「ダメだ、間に合わね……!」
金沢八景駅3番ホームから出発のベルが響き、自分を焦らせてくる。
息も絶え絶えになりながら、ホームへ繋がる階段を2段飛ばしで駆け上がっていく。
「待っ、待ってください……!」
そう言いながら、今にも閉まり始めそうな入口に体をねじ込んで、急行電車に乗り込んだ。
ドアが閉まり、電車が動き始める。
「…あっぶなァ……」
なんとか間に合ったことに胸をなでおろしつつ、息を一つ、深く吐く。これだけ全力で走ったのはいつぶりだろうか。
今日は遅れるわけにはいかなかった。何故なら今日は結束バンドのオーディションの日だからである。
実は、自分は部外者ではあるものの、星歌さんのご厚意でオーディションを見させてもらえることになっている。
このオーディションに賭ける彼女らの想いは、喜多さん経由でよく知っている。
実際、あのカラオケの日のあとも何回か自主練を見てほしいと頼まれた。
だから遅刻しないよう家を出た―――
―――が、いつも通り家を出ようとした所、母に捕まってしまい、ギリギリの時間になってしまったのだ。
「……なんとか、間に合うな」
スマホの時計を一瞥してそうつぶやいたとき、次の停車駅と、駆け込み乗車はやめるよう放送された。
下北沢駅から走ってきた勢いそのままに、スターリーの扉を開いた。
かなりギリギリだったらしく、もう全員揃っていて、ステージ上には機材や楽器がスポットライトを浴びて輝いていた。
「おっ、おくれっゲホ、ましゲホゴホ、ったぁ……」
「死にかけじゃねぇか。一回深呼吸しろ。ほら水飲め」
そう言いながら星歌さんが水をくれた。
差し出されたペットボトルの水を勢いよく仰り、深く息を吸って吐く。
「ありがとうございます。だいぶ、落ち付きました」
「ほんとかよ。まだ息荒いぞ」
「ホントです。……みんなは?」
「もう裏で準備中。あとちょっと遅かったらヤバかったぞ」
「すんません。ちょっと母に捕まってて」
そんな感じで話していると、ステージへ結束バンドの面々が入ってくる。
左にリョウさん。いつものベースを提げている。
奥に虹夏さん。準備されているドラムの前に座った。
後は喜多さんと後藤さんか―――そう思ったとき、少しだけ、空気が変わったのを肌で感じ取った。
いつもと変わらない二人。しかし、その二人からぴりぴりした、なにか異様な雰囲気を感じ取った。
少なくとも、一週間前はこんなことは無かった。
「店長、喜多さんと後藤さん、なんか変わりました?」
「わからん――が、確かに雰囲気は違うな」
星歌さんも、僅かな雰囲気の変化を感じ取っていたらしく、こちらの意見に同意した。
その時、ステージから声がした。
「結束バンドです!」
虹夏さんの一声が、静かなライブハウスに響く。
一瞬の静寂の後、こう続けた。
「じゃあ、『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲、やりまーす!」
そう言うと、ステージ上の四人が顔を見合わせた。
そして、一つ呼吸を挟んだ直後、ハイハットの音から曲がスタートした。
四人の奏でる音が、自分の体全体を叩く。
とてもハイテンポなリズムに、自分の鼓動が合わさっていく感覚。これが聴き手の醍醐味だと、常に思っている。
前奏が終わり、喜多さんが歌い始める。
その時、ライブ前に感じていた異様な雰囲気の正体に気付いた。
【突然降る夕立 ああ 傘もないや 嫌 空のご機嫌なんか知らない】
いつもより低い声で歌う。その歌声は、一週間前に聞いたときよりも格段に進化していた。
【季節の変わり目の服は 何着りゃいいんだろ】
【春と秋 どこ行っちゃったんだよ】
今の喜多さんの歌声は、こちらの頭と心臓を掴んで離さず、そのまま揺さぶられるような、引きずり込まれるような感覚を想起させた。
【息もできない 情報の圧力】
【めまいの螺旋だ わたしはどこにいる】
【こんなに こんなに 息の音がするのに】
【変だね 世界の音が しない】
サビに入る刹那、自分はもう一つの雰囲気の正体にも気付いた。
それは視界の右端に映った、ひとりのギタリストだった。
【足りない 足りない 誰にも気づかれない】
【殴り書きみたいな音 出せない状態で叫んだよ】
それは、自分が聞いたことのない、魂を揺さぶる音。
自分のでも、星歌さんのでも聞いたことのない、叫ぶような、唸るような音。
それは、ステージの他三人も、こちらにいる者もすべて飲み込んで主導権を握った。
ステージを俯瞰して見ると、リズム隊の二人がハッとした顔で後藤さんに目線を向けた。
そして、リョウさんも虹夏さんも、そのギターの音に呼応するようにボルテージを上げていく。
【「ありのまま」なんて 誰に見せるんだ 】
【馬鹿なわたしは歌うだけ】
四つの音が一つになって、自分の心臓を叩く。
あれだけ荒かった息をするのも忘れ、音に飲まれていく。
オーディションの結果なんかどうでもいい。
今はこの音をずっと聴いていたい。
【ぶちまけちゃおうか 星に】
そんな願い虚しく、結束バンドはそう締めくくった。
「ありがとうございました!」
暫時、ぼうっとしていた自分は、ステージ上からの言葉で意識を引き戻された。
そうか、終わったのか。
ええっと、なんだっけ。ああ、オーディションか。
そう思い、星歌さんの方を見る。表情には出てないが、なんかちょっとうれしそうである。
「ま、いいんじゃない?」
そう言うと、結束バンドの四人はぱあっと顔を明るくする。
だが、その後に続いた言葉に、すぐ顔を曇らせた。
「……と言いたいところだが……」
間髪入れず、星歌さんは続ける。
「ドラム、肩に力入れすぎ。ギター二人、下向き過ぎ。ベースは自分の世界に入りすぎ」
指摘を受けるたび、四人の顔色はみるみる重たくなっていく。
無理はない。ベストを尽くしたつもりが、逆に指摘を受けまくったらそうなる。俺もそうなる。
「でも…お前らがどういうバンドかはよく分かったけどね」
出ました、星歌さんのデレ。合格である。
が、四人には伝わってないらしく、顔は暗いまま。
「えっ、何その顔、ここ喜ぶとこだから」
「多分合格ってことだと思いますよ~」
「合格ですよね、店長」
「そうだよ、合格だ、合格っ」
半ばヤケ気味に言い放った言葉を四人が聞いたとき、一拍遅れて舞台の上で喜び始めた。
抱き合う喜多さんと後藤さん、それを見るリョウさんと虹夏さん。微笑ましい光景だ。
その後、後藤さんが慣れないことをした反動で吐いてしまったり、星歌さんが後藤さんに話しかけて怯えられたりと一悶着あったものの、オーディションは結束バンドにとって最高の形で幕を閉じた。
「お疲れ様です、星歌さん」
オーディション後、まだ時間に余裕がありそうだったので、星歌さんと話すことにした。
「今日はありがとうございました。ごめんなさい、無理言って」
「いいよ、全然。むしろ来たいって言ってくれると思ってなかった」
「結束バンドの事は俺も気にかけてるんで」
「そうか、そりゃよかった。虹夏も喜ぶよ」
そう言うと、ちょっとだけ顔が赤くなる。やっぱこの人妹のことになると弱いよなぁ……
「そういやさ、蒼井。よく8年もギターやってたな。どっかで辞めちまうかと思ってた」
「辞めるわけないじゃないですか。辞めたら、星歌さんに教えてもらった意味がない」
「言うようになったな、お前も」
そう言うと、星歌さんはけらけらと笑って見せた。つられて自分も笑ってしまう。
その時、ぽろっと星歌さんがこぼした言葉を、自分は聞き逃さなかった。
「……私は辞めちまったからなぁ」
「…」
返す言葉が見つからず、黙り込んでしまう。
そうだ。この人は、自分の前から突然居なくなってしまった。
幼い自分でもわかったことだ。あの人は、ギターを辞めてしまったと。
「……一応聞きます。なんで、辞めちゃったんですか」
「……まぁ、よくある……方向性の違い、ってやつだよ」
はぐらかされてしまった。まあ、人には秘密にしときたいことなんてたくさんある。
「でもさ、ここまで続けてきたんなら、お前には辞めてほしくないんだよ。これからもずっと続けてってほしい」
どこか寂しげに、願うように星歌さんは言う。
とにかく、今はさっきの言葉に答えないといけない。
「言われなくても」
「そう言うと思ったよ」
いつもより、スターリーは静かだった。
金沢八景に帰ってきた。
すでに時計は11時を回りそうだったので、足早に家まで帰る。
「辞めないでほしい、かぁ」
玄関の前で、そうひとりごちる。
一体あの人はどんな心情で自分にあんなことを言ったのだろう。表情を見る限り、並々ならぬ想いがあるのは察せられる。
「辞めたくないですよ、そりゃ」
もう一度、あの人に巡り合わせてくれた音楽を簡単に手放す気なんてない。
スターリーという居場所も、あの人がわざわざ自分の分を空けてくれたんだ。絶対、手放したくない―――
――が、しかし。現実はそう上手くいかない。
「……やっと帰ってきた」
リビングには、母が待っていた。
「そこに座りなさい。話があります」
―――やっと見つけたものを、手放さなければならない。
そのタイミングが来てしまったのかもしれない。
約2ヶ月ぶりの投稿となりました。おまたせして本当に申し訳ありませんでした。
新しい環境に慣れることに精一杯で、また、モチベの低下も相まって小説の事が頭から消し飛んでおりました。
現在もスランプ気味なので投稿頻度は遅いかもしれませんが、
これからもご愛読のほど、よろしくお願いします。