日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第二十九話『色魔』 破

 奇妙な静寂(しじま)に包まれた街角の大通りは、宛(さなが)ら幽霊街(ゴーストタウン)である。

 突然襲ってきて、いつの間にか周囲の情景を戦いの為(ため)に切り取ってしまったのは、偏(ひとえ)に鷹(たか)番(つがい)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に因(よ)るものだ。

 

「まだやる気のようだな」

 

 鷹(たか)番(つがい)は刀を構える航(わたる)を冷笑する。

 

「その判断は間違いではない。先刻、女が他の連中を先行させたが、私(わたし)が持つ無数の能力には奴(やつ)らを逃がさぬ性質のものも当然含まれている。どれだけ離れていようが、狙いを定めた相手の元へ一瞬で移動出来るという能力がな。元の能力者のことは覚えていないが、どうせ私(わたし)の情婦に堕(お)ちた下らん肉便器か雑魚(ざこ)雄(おす)のどちらかだ。私(わたし)の様に高貴な人間が使って初めて能力も輝くというもの……」

 

 航(わたる)は鷹(たか)番(つがい)が喋(しやべ)り終わるのを待たず、光線砲で狙い撃った。

 しかし、鷹(たか)番(つがい)はこれをあっさりと躱(かわ)した。

 

「不意打ちで撃てば中(あ)てられると思ったか? 私(わたし)は貴様の思考を読んでいるのだ。そんな小細工は意味を成さんよ」

「くっ……!」

「では、今度は此(こ)方(ちら)から行くぞ!」

 

 鷹(たか)番(つがい)が飛び掛かってきた。

 屋(や)渡(わたり)すらも上回るであろう圧倒的速度で距離を詰められる。

 航(わたる)は鷹(たか)番(つがい)の手を躱そうとするも、指が蟀谷(こめかみ)を掠(かす)めてしまった。

 

「ぐぅっ!?」

 

 一瞬触れただけにも拘(かか)わらず、航(わたる)は自分の体から力が抜ける感覚に襲われた。

 鷹(たか)番(つがい)の使う術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)の一つ、相手の筋力を低下させる能力は、一毛(ミリ)秒につき一パーセントの効果を持つ。

 一方、衝突で力が作用する時間は五毛(ミリ)秒から二十毛(ミリ)秒程度とされている。

 つまり、場合によってはたった一回一瞬触れただけで、筋力の二十パーセント程も失ってしまうのだ。

 

(接近戦は分が悪すぎる! 距離を取って戦わないと!)

 

 航(わたる)は彼方(かなた)を振るい、どうにか間合いを離そうとする。

 しかし、そんな思考を読んでいる鷹(たか)番(つがい)は攻撃を躱しつつも航(わたる)を逃がそうとしない。

 

「いつまで立っていられるか見物だな!」

 

 鷹(たか)番(つがい)の動きは速い。

 航(わたる)は何とか攻撃を躱し続けているが、先程の筋力低下によって動きが鈍っている。

 このままではジリ貧は必死だった。

 

(糞(くそ)! 已(や)むを得(え)ない!)

 

 航(わたる)は左腕の光線砲ユニットを鷹(たか)番(つがい)に向けた。

 鷹(たか)番(つがい)は瞠(どう)目(もく)し、放たれた光線を躱す為に大きく避ける。

 この隙に、航(わたる)は大きく逃げて距離を取った。

 

(三発目を使わざるを得なかった……。残り二発、もうこれ以上は無駄撃ち出来ない……!)

 

 鷹(たか)番(つがい)に思考を読まれる以上、本当に撃たなければ距離を取ることは出来なかっただろう。

 その鷹(たか)番(つがい)は、余裕の佇(たたず)まいで航(わたる)の様子を窺(うかが)っている。

 

(やり合ってみて判(わか)ったのは、明らかに屋(や)渡(わたり)よりも何段も格上だということだ。今のところ一発掠めただけだが、無数の槍(やり)を駆使して全力で襲ってきた屋(や)渡(わたり)に対して、あいつは両腕両脚の体術だけでまだ全然余力を残している。しかも、やり合えば合うほどこっちは弱体化するんだ。接近戦だけじゃなく、長期戦も拙(まず)い……)

 

 悩む航(わたる)を見て、鷹(たか)番(つがい)は口角を歪(ゆが)み上げた。

 

「それで、どうするつもりだ? 当初の予定通り、今手に持っている刀に光線を反射させてみるか?」

「ぐ……!」

 

 そう、鷹(たか)番(つがい)には航(わたる)の手の内が筒抜けなのだ。

 弱者が単独で強者に勝つには、創意工夫で力量差を埋めるしか無い。

 だが、思考が読まれてはそれすらも封じられてしまう。

 

「私(わたし)はな……というより、皇(こう)國(こく)の上流階級は全員がそうだろう、弱者が姑(こ)息(そく)な手段で強者を出し抜こうとする身の程知らずな行いが何より、虫(むし)酸(ず)が走る程に嫌いなのだ。万に一つ、そんな連中の思い通りになってしまった結果がどうだ? 国は滅び、治める資格の無い愚物共の下で、民は苦しみ喘(あえ)ぐことになる。我々はヤシマの賊共でそれを嫌という程味わい、辛酸を舐(な)め尽くした上で今日の皇(こう)國(こく)を作り上げたのだ」

 

 その歴史には、航(わたる)も断片的に触れている。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の冊子集「篦(へら)鮒(ぶな)飼(し)育(いく)法(ほう)」にヤシマ人民民主主義共和国のことは記されていた。

 その実態が地獄だったことも、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)に聞かされている。

 鷹(たか)番(つがい)の言葉は一理あるように思える。

 

 だが、鷹(たか)番(つがい)の表情は薄笑いを浮かべていた。

 ヤシマ人民民主主義共和国の時代は八十年前に終わっており、鷹(たか)番(つがい)はその口振りから四十八歳である。

 そう、鷹(たか)番(つがい)自身にはその時代の直接的経験など無いのだ。

 如(い)何(か)にも歴史に学んだかの様な言葉は、貴族としての自分の地位を堅持する為の方便に過ぎない。

 

「そうか……」

 

 航(わたる)は不意に鷹(たか)番(つがい)という男を理解して、思わず声に出た。

 

(強者の傲(おご)りに過ぎないものを修飾する空虚な言葉……。つまりこいつには「本気」が無いんだ。戦う上で、薄っぺらい動機しか無い)

 

 そんな航(わたる)の思考を読んだであろう、鷹(たか)番(つがい)の目付きが変わった。

 その反応はおそらく図星だと推測出来る。

 

 今までの態度から、鷹(たか)番(つがい)が戦いを仕掛けてきたのは魅(み)琴(こと)への私(し)怨(えん)、そして弱者たる航(わたる)達を甚(いた)振(ぶ)るという愉悦の為だろう。

 そんな不純な動機だから、本気で真剣勝負を挑んでいるつもりなど無い。

 隙あらば自分の力を誇示し、優越感に浸ろうとする。

 自分の能力をペラペラと喋るのも、そんな戦いを舐めた姿勢から来る態度なのだ。

 

(思い出してみたら、こいつは戦士としての心構えが全然出来ていないぞ。舐めプの塊って感じだ。さっき、僕(ぼく)の刀であっさり手首を斬り落とせた。でも、一万も能力があるなら体を硬化させることくらい出来る筈(はず)だ。でも、刃は通った。これが意味することは……)

 

 航(わたる)は一つの光明を見(みい)出(だ)した。

 

(あいつ、一つ一つの能力は意識しなければ使えないんだ)

 

 鷹(たか)番(つがい)は眉(み)間(けん)に皺(しわ)を寄せた。

 航(わたる)の推察は的中しているのだろう。

 

(意識しなければ使えない能力を、意識せず使い忘れていた。だから手首が斬れた。同時に使える能力が限られている可能性もある。しかしそれが希望的観測だとしても、能力を使わないことがあるのは確かだろう。その裏付けとして、あいつはさっき僕(ぼく)の思考を読まなかった)

 

 先程、鷹(たか)番(つがい)は航(わたる)に自分の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)、その威力を告げた。

 その中で、自分が幾つの能力を持っているかを航(わたる)に計算させたのだが、その回答を鷹(たか)番(つがい)は「確認するまでも無い」と言った。

 これはつまり、鷹(たか)番(つがい)が航(わたる)の思考を読もうとしなければ読めないことを意味している。

 思考が自動的に流れ込んでくるならば、そのような発言にはならないからだ。

 

(考えれば、色々判ってくる。それだけのヒントを僕(ぼく)に与えてしまっている。強者という立場から来る慢心、戦士としての心構えの甘さの証拠だ)

 

 段々と、航(わたる)は心に自信が芽生えてきていた。

 自然と口角が上がる。

 

「何だか敗ける気がしなくなってきたぞ」

 

 そんな航(わたる)の様子を、魅(み)琴(こと)は腕を組んで見守っている。

 不敵な笑みを浮かべる様は、どこか嬉(うれ)しそうだ。

 手を出さずに見守っているのは、航(わたる)の戦いを見届けようとしているのだろうか。

 

 一方、鷹(たか)番(つがい)は不快感に顔を顰(しか)めている。

 散々自分に駄目出しをした航(わたる)の思考を読んだのだろう。

 

「随分と見(み)縊(くび)られたものだ。だが、御丁寧に忠告ありがとう。貴様も私(わたし)が思考を読めると判っていながら、手の内を曝(さら)す愚か者に変わりは無いではないか」

 

 鷹(たか)番(つがい)が言うことも尤(もつと)もだ。

 航(わたる)に内心で散々指摘された以上、もう思考を読む能力を絶やすことはないだろう。

 勿(もち)論(ろん)、航(わたる)もそれは承知の上だ。

 だから、航(わたる)は予(あらかじ)め作戦を立てるのをやめた。

 

(出たとこ勝負だ! 戦いの中で活路を見出す! 一万個も能力があるといっても、破るべきは使ってくる能力だけだ。こいつは戦い慣れていない。戦況が目(め)紛(まぐ)るしく変われば、対応し切れず能力を使う余裕も無い筈だ)

 

 今度は航(わたる)の方から仕掛けた。

 間合いを詰め、忌避すべき筈の接近戦を挑み掛かる。

 武器は勿論、手に持った日本刀だ。

 斜め上から振り被(かぶ)り、鷹(たか)番(つがい)に斬り掛かる。

 

「莫(ば)迦(か)め!」

 

 鷹(たか)番(つがい)は航(わたる)の斬撃を腕で防いだ。

 口元には笑みを湛(たた)え、余(よ)裕(ゆう)綽(しやく)々(しやく)といった様子だ。

 しかも今度は腕を硬化させており、斬れるどころか刀身の方が折れ、破片が宙に舞ってしまった。

 

「散々言ってくれたが、抑(そもそ)も貴様だって剣は素人だろう。その剣速も覚えた。そして、忠告通り体も硬化させた。最(も)早(はや)貴様の攻撃は通らん」

「腕だけだろ! 態(わざ)々(わざ)防いだんじゃバレバレだよ!」

 

 航(わたる)は折れた刀を素早く捨て、光線砲を構えた。

 鷹(たか)番(つがい)ではなく、折れて中空を錐(きり)揉(も)み回転する刀身に砲口を向ける。

 

「何だ、結局それか!」

 

 鷹(たか)番(つがい)が嘲笑するのも構わず、航(わたる)は刀身に光線を発射した。

 錐揉み回転する刀身に、光線が一見ランダムに反射する。

 神(しん)為(い)で動体視力を強化された航(わたる)は、その軌道が鷹(たか)番(つがい)へ向かうように狙いを付けていた。

 それは為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の交戦で片(へん)鱗(りん)を見せた、脅威的な射撃能力の為(な)せる業だ。

 

 だが、狙えたということは考えて発射したということだ。

 当然、鷹(たか)番(つがい)には読まれてしまう。

 鷹(たか)番(つがい)はこれを簡単に躱す。

 

 否(いな)、躱さされる。

 

「何!?」

 

 瞬間、鷹(たか)番(つがい)は気が付いた。

 自分が回避した方向に航(わたる)の左掌が待ち構えている。

 航(わたる)の狙いは、鷹(たか)番(つがい)に光線を回避させて自分の方へ飛び込ませることだった。

 錐揉み回転する刀身に反射させたのは、思考を読もうが読むまいが回避すれば必然とそうなってしまう様に仕向けたのだった。

 

 航(わたる)は鷹(たか)番(つがい)のベルトのバックルを逆手で掴(つか)んだ。

 接触という禁(きん)忌(き)を敢(あ)えて犯すというのも、相手の意表を突く策だった。

 そしてそれは、折れた刀身を撃つ瞬間に即興で組み上げたものだ。

 故に、仮令(たとえ)航(わたる)の思考を読んだとしても鷹(たか)番(つがい)には対処出来なかった。

 

 左腕の砲口が鷹(たか)番(つがい)の股間に押し当てられる。

 筋力が低下しようと関係無い、終わりだ。

 

「んンぎヒいいいいぃぃィィィィッッ!!」

 

 手の甲から光線が発射され、鷹(たか)番(つがい)の股間を焼き払った。

 鷹(たか)番(つがい)は堪(たま)らず悶(もん)絶(ぜつ)し、股間を押さえて地面を転げ回る。

 急所へのダメージは、神(しん)為(い)の耐久力・回復力を以(もつ)てしても戦意を喪失させると、航(わたる)は既に知っていた。

 公(こう)転(てん)館(かん)で屋(や)渡(わたり)を撃退した経験が生きたのだ。

 

「勝負あった。素晴らしいわ、航(わたる)。見事な勝利よ」

 

 一部始終を見守っていた魅(み)琴(こと)も賞賛を禁じ得なかった。

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