日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

83 / 345
幕間四『正義の名の下に』

 これより語るは、()()(はた)()()()(おうぎ)()()として受けた恥辱の一端。

 それは五年前の二〇二一年、彼女が()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)に潜入して間もなくのことだった。

 

(ここが(おおかみ)()(きば)の本拠地「(だい)(ろく)(てん)(ごく)(ろう)」……。神聖なる()()(さん)の麓にこんな(いか)()わしい建物を……)

 

 この日、()()()(こう)(こく)最高峰たる()()(さん)麓にひっそりと建つ山荘を訪れていた。

 不気味なロビーでは、七人の男女がジロリと彼女に白羽の矢を立てる。

 

(この者達が、最高幹部「(はっ)()(しゅう)」か。首領以外は全員(そろ)っている……)

 

 黄色いタートルネックの男が立ち上がった。

 

(おうぎ)()()さんでしたね、ようこそ。(わたし)(はっ)()(しゅう)の一人、()()()(れん)

「これは……初めまして、()()()様……」

 

 ()()()()()()に頭を下げると、(そば)の男に伺いを立てる。

 

「同志()()(なわ)(しゅ)(りょう)Д(デー)を呼んで参ります」

「ああ、頼む」

 

 ()()()はそう告げると、廊下の奥へと引っ込んでいった。

 ()()()()()(だい)(ろく)(てん)(ごく)(ろう)」を訪れたのは、他ならぬ(しゅ)(りょう)Д(デー)こと(どう)(じょう)()(ふとし)の呼び出しだった。

 そんな彼女に、先程()()()が伺いを立てた、スーツ姿の壮年男が近付いてきた。

 

(はっ)()(しゅう)の一人、()()(なわ)(げん)()だ」

()()(なわ)様、初めまして」

 

 ()()(なわ)(げん)()(おおかみ)()(きば)の中でも参謀的な立場の人物である。

 この男の(じゅつ)(しき)(しん)()自由叛逆獅子凱旋門(リベリオンゲート)」は、(はっ)()(しゅう)が活動する上で極めて重要な能力を持っている。

 この能力の対象となった人間は、出会った人間に対して自分の()(じょう)の一部を認識させない。

 つまり、(どう)(じょう)()(ふとし)が対象となった場合、(どう)(じょう)()(ふとし)と出会った人間は、彼が「(どう)(じょう)()(ふとし)という名前の人物」だとは(わか)るが、「悪名高き(おおかみ)()(きば)(しゅ)(かい)」だとは一致して認識出来ないのだ。

 

()()(なわ)の能力があるお陰で、(はっ)()(しゅう)の連中は全員街中を堂々と出歩くことが出来る。指名手配されているにも(かか)わらず、堂々と名乗れる。犯罪組織として活動する上で、これ程都合の良い能力は無い。実に厄介……)

 

 ()()()は一人の貴族として、この男の存在を憂えずにはいられなかった。

 何度目かの蜂起も失敗に終わった(おおかみ)()(きば)だが、依然として組織は安泰である。

 ()()(なわ)が居る限り、彼らは容易に潜伏出来る。

 この組織を(こう)(こく)が駆逐出来るのは当分先だと思われた。

 

(それにしても、ここまで(わたくし)に挨拶をした(はっ)()(しゅう)は二人だけか……)

 

 ()()()()()(なわ)の他には、蛇の様な()をした赤いジャケットの男、青いパイロットスーツを着たモヒカン頭の巨漢、黄ばんだ博衣を(まと)った長髪の男、ピンク色のラメが入ったボディコンワンピースの女、そして、女の化粧と格好をした長身の男がこの場に控えている。

 

(入隊して、彼らのことは聞いたことがある。()(わたり)(りん)()(ろう)土生(はぶ)()()(あき)()(じが)()(むら)(もり)()(はな)(たま)()、そして()()(いつき)。どいつもこいつも、腐った性根が顔に出ている……)

 

 ()()()がそんなことを考えていると、胸に十字の装飾を施された黒ずくめの壮年男が()()()と共に入って来た。

 ()(さん)(くさ)(ひげ)の、痩せた長身男――()()()をこの場に呼び出した男、()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の首魁・(しゅ)(りょう)Д(デー)こと(どう)(じょう)()(ふとし)である。

 

「やあ、(わざ)(わざ)御足労いただいてすまないね」

「いいえ、他ならぬ首領の()()()で御座いますので」

 

 ()()()は一つの感情を()()み、(しゅ)(りょう)Д(デー)へ深く頭を下げた。

 目の前の男は姉を誤った道へ()()()んだ張本人である。

 それを前に、何も思わぬではなかった。

 だが、この場で(しゅ)(りょう)Д(デー)を始めとした(はっ)()(しゅう)の不興を買うわけにはいかなかった。

 

「他の者達にも紹介しておこう。彼女、(おうぎ)()()君は幼い頃に貴族の手で家族を奪われて以来、貴族社会への(ふく)(しゅう)を誓って様々な技能を身に付けてきたという期待の新入隊員だ。ある貴族を襲撃した際に手に入れた(とう)(えい)(がん)と私有兵器から、(じゅつ)(しき)(しん)()()(どう)()(しん)(たい)の操縦技術を身に付けておる。これ程の逸材が我らが同志に加わったこと、実に喜ばしいではないかね」

「恐縮で御座います」

 

 (もち)(ろん)、この(おうぎ)()()としての経歴は全てが(おお)(うそ)(でっ)()げである。

 

「今後は(はっ)()(しゅう)の補佐官として、同志()(わたり)の下で勉強させてもらいなさい」

(かしこ)まりました」

 

 (しゅ)(りょう)Д(デー)に手招かれ、赤いジャケットの男――()(わたり)が面倒臭そうに()()()の下へ歩み寄ってきた。

 

()(わたり)様、(よろ)しく()(ねが)いいたします」

「フン……」

 

 ()(わたり)()()()の顔を(のぞ)()んできた。

 その蛇の様な眼は値踏みするかの様に、()()()の出で立ちから何かを読み取ろうとしているかの様にも見え、気味が悪い。

 

「では、本題に入ろうかね」

「本題?」

 

 ()()()(いぶか)しんだ。

 自分のことを(はっ)()(しゅう)に紹介し、()(わたり)の下に付けるのが本題でなければ、一体何の用だというのだろう。

 

(しゅ)(りょう)Д(デー)、本題とは何で御座いましょう」

「ふむ、(きみ)にはまだ名前を贈っていなかったと思ってね」

「名前? 何のことやら、皆目見当も付きませんが」

「知れたこと。(じゅつ)(しき)(しん)()の名前だよ」

「はい?」

 

 ()()()にとって、理解に苦しむ言葉だった。

 (じゅつ)(しき)(しん)()の名前、一体この男は何を言っているのだろう。

 

「名前を付けられるのですか? (じゅつ)(しき)(しん)()に?」

「悪の(こう)(こく)貴族共は()(かく)、我ら正義の執行者には映える必殺技名が必要だと、そうは思わんかね? ()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の同志には、(わが)(はい)から直々に(じゅつ)(しき)(しん)()の名前を贈っているのだよ」

「さ、()(よう)で御座いますか……」

 

(な、なんだその茶番は……)

 

(きみ)の能力、意識を一瞬にして(もう)(ろう)の闇へ、(しん)(えん)への一滴の様に落とす(じゅつ)(しき)(しん)()。旧約聖書の異教神モロクに引掛け、『朦朧苦滴下(モロクティカ)』と名付けようではないかね!」

「は、はあ……」

 

 ()()()(はっ)()(しゅう)達の拍手が包み込む。

 今までの不気味な雰囲気から一転、滑稽な空気へ変わり、()()()は逆に居た(たま)れなくなった。

 

「では、今後(じゅつ)(しき)(しん)()使用時にはその名を唱え(たま)え」

「え?」

「え、ではないよ。(せっ)(かく)名前を付けたのだから、当然だろう。この名を唱える度に、我々は己の使命を思い出し、正義の名の下に戦う精神力に変えるのだよ」

 

(ば、()()じゃないのか……?)

 

「では、早速練習だ!」

「ええ!?」

 

(くっ、()むを()ない……!)

 

「では、(わが)(はい)の後に続いて。『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』」

(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)

「もっと心を込めて! 『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』」

(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)

「まだ恥じらいがある! 『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』」

(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)

「そのまま続けなさい」

「『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』……」

 

 勝手に付けられた名前を延々と連呼させられる()()()に、下卑た視線が突き刺さる。

 ある意味、これは公開調教かも知れない。

 

(何たる(はずかし)め……! しかし、これも姉さんの(ため)……!)

 

「『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』『(じゅつ)(しき)(しん)()朦朧苦滴下(モロクティカ)』……」

 

 これにて語られしは、()()(はた)()()()(おうぎ)()()として受けた恥辱の一端。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。