日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第二十六話『再会』 序

 迎えの自動車の座席に乗り込み、岬(さき)守(もり)航(わたる)は物思いに耽(ふけ)る。

 ここまでの道(みち)程(のり)のこと、どんな思いで歯を食い縛ってきたか。

 

 拉致されたのが六月二日火曜日の未明、今日が七月三日の金曜日。

 期間にして、僅(わず)か一月。

 けれどもそのたった一月をどれほど長く感じたことか。

 

 嗚呼(ああ)、果ての見えない日々の中でたった一筋の光に縋(すが)り付(つ)き、何度君(きみ)を思っただろう。

 何度も夢見た君(きみ)に、どれだけ逢(あ)いたかったことか。

 全てはこの時、この瞬間の為(ため)に骨身を削ってきた。

 苦難に耐え、危機を乗り越え、必死の思いで此(こ)処(こ)まで辿(たど)り着(つ)いた。

 

 しかし、それは決して一人の力で為(な)したことじゃない。

 多くの人達に助けられたし、時に受難や犠牲も強いてしまった。

 

 何も出来ず、死を看(み)取(と)ることしか出来なかった人も居た。

 耐え難い屈辱を強い、そこまでさせた想(おも)いに応えられず、傷付けてしまった人も居る。

 必ず共に帰ると誓ったのに、結局は途中で命を落としてしまった人も居た。

 

 今この場に居る仲間達にも随分と助けられた。

 屋(や)渡(わたり)との一度目の戦いでは、みんなが割って入らなければ間違いなく死んでいた。

 二度目の戦いも、最後の一騎打ちまでは大して役に立たなかったし、その最終局面でも大ポカをやらかしてしまった。

 君(きみ)に助けられなければ、確実に全滅していた。

 

 結局、僕(ぼく)はいつも往生際悪く吠(ほ)えるばかりだ。

 他人に助けられなければ、何一つ満足に出来やしない。

 誰かにレールを敷いてもらい、手を引かれなければ満足に前へ進めもしない。

 

 君(きみ)とは大違いだ。

 あまりにも違い過ぎる。

 

 君(きみ)はいつも、僕(ぼく)の想像を遙(はる)かに上回る。

 高校の時も、今も、心配する僕(ぼく)があまりにも滑稽なくらいの強さを見せ付ける。

 僕(ぼく)だって様々な経験を経て一回りも二回りも大きくなっている筈(はず)なのに、君(きみ)にはまるで届きそうにない。

 

 抑(そもそ)も、君(きみ)がこの場に現れたこと、それ自体が信じられない程に凄(すご)過ぎる。

 君(きみ)にとって最初、僕(ぼく)がただ突然消息を絶ったとしか分からなかった筈だ。

 誰が何処(どこ)へ攫(さら)ったか、その答えを手にすること自体が極めて困難だった筈だ。

 しかも皇(こう)國(こく)は国交の無い未知の外国で、そんな国で暴れ回る狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は謎に満ちた凶悪な犯罪組織だ。

 

 その上で、君(きみ)は此処まで自ら乗り込んできた。

 屹(きっ)度(と)、その為に政府までも動かしたのだろう。

 どうしてそこまで凄いことが出来るんだ。

 人間として、あまりにもスケールが違い過ぎる。

 

 僕(ぼく)は、このまま自力で帰国すれば何かを成し遂げられると思っていた。

 何か大いなる成果が昨日までの自分を変えてくれると思っていた。

 その時こそ、一(ひと)皮(かわ)剥(む)けた立派な人間として、君(きみ)と肩を並べられると思っていた。

 とんだお笑い草だ。

 

 君(きみ)には到底敵(かな)わない、比べることすら烏(お)滸(こ)がましい。

 この差は屹度、一生埋まりはしないのだろう。

 君(きみ)に比べれば僕(ぼく)なんて滓(かす)同然だ。

 

 それでも、その現実をこうして目の当たりにして、深く胸の奥に刻み込まれることが、僕(ぼく)にとってどれほど幸せなことか……。

 長い永い、本当に遥(なが)い一箇月だった。

 

 本当に、君(きみ)に逢いたくて仕方が無かった。

 やっと叶(かな)った……。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 車窓の外を夜の街が流れていく。

 先導する自動車は根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)が運転し、助手席に繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)、後部座席に虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)が同乗している。

 その後から付いて行く自動車は白(びゃく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)が運転し、助手席に久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)、後部座席に麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)、雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)、そして岬(さき)守(もり)航(わたる)が同乗し、落ち合う予定だった旅館へと二台並んで向かっている。

 

 助手席に双(ふた)葉(ば)が坐(すわ)ったのは、航(わたる)と魅(み)琴(こと)を気遣ってのことだった。

 それでも幽(ゆ)鷹(たか)を挟んでしまう辺り、今一つ距離を詰められない航(わたる)の悪癖が現れてしまっている。

 だが逆に、航(わたる)にとってはそれで都合が良かった部分もある。

 

「そういえば、白(びゃく)檀(だん)さん」

 

 双(ふた)葉(ば)が運転する白(びゃく)檀(だん)に話し掛けた。

 というより、少し話が途切れたので話題を変えようとしていた。

 白(びゃく)檀(だん)は運転が退屈なのか、ずっと双(ふた)葉(ば)と話をしていた。

 本来は人見知りがちな双(ふた)葉(ば)だったが、そんな彼女にも打ち解けてしまう不思議な親しみ易(やす)さが白(びゃく)檀(だん)にはある。

 

「はい、なんでしょう?」

「まあ根(ね)尾(お)さんもなんですけど、皇(こう)國(こく)の免許も持っていたなんて、凄いですね」

 

 確かに、二人とも当たり前のように車を運転しているが、此処は日本ではない。

 つい六年前に突然現れた、神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)という謎の外国なのだ。

 実は無免許で、警察に掴(つか)まれば面倒なことになる、という答えも充分に予想出来た。

 しかし、白(びゃく)檀(だん)から返ってきたのは意外な答えだった。

 

「んー実はですね。取ろうと思ったんですけど必要無かったんですよねー」

「え? 必要無い、ですか?」

 

 不可解な答えに双(ふた)葉(ば)は首を傾(かし)げた。

 後部座席では魅(み)琴(こと)が眉を顰(ひそ)めている。

 

「はい。実は皇(こう)國(こく)では日本国の自動車免許がそのまま使えるんですよねー。結構前に、そういう法律が整備されていたみたいなんですね」

「え? 国交すらないのに? ていうか、結構前っていつの話ですか?」

 

 これには、航(わたる)も思わず疑問が口を突いて出てしまった。

 魅(み)琴(こと)は思い詰めた様に目を伏せ、外の景色を見ている。

 

「この世界に来る六年前よりも更に前ですねー。それ以上のことは分かりません。でも、国策として色々と準備していたんじゃないですか? 皇(こう)國(こく)は今までにも……」

「白(びゃく)檀(だん)さん」

 

 魅(み)琴(こと)が静かに、しかし強めの語調で言葉を遮った。

 

「それ、言っては拙(まず)い話だと思いますけれど?」

「あうっ!? そうでした! み、皆さん、さっきのは聞かなかったことにしてください。呉(くれ)々(ぐれ)も根(ね)尾(お)さんには内緒ですよ。これ喋(しゃべ)ったってバレたら私(わたし)大目玉食らっちゃいます」

 

 白(びゃく)檀(だん)は大きな体を縮こまらせ、それ以上無駄口を叩(たた)かなくなった。

 どうやら結構なチョンボだったらしい。

 

 つまり、それだけ重要な情報を示(し)唆(さ)する言葉だったということだ。

 航(わたる)は一つの遣(や)り取(と)りを思い出していた。

 

『私(わたし)達は元々、皇(こう)國(こく)とは別の日本に暮らしていたのです』

『別の日本、それって僕(ぼく)達の日本?』

『いいえ、この世界の日本でもない、もっと別の日本なのです』

 

 魅(み)琴(こと)に体を預けて眠っている幽(ゆ)鷹(たか)の双子の妹・兎(と)黄(よ)泉(み)との質疑での遣り取りだ。

 

『じゃあ、その君(きみ)達が住んでいたという日本は、今何処(どこ)にあるの?』

『皇(こう)國(こく)と一つになったのです。それで、私(わたし)達も皇(こう)國(こく)に来たのです』

 

 そして今白(びゃく)檀(だん)が漏らした「皇(こう)國(こく)の国策」というキーワードが繋(つな)がると、一つの嫌な考えが想起される。

 

『日本だけじゃなく、色々な国や世界が他にも沢山あるみたいなのです。皇(こう)國(こく)は、そういった世界を巡って、今はこの世界に来たようなのです』

『なるほど、多元宇宙系(マルチバース)みたいなものか……』

 

 おそらく、皇(こう)國(こく)が転移しているのは偶発的な事象ではなく、意図的にやっていることなのだろう。

 だが、その目的は何なのか。

 理由如何(いかん)によっては、航(わたる)達が住むこの世界の日本も同じ運命を辿(たど)りはしないか。

 

 航(わたる)の胸に不安が、寄せては返す波の様に去来する。

 しかし、航(わたる)はそんな難しい思考を続けるにはあまりに疲れ果てていた。

 

 疲労がどっと押し寄せた理由の一つには、幼(おさな)馴(な)染(じみ)である魅(み)琴(こと)との再会に安(あん)堵(ど)したこともあるだろう。

 緊張の糸が切れた航(わたる)は、静寂に包まれた車内で魅(み)琴(こと)の勇姿を反(はん)芻(すう)していた。

 

 窓の外を流れる街灯に、魅(み)琴(こと)の横顔が彩(いろど)られている。

 久しく見ていなかったせいか、斑(まだら)な光の粒の中で色取り取りに照らされる彼女の顔は、この世のものとは思えないほど美しかった。

 

 浮き世離れした魅惑的な肖像に、思わず見(み)惚(とれ)れてしまう。

 何処か遠く思えるほどに麗(うるわ)しい。

 

(ただ、幽(ゆ)鷹(たか)君が魅(み)琴(こと)の肩に寄り掛かっていることは一寸(ちょっと)気に食わないな……)

 

 小さい子供にすら嫉妬する面倒な性格もぶり返している。

 そんな視線に気が付いたのか、魅(み)琴(こと)は航(わたる)の方へ振り向いた。

 

「何?」

「あ、いや……」

 

 不意に反応を返されて、言葉に詰まる。

 そんな航(わたる)の様子を見て、魅(み)琴(こと)はクスリと小さく微(ほほ)笑(え)んだ。

 

「てっきり久々に顔を合わせて、見違えてくれたのかと思ったけれど」

「はは、図星です……」

 

 航(わたる)は苦笑、もしくは照れ笑いを浮かべる他無かった。

 再会して早速胸の内を見透かされるとは、伊(だ)達(て)に十五年も縁を持ち続けたわけではないらしい。

 

「そ。良かった、お互い様で」

 

 小さく呟(つぶや)いた魅(み)琴(こと)は顔を背けたが、車窓に幽(かす)かな微笑みが朧(おぼろ)気(げ)に映されていた。

 どこか寂しげな憂(うれ)いが、彼女の潤んだ眼(め)に宿っている。

 あれほどの圧倒的・驚異的な力を、決して超えられない力の壁を見せ付けた魅(み)琴(こと)だったが、その姿には儚(はかな)く繊細な美の幻(げん)燈(とう)が揺らめいている。

 

 尤(もっと)も航(わたる)に魅(み)琴(こと)がそう見えたのは、急激な眠気に襲われた影響もあったかも知れない。

 そのことに気付かぬまま、航(わたる)は空(うつ)ら空(うつ)らとし始め、程無くして微(ま)睡(どろ)みの中へと沈んでいった。

 

「お疲れ様。今はゆっくりと休みなさい。明日日本への帰り道で、色々なことを沢山話しましょう」

 

 魅(み)琴(こと)は眠りに落ちた幼馴染に、仄(ほの)かな優しさを含んだ言葉を毛布代わりに掛けた。

 車は憩いの旅館へ向かって走っていく。

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