「チケットの販売は5時からですよ」
背後からそう言われ振り返ったとき、時が止まったような感覚に襲われた。
嘘だと思った。かつて焦がれた存在がそこにいたから。
何かの間違いだと思った。会えると思っていなかったから。
でも、嘘でも間違いでもないと理解するまで、そう時間はかからなかった。
様々な思いが交錯する。
覚えててくれてるかな、一緒にギター弾きたいな、
とにかく何か喋らなければ、でも何を話せばいいのか――
「あれ?その制服下高のやつじゃん」
――よし、助かった。ここからどうにか会話をつなげていけば自然な感じになるはずだ。自分だって最低限のコミュニケーションはできる、と思いたい。
覚えられていなそうなのは少し残念だったが。
「あっはいそうです。よくご存知で」
「んじゃあ虹夏に誘われて来た感じか」
「え?…あっいえ、特にやることなかったので、ふらっと立ち寄った感じです」
「あっ違うの?…まぁいいや、チケットは5時まで待ってて」
「あっはい」
その人はぶっきらぼうにそう言って、ライブハウスの中に入っていった。相変わらず無愛想なのは変わっていない。
「……あ、名前聞いとけばよかったかな…」
というのも、自分は何度かこの人にギターを教えてもらったことがある。父いわく、自分があの人にギターを教えてほしいと言って聞かなかったようで、特別に教えてもらっていたらしい。
……まぁ、あの人が突然バンドをやめてどこかに行ってしまったので、名前も聞けずじまいだったのだ。
スターリーの前でぼうっとしていたら、空はすっかり茜色に染まり、時計はいつの間にか5時を回っていた。
「おまたせ。チケットは一枚二千円な」
「あっはい、お願いします」
「ん、丁度ね。はいチケットとフライヤー」
「ありがとうございます」
その後、お手洗いの位置やワンドリンク制などの説明を受け、ライブハウスの中に入った。
「……そういやさっきの子、なーんか見たことあるな…」
久々にライブハウスに入った。独特の閉鎖感や暗さが自分の気分を高揚させる。今日の学校で自分がやってしまったことなどとうに忘れていた。
カウンターでドリンクチケットをウーロン茶と交換し、ライブ開始までフライヤーに書かれている出演バンドの名前に目を通すことにした。あまり聞いたことのないバンド名が並んでいる。
ほぼ流し読みのような感じで説明を読んでいた蒼井だったが、ある一点で、読む手が止まった。
「結束バンド……ダジャレか?」
そう思った。どこにでもあるネタに走ったバンド名なんだな、と。だが、なぜか不思議な縁を感じた気がして、しばらく目が離せなかった。
その後、続々とお客さんがライブハウスへ入ってきていた。いつもこのライブハウスへ通っているであろう人の中に、下高の制服を来た女子高生も何人か混ざっていた。
そういやあの人なんか言ってたな…下高の…確か名前が――
そう思っていた時、照明が落とされた。どうやらそろそろ始まるらしい。
結束バンドはトップバッターのようだった。暗闇の中うっすらと見えるステージ上で、テキパキと準備が進められている。
自分は後ろの方に陣取った。久々のライブハウス、しかも初めて来るところとなると、常連たちの邪魔になったらいけないという判断によるものだった。
「横、いい?」
またしても不意にあの人に声を掛けられた。
「大丈夫ですよ」
「ん、どうも」
「………」
………気まずい。いざ憧れの存在を目にすると、話したいことも話せなくなるんだなと感じる。
「……前行かなくてよかったの」
沈黙を破ったのは、隣の人の一言だった。
なんか助けられっぱなしだな、と思いながら、返事をする。
「……はい。ここのライブハウスは初めて来たんで、勝手も良くわからないですし……」
「……そうか」
「…………あの「結束バンドです!」
名前を聞こうとしたところで、ステージから声が聞こえた。
結束バンドが準備を完了させ、ライブを始めようとしていた。
ステージにいるのは、後をつけてきた金髪のサイドテールの子、
ベースを持つ中性的な青髪の子、そして――
――段ボールだった。
「「んだあれ………」」
思わず声が揃う。誰が見ても異様な光景だった。
それよりもボーカルがいない。どうやらインストバンドらしい。
「今日はみんなが知ってる曲も何曲かやるので、楽しんでいってくださーい!」
そう言うと、金髪の子のドラムを合図に、結束バンドの演奏が始まった。
段ボールの中からギターの音も聞こえる。なるほど、あれの正体はギタリストなのか。度胸あるな。
結束バンドの演奏は、ところどころミスが目立ち、リードギターの音もずれていた。正直、いい演奏とは言えないものだった。
だが、どことなく蒼井は興奮していた。
久々のライブ、重厚なリズム隊の重低音、証明の眩しさ――
彼にとって、そのすべてがきらびやかに見えた。
ライブ後。どう形容していいかわからない興奮を胸に帰路につこうとしたところ、突然あの人に呼び止められた。
「ねぇ、君さ、ギター弾くの?」
「あっはい。よく弾きますよ」
「ふーん……君、名前は?」
「蒼井柊斗です。木偏に冬でしゅう、北斗の拳の斗です」
「蒼井………」
そうつぶやくと、少し考えるような素振りを見せ、
「時間あるなら、ギター弾いてったら?」
と言ってきた。急だな、と思いつつ、
「……いいんですか?」
「いいよ。あんま遅くなりすぎないぐらいなら」
「じゃあお言葉に甘えさせていただきます」
という感じで、少しだけ弾かせていただくことにした。
それに、もしかしたらまたこの人と――
「じゃあスタジオあっちだから。なんかあったら呼んで」
……だよなぁ。そんなにうまくいくこと無いよな。
ギターケースから自分のギターを取り出し、アンプに接続する。
軽く弾き、チューニングして、音が合ってきたら準備完了。
さて、何の曲弾こうかな……どうせなら歌ってみようか。
そんな感じで思考を巡らせた結果、自分の一番得意な曲を弾こう、という結論に至った。
自分の一番得意……それは、BUMP OF CHICKENの『天体観測』
一番好きな曲は別にあるが、その曲は一番好きな人にしか弾けない。そう思っているから、好きな方でなく得意な方を選んだ。
スマホに入っている、リードギターだけ抜いた音源を再生し、
ギターをかき鳴らしていく。
イントロが終わり、音源のボーカルが入ってくる。
【午前2時 フミキリに 望遠鏡を担いでった】
【ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい】
スマホの音源に合わせて、少しずつ音の強さを上げていく。
曲が進むにつれ、自分の意識は曲へ集中していく。
【2分後に 君が来た 大袈裟な荷物しょってきた】
【始めようか天体観測 ほうき星を探して】
サビ前、一度音を柔らかくする。そうすることでよりサビの音が強調される。
【深い闇に飲まれないように 精一杯だった】
【君の震える手を 握ろうとしたあの日は】
サビに近づくにつれて、自分のテンションが上がる。それに呼応するようにギターもより一層力強く音を響かせていく。
【見えないものを見ようとして 望遠鏡を覗き込んだ】
【静寂を切り裂いて いくつも声が生まれたよ】
とにかく夢中で弾いた。かき鳴らす音のひとつひとつが、まるで星座のようにつながり、広がっていく。
【明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった】
【“イマ”というほうき星 君と二人追いかけていた】
とにかく楽しかった。楽しくて、楽しくて、弾いて、弾いて――
――気づいたらすでに一曲弾き終わっていた。
なんだか小さい頃に戻ったみたいな、そんな感覚に襲われていた。
8年経って、技術も上がっている。でも気持ちだけは不変なんだな、と思っていた、その時――
「やっぱりそうか。思い出した。」
振り返ると、あの人がスタジオの入口の近くに立って、自分をまっすぐ見つめていた。
スタジオに入ってきていることにも気づかないとは、相当没頭していたんだな、なんて考えていると、
「お前、8年前ぐらいに私のライブ見に来てたろ。その後にギター教えてくれってせがんできたやつ」
――すごいなぁ。こんな事あるんだ。
たまたま訪れたライブハウスに憧れの人がいて、たまたまギター持ってたからスタジオ貸してもらえて、たまたま演奏聴いてもらえて。
ちゃんと、覚えてもらっていて。
「えっなんで泣いてんの」
「あっ……あ?…ぁ………すい、ません……」
どうやら自然と涙を流していたようだった。
『名前、聞かなきゃ』
色んな感情が混ざり合っている脳が、最後に出した結論。
今聞かないと後悔する。そう、思ったから。
「ぁぁ……あの…名前、何て、いう、んですか」
返事は、たった一言で充分だった。
「伊地知星歌」
その後はよく覚えていないけど、熱に浮かされたような感覚のまま、金沢八景まで帰った。少しでも油断すると涙が零れそうで、こらえるのに必死だった。
そうして、布団に潜って眠りに落ちるまで、熱は冷めなかった。
主はBUMP好きです。
一応主人公のスペック
名前 蒼井柊斗
身長 177cm
体重 61kg
ギターは星歌さんに会ったときからずっと続けてるので
ギターヒーローモードのぼっちちゃんぐらい上手い
飛び抜けてイケメンというわけではないが、顔面偏差値は高め
星歌さんに脳を焼かれた
追記:誤字修正しました。ご指摘ありがとうございました。