退魔のTS巫女。※なお、巫女服は着ない模様 作:掛け布団
俺の目の前に立ちはだかるのは、俺よりも少し幼い中学生くらいの少女だ。少女は2枚の呪符にその両足を乗せ、その呪符を浮遊させることで、自身も空中に浮遊している。本来ならば俺が彼女を見下ろす形になるはずが、今や俺が見下ろされる側に立たされている。
「凛、来るぞ!!」
「わかってるわ!」
少女――神代結花は、余裕の笑みを浮かべながら、両手に持っている妖力のこもった札、すなわち呪符を俺達に向けて放つ。呪符は風の抵抗をものともせず、真っ直ぐに俺達の元へと向かってきた。呪符の数は2。俺と凛にそれぞれ一つずつ来る形だ。
「くらえ!」
俺は向かってきた呪符に、俺自身が所持していた呪符をぶつけて相殺する形で対処する。凛の方も同様に対処しているみたいだ。ただ、俺と凛では用途が異なる。俺の場合は呪符をぶつけて、呪符に込められた妖力を一気に解放することで、爆発を起こし、呪符の相殺を行った。それに対し、凛の方は呪符を投げ、その呪符の妖力を解放するところまでは同じものの、自身の呪符に籠った妖力を、結花ちゃんの放った呪符に伝播させ、結花ちゃんの呪符を自身のものにする形で攻撃を無効化している。
「凛って、なんだかんだで器用なところあるよな」
「そういう真央は不器用よね〜。ほんと、笑っちゃうくらいに。今まで彼女の1人もできたこともないくらいに」
「当たり前のようにディスってくるのやめない?」
俺ってそんなに不器用なんだろうか。凛が器用だから、相対的に俺が不器用に見えるだけなんじゃないだろうか。彼女云々に関してだって、凛とそういう噂が立ってるからだって線もまだ……。
「真央さんが不器用っていうよりかは、凛さんが器用って方がしっくりきますね。普通の一般人は、妖力に直接干渉することなんてできないんですよ。ですが、凛さんは妖力そのものに干渉して、それを利用できてるんです」
「へー。私ってば、もしかして退魔士の才能でも持ってたのかしら?」
「ですね。はっきりいって逸材ですよ。ただでさえ退魔士は数が少ないので、退魔士界じゃ喉から手が出るほど欲しい人材ではあります。ですが……」
結花ちゃんの手に、再び呪符が握られる。数は再び2。もう一度、俺と凛、それぞれに向けて呪符を向けるつもりなのだろう。
「何回でもどんとこいよ! 私、才能あるみたいだし!」
結花ちゃんの手から、呪符が放たれる。俺と凛は、先程と同様の対処を行う。が……。
「んなっ!」
俺の呪符では、結花ちゃんの呪符を相殺しきれず、俺はそのまま呪符と激突。といっても、体に痛みはない。あくまでもこれは俺と凛の自己防衛のための訓練で、俺達を強くしたいわけでもなければ、怪我をさせたいわけでもないからだ。ただ、対処できなかったのは事実だ。もしこれが実戦なら、俺は、誰も守ることができないまま死んでいただろう。
「そんなぁ………」
凛の方も凛の方で、上手くいかなったらしい。先程と同様、結花ちゃんの呪符に自身の妖力を伝播させ、結花ちゃんの呪符を乗っ取ろうとしていたらしいが、逆に結花ちゃんの呪符に自身の使用していた呪符が乗っ取られ、結果的に2枚分の呪符によって攻められてしまったらしい。
「……やっぱり、私ほどの天才ではありませんでした」
結論、結花ちゃんが強すぎる。
レイも大概暴力的………頼もしくはあるが、結花ちゃんの場合、正当な退魔士って感じがして、とにかく安定感がある。
「ねえ、本当に私って退魔士の才能あるの? 結花ちゃんのこと見てたら、私全然な気がしてきたんだけど……」
「間違いなくありますよ。ただ、まだ経験不足だというのと、仮にも私は最強の退魔士である神代依織の妹なので、私と比べてしまうとその才能も霞んでしまうのかもしれません」
結花ちゃんは少し誇ったような顔をしながら、そう告げる。結花ちゃんにも、割と退魔士としてのプライド的なものはあるみたいだ。
「って、レイ以外にも姉がいたのね。普段神社にはいないみたいだけど……」
「依織姉は忙しい身なので、普段はこっちにいないんです。まあ、レイ姉がいてくれるので、全然寂しいとかはないんですけどね」
レイの姉でもあるらしい神代依織については、俺もよくは知らない。ただ、この前チラッとレイに聞いたところ、少なくとも俺から見たレイは、悪い反応はしていなかった。多分、仲が悪いとか、そんなことはないんだろう。
「さて、それじゃ続きといきましょうか!」
結局、凛にも妖魔の事は説明することになった。というか、あれ以降、真央と一緒に凛も
別に妖魔が原因でやめたわけではないそうで、元から部活をやめる予定ではあったらしい。それは妖魔にさらわれた後も怯える様子がなく、ピンピンしていた凛の様子からも明らかだっただろう。にしても肝が座りすぎている気がしなくもないが。
そして最近は、真央も凛も、結花に『呪符』の扱い方を教わりに来ることが目的になっているみたいだ。本来は、一般人に『呪符』の扱い方を教えたり、『呪符』を使わせたりするのは禁止されている。が、真央や凛がどうしても、というので、仕方なく、こっそり結花に教えさせることにした。
本当は結花にはあまりこういうことはさせたくないんだが、真央がしつこいのと、結花の方が乗り気だったことで、おれが押し切られる形で渋々認めることになった。
元々結花は自身が退魔士として生きていくことに肯定的ではあった、が、家庭から妖魔との戦闘は原則禁じられていて、普段は大人しく普通の中学生として振る舞うことになっている。そんな結花にとって、真央や凛の特訓という名目で自身の力を振るえるのは、嬉しいことなんだろう。だからこそ、おれも強くは禁止と言えなかったというのはある。
まあ、このことがバレたとしても、せいぜいおれが罰せられるくらいだろうし、最悪、おれの姉がなんとかしてくれるだろう。怒られはするだろうけど。ただ、姉は忙しい身だし、できれば迷惑はかけたくないから、できるだけバレないようにしたい。仮にバレても、姉には連絡が行かないようにしといた方がいいかもしれない。怒られたくもないしな…。
「真央、凛、ちょっといいか」
ただ、結花にばかり任せっぱなしにするわけにもいかない。もう神代家の人間ではないが、これでも神代結花の姉なのだ。
「レイ、どうかし……ってうおっ!!」
……まあ、それは建前で、ここ最近、おれだけ蚊帳の外ってことが多かった。理由はわかる。おれは『忌み子』としての体質で妖魔退治をすることはあっても、退魔士として妖魔と対峙することはない。だから、『呪符』を使用する戦闘については、結花の方が詳しいし、おれは適任ではないのだ。わかってはいる。わかってはいるが。
「たまにはおれも混ぜさせろ!」
最近、暇だったのだ。今まではなんだかんだで暇つぶしに付き合ってくれていた真央が、最近は結花との特訓に夢中になっていた。
寂しい……いや、っていうか、まあ、とにかく暇になったんだ。構ってくれない……いや、そういうのじゃなくて、そう、とにかく、おれだけ蚊帳の外になってんのがなんだかなぁって感じ。
「こっの、脳筋女が!」
「妖魔は“呪符”なんて使わないんだ。対妖魔の訓練に関しちゃ、結花よりおれの方が適任だと思うけど、なっ!」
おれはそれらしいことを言いながら、真央に襲いかかりにいく。おれの行動が突然すぎて、真央も少し焦りながら悪態をついているが、関係ない。こちとらずっと放置されてきたんだ。これくらいのことは許容してもらわないと割に合わない!
「っ! 確かに、筋は通ってる……なっ!」
真央は冷静に、『呪符』を扱っておれの攻撃をいなしていく。凛の方は、呆れた様子でおれたちのことを見ていた。どうやら凛は手を貸さないつもりらしい。まあ、おれも凛相手に拳を振り上げることには少し抵抗があるし、別に構わないだろう。
真央はどうなんだって? こいつは別だ。元々真央が神代神社にやってきているのは、妖魔界に少なくない時間踏み込んでいたことで、体調に変化が現れていないか確かめるためだったのに…。最近は体調の確認なんてそっちのけで、ずっと結花に『呪符』の扱い方を教わってばかりなのだ。
本来の目的をすっぽかして訓練に励んでいる真央と、元々訓練を主な目的として神代神社に訪れている凛とでは、そもそもの前提が違うのだ。
「ま、普通に妖魔と戦うだけなら、そりゃ“呪符”の対処法なんて学ぶ必要はないけど」
おれは『呪符』を取り出す。いくら『忌み子』とはいえ、おれは運動神経がすこぶるいいというわけじゃない。確かに、普通の人間じゃ倒せないような妖魔を退治できる特異性はありはするが、別に動きが機敏だとか、そういうわけじゃないのだ。だから、単純な動きしかしない妖魔と相対する上では、おれの身体一つでも何ら問題はない。けど、対人間となると話は別だ。おれの『忌み子』としての特異性も意味をなさないし、相手は単純な動きしかしないというわけでもない。ある程度思考を働かせるし、ある程度学習はする。少なくとも、妖魔よりかは。
だからこそ、おれは対人においては、『呪符』を使う。『呪符』を使わないと、多分このいけすかない
「なっ、それは反則…!」
「問答無用! くらえクソやろう!!」
「ぎゃーーー!!」
結局、レイの乱入による俺のダウンによって訓練は終了した。凛については、念のためレイが家まで送っていくことになっている。俺と一緒だと、また妖魔に狙われる可能性があるから、俺はレイが
「ったく、レイのやつ、もっともらしいこと言ったと思ったら、結局“呪符”使ってきたじゃないか……」
「レイ姉、きっと構ってくれなくて寂しかったんですよ。なんだかんだで、真央さんはレイ姉の初めての友達ですから」
初めての友達……か。俺は今まで、レイの境遇とか、そういうものに深く触れようとはしてこなかった。けど、レイは学校にも通っていないし、退魔士として働いているというわけでもないらしい。退魔士の家系だから、学校とか、そんなものに通わなくてもいいのかとも思っていたが、しかし、妹の結花ちゃんは学校に通っているし、友達だっている。あまり考えないようにはしてきたが、レイの現状は、多分普通のものじゃないんだろう。
姉妹のはずなのに、御共と神代で姓が違うというのも、闇を感じるような気がする。
「なぁ、結花ちゃん、レイのこと………教えてくれないか? 俺、よくよく考えたら、あいつのこと、何にも知らないからさ」
「レイ姉のこと、ですか? うーん。何を聞きたいんですか? 食べ物の好み、とか?」
「いや、そういうんじゃなくて、その……。レイの境遇とか、さ。あいつが何で御共って姓なのか、とか」
結花ちゃんはキョトンとした顔を一瞬見せ、しかし、次の瞬間には困ったような顔をしながら、告げる。
「レイ姉のこと、本当に聞きたいですか?」
「…ああ。あんまり話せないようなことなら、無理して話さなくてもいいけど……」
俺はあまり聞かない方が良かったことなのかと思い、少し遠慮する。が、その俺の反応を見た結花ちゃんは、困ったような顔から、キリッとした、まるで何かの覚悟を決めたような……いや、むしろ、
「話すのはかまいません。ですが、もう一度言います。本当に、聞きたいんですか?」
「そ、れは……どういう………」
「真央さんにとっては、何気ない話のつもりで言ったつもりなのかもしれません。ですが、これは、レイ姉にとって………、いえ、私にとって、とても大切なことなんです」
わからない。それほど重い境遇なのか、しかし、それなら少し言いづらそうにするだけのはずで、わざわざ俺に覚悟を問うかのような表情をしながら告げるとは思えない。なら、何故…。
「いいんです。分かってます。真央さんは、何気ない世間話のつもりで聞いただけなんですよね。だから、いいんです。でも、これだけは言わせてください」
「……ゆ、結花ちゃん…?」
「私は、最低な人間なんです。自分の姉が大切なのに、でもやっぱり、自分のことが一番大切なんです。でもやっぱり、だからって、選択するのは難しくて……。だから、私はきっと、全部真央さんのせいにしてしまうんです。きっと、私が動くのも、動かないのも、他人の行動、選択の結果に委ねてしまっているんです。だから、もしその時が来たら、真央さんは、私を恨んでいいですよ」
「待ってくれ、言ってることの意味がわからな…」
「さて、真央さん。レイ姉もそろそろ帰ってきそうですし、帰る準備、しておきましょうか」
結花ちゃんは、思い詰めたような顔から一変、いつもの、天真爛漫で元気一杯な少女の笑みを浮かべながら、そう告げる。まるで、さっきの話はなかったことにしましょうと言わんばかりに。
一体、どういうことなんだ。
俺はただ、レイのことが知りたかっただけなのに。
俺が思っているよりも、レイの抱えているものは大きいんだろうか。
「あ、ほら、レイ姉、ちょっと遠くて見えないかもしれませんけど、帰ってきてますよ」
「あ、ああ……」
何もわからない。レイの置かれている境遇も、結花ちゃんが何に思い悩んでいるのかも。
「よー、真央! 待たせて悪かったな。ほら、愛しのレイ様が迎えに来てやったぜ」
「あ、ああ……」
「…? どうしたんだよ、そんな浮かない顔して。ていうか、聞こえてたか? 愛しのレイ様って。……かしいな、いつもなら秒でツッコミ入れてくるところなのに……」
レイ、お前は一体、何を抱えて生きてきたんだ…?