日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

77 / 345
第二十五話『人外の暴威』 序

 土瀝青(アスファルト)を燃やす(ほのお)の勢いが弱まっている。

 (さなが)ら、覚めやらぬ戦いの熱だけが残されているといった様相だった。

 山際に沈んだ太陽もまた、薄明が尽きようとしている。

 

 夜が来る。

 

 立っているのは(さき)(もり)(わたる)

 しかし全てを出し尽くして、歩く足取りもままならなかった。

 

「みんな、行こう」

 

 (わたる)は仲間達に声を掛けた。

 彼らもまた、戦いでボロボロになっている。

 

 比較的傷が浅いのは回転によって(はじ)()ばされた(あぶ)()()(しん)()と、()(はら)われた()(ずみ)(ふた)()である。

 二人はどうにか起き上がり、それぞれ()()(けん)(しん)(まゆ)(づき)()()()(もと)へ歩いていく。

 急所を外したとはいえ、回転錐(ドリル)と化した(やり)に刺し貫かれた虎駕と繭月は自力で起き上がれない。

 ()()(しん)()(まゆ)(づき)(ふた)()に肩を借りた。

 

(ぼく)は……()(たか)君を」

 

 自力で移動出来ないのはあと一人、戦いの前から眠っている(くも)()()(たか)だ。

 (わたる)は地面に寝そべる幼い少年を抱えようとする。

 気絶する際に刺し貫かれた傷が心配だったが、どうにか(ふさ)がっていた。

 (しん)()によるこの脅威的な(かい)(ふく)力が無ければ、(わたる)達は誰一人として助からなかっただろう。

 

(さき)(もり)(わたる)さん……!」

 

 ()(たか)の双子の妹・(くも)()()()()(わたる)の背後を指差している。

 (わたる)は刺された腹が冷えるのを感じた。

 刺し貫かれた傷さえも修復する(しん)()――それが(わたる)に嫌な予感を(よぎ)らせる。

 

「ぐ……う……!」

 

 (わたる)は背後の(うめ)(ごえ)に驚いて振り向いた。

 

「そ、そんな……!?」

 

 見開いた(わたる)()に映ったのは、震えながら立ち上がった()(わたり)(りん)()(ろう)だった。

 腹部を光線砲で貫かれた(はず)の宿敵は、まだ息絶えていなかったのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ()(わたり)は呼吸を荒らげている。

 (じゅつ)(しき)(しん)()も完全に解除されて元の姿に戻っているし、決して無事というわけではなさそうだ。

 しかし、彼以上に(わたる)達は(まん)(しん)(そう)()だ。

 もうこれ以上、()(わたり)と戦う力など残されてはいない。

 

「不覚……だった……! この(おれ)としたことが……完全に不覚を取った……! 油断は無かったが、勝利を確信してしまった……! これは教訓とせねばなるまい……!」

 

 息も絶え絶えに反省の弁を述べる()(わたり)

 だが、血が垂れる口元は(おもむろ)に上がっていく。

 

「だが! 貴様も抜かったな! (おれ)はこの通りっ!」

 

 ()(わたり)の体が光に包まれた。

 体の各部が避け、伸縮自在の槍と(じゃ)(ばら)の装甲が再び形成される。

 ()(わたり)(なお)も『(けい)(たい)(さん)』に変身する(しん)()を残していたのだ。

 

「全力で貴様らの粛正を再開出来るぞ!」

 

 それはあまりにも絶望的な光景だった。

 (ふた)()などは膝から崩れ落ちてしまった。

 

「う、(うそ)でしょ……? もうみんな限界だよ……。どうにもならないじゃない……」

 

 力無く(つぶや)いた(ふた)()と、心境は皆(おおむ)ね同じだった。

 ただ一人、この男を除いては。

 

「みんな、先に行ってくれ」

 

 (わたる)は前へ踏み出し、尚も()(わたり)(たい)()する。

 

(さき)(もり)! ()(ちゃ)だぜ!」

 

 (しん)()の叫びに、(わたる)は首を振った。

 

「こうなったのは(ぼく)のせいだ。責任は(ぼく)が取らなきゃいけない。(ぼく)はどうにか()(わたり)を食い止める。その間に、みんなはなるべく遠くまで行ってくれ。もう街に入る。宿には辿(たど)()けなくても、誰かに助けを求めてくれ」

 

 (わたる)には悔恨があった。

 ()(わたり)が立ち上がったのは己が不覚悟だという自覚があった。

 それは()(わたり)も指摘する通りだ。

 

()(わか)っているじゃないか」

 

 ()(わたり)は光線で貫かれた腹部に手を添えた。

 出血していた位置には既に蛇腹の装甲が再形成され、傷を塞いでいる。

 

「一流の戦士たる(おれ)に地を舐めさせた貴様の力と知略は見事なものだった。それは褒めてやろう。だが悲しいかな、精神面では(いま)だその域に達してはいなかったということだろう。もう少し肘を曲げ、腹部ではなく心の臓を撃ち抜いていれば、(おれ)は絶命を免れなかった。しかし、貴様はそれを忌避してしまった。殺しを(ため)()ってしまった貴様の落ち度・甘さが、この絶体絶命の危機的状況を招いたのだ!」

 

 (わたる)は目を(すが)め、()(わたり)の駄目出しに甘んじる他無かった。

 全く(もっ)て、敵の言う通りだった。

 

「早く行け!」

 

 (わたる)は仲間達に逃走を促す。

 しかし、彼らにはここで(わたる)()()てることなど出来ないようだ。

 

「クク、そう言うな(さき)(もり)。普通に考えれば貴様の攻撃は止めとして充分な筈だった。だから(おれ)もすぐには立ち上がれなかった。今(おれ)がこうしていられるのは(おれ)自身の機転に()るものも大きい。それを聴かなければ、仲間達は貴様の失態を呪ったまま死んでいくことになる。だから(おれ)がどうやって戦線復帰を(かな)えたのか、冥土の土産に今から教えてやろう」

 

 ()(わたり)は得意気に右腕を曲げると、腕と肩の槍を(うね)らせる。

 

(おれ)(じゅつ)(しき)(しん)()、その本質はこれだ。『体の一部を自在に蜿らせ、(しな)らせる』こと、それこそが(おれ)の能力の神髄なのだ。それは何も、形成した槍に限らない。細長いものならば例えば髪の毛、例えば血管、そして例えば(はらわた)でも、思い通りに操ることが出来るのだ」

 

 二重()(せん)形状の槍頭がそれぞれ別々に(うごめ)いている。

 ()(わたり)の語り口から、(わたる)は既に充分どうやって耐えられたのかを思い知らされていた。

 

「あの時、そんなことを……!」

「そう、(おれ)は貴様の光線に因るダメージを最小限に抑える(ため)に、腸を蜿らせて光の通り道を開けたのだ。同時に、()えて自ら(じゅつ)(しき)(しん)()を解除し無防備な状態で受けることによって、(しん)()の消耗も節約した。これにより、(おれ)は恢復と継戦の為に必要な(しん)()を温存することに成功したのだ!」

 

 ()(わたり)は両腕を(ひろ)げ、歓喜を示した。

 

(もっと)も、これは(おれ)にとって初めての試み! (いち)(ばち)かの賭けだった! 理論上出来ることは知っていたが、今までそんな無意味なことをやってみる機会など無かった! だが(おれ)は危機に遭って戦いの切り札を増やすことに成功した! (とっ)()の機転によって更に成長し、戦士として超一流の高みへと飛躍することが出来たのだ!」

 

 おどろおどろしい高笑いが夜の闇に響いていた。

 (わたる)にとって、あまりにも痛恨の不覚である。

 

 (ばん)()(きゅう)す。

 ()(はや)(わたる)達に生存の目が無いことは誰の目にも明らかだ。

 (ふた)()は泣き崩れ、()()(ぼう)(ぜん)と立ち尽くしている。

 (しん)()は悔しさから()()みし、(まゆ)(づき)は天を仰いでいた。

 

 唯一人、(わたる)だけは腰を落として構えていた。

 (しん)()を失った身で、勝てる筈の無い暴威を(まと)った相手に尚も(あらが)おうとしていた。

 

「みんな、行ってくれ。今()(わたり)が言ったとおりだ。この事態は(ぼく)が責任を取らなきゃいけないんだ」

「出来る訳ねえだろ! 誰のお陰で()()まで来れたか、みんな分かってる! そのお前を見殺しになんか出来っかよ!」

 

 叫ぶ(しん)()だったが、彼も(わたる)を助けられるわけではない。

 見棄てなかったところで、心中する羽目になるだけだ。

 尤も、見棄てたとしても()(わたり)からは到底逃げられまい。

 (わたる)達は完全に詰んでいた。

 

 しかし、である。

 

「死なない!!」

 

 (わたる)は自分に言い聞かせるように叫んだ。

 彼はこの期に及んで尚も諦めようとはしなかった。

 だが、(わたる)は脇から血を(にじ)ませて膝を突いた。

 叫んだことで傷口が開いてしまったらしい。

 

「往生際の悪いことだ。貴様のそういうところ、少し(かん)に障るな。だが安心しろ。一瞬で楽にしてやる」

 

 ()(わたり)(おお)()()に、見せ付けるように八本の槍を振り回す。

 

「我が宿敵よ、さらばだ!」

 

 (すさ)まじい速度で飛び掛かってくる()(わたり)

 (わたる)達の命運は尽きた、かに思われた。

 

 だがその時、()(わたり)は何かに反応する様に跳び退いて下がった。

 瞬間、夜空から人影が舞い降り、土瀝青(アスファルト)を蹴り砕いた。

 一人の美女の攻撃が(わたる)達を間一髪のところで救ったのだ。

 

「何だァ、貴様は……?」

 

 突如現れた長い黒髪の女に、()(わたり)()(げん)そうな視線を向けていた。

 紫紺のホルターネックレオタード姿で降り立った謎の乱入者。

 しかし、この場で三人は彼女を知っている。

 

()……(こと)……?」

 

 (まつ)()の豊かな切れ長の目で()(わたり)(にら)み、(りん)とした立ち姿で対峙するその美女のことは、他ならぬ(わたる)が誰よりも知っていた。

 (うる)()()(こと)――(わたる)が誰よりも会いたかった(おさな)()(じみ)が今、絶望的な戦場に舞い降りた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。