日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第二十四話『化爲明瞭』 急

 死闘の間に日は沈み、薄明だけが空に残されていた。

 地上に墜(お)とされた明かり、灼(しゃく)熱(ねつ)の焔(ほのお)は航(わたる)達に安息の夜を来させないままだ。

 しかしそれももうすぐ終わる。

 戦いの果てに、苟且(かりそめ)か永遠(とこしえ)か、何(いず)れかの眠りが全ての者に与えられるだろう。

 

 今、航(わたる)は圧倒的な力を腕に宿している。

 超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の秘める破壊の暴、光線砲を備えた籠(こ)手(て)の砲口を屋(や)渡(わたり)に向けている。

 だが、二人は互いの様子を窺(うかが)い、動かない。

 航(わたる)は駆け引きを必要としていた。

 

(切断ユニットと違って、光線砲ユニットはどうにか本来の力を発揮出来るらしい。だが、それでも神(しん)為(い)の消耗が半端じゃない……)

 

 そう、神(しん)為(い)の乏しい航(わたる)にとって、超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の兵装という強力過ぎる破壊兵器の再現は消費が甚大で、考え無しに多用出来るものではないのだ。

 神を模(も)した機体そのものに備わる神(しん)為(い)を扱う操縦時と違い、術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)によって再現した今の状態は、航(わたる)本人の神(しん)為(い)でその破壊性能を発揮しなければならない。

 

「岬(さき)守(もり)、苦しそうだなァ……」

 

 屋(や)渡(わたり)は鋭い眼で航(わたる)を見据え、言葉を発する。

 

「超(ちょう)級(きゅう)の飛道具という強大な破壊兵器を無制限に使用出来る筈(はず)が無い、消耗が激しいのも当然だろうな」

 

 歴戦の戦士たる屋(や)渡(わたり)は既に見抜いていた。

 尤(もっと)も、屋(や)渡(わたり)の出方を窺っている時点で分かる話だろう。

 乱発出来るなら、相手の動きに眼を凝らさなければならないのは屋(や)渡(わたり)の方だ。

 航(わたる)もまた動かず、慎重になっている時点で弾数に制限があると考えるのは当然の道理である。

 

「貴様の僅(わず)かな神(しん)為(い)、俺(おれ)の槍(やり)をも纏(まと)めて切断する破壊力、撃った貴様の消耗具合……それらから見えてくるのは、極めて少ない回数しか撃てないであろうということだ。察するに、撃てるのは万全の状態でも五発が精一杯……。戦いの中で既に消耗した今の貴様では差し引き三発。戦線復帰時に一発撃ってしまったから、残るは二発といったところかな?」

 

 航(わたる)は目を眇(すが)めた。

 屋(や)渡(わたり)の分析は的確に、航(わたる)が隠したい苦境までも抉(えぐ)り出(だ)してしまった。

 

「その反応、図星のようだな。つまり! 貴様に残された二発をやり過ごせば俺(おれ)の勝ち! だが! そんな消極的な戦い方で勝ちを拾いに行くつもりは無い!」

 

 屋(や)渡(わたり)が動いた。

 八本の肉槍が航(わたる)に襲い掛かる。

 速度と燃費に問題がある『形(けい)態(たい)死(し)』は解除し、『形(けい)態(たい)惨(さん)』で確実に殺しに掛かる。

 

「くっ!」

 

 航(わたる)は傷付いた体に鞭(むち)打(う)って走り、身を捩(ねじ)り、屋(や)渡(わたり)の攻撃を躱(かわ)す。

 腿(もも)や脇腹、左腕に何度も攻撃を掠(かす)めてしまうが、この際仕方が無いと諦めるしかない。

 

(致命傷だけじゃなく、腕のダメージもなるべく避けないと! 屋(や)渡(わたり)を狙えなくなっちゃ元も子もない! 刺し貫かれて動けなくなるのも駄目だ!)

 

 それでいて、航(わたる)は右腕に形成した籠手の砲口をなるべく屋(や)渡(わたり)に向け続けなくてはならなかった。

 ロックオンが途切れてしまうと、その瞬間に敵の攻めに余裕が生まれる。

 屋(や)渡(わたり)の攻撃を躱し続けるのは至難の業だ。

 

(守るだけじゃ駄目だ! 強力な武器を持ったからって、そればっかりに頼るのも!)

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)のアドバイスを思い出す。

 高校襲撃事件を受けて護身術を少し教えてもらった際、確かに魅(み)琴(こと)は言っていた。

 

『刃物を持った人間は、刃物に頼りがちになるの』

 

 あれは当然、航(わたる)が凶器を持った人間から逃げることを想定したアドバイスだったのだろう。

 だが、航(わたる)が逆の立場になっても当(あ)て嵌(は)まる筈だ。

 屋(や)渡(わたり)のような強敵は当然それを分かっている。

 右腕の光線銃だけでなく別の攻め手が無ければ、屋(や)渡(わたり)には勝てない。

 

(手を尽くせ! 僕(ぼく)の能力は光線砲だけじゃない!)

 

 航(わたる)は屋(や)渡(わたり)に向かって行った。

 伸縮自在の槍を操る屋(や)渡(わたり)を相手に、離れて狙いを付けるだけでは埒(らち)が明かないと判断したのだ。

 屋(や)渡(わたり)の猛攻を掻(か)い潜(くぐ)り、或(あ)る間合いまで距離を詰める。

 

「何を考える?」

 

 屋(や)渡(わたり)は警戒を強めている。

 槍を収縮させ、接近した航(わたる)を迎え撃とうとしていた。

 そんな屋(や)渡(わたり)に対し、航(わたる)は左手に形成したもう一つの武器で仕掛ける。

 

「らァッ!!」

 

 左手にはモップを持っていた。

 屋(や)渡(わたり)に刺し貫かれる直前、このモップの吸引機能で動きを封じることが出来た。

 成功すれば、確実に狙える。

 

「甘い!」

 

 だが、油断の無い屋(や)渡(わたり)に同じ手は通用しなかった。

 モップの刺突は躱され、槍(やり)頭(がしら)が即座にモップの先端を切り落とす。

 この家具は掃除機と違い、先端の吸引力で細かい隙間の塵(ごみ)や頑固な汚れをも強力に絡め取る仕組みであり、こうなってしまうともう吸引することは出来ない。

 屋(や)渡(わたり)は後跳びで間合いを開いた。

 

「糞(くそ)!」

「残念だったな。貴様が乏しい神(しん)為(い)と応用の利く能力で知恵を絞って戦ってきたことは充分承知している。光線砲だけに頼る筈が無いと思っていたぞ」

「随分評価してくれるんだな。あれだけ嘲(あざ)笑(わら)っていた僕(ぼく)のことを」

「貴様が嘗(かつ)て雑魚(ざこ)だったのは確かだが、あくまで嘗ての話だ。戦況とは目紛るしく変わるもの。いつまでも過去の評価に拘泥し、目の前の現実から目を背け続ける者など戦士として二流に過ぎん」

 

 再び、屋(や)渡(わたり)の槍が遠距離から航(わたる)を攻め立てる。

 

(くっ、このまま残り一発も撃たないまま負けるなんてあまりにも間抜け過ぎるぞ! 何とか活路を開かないと!)

 

 再び、航(わたる)は考える。

 そして一つの賭けに出る覚悟を決めた。

 

「岬(さき)守(もり)! 正直に言って今となっては貴様が惜しくて仕方が無いぞ! 最初に俺(おれ)は、貴様を攫(さら)えば二人分以上の働きをすると思った! だが、その後の為体(ていたらく)を見て一度は失望した! もっと根気良く育てていれば、皇(こう)國(こく)を打倒する上で大きな戦力になっただろうと、今更になって後悔している! 尤も、事此(こ)処(こ)に至っては裏切り者として粛正するしか無いがなァ!」

「悪いが最初からお前らに協力する気は無い。お前は親と子の関係を強調するが、見当違いも良いところだよ。僕(ぼく)の父親は人間の屑(くず)だったし、母親は幼い僕(ぼく)の過(あやま)ちを許さず見(み)棄(す)てた。僕(ぼく)は抑(そもそ)も親の思い通りになるような人間じゃないのさ」

 

 航(わたる)は槍の攻撃を躱しつつ、屋(や)渡(わたり)に向けて光線砲を発射した。

 屋(や)渡(わたり)は動きと砲口から射撃を予測していたらしく、紙一重でこれを躱す。

 左脛(ずね)の槍が根元から千切れ、屋(や)渡(わたり)は顔を顰(しか)めた。

 

「ぬぅっ!」

「今だ!」

 

 航(わたる)は屋(や)渡(わたり)との距離を再び詰めていた。

 脚が傷付いた屋(や)渡(わたり)は、傷が恢(かい)復(ふく)するまでの間に動きが鈍ったのだ。

 尤も、軽傷だったので恢復は一瞬だった。

 元々、この一発は牽(けん)制(せい)の為(ため)に撃った捨て石である。

 

 迎え撃つ屋(や)渡(わたり)の槍が左肩を貫いた。

 モップの補助を潰(つぶ)しに来たのだろう。

 身を捩った航(わたる)だったが、回避が間に合わなかった。

 

「ぐっ!」

「来い! 残り一発に望みを懸けてみろ! すぐに潰(つい)えさせてやる!」

 

 航(わたる)と屋(や)渡(わたり)は格闘戦の間合いをとっている。

 この距離なら、航(わたる)も外しようがない。

 丁度、右腕が屋(や)渡(わたり)に向いている。

 これは航(わたる)にとって、紛(まぎ)れも無くチャンスである。

 

 だがその時、一本の槍が死角から航(わたる)の右手を貫いた。

 この土壇場まで温存されていた、地面の下に潜伏させた槍の攻撃に航(わたる)は不意を突かれてしまった。

 左脛の槍の再生を見落とし、心理的盲点に付け入られてしまったのだ。

 

「俺(おれ)の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は再生能力がセットなんだよ! だから言っただろう! すぐに潰えさせてやるとなァ!」

 

 籠手の破壊、光線砲そのものの喪失。

 此処へ来て、航(わたる)は攻め手を失った、かに見えた。

 屋(や)渡(わたり)も勝利を確信し、右腕の槍で心臓に狙いを定めている。

 

「潰えてなんかいない!」

 

 航(わたる)は体を逆に捻(ひね)り、左腕を前に出した。

 その手首から手の甲に掛けて、もう一つの籠手が形成されている。

 体を捩ったのは左肩への攻撃を躱すだけでなく、このもう一つの籠手を隠す意味もあったのだ。

 もっといえば、モップを警戒させたのもその為の伏線だった。

 

「なっ……!!」

 

 超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改の光線砲ユニットは両腕に備わっている。

 ガルバケーヌ改との戦いで残り腕一本になって尚(なお)、航(わたる)は最後の射撃で土生(はぶ)十(と)司(し)暁(あき)と相打ちに持ち込むことが出来た。

 航(わたる)は最初から右手の光線砲自体を囮(おとり)にし、この左手に勝負を懸けたのだ。

 

 左腕は上がらないが、間合いは充分に詰めている。

 この距離なら、肘を曲げて拳を当てるだけで良い。

 航(わたる)は籠手の砲口を屋(や)渡(わたり)の臍(へそ)に押し付けた。

 

 一本の白い光の筋が、屋(や)渡(わたり)の体を貫いて夜空へと走り抜けていった。

 異形を解除された屋(や)渡(わたり)は吐血し、その場に崩れ落ちて倒れ伏した。

 航(わたる)は籠手の消えた腕を力無くぶら下げ、肩で息をして立っていた。

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