日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第二十九話『色魔』 急

 勝負は付いた。

 航(わたる)が放った最後の光線砲は、鷹(たか)番(つがい)の股間を焼きながら一直線に駆け抜けた。

 その多大な苦痛に、鷹(たか)番(つがい)は立ち上がることが出来ない。

 

「わ、私(わたし)のっ……! 私(わたし)のがァッ……!? うぐぉぉぉっ……!」

 

 これはまさに象徴的敗北である。

 鷹(たか)番(つがい)が焼き払われたのは、強者としての自負の根源に他ならない。

 尤(もつと)も、彼の身に付けた能力ならば再生することも可能だろう。

 だが、性器という急所を欠損するダメージが神(しん)為(い)に与える影響、消耗は甚大である。

 

「おの……れぇ……!」

 

 鷹(たか)番(つがい)は涙目で歯を食い縛り、惨めに地面を這(は)いずっている。

 それは敗者、負け犬の姿に他ならなかった。

 

 しかし一方、航(わたる)とて無事ではない。

 止(とど)めの一撃を放つ一瞬とはいえ、航(わたる)は鷹(たか)番(つがい)のバックルを掴(つか)み、体に触れたのだ。

 大幅な筋力低下は避けられない。

 航(わたる)は自分の体を支えていられず、その場に倒れ込んだ。

 

 そんな航(わたる)の様子を、鷹(たか)番(つがい)は片目を開けて憎々しげに見ている。

 

「よくも……下(げ)賤(せん)で軟弱な雑(ざ)魚(こ)雄(おす)の分際で……!」

 

 鷹(たか)番(つがい)は腕を伸ばして航(わたる)の体を掴もうとする。

 航(わたる)は動けない。

 この状態でも首を絞めればまだ逆転はある。

 しかし、鷹(たか)番(つがい)はもう一人の存在を忘れていた。

 

「見苦しい」

「ぐぇっ!?」

 

 鷹(たか)番(つがい)の手を魅(み)琴(こと)が踏(ふ)み躙(にじ)った。

 酷(ひど)く冷たい眼(め)で、地べたに這いつくばる敗者を見下ろしている。

 

「負け犬の分際で往生際が悪いのよ。身の程を弁(わきま)えなさい、この雑(ざ)魚(こ)雄(おす)が」

「ぐッ……」

 

 魅(み)琴(こと)は「フン」と鼻を鳴らすと、今度は航(わたる)に肩を貸して立ち上がる。

 

「や、やあ。参ったな、全然動けないや。結局情けない姿を見せてしまったね」

「何を言っているの? 微(み)塵(じん)もそんなことないわ。格好良かったわよ」

 

 魅(み)琴(こと)は嬉(うれ)しそうに微(ほほ)笑(え)みを浮かべ、勝者を称(たた)えた。

 そして靴を脱ぐと、足の指で鷹(たか)番(つがい)の髪を掴(つか)み上(あ)げる。

 航(わたる)との扱いの違いから、鷹(たか)番(つがい)の顔がこの上無い屈辱に歪(ゆが)んでいた。

 

「どれ程優れた能力を持っていようと、舐(な)めプしている内に使いもせずに負けるなんて間抜けなだけね。所詮お前は能力に感(かま)けた愚物」

 

 魅(み)琴(こと)はそのまま鷹(たか)番(つがい)を立ち上がらせた。

 恐るべきは、何秒も鷹(たか)番(つがい)に触れたにも拘(かか)わらず七十瓩(キロ)の航(わたる)を背負いながら百瓩(キロ)近い鷹(たか)番(つがい)の体を脚で持ち上げてI字バランスの体勢を取れるという、驚異的な膂(りよ)力(りよく)・体幹・柔軟性である。

 

(やっぱりとんでもないな、こいつ……)

 

 航(わたる)は改めて魅(み)琴(こと)の次元の違う強さを実感し、軽く気後れを覚えた。

 立たされた鷹(たか)番(つがい)はまだ顔を顰(しか)めている。

 

「ば、化け物が……!」

「嫌だわ、この程度で化け物だなんて。お前が口程にも無いだけでしょう」

 

 いや、それは無い――航(わたる)はそう魅(み)琴(こと)にツッコんだが、口には出さなかった。

 何やら魅(み)琴(こと)の声は弾んでおり、興を削(そ)ぎたくないと思った。

 僅(わず)かに嗜虐的(サディスティック)な愉悦を覗(のぞ)かせる魅(み)琴(こと)。

 もしも自分が鷹(たか)番(つがい)の立場だったら――そう考えると、背筋がゾクゾクとしてしまう。

 

 魅(み)琴(こと)は鷹(たか)番(つがい)から足を離し、手で胸倉を掴んで微笑む。

 

「もしも航(わたる)がこうやって胸倉を掴んで光線を撃っていたら、お前は今頃心臓を撃ち抜かれて死んでいる。そんな航(わたる)の慈悲に免じて、今回だけは見逃してあげるわ。但し、次に会ったら今度は私(わたし)が相手をしてあげる。その時は覚悟しなさいね。一方的に終始ボッコボコにして、泣こうが喚(わめ)こうが許してあげない。這(は)い蹲(つくば)って命乞いをしようが笑って流し、死してなお魂が傷の痛みに呻(うめ)き続けるような生き地獄を味わわせてから、きっちり本当の地獄へ送ってあげるわ。それでも良いならどうぞまたいらっしゃい」

 

 魅(み)琴(こと)の手が鷹(たか)番(つがい)のシャツを厳(きつ)く締め上げる。

 凄(すさ)まじいまでの膂力を体感した鷹(たか)番(つがい)は奥歯をガタガタと震わせ始めた。

 そんな鷹(たか)番(つがい)に魅(み)琴(こと)はわざとらしく笑い掛けると、そのまま片腕で空の彼方(かなた)へと放り投げた。

 

「ええ……」

 

 冗談の様な力に、航(わたる)は引(ひ)き攣(つ)った笑みを浮かべるしかなかった。

 

「と、飛んだな……。あの高さ、落ちたら普通に死ぬんじゃ……」

「気絶していないなら神(しん)為(い)は多少残っているわ。落下の衝撃で気を失って暫(しばら)く再起は出来なくなると思うけれど、命に別状は無いでしょう」

「ていうか、僕(ぼく)が戦った意味無くない?」

「あら、今頃気付いたの?」

 

 抑(そもそ)も、最初から魅(み)琴(こと)に負ける要素は無かったように思われる。

 航(わたる)と鷹(たか)番(つがい)の戦いになったのは、勝手に航(わたる)が割り込んだだけの理由だ。

 そして航(わたる)は鷹(たか)番(つがい)によって筋力を低下させられ、今では全く動けなくなっている。

 

「助けてくれれば良かったじゃないか」

「ふふ、だって見たかったんだもの」

「なんだよそれ」

「御想像にお任せするわ。精々好き勝手に妄想しなさい」

 

 思わせ振りな魅(み)琴(こと)の言い草だが、航(わたる)は悪い気がしなかった。

 魅(み)琴(こと)に揶(か)揄(らか)われるのはいつものことだ。

 寧(むし)ろ平常運転に戻った嬉しさがあった。

 しかし、航(わたる)は同時に一つやらかしたことに気付いていなかった。

 

「ところで航(わたる)……さっきから私(わたし)の背中に硬いのが当たるんだけれど、これは何?」

「え? あ……、げっ……!」

 

 航(わたる)の頭から血の気が引いた。

 魅(み)琴(こと)からの評価が上げ止まり、急落していくのが手に取る様に分かる。

 

「ごめん……」

「あら、何を謝っているの? どういうことか訊(き)いているのよ? 質問に答えてほしいわね。ま、答えに依(よ)っては今後の付き合い方を考えることになるけれど」

 

 意地悪く問い詰められ、更に逃げ道も塞(ふさ)がれた航(わたる)は必死に言い訳を考える。

 魅(み)琴(こと)の何がこの様な反応を呼んだのか、その真実だけは決して悟られてはいけない。

 

「あの……近くで良い匂いがしたものだから……つい……」

 

 シャワー室にあった女性用シャンプーのことを思い出した航(わたる)は、多少は普通の男にありがちな答えを咄(とつ)嗟(さ)に導き出した。

 下品で最低なことは確かだが、それでも魅(み)琴(こと)の見せた嗜虐性(サディズム)の片鱗に興奮したと素直に言うよりはマシである。

 

(この性癖がバレたらマジで終わる。絶対に生涯隠し通さないと……)

 

 航(わたる)はそう胸に固く誓った。

 だが、魅(み)琴(こと)にとっては知る由も無く、そしてどうでも良いことだ。

 呆(あき)れと軽蔑を隠そうともしない、露骨な溜息を吐いた。

 

「折(せつ)角(かく)ここ数日で大いに見直したのに……今は逆に見損ないそうだわ」

「ごめんって……」

「全く……担いであげないといけないのがムカつくわ。さっさと戻りましょう」

「いや、別にゆっくりでも良いんじゃないかな?」

「あ? 何か言った?」

「いえ、何でも御座いません……」

「さ、ビルの地下に戻ったら貴方(あなた)に相(ふ)応(さわ)しい地べたに降ろしてしまいましょうね、雑(ざ)魚(こ)雄(おす)の航(わたる)君」

 

 しょぼくれる航(わたる)を背負い、魅(み)琴(こと)は一(ひと)先(ま)ず潜伏していた工事中のビルへと戻っていった。

 明日の早朝まではまだ余裕がある。

 それまで休み、筋力の回復を図るのだ。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 栃(とち)樹(ぎ)州は山岳地帯、鷹(たか)番(つがい)は航(わたる)達から遠く離れた山の中腹で目を覚ました。

 

「うぅ……」

 

 山肌には大きなクレーターが出来ており、その中心に埋まっている彼が衝突した強さ、即(すなわ)ち投げ飛ばされた力の凄まじさを物語っている。

 鷹(たか)番(つがい)は指一本動かせない。

 全身を骨折し、尽き果てた神(しん)為(い)による恢(かい)復(ふく)を待たなければならない状況だ。

 

「目が覚めたようですね、鷹(たか)番(つがい)様」

 

 鷹(たか)番(つがい)の耳にどこか覚えがある、男とも女ともつかない声が聞こえてきた。

 クレーターの中でも一際深く埋まった彼を、何者かが見下ろしている。

 

(誰……だ……?)

 

 逆光で、鷹(たか)番(つがい)からは顔が能(よ)く見えない。

 その時、鷹(たか)番(つがい)の腹に僅かな重みが加わった。

 

「天下の六摂家当主、公爵・鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)様もこうなってはお終(しま)いだ。この時を長年待ち望んでいましたよ」

「な、何をする? 何をするつもりだ!?」

「何って、この地を鷹(たか)番(つがい)様の墓場にして差し上げるのです。山一つを墓標とするなんて、まるで古代の帝(みかど)の様ではありませんか。皇別摂家でなくなった鷹(たか)番(つがい)公爵家の当主としては、少々大(おお)袈(げ)裟(さ)かも知れませんね」

 

 人影はそう言うと、鷹(たか)番(つがい)の上にせっせと何かを落としていく。

 鷹(たか)番(つがい)は自分の状況を察し、背筋に冷たいものを感じた。

 人影が落としているのは土砂、つまり鷹(たか)番(つがい)は埋められようとしているのだ。

 神(しん)為(い)が尽きたこの状況で生き埋めになると到底助からない。

 

「ま、待て! やめろ、何が望みだ? そうだ、金ならいくらでも出す! それとも女か? 何人でも譲ってやるぞ?」

「女が欲しいか、ですって? 鷹(たか)番(つがい)様、この私(あたし)にそんなことを仰(おつしや)るのですか?」

 

 その瞬間、一瞬雲が陰となって逆光が弱まった。

 鷹(たか)番(つがい)は自身を生き埋めにしようとしている人物の顔に見覚えがあった。

 

「お、お前は……!」

「お久し振りです、鷹(たか)番(つがい)様。嘗(かつ)ては逞(たくま)しい貴方(あなた)様に愛(いと)しい妻の有(ゆう)姫(き)様を寝取っていただき、その上直々に犯して雌にしていただいた逸(へ)見(み)樹(いつき)ですよ。今は有難くも武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に拾っていただき、最高幹部『八(はっ)卦(け)衆(しゅう)』の地位を賜っております。貴方(あなた)様もよく御(ご)存(ぞん)知(じ)の私(あたし)の能力で、無力になった懐かしい御(お)方(かた)を見付けて、喜びの余り馳(は)せ参(さん)じた次第です」

 

 逸(へ)見(み)樹(いつき)――別の世界線に於(お)ける日本に財閥の御曹司として生まれ、財力に物を言わせて横暴な生き方をしていたが、祖国が皇(こう)國(こく)に吸収されたことで落(おち)魄(ぶ)れてしまい、鷹(たか)番(つがい)に雌にされて奴隷にされて、女(じよ)装(そう)男(だん)娼(しよう)として体を売るよう強要され、最終的には捨てられてしまった男である。

 

「母なる大地に、抱かれる者の気持ちを教えてもらうと良いですよ」

 

 逸(へ)見(み)は恨み骨髄に徹すといった様子で土砂を鷹(たか)番(つがい)に掛ける。

 

「待て! 待ってくれ! 解(わか)った! 私(わたし)が悪かった! あいや、私(わたし)が悪う御座いました! 鷹(たか)番(つがい)家の全財産を以(もつ)て償っても構いません! ですからどうかおやめください! お助けくばふぁっ!?」

 

 土砂が鷹(たか)番(つがい)の顔に掛かった。

 ここから先は、声にならない叫びをモゴモゴと口(くち)籠(ご)もることしか出来ない。

 六摂家の一角を担う鷹(たか)番(つがい)公爵家の当主・鷹(たか)番(つがい)夜(よる)朗(あき)は斯(か)くも悲惨な末路を辿(たど)り、二度と這(は)い上(あ)がってくることは無かった。

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