふた)葉(ば)・虎(こ)駕(が)・新(しん)兒(じ)の三人は屋(や)渡(わたり)の攻撃に肉を削られた。

 虎(こ)駕(が)が三人の為に防御壁を生成してはいるが、すぐに破られてしまう。

 

「うぐっ……!」

 

 繭(まゆ)月(づき)の肩と腰を槍が掠(かす)めた。

 焔の翼を生やしている彼女だったが、空中の機動力はそれほど高くない。

 しかも、攻撃の際も羽(は)撃(ばた)く必要がある為、回避に集中すると却(かえ)って敵の攻め手が増えてしまう。

 四人とも必死で防御・回避を行うものの、着実に削られ続けていた。

 

 このままではジリ貧必至だった。

 皆、必至で打開策を考える。

 

「久(く)住(ずみ)、もう恢復しただろう。もう一度屋(や)渡(わたり)を縛れないのか?」

「岬(さき)守(もり)君の止血で手一杯だから無理だよ。虎(こ)駕(が)君こそ、繭(まゆ)月(づき)さんのことも守れないの?」

「距離が離れ過ぎていて無理なのだよ」

「おい二人共、言い争ってる場合じゃねえぞ」

 

 口論の空気が漂った瞬間、新(しん)兒(じ)が釘(くぎ)を刺した。

 また、彼はこの遣(や)り取(と)りで状況を察したようだ。

 

「なら俺(おれ)がなんとかするしかねえな!」

 

 新(しん)兒(じ)は走った。

 双(ふた)葉(ば)と虎(こ)駕(が)の傍(そば)へと駆け寄った。

 

「うおおおっ!!」

 

 新(しん)兒(じ)は二本の槍を掴(つか)み、動きを止めた。

 双(ふた)葉(ば)と虎(こ)駕(が)への脅威を封じたのだ。

 そして残る一本の槍に対して眼(め)を凝らすと、刺突の瞬間を見計らって腋(わき)で挟んで受け止めた。

 偏(ひとえ)に、新(しん)兒(じ)の動体視力の為(な)せる業である。

 

「何ィ?」

 

 屋(や)渡(わたり)は驚いて新(しん)兒(じ)へと注意を向けた。

 瞬間、額へと被弾して大きく蹌(よ)踉(ろ)ける。

 勿(もち)論(ろん)、新(しん)兒(じ)の狙いはただ一回切りの隙を作ることではない。

 

「虎(こ)駕(が)! 今の内だ! 繭(まゆ)月(づき)さんを!」

「っ、解(わか)ったのだよ!」

 

 今度は虎(こ)駕(が)が繭(まゆ)月(づき)の足下へと走った。

 彼が繭(まゆ)月(づき)を守る障壁を生成出来ないのは、距離が開き過ぎていたからだ。

 そこで新(しん)兒(じ)は、虎(こ)駕(が)が対処していた三本の槍を封じ、虎(こ)駕(が)を自由にした。

 繭(まゆ)月(づき)を守れるようになれば、彼女も攻撃に集中出来る。

 

「莫(ば)迦(か)が! これで俺(おれ)の槍を封じたつもりか!」

 

 槍の鋒(きっさき)がピクリと動き、槍は新(しん)兒(じ)の背後へと伸びていく。

 新(しん)兒(じ)は逆に攻撃を躱(かわ)せる状態でなくなっていた。

 が、それは新(しん)兒(じ)も織り込み済みである。

 

「オラアアアアッッ!!」

 

 新(しん)兒(じ)は力一杯振り返り、屋(や)渡(わたり)に背負い投げを敢行しようとする。

 二人の間で槍の引き合いになり、屋(や)渡(わたり)の体は硬直した。

 その間に、繭(まゆ)月(づき)の結晶弾が数発頭部に炸(さく)裂(れつ)し、屋(や)渡(わたり)はとうとう膝を突いた。

 

「おのれ……!」

 

 三本の槍が新(しん)兒(じ)に襲い掛かる。

 新(しん)兒(じ)は手を放し、間一髪の所で躱した。

 

「危ねえ……!」

「ぐおおおっ、貴様らァ……!」

 

 屋(や)渡(わたり)に更なる結晶弾の追撃が浴びせられる。

 繭(まゆ)月(づき)が機を逃すまいと全力で攻勢に出たのだ。

 狙いの制度も少しずつ良くなっている。

 守勢に回った屋(や)渡(わたり)は苛(いら)立(だ)ちを募らせていた。

 

「好(い)い加(か)減(げん)にしろ貴様らァ!! 反抗ばっかりしやがって!! 親が死ねと言ったら大人しく死ねエ!!」

「訳解んねえこと言ってんじゃねえ! 手前(テメエ)は俺(おれ)達の親なんかじゃねえだろ! それに仮令(たとえ)家族でも、互いの幸せを阻む権利なんかねえよ! 離れ離れになっても互いを想(おも)い幸せを願うもんだ! 少なくとも、俺(おれ)の家族はそうしてくれたぜ!」

 

 新(しん)兒(じ)の反論に屋(や)渡(わたり)は怒りで顔を歪(ゆが)ませる。

 そんな彼を、今度は双(ふた)葉(ば)が木の蔓(つる)で拘束した。

 槍の攻撃が途切れた分、少し余裕が生まれたのだ。

 動けない屋(や)渡(わたり)に、燃える結晶弾の雨が降り注ぐ。

 

「ガッ!? 糞(くそ)おオオオッッ!!」

 

 流れが変わった。

 一時は劣勢だったが、今は逆に屋(や)渡(わたり)を追い詰めている。

 そんな中、虎(こ)駕(が)は倒れ伏した航(わたる)に呼び掛ける。

 

「岬(さき)守(もり)死ぬな! ここさえ乗り切れば帰れるのだよ! 生きろぉっ!」

 

 航(わたる)の意識は依然闇の中である。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 航(わたる)は不思議な感覚に包まれていた。

 この感覚は知っているような気がする。

 

『岬(さき)守(もり)!!』

『岬(さき)守(もり)ィ!!』

『岬(さき)守(もり)君!!』

 

 遠くで叫び声が響いている。

 みんなが声を張り上げて戦っている。

 朦(もう)朧(ろう)とした意識の中で、航(わたる)は無力さを噛(か)み締(し)めていた。

 

(こんな時に何をしているんだ。結局、僕(ぼく)は役立たずなのか)

 

 そんな彼の目の前に、朧(おぼろ)気(げ)な人影が揺れている。

 

『貴方(あなた)、莫迦じゃないの?』

 

 その姿は知っている。

 前の時も、同じように夢の中に顕(あらわ)れた。

 

(嗚呼(ああ)、また来たのか魅(み)琴(こと)。また叩(たた)き起(お)こしに来ると、何となくそんな気がしたよ)

 

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が呆(あき)れたような眼で航(わたる)を見下ろしていた。

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に拉致されて以来、もう何度も魅(み)琴(こと)を夢に見ている。

 

(解っているさ、寝ている場合じゃない。僕(ぼく)に出来ることなんてたかが知れているけど、それでも起きて戦わなきゃ駄目だ)

 

 航(わたる)は懸命に起き上がろうとする。

 例の如く体に力が入らないが、なんとか全身に木を行き渡らせようと意識する。

 そんな航(わたる)に、魅(み)琴(こと)は悪戯(いたずら)っぽく微(ほほ)笑(え)んだ。

 

『ふふ、何故(なぜ)来るか分かる?』

 

 少し、航(わたる)は嬉(うれ)しくなった。

 久々に魅(み)琴(こと)の掴みどころの無い微笑みを見た気がした。

 堪(たま)らなく懐かしく愛(いと)おしい、慣れ親しんだ彼女の微笑みだ。

 

(そりゃあ僕(ぼく)が駄目な奴(やつ)だからだろう? 君(きみ)に尻を叩(たた)かれないと一(いち)念(ねん)発(ほっ)起(き)出来ないヘタレが僕(ぼく)だ。みんなとは大違いだよ)

 

 航(わたる)は自嘲した。

 

『そうね』

 

(おいおい、否定してくれよ)

 

『でも貴方(あなた)だってそれを望んでいるでしょう? 貴方(あなた)、私(わたし)に叱られるのが大好きだものね。だからこうして夢に出て来てあげるのよ。本当に、世話の焼ける男』

 

 図星だった。

 だが、全く悪い気がしない。

 寧(むし)ろ見透かされるのが心地良くすらあった。

 

(ははは、成程。いつもすまないねえ……)

 

 そんな航(わたる)を見下ろし、魅(み)琴(こと)は意味深に首を傾(かし)げる。

 

『あのね、まだ分からない? 私(わたし)は今でも生きていて、幽霊でも何でもないのよ? そんな私(わたし)が、態(わざ)々(わざ)貴方(あなた)の夢枕に立つと思う?』

 

(え? どういうこと?)

 

『呆れた。自分の願望で作った幼(おさな)馴(な)染(じみ)にいくら問い掛けても自問自答でしかないわよ。好い加減認めなさい』

 

 驚きは無かった。

 自分の願望、妄想たる彼女から答えを告げたということは、薄々気付いていたということだ。

 ただ、少し残念だった。

 

(会いに来てくれていると思いたかったな……。僕(ぼく)は都合の良い妄想が大好きだから……)

 

『残念がる必要は無いでしょう。貴方(あなた)が夢の中で私(わたし)に叱られて、尻を叩かれる。それで貴方(あなた)は立ち上がる。それらが貴方(あなた)の自作自演、茶番なら、結局は貴方(あなた)が自分一人で立ち上がっているということなのだから。貴方(あなた)はそう自分自身を卑下する様な人間でもないわよ』

 

(そんなこと言ってくれても、どうせそう思いたいという僕(ぼく)の願望だろ?)

 

『あらあら重傷ね、まったく……』

 

 魅(み)琴(こと)は小さく息を吐いた。

 呆(あき)れ果(は)てた様なこの仕草も、航(わたる)が願望で作った妄想だ。

 普段通りの仕草だが、そんな普段通りの彼女こそを航(わたる)は望んでいた。

 

『まあ良いわ。私(わたし)が来たからには、どうせ起き上がってやることをやっちゃうんでしょう? だからもう叱(しっ)咤(た)激(げき)励(れい)は必要無い。ここからは貴方(あなた)の潜在意識として、貴方(あなた)に気付きを促す助言を与えるわ。耳の穴を掻(か)っ穿(ぽじ)ってよく聴きなさい』

 

(気付き? 助言?)

 

『貴方(あなた)、まだ自分の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)を能(よ)く解っていないでしょう?』

 

 確かに、他の仲間達と比較して航(わたる)は自分の能力を未(いま)だに把握し切れていなかった。

 術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)の完全覚醒とは、能力を完全に理解して使い熟すことを意味する。

 半覚醒の航(わたる)には、それが決定的に足りなかった。

 

『ヒントその一。貴方(あなた)が今まで作り出してきた道具。これらは全て、やりようによっては戦闘に武器として使用出来るの。包丁、点火棒、釣(つ)り竿(ざお)、モップ……。一見日用品だけれど、武器に出来るイメージはあるでしょ?』

 

(……ああ、そうだね。実際、モップはそういう使い方をしたわけだし)

 

『それらは、貴方(あなた)が今まで実物を使った事があるものよ』

 

(成程、だから日本刀も作り出せるのか……)

 

 テロリストとの戦いで日本刀を手にした経験が、まさかこんな形で生きるとは思わなかった。

 しかし、魅(み)琴(こと)はまだ何かを隠しているかの様ににんまりと笑った。

 

『実は、日本刀を使える理由は貴方(あなた)の想像と違うのよね。あの日本刀、刀身が光るでしょう? それに、あれだけ妙に神(しん)為(い)を消費する。どうしてだと思う?』

 

(どうして? まあ確かに、普通の日本刀と比べると変だよな……)

 

『じゃあ、ヒントその二ね。貴方(あなた)、此処までどうやって来たんだっけ?』

 

(どうやってって、それが日本刀と何の関係が……)

 

 航(わたる)はそう考え掛けて、一つの答えに辿(たど)り着(つ)いた。

 

(え……? あ……!)

 

『気が付いた? そうよ。それこそが、貴方(あなた)の使用した日本刀の正体。けれども残念ながら、神(しん)為(い)に乏しい貴方(あなた)はその機能を充分に発揮出来ない』

 

(そうか! そういうことだったのか!)

 

 航(わたる)の意識がはっきりしていく。

 この気付きが、航(わたる)の体に強い意志を巡らせていく。

 

『そして、ヒントその三。二つの気付きは、貴方(あなた)にとって本当に相(ふ)応(さわ)しい強力な武器を教えてくれる筈(はず)よ』

 

(ああ! そっちならまだ使えそうだ! ありがとう魅(み)琴(こと)!)

 

『良いわよ、お礼なんて。全部貴方(あなた)の自作自演だって言ったでしょう』

 

(いや、この際だから最後まで一人遊びをさせてくれよ)

 

『しょうがない人ね。まあ良いわ。そろそろ傷も動ける程度には癒えたでしょう。起きて戦いなさい』

 

(ああ。必ず生きて帰るからな!)

 

 魅(み)琴(こと)の姿に後光が差す。

 自ら作り出した幻影が薄れ、航(わたる)は光に包まれた。

 航(わたる)は現実世界へと、地獄か終末の様な戦いの場へと帰還する。

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