日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

86 / 399
第二十七話『日嗣』 急

 神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きょう)は首相官邸。

 壮麗な執務室で、自席に腰掛けた現内閣総理大臣・能(のう)條(じょう)緋(ひ)月(づき)が報告書に目を通していた。

 女性ながら、勲章付きの背広を着(き)熟(こな)す姿はまさに軍司令部といった厳粛さを纏(まと)っている。

 そんな彼女の前では、背が高く長髪を髷(まげ)状に結った男が立ち、答えを待っている。

 

「申し分無いな。実に喜ばしい」

 

 能(のう)條(じょう)は震える手で報告書を机に置いた。

 そして抑えられぬままに両手を組み、息を呑(の)んで姿勢を正す。

 

「つまり、あるのだな? 明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)には、我々の求めているものが力を保持したまま現存しているのだな?」

「はい。あちらが辿(たど)った歴史と言説を検証し、また神(しん)為(い)にも似た霊力を現場で確認し、調査を尽くしました。時間は要しましたが、結果としてあちらでは今(いま)尚(なお)受け継がれているとの結論に達したとの報告で御座いまする」

「そうか……そうか……!」

 

 能(のう)條(じょう)の震えが大きくなっていく。

 彼女にとって、いや皇(こう)國(こく)にとって長い長い旅の終わりが見えてきたのだから、当然の反応だった。

 

「神(じん)皇(のう)陛下もお喜びになるだろう。私(わたし)も陛下より賜った使命を全う出来て感無量だ。これで漸(ようや)く……漸く皇(こう)國(こく)の栄華は大盤石の重きに着く……! 明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)を吸収し、彼岸の皇室から正統なる流れを汲(く)み譲受させれば此(し)岸(がん)に失われしあれらが……!」

 

 震える声に力が籠(こも)る。

 今の能(のう)條(じょう)は歓喜を抑える術を知らなかった。

 

「天(あま)日(のひ)嗣(つぎ)が……! 三種の神(じん)器(ぎ)が皇(こう)國(こく)に戻ってくる……!!」

 

 そんな彼女を、男が諫(いさ)める。

 

「能(のう)條(じょう)閣下、功を焦ってはなりません。今の皇(こう)國(こく)が不安定な状態にあること、重々承知でしょう」

「無論だ。下手なやり方で明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)を制圧してしまうと、三種の神器から力が失われる結果になりかねん。以前の二の舞は避けねばならん。その為(ため)には、この件は当分内密にしておきたい」

「近年、遠征軍の独断専行は目に余りまするからな。確(しっか)りと統制を取って抑えておかねば、一寸(ちょっと)した切(きっ)掛(かけ)で明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)に一挙侵攻しかねませぬ」

「貴族閥の方々が軍の主戦派や不穏分子を煽(あお)っているのがまた迷惑な話だ」

 

 現在、皇(こう)國(こく)の政界は大別して三つの派閥が立場を入れ替えながら趨(すう)勢(せい)を争っている。

 軍隊の影響力を背景に現政権を握る能(のう)條(じょう)ら軍閥、同門の学歴を背景に結び付く学閥、そして家柄と権威によって謀略を巡らす貴族閥である。

 能(のう)條(じょう)の前に政界を牛耳っていたのは貴族閥の長である公爵・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)。

 しかしこの男は節操無く勢力を拡大しようとし、軍にまで影響力を伸ばした結果、現在その統制は大いに乱れることになった。

 

「甲(きのえ)卿(きょう)には困ったものだ。権力を巻き返すことしか考えていない。お陰で軍内部に怪しげな政治団体が力を付ける始末……」

「閣下が私(わたし)に監視を命じられし例の団体、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゅ)黨(とう)で御座いまするな?」

「武力政変(クーデター)を企(くわだ)てているという噂(うわさ)もある。このまま捨て置いていてはどう暴走するか分かったものではない」

 

 皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゅ)黨(とう)――水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)も所属する極右政党である。

 比較的若い軍人と忠君愛国精神の強い新華族を中心に影響力を伸ばしているが、過激なまでに皇族へ帰(き)依(え)しており、軍閥と貴族閥双方にとって脅威となっている。

 甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)は彼らに目を付け、取り込もうとしているらしい。

 

「不安要素は多いが、国家の悲願を叶(かな)える為にも軍は抑えておかねばならん。その為には、今明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)との関係を拗(こじ)れさせるわけにはいかんのだ」

「そこで問題となるのが、例の一件というわけですか……」

 

 目下、能(のう)條(じょう)の悩みの種は武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)による拉致事件である。

 今、政府は比較的に穏当な手段で三種の神器を手に入れるよう主張している。

 しかし、それは日本国の反皇(こう)國(こく)感情が高まると望めなくなってしまう。

 

「狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)による拉致事件の対応を誤れば、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)は決定的に皇(こう)國(こく)と相(あい)容(い)れなくなるだろう。そうなれば私(わたし)を始めとした統制派の軍閥は失脚。日和見主義の貴族閥や勢いの衰えている学閥では軍の主戦派を抑えきれず、誰にも暴走を止められなくなってしまう」

「甲(きのえ)卿とて、三種の神器を手に入れる機会を二度までも不意にすることは望まれぬでしょう」

「あの方は御自身を始めとした摂関家の権勢を過信なさっている。多少強引な手段に出てでも政界と軍を牛耳ってしまえば後はどうとでもなると御(お)考(かんが)えなのだ」

 

 能(のう)條(じょう)は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せ、指を絡ませて溜(ため)息(いき)を吐いた。

 

「なんとしても、生き残った拉致被害者を無事に明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)へ帰さねばならん。本来あまり好ましくはないが、皇族方の手もお借りする必要がありそうだ。お前は引き続き、甲(きのえ)卿の傍(そば)に就きながら皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゅ)黨(とう)の動向を探れ」

「仰せのままに、我が主・能(のう)條(じょう)緋(ひ)月(づき)内閣総理大臣閣下」

「頼んだぞ、推(つき)城(しろ)」

「御意」

 

 長身の男――推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)は能(のう)條(じょう)に一礼すると、踵(きびす)を返して執務室を後にした。

 しかしその表情は、唯(ただ)ならぬ思惑を孕(はら)み不気味に北(ほく)叟(そ)笑(え)んでいた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)の発展は、偏(ひとえ)に神(しん)為(い)という巨大な神秘(オカルト)エネルギーによって急速に推し進められてきた。

 神秘(オカルト)幻想(ファンタジー)であるが故に、物理・化学・生物学など汎ゆる科学的限界を突破し、時空を超えて他を寄せ付けぬ超大国にまで成長することが出来た。

 そして国力の大部分は、神(じん)皇(のう)に強大な神(しん)為(い)を「借りる」ことに依(よ)って支えられている。

 皇(こう)國(こく)に於(お)いて、神(じん)皇(のう)はまさに国父以上の父なる神として君臨しているのだ。

 

 しかし、そうなると当然の如く一つの問題が浮上する。

 即(すなわ)ち、後継者問題である。

 天孫降臨以来(このかた)、不死なる者として生まれ来たる皇族は一人としておらず、神(じん)皇(のう)とて例外ではない。

 従って、皇(こう)國(こく)は神(じん)皇(のう)の担う役割を継承していく存在を恒久的に必要としているのだ。

 

 そこには二つの問題があった。

 一つは、抑(そもそ)も神(じん)皇(のう)が我が子に却(なか)々(なか)恵まれなかったという点である。

 これは、折(せっ)角(かく)復活した皇室が永久に消えてしまうことを危惧した一人の女によってどうにか解決の灯を見た。

 一通の手紙と共に、冷凍保存された卵細胞が提供されたのだ。

 

『私は若い時分より夢の中で殿方に抱かれ、妊娠を繰り返してきました。さる高名な巫女様が仰ることには、私には汎ゆる殿方との間に汎ゆる子を儲ける神秘の能力があるとのことです。斯様な時勢に私が生を受けしは一つの天命と考え、僭越ながら皇統の無窮なるを願い、我が身の一部を提供いたします。この不敬不遜に対し、如何なる処罰も甘んじて受ける覚悟で御座います』

 

 差出人の名は臥(が)龍(りゅう)飛鳥(あすか)といった。

 それ以上のことは謎に包まれていたが、神(じん)皇(のう)本人や侍従・元老・宮内省の官僚はこれを術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)と判断し、一(いち)縷(る)の望みを託して「聖(せい)宮(きゅう)」と呼ばれる人工母胎を開発。

 神(じん)皇(のう)の精子と臥(が)龍(りゅう)飛鳥(あすか)の卵子を聖(せい)宮(きゅう)内で人工授精させることにより、六人の子女が設けられた。

 

 だが、そこでもう一つの問題が発生する。

 それは、神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)が子女に安定して遺伝しなかったということだ。

 確かに子女は皆、人並み外れた強大な神(しん)為(い)を持って生まれたものの、様々な事情から神(じん)皇(のう)の役割を代々受け継ぐことは難しいと判断せざるを得なかった。

 

 皇(こう)國(こく)の上層部は頭を抱えた。

 このままでは、神(じん)皇(のう)の崩御が皇(こう)國(こく)の破滅に繋(つな)がる可能性が高い。

 そんな中、一人の巫女が彼らに助言を与えた。

 

『私(あたくし)が見(みい)出(だ)しましたる臥(が)龍(りゅう)飛鳥(あすか)の神秘は、望むままの相手との間に望むままの子を産むことが出来まする。陛下の資質は支障なく受け継がれております筈で御座います』

『成程、六名の御子女方が絶大なる神(しん)為(い)をお持ちであるのは確か。しかし、大変な不敬を覚悟で申し上げまするが、それでも陛下のお役目を千代に八千代に受け継がれるは難しいかと……』

『それは、陛下の神性を担保するに必要なる宝(ほう)祚(そ)が皇(こう)國(こく)から失われているが為に御座います。即ち天(あま)日(のひ)嗣(つぎ)、またの呼称を三種の神器で御座います』

 

 巫女の指摘どおり、皇(こう)國(こく)は歴史的な事情で三種の神器を完全に失っていた。

 共産主義革命によって成立したヤシマ人民民主主義共和国の時代、時の政府は三種の神器を「支配と抑圧の体制を権威で裏付ける如(いか)何(が)わしき物」として忌み嫌い、破棄してしまったのだ。

 

『愚かなる旧政権の賊共が破壊した神器が戻れば、御子女方は忽(たちま)ち相(ふ)応(さわ)しき御(お)力(ちから)を取り戻し、その御(み)稜(い)威(つ)を未(み)来(らい)永(えい)劫(ごう)に伝えられるでしょう』

『し、しかし無いものはどうにもならんぞ! 時間を逆戻りして、違った歴史を辿りでもしない限りは……!』

 

 侍従長を始めとした皇(こう)國(こく)の上層部は絶望していた。

 しかし、神(じん)皇(のう)だけは違っていた。

 

『ふむ、ならば辿れば良かろう。違った歴史とやらを』

『畏れながらお伺いいたします。私(わたくし)どもには計りかねる御(お)言(こと)葉(ば)で御座いまして』

『平行世界、或(ある)いは多元宇宙(マルチバース)というものがある。この世界・宇宙と似た別の世界・宇宙が無数に存在するという説だ。その中の一つとして、時空・或いは世界線という概念がある。過去の汎(あら)ゆる時点において、その時々に選択し得た可能性の数だけ歴史が枝分かれし、全ての枝に別の世界・宇宙が存在するという概念だ』

 

 神(じん)皇(のう)の言葉を聞き、巫女を名乗る女は北叟笑んだ。

 

『流(さ)石(すが)は神(じん)皇(のう)陛下、誠に御慧眼、博識に御座いまする。して、如何なさりますか?』

『朕(ちん)の神(しん)為(い)によって時空に穴を開け、異なる歴史を辿った世界線へ皇(こう)國(こく)を転移させる。その旅路の中で、天(あま)日(のひ)嗣(つぎ)を見付けて朕(ちん)に譲渡させれば良かろう』

 

 途方も無い言葉に、その場の者は皆閉口する他無かった。

 こうして、皇(こう)國(こく)は国策として異なる時空・世界線を移動することになったのだ。

 

 だが、旅はそう上(う)手(ま)く行かなかった。

 世界が辿った歴史の可能性はそれこそ無数にあり、日本国が存続していること自体が稀(まれ)だった。

 縦(よ)しんば日本が存在しても、その国体もまた多種多様で、皇室の権威の象徴として三種の神器が恙(つつが)無(な)く受け継がれているとは限らない。

 

 彼らは日本を見付ける度に三種の神器が受け継がれている可能性を検証し、そして落胆してきた。

 皇(こう)國(こく)政府は国民感情の不満を紛らわす為、歴史の不遇に遭った同胞大和民族を救済するという大義を掲げ、これらの日本を吸収しては次の世界線への転移を繰り返した。

 そうやって、皇(こう)國(こく)は国土をどんどん巨大化させていったのだ。

 

 そんな中、十年前に皇(こう)國(こく)は漸く三種の神器を受け継いだ日本と邂(かい)逅(こう)した。

 しかし、時の甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)政権はこれを武力で制圧してしまった。

 結果として、皇(こう)國(こく)の皇族は三種の神器は正統な後継者となれず、神器の力は失われてしまった。

 これを機に甲(きのえ)は失脚し、能(のう)條(じょう)緋(ひ)月(づき)が神(じん)皇(のう)から直々に神器を手に入れるよう指示されて総理大臣の椅子に坐(すわ)ったのだ。

 

 そして今、能(のう)條(じょう)政権は日本国に三種の神器の現存を確信してしまった。

 能(のう)條(じょう)が穏当な手段による神器譲受を企てている一方で、甲(きのえ)を中心に彼女と対立する政治勢力はこれを妨害しようと策謀を巡らせるだろう。

 また、軍の主戦派や不穏分子はそのような事情を知らず、大和民族救済の大義と国の威信の為に暴走する可能性を常に孕んでいる。

 ただ何(いず)れにせよ、皇(こう)國(こく)が動いたその時は日本国の吸収に乗り出すことになる。

 

 対する日本国は、この皇(こう)國(こく)の思惑と混乱に乗じて一人の閣僚が皇(こう)國(こく)を逆に取り込む算段を付けようとしている。

 また、革命を諦めていない武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)も混乱に乗じて動き出す可能性がある。

 情勢は複雑怪奇で、却(なか)々(なか)一筋縄ではいかない。

 

 目下、航(わたる)達が曝(さら)されているのは、能(のう)條(じょう)政権を揺るがそうとする甲(きのえ)ら貴族閥に格好の餌として付け狙われているという状況だ。

 甲(きのえ)の差し金によって航(わたる)達に万一のことがあった場合、皇(こう)國(こく)の情勢は政権・議会・軍の全てで一気に主戦派へと傾く。

 そうなれば、日本国は皇(こう)國(こく)の圧倒的な武力に曝され、吸収による滅亡は必至だろう。

 

 そう、航(わたる)達の脱出は最(も)早(はや)単なる個人集団の問題ではない。

 これは、日本国の存亡を懸けた戦いなのだ。

 

 

 

 

 ――第一章『脱(だっ)出(しゅつ)篇(へん)』完

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。