日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第二十九話『色魔』 序

 白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)がワゴン車を出してすぐ、彼らは想定外の欠員に気が付いた。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)が居ないだと!?」

 

 騒然とする車内で、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)は頭を抱えた。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)以外の全員が乗車したと確認する暇が無かった。

 特に、鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)の襲撃時に丁度乗車するところだった岬(さき)守(もり)航(わたる)のことはもっと注意深く見ておくべきだった。

 

「どうします? 戻りますか?」

 

 白(びやく)檀(だん)が根(ね)尾(お)に判断を仰ぐ。

 根(ね)尾(お)は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せながらも、苦渋の決断を下す。

 

「いや、このまま行こう」

「なんだと? 岬(さき)守(もり)はどうすんだ?」

 

 虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)が反発する。

 他の者達も、到底納得出来ないといった表情を浮かべている。

 勿(もち)論(ろん)根(ね)尾(お)とて本心ではない。

 しかしそれでも、今から戻ることなど出来なかった。

 

「戻ってしまうと麗(うる)真(ま)君が態(わざ)々(わざ)あの場を引き受けて我々を先に行かせた意味が無くなってしまう。車を出してしまった時点で、あいつらを待つ選択肢は無いんだ」

「で、でも……!」

「君(きみ)達まで危険に曝(さら)すわけにはいかない!」

 

 根(ね)尾(お)は久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)の言葉を強く遮った。

 どちらかというと、自分自身に言い聞かせていた。

 

(岬(さき)守(もり)航(わたる)は麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)と共に戦う選択をしたのだろう。莫(ば)迦(か)な奴(やつ)だ。あいつは皇(こう)國(こく)貴族の戦力というものを解(わか)っていない。麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)に任せておくべきだった。しかし、こうなってしまっては信じるしかない……!)

 

 甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)と敵対すると判(わか)った際、根(ね)尾(お)が真(まっ)先(さき)に危惧したのは皇(こう)國(こく)上位の貴族と戦いになることだった。

 神(しん)幹(かん)線(せん)で襲ってきた侯爵・大(たい)河(が)當(まさ)熙(ひろ)がそうだったように、皇(こう)國(こく)の貴族は例外無く東(とう)瀛(えい)丸(がん)を常用し、神(しん)為(い)の訓練を積んでいる。

 そして上位になればなるほど、高い戦闘能力を持つのだ。

 しかしそれを換算しても、根(ね)尾(お)は強く信じることが出来た。

 

「麗(うる)真(ま)君が一緒なら大丈夫だ。彼女は絶対に岬(さき)守(もり)君を連れて我々に追い付く」

「わかりました。では、このまま統(とう)京(きょう)へ向かいますねー」

 

 八人は航(わたる)と魅(み)琴(こと)が追い掛けてくると信じ、先に約束の地・龍(たつ)乃(の)神(かみ)邸(てい)へと向かった。

 

 

 

  ⦿⦿⦿

 

 

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)は大通りで鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)と対(たい)峙(じ)していた。

 それは通りを丸ごと人払いしてしまったかのような、明らかに異様な光景だった。

 

 右腕に形成した光線砲ユニットの砲口を鷹(たか)番(つがい)に向ける航(わたる)は下手に動き出すことなく、じっと相手の様子を窺(うかが)っている。

 対する鷹(たか)番(つがい)は何をするでも無く、ただ立っていた。

 もし光線砲が発射されればその時点でアウトだというのに、航(わたる)の動きに意識を向けているとは思えない。

 

 魅(み)琴(こと)も構えを取り、鷹(たか)番(つがい)と一定の距離を保っている。

 先程見せられた敵の能力を前に、迂(う)闊(かつ)に近付くのは危険だと判断して警戒しているのかも知れない。

 

 そんな魅(み)琴(こと)をチラチラと窺いながらではあるが、鷹(たか)番(つがい)の佇(たたず)まいは余裕に満ちていた。

 あまりにも戦闘の緊張感が無い気配は底知れず不気味なものを感じさせる。

 上質な素材で逞(たくま)しい体型に合わせて仕立てられた燕(えん)尾(び)服(ふく)が風に揺れて靡(なび)いている。

 

「成程、貴様らはそういう関係なのか……」

 

 鷹(たか)番(つがい)は意味深に口を開いた。

 そして愉悦に口角を上げる。

 

「ならば纏(まと)めて飼ってやるのも面白いな。纏めて手(て)籠(ご)めにして、私(わたし)の情婦にしてやろう。そうすればずっと一緒に居られるぞ? まあ私(わたし)の雄(おす)の強さに平(ひれ)伏(ふ)した後は大抵の場合、雌(めす)は雌堕(お)ちした雑魚(ざこ)雄に対して感情が冷めてしまうがな」

 

 鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)は女癖が悪いだけでなく、自分のものにした女の恋人をも女にして食ってしまう悪癖がある。

 実はそこには大きな理由があり、それこそが彼の自信の源、余裕の所以(ゆえん)なのだ。

 

 ふ、と鷹(たか)番(つがい)の姿が消えた。

 その動きは、航(わたる)はおろか魅(み)琴(こと)にすら察知出来なかった。

 二人は警戒を強めるも、鷹(たか)番(つがい)はあっさりと航(わたる)の背後を取った。

 

「航(わたる)!」

 

 魅(み)琴(こと)に呼ばれるまでもなく、航(わたる)は振り向きざまに後跳びで距離を取った。

 間一髪、鷹(たか)番(つがい)の魔の手に掴(つか)まることは避けられた。

 理外に強(きよう)靱(じん)な魅(み)琴(こと)と違い、航(わたる)の場合は掴まれて筋力を弱体化させられれば終わっていただろう。

 

 航(わたる)は改めて右腕の砲口を鷹(たか)番(つがい)に向けた。

 しかし、撃つことは出来なかった。

 

(駄目だ! 今撃っても屹(きつ)度(と)躱(かわ)される!)

 

 何故(なぜ)か予感があった。

 鷹(たか)番(つがい)はまだ何かを隠している。

 いきなり顕(あらわ)れておいて、自ら己の能力の全貌をペラペラ喋(しやべ)るのはあまりに間抜けだし、騙(かた)られた能力だけでは説明出来ないことも起こっている。

 

 航(わたる)は左腕にも光線砲ユニットを形成した。

 力を出し惜しみするような相手ではないと悟ったのだ。

 更に、航(わたる)は思考を巡らせる。

 

 光線砲の弾数上限は、屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)に看破された様に、五発が限度だ。

 その内一発は既に撃ってしまっている。

 

(さっき僕(ぼく)はあいつを撃った。牽(けん)制(せい)の為で殺すつもりは無かったが、いけ好かない鼻っ柱を焼き払ってやろうと思った。だが、あいつは寸でのところで僕(ぼく)の狙撃に気付いて、速度を緩めたんだ。だから、鼻先を掠(かす)めることしか出来なかった……)

 

 おそらく、闇雲に撃っても躱されるのは間違いない。

 屋(や)渡(わたり)戦の時の様に、思考の完全な外側から回避不能の射撃をする必要がある。

 その為(ため)には、何か別の武器が要る。

 

(となると、これが一番か……)

 

 航(わたる)は右手に日本刀を形成した。

 正確には、超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改の日本刀を模(も)した切断ユニットだ。

 本来の力を発揮するには神(しん)為(い)が足りず、ただの鈍(なまくら)刀(がたな)としてしか使えないが、それでも航(わたる)の中では今のところ光線砲に次ぐ強力な武器である。

 

「刀? 剣術の嗜(たしな)みがあるのか?」

「無い」

 

 鷹(たか)番(つがい)の問いに、航(わたる)は正直に答えた。

 嘘(うそ)を吐いても、どうせ太刀筋ですぐにバレるだろう。

 鷹(たか)番(つがい)は口元に冷笑を浮かべる。

 

「生兵法で侍の魂たる刀を振るうとは、日本男児の風上にも置けん奴だ」

 

 航(わたる)は身構えた。

 鷹(たか)番(つがい)の闘気が自分に向けられている。

 全神経をこの一戦に向けなければ、あっという間に掴まって戦闘不能にされてしまう。

 鷹(たか)番(つがい)から屋(や)渡(わたり)の比でない圧が放たれていた。

 

 再び、鷹(たか)番(つがい)の姿が消えた。

 航(わたる)は即座に背後の気配を察知し、振り向きざまに刀を薙(な)ぎ払(はら)った。

 

(ワンパターンが!)

 

 鷹(たか)番(つがい)は拳を振るわんとしていたが、航(わたる)の反応が早く、攻撃は失敗に終わった。

 逆に航(わたる)の迎撃によって繰り出した拳を剣線が横切り、鷹(たか)番(つがい)の右手首が斬り落とされた。

 

「え?」

 

 あまりにもあっさり大ダメージが通ったので、航(わたる)は拍子抜けしてしまった。

 部位の欠損は神(しん)為(い)ですら修復出来ない大傷である。

 屋(や)渡(わたり)以上の強敵を予感していた航(わたる)にとって、この展開は完全に予想外だった。

 

 一方、鷹(たか)番(つがい)は異様なほど落ち着いて斬られた右腕を見詰めている。

 まるで、泥が跳ねた自信の衣服を見る様な冷めた表情だった。

 

(何だ? この反応は一体何なんだ?)

 

 航(わたる)は鷹(たか)番(つがい)の様子を怪(け)訝(げん)に思い、刀を構え直した。

 片腕になった相手に、有利を取れた気がしない。

 その予感は当たっていた。

 鷹(たか)番(つがい)の右腕が光を放ち、斬り落とされた手が元通りに修復されたのだ。

 

「莫迦な……!」

 

 信じられない出来事だった。

 先程も述べたが、通常は神(しん)為(い)で部位欠損を修復することは出来ない。

 あるとすれば、屋(や)渡(わたり)の様にそういう能力の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)を使える場合だけだ。

 

「神(しん)為(い)で部位欠損は治らない筈(はず)だろ? 術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)か?」

 

 困惑する航(わたる)を見て、鷹(たか)番(つがい)は不敵に笑っている。

 

「そうだ。私(わたし)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)だ」

「どういうことだ……。さっきから次から次へと違う能力を使っているように見える……こいつの術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)、能力の全貌が見えない……!」

「当然だろう。私(わたし)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の全貌を把握出来る者など、果たしてこの世に何人居るか……。次から次へと違う能力を使っているように見える、だと? 使っているのだよ、事実としてな」

 

 鷹(たか)番(つがい)は得意気に両腕を拡(ひろ)げた。

 

「術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)というものは千差万別。だがその中でも稀(まれ)に、『他人の能力を会(え)得(とく)する能力』が存在する。条件は様々で、使い勝手はピンからキリまであるがな。私(わたし)もその使い手の一人というわけだ。私(わたし)の条件は、寝た相手の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)を写し取るというもの。故に私(わたし)は、一人で幾つもの能力を行使することが出来るのだよ」

 

 航(わたる)の額から嫌な汗が流れた。

 拳速を覚えたというのも、触れた相手の筋力を衰えさせるというのも、姿を消して背後を取るのも、欠損した部位を修復するのも、全ては寝た相手から得た能力だということか。

 もしかすると、航(わたる)達をいきなり襲撃してきたことも、日曜の昼間にも拘(かか)わらず大通りに人の気配が全く無いことも、何もかも鷹(たか)番(つがい)が他人から得た能力を行使したということなのか。

 誰かと寝れば寝るだけ、その相手の能力を際限無く得ることが出来るとすれば、鷹(たか)番(つがい)は一体どれだけの能力が使えるのだろう。

 

「気になるか? 私(わたし)が一体幾つの能力を持っているのか……」

 

 思考が読まれた航(わたる)は後(あと)退(ずさ)った。

 鷹(たか)番(つがい)は驚(きよう)愕(がく)の事実を告げる。

 

「十八の時にこの術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に覚醒して三十年、私(わたし)は毎晩のように男女を問わず夜(よ)伽(とぎ)の相手を取(とっ)替(かえ)引(ひっ)替(かえ)してきた。この意味が解るか?」

 

 とんでもない計算である。

 おそらく、普通の人間ならば同じ能力に目覚めたとして身に付ける能力の数はたかが知れているだろう。

 だが、六摂家の嫡男として生まれた鷹(たか)番(つがい)にはそれを実現出来る権力がある。

 

「その反応、態々確認するまでもないな。そう、私(わたし)が持つ能力の数は一万以上だ。高々一つや二つの能力を知られたとしても痛くも痒(かゆ)くもない。私(わたし)には無数の勝ち筋があり、そして貴様らには当(まさ)に万に一つの勝ち目も無いというわけだ」

 

 鷹(たか)番(つがい)は嗜虐的(サディスティック)に手を捏(こ)ねくり回(まわ)している。

 航(わたる)は嘗(かつ)て無い危機を感じていた。

 これ程の脅威、どう抗(あらが)えば良いか見当が付かない。

 

「航(わたる)! 気を確(しつか)り持ちなさい!」

 

 戦いを見失いかけていた航(わたる)に、魅(み)琴(こと)の叱(しつ)咤(た)が飛んだ。

 

「魅(み)琴(こと)……」

「神(しん)為(い)の強さは持ち主の神性に依存するわ。つまり、高貴な家柄の人間はそれだけで有利に立つことが出来る、そういうシステムになっているの。それに、そういう生まれの人間は当然に自信満々だしね。確かに、今までの敵とは次元の違う相手に間違い無いわ」

 

 航(わたる)は励まされるどころか益(ます)々(ます)自信を無くしてしまう。

 

「余計に気後れするようなこと言わないでよ……」

「それが駄目なのよ。自信と誇りを持って戦わなければ神(しん)為(い)が鈍って不利になるだけ。私(わたし)が言ったことを思い出しなさい」

 

 魅(み)琴(こと)は不敵に笑い掛けた。

 

「貴方(あなた)はとんでもないことをやってのけた、凄(すご)い男なのよ」

 

 航(わたる)の脳(のう)裡(り)に一昨日の夜が過(よぎ)る。

 あの時、航(わたる)は魅(み)琴(こと)と良い雰囲気になった。

 だが、何かが怖くなって告白に踏み切れなかったのだ。

 

(あの時の不安の正体、それは今も分からない。でも……)

 

 航(わたる)は気を取り直して構えた。

 地に着いた足の裏に確かな力を感じ、気力を腹から手足の爪先、脳天にまで巡らせる。

 

(もうヘタレは卒業しないといけない! ここで弱気になっているようじゃいつまで経(た)っても駄目なままだ! 戦いの中で得た情報から勝ち筋を導け! 何度挫(くじ)かれようが、決して戦意を折るな! 足(あ)掻(が)け! 自信と誇りを持って! 最後まで!)

 

 航(わたる)は己を奮い立たせた。

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