退魔のTS巫女。※なお、巫女服は着ない模様 作:掛け布団
別に、特別何かいつもと違うことをしようと思ったわけじゃない。俺は今まで普通に過ごしてきたし、別段何か特別な力を持っているってわけでもない。
強いて言うなら、客観的に見て美少女と言える幼馴染の少女が近くにいるとか、そんなところだろうか。まあ、自慢できることなんてそれくらいだ。幼馴染といっても、恋人の関係にあるわけでもなければ、多分お互いにそういう感情を持ち合わせているわけでもないだろうし。
そう、だから、今までの俺は、ただ日常を過ごすだけの存在だった。なのに…。
「クソっ! 何なんだよあいつ!!」
俺の後ろを追ってくる、奇妙な触手の化け物。明らかに異質なそれは、とてもこの世のものとは思えないほど禍々しいものだった。
少なくとも、俺はこの日本において、しかも地上で、その上さらに街中に出てくるような、人間の体ぐらいある触手の生き物を知らない。
ただ、気づいたら俺は、何故か異様に人っこ1人いないこの街中で、不気味な触手に襲い掛かられていたっていう、ただそれだけの話だ。
しかし、先程も言った通り、俺は特に人と比べて特別だというわけでもない。勉強ができるというわけでもないし、足が速いというわけでもない。だから……。
「うわぁああ! やめろ! 放せっ! こらっ!」
ずっと追いかけ続けられてしまえば、スタミナ切れなんてすぐ起きる。ましてや、こんな怪物を目の前にして冷静でいられるはずもない。
だからだろうか、気づけば俺の足は怪物の触手に捕まえられており、視界も上下逆さまに。言うなれば、触手によって宙ぶらりんの状態にされてしまっていたのだ。
これから俺、何されるんだろう。殺されるのか、食べられるのか。もしかしたら、この触手は実は俺のストーカーで、命を取るつもりで襲ってきたわけじゃないとか、そういうのないかな…。
……やっぱこんな触手に初めてを捧げたくはないな。却下で。
なんて、状況は絶望的なのに、いや、状況が絶望的だからだろうか、どこか現実感に欠ける妄想に浸って、現実逃避でもしようと、俺の脳はそう考えたらしい。
まさに詰み。今まで順風満帆とまではいかなくとも、平和に過ごしてきた俺の人生はここまでか、なんて、正直納得のいかないまま、けれども臆病な俺は、それに抗議することもできずに、ただ迫り来る衝撃に怯えるように目を閉じることしかできなかった。
ただ、その時を待つだけ、のはずだった。
「気持ち悪いんだよ! 消えろこの化け物がっ!!」
突如俺の耳に響く、甲高い、けれどもどこか芯のこもった、少し怖い口調で言葉を発する少女の声。
と、同時に、グシャリと、まるで何かが潰れるかのような音が俺の耳に届く。
俺の足を掴んでいた触手は、いつの間にか俺の足を掴むだけの力を失っており、そのせいか、俺の体は地面へと叩きつけられる。
そして、恐る恐る、俺は目を開く。すると……。
「ったく、何でこんな場所に巻き込まれてるんだか……。立てるか? いいか? 勘違いするなよ? たまたまおれが気に食わない奴に一撃お見舞いしたら、たまたまそいつに襲われてたお前を助ける形になっただけだからな」
血で染まったかのような、暴力的なほど真っ赤な髪に、不器用な物言いをしながら、俺に向けて手を差し伸べる少女。
そう、これが、彼女と……
いや。
レイと俺の、最初の出会いだった。
おれはお世辞にも、真っ当に生きてきたとは言えない人生だった。別に、不幸だったと嘆くわけじゃない。単純に、おれがガキで、自分のことしか考えられないような人間だったって、ただそれだけの話だ。
両親が困るからと、学校にこそ通っていたが、そんなの皮を被っているだけで、実際のおれは、獣も同然だったんじゃないかって、今にして思う。
昔から手が出るのが早かった。気に食わないことがあれば、相手と口喧嘩して、気づいたら取っ組み合って殴り合い、なんてことも、小中の頃はよくあったように思う。喧嘩の始まりなんて、本当にくだらないものばかりだった。正直今となっちゃ内容すら思い出せないような些細なことだ。でも、そんな些細なことでも許せないって、そう憤って、相手に突っかかってしまうのがおれという人間だった。
いつしか、おれの周りから人は消えていた。その頃には、おれもある程度は大人しくなっていて、だからこそだろうか、孤独が苦しかった。
両親からも見限られ、兄や姉からも距離を取られ、おれは本当に、1人ぼっちになってしまった。
もう一度言っておくが、これはおれが不幸だったって話じゃない。ただ、おれがおれの思うがまま、わがままに振る舞った結果が、それだったというだけの話だ。
気づけばおれは、孤独に耐えきれなくなっていた。もう少し、穏便に物事を進められるように、頭を使うべきだった。あの時もっと冷静になるべきだった。なんて、後悔しても時は戻らない。やり直しをしようにも、その時のおれは非力で、たとえ現状を打開できる手段があったとしても、それを実行しようと思えるほど勇敢な男じゃなかった。
だから、自死を図った。
結果は成功。孤独なおれの人生は終わりを告げ、おれは何も感じない、虚無の世界に行けると、そう信じていた。
だが、どうにもおれは死にきれなかったらしい。いや、正確には一度死んだのだろう。だが、何の因果か、神はおれの魂を再び現世へと呼び戻したようだ。
気づけばおれは、神代家という、代々妖魔退治を行っている家系の、次女として生を受けていた。
今度こそ、真っ当に生きよう。もっとちゃんと考えて、もっと思いやりを持って、そうやって、愛される人間になろう、なんて、決意したことが懐かしい。
だけど、結局おれは、愛されなかった。
おれは、忌み子だったらしい。忌子ではなく、忌み子。おれの持つ真っ赤な髪は、呪われている証らしい。実際、おれの両親は2人とも綺麗な黒髪だったし、おれの姉も両親と同じ黒い髪を持っていた。
優秀で、今じゃ異名も持ち合わせているくらい退魔士界で有名な姉に対して、忌み子のおれ。
不幸………とは言わない。これは、前世で自死を選んだおれへの罰なのだろう。罰を与えられたからと言って、反省するわけでもないけど、それでも、これはおれに与えられた罰なんじゃないかなって、何となくそう思った。
ただ、神代家にとっては忌み子であるという認識をしていたとしても、社会にとっては子供は平等に大切な宝物だった。愛されこそしなかったが、おれの命は、社会によって守られた。
殺したくても、殺せない。そんな娘の存在を邪魔に思ったのか、おれは神代家から勘当され、姓は御共になった。
正直、もう一度、死なせてほしいと思った。何もかも投げ捨てて、この世から消えてしまいたいって。
でも、おれには、死ねない理由があった。
妹が、妹の存在が、おれをこの世界に縛りつけたんだ。
もう解放されたい、苦しいって、そう思っていても、けれど、妹を残してこの世を去るのか? そんな問いが、頭の中で浮かんでは、おれは自死を諦めざるを得なかった。
幸いなことに、おれは妹と共に、神代神社で過ごすことを許された。両親も姉も、退魔士の仕事で忙しいらしく、妹の子守りを、勘当したはずのおれに任せるしかなかったらしい。
つまり、おれの存在意義は、妹を、何があっても守り抜くことだ。
別に苦じゃない。妹は、こんなおれのことを好いてくれている。だから、あと少しだけ、もうちょっとだけ、頑張ってみようって、そう、思えた。
『うわぁああ! やめろ! 放せっ! こらっ!』
でもまさか、この時は考えてもいなかった。
本当に、たまたまだ。
おれは、ずっと妹のために生きるんだって、信じて疑わなかったし、これからもそうなんだろうって、そう思ってた。
だけど、この時の出会いが。
「何ぼーっとしてんだ。ほら、はやくたてよ」
「は、助けて、くれたのか…?」
おれにとって、生きる意味は妹以外にはなかった。でも……。
「そう言ってんだろ。いいからはやくたて」
「ありがとう。あの、君は……」
「
「あ、あのっ!」
「なに?」
「俺は、
「こんなとこで自己紹介なんてしてる暇あるか!? そんなの後でいいわ!!」
たった一回の、些細な人助けが、おれの生きる意味のきっかけになるなんて、思ってもなかった。
2/19 レイ側のプロローグもこちらと統合しました。