音楽というものは不思議なものだ。
たった5分前後で、人を笑わせることも、感動させることも、
勇気づけることだってできる。
心が動く。それが音楽だと、蒼井柊斗は思う。
7歳のときに、初めてロックバンドを見た。
音楽好きの父がライブハウスへ連れて行ってくれたのだ。
独特の雰囲気、重厚感のある音、観客の熱。
自分にとって、それらはとても新鮮で、不思議と心地良かった。
その中でも特に、金髪のギタリストに目を奪われた。
名前も知らない、人となりも分からない。
でも、自分はその人に、その人が奏でる音に、
心底惚れ込んでしまった。
音楽に心を動かされたのだ。
結局、その後二度とその人に出会うことはなかった。
だけど、有名になったら、もしかしたらまた――
そんな淡い期待をしていた。
それからというもの、あの人みたいになりたくて、
あの人みたいにライブがしたくて、ギターの練習をし続けた。
このためだけに父に頼み込んで、ギターを買ってもらった。
毎日毎日友達とも遊ばずギターを弾いた。夢中になって弾いた。
寝る前は自分が舞台に立っている想像をしながら眠りについた。
お陰でギターはかなり…いや、飛び抜けてうまくなったと思う。
しかし人との関わりが希薄になり、気づけば―――
ぼっちになっていた。
帰りのホームルーム終了のチャイムが鳴り、下北沢高校は放課後の時間を迎えた。
がやがやと騒がしくなったクラスメイトを横目に、そそくさと教室から退散する。
当然、ぼっちな自分は即帰宅が既定路線。
「結局、2年生になっても友達できないんだな」
と、一人ぼやきながら帰路につく。
当然だ。自分から話しかけに行かずに友達ができることなんて極稀な出来事なのだ。
更にいえばもう高校生活2年目なのである。ほとんどの人は1年生のときに作ったグループで行動する。そこに割って入る勇気があるなら、とっくに友達の一人や二人くらいできている。
家は神奈川の金沢八景にある。片道2時間の通学路を逆走し、家に向かう。
なぜそんなに遠い高校に入ったのか。それは、下高は有名な進学校だからだ。ギターばっかりやっているとはいえ、地頭はいいほうなのだ。
そうして家についたら、一人ギターを弾き、眠るだけの単調な生活をする。子供の頃の自分が今の自分を見たら鼻で笑うだろう。
「流石にそろそろ友達欲しいよな…」
そう思う。どうしたら話しかけてもらえるだろうか。
そういえば、友達を作るには共通の話題があるといいと聞いたことがある。
共通の話題…趣味…ギター…
「これか!!」
翌朝、いかにもバンドやってます感を出そうとしている男が、
金沢八景駅に続く道を歩いていた。
学校に一人くらい音楽好きはいるだろう。だったらギター持ってってやれ!ぐらいの安直な発想ゆえの行動だ。
「フッフッフ…これで話しかけてもらって、友達作ってやる…!」
そうやって一人舞い上がっていると、前の人に後ろからぶつかってしまった。
その人はピンクのジャージを着て、ギターケースを背負い、体中にバンドグッズをつけている女の子だった。
とりあえず謝らないと――
「あっ、すいません」
「あっ、すす、すみません…」
そう言うと、とんでもない速さで駅の方へ走っていってしまった。
「…バンド女子、なのかな…」
特に会話したわけではない。しかし、
「なんか気が合いそうな人だったな…」
蒼井は妙なシンパシーを感じていた。
「…誰も話しかけて来ないじゃんか!!!」
放課後、蒼井は思わず心のなかで叫んだ。
そう、一世一代の大博打は大失敗に終わってしまったのだ。
「くそぉ…音楽好きいないのかよこの学校は…ていうか途中からなんか蔑視の対象になってた気がする…もう学校行けない…」
黒歴史が増えた、恥をかいた、なんでうまくいかない、
なんでどうしてとぐるぐる考えていたら泣けてきてしまった。
「こういう日は気分転換しよう。多分家帰ったら泣いてしまう」
そうして、蒼井は単身、下北沢の街へ繰り出した。
本当は友達と一緒に来たかった街。ずっと前に、父に連れられ来ていた街。
下北沢にはライブハウスやCDショップが多く立ち並び、さながら音楽の街のような様相である。
あちこちにある音楽に関連するもの。自分の心が動き、晴れやかになるもの。
それらを見ているだけで、今日の出来事を忘れられそうだった。
その時だった。目の前の通りを、見覚えのあるピンクジャージと、金髪のサイドテールの女の子が通っていった。
「――ライブ…スターリーっていって――」
「スターリー…ライブ…というよりなんかあの金髪の子、なんか懐かしい感じするな…」
今、蒼井の心は、『スターリー』と金髪の子に惹かれていた。
そして、あまり良くないことだと思いつつ、後をつけてみることにした。
前方の二人に気づかれない距離で歩く。スターリーは一体どんなところなのか知りたいという思いでついて行っているだけだ、という、誰に向けた言い訳なのか分からない言い訳を心のなかで唱えていると、いつの間にか『スターリー』の前に来ていた。
スターリーは地下にあるライブハウスだった。
独特の雰囲気が、もうすでにドアから漏れ出ている、そんな気がした。その雰囲気に若干気圧されつつも、ドアを開けようとして、自分が一般客であることを思い出した。
ドアに提げられた看板には「チケット販売は17:00から」
と書かれている。
困った、出直すか。そう思いドアから手を離そうとした――
その刹那。
「チケットの販売は5時からですよ」
不意に後ろから声がかかった。
蒼井は振り返りながら謝ろうとした。
「あっ、すいません、出直し――」
そこから言葉が出なかった。
蒼井は驚愕したのだ。なぜなら――
そこに立っていたのが、かつて自分がその音に惚れ込んだ
金髪のギタリストだったからだ。
ありがとうございました!
続編投稿は多分遅いです。