あのギタリストのように   作:サワベ

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本当にありがとうございます!


鉄は熱いうちに

アラームが鳴る前に目が覚めた。

重い瞼を擦りながら、枕元に置いてあるスマホの時計を見る。

画面は午前4時を表示している。いくら登校に2時間かかるとはいえ、起きるにはいささか早い時間だった。

二度寝してしまおうか。そんな思考が一瞬頭をよぎるが、たまには早起きするのもありかな、と思ったので、起きることにする。

一階に降りて、今日分の弁当を作るためキッチンに立つ。

予め分けてもらってある昨日の夕飯の残りや冷凍食品などを弁当箱に詰め込んでいく。

その最中、ふと、昨日の出来事が頭をよぎった。

昨日―――憧れの存在の人と再会した。

8年越しだというのに、向こうは自分の音を覚えていてくれていた。蒼井にとって、それだけで充分奇跡だった。

 

『伊地知星歌』

 

この名前が、頭から離れない。

思い出すたび、体が熱くなってどうしようもなくなる。

白米を二段目の弁当箱に詰め終わった後、リビングに置きっぱにしていたギターに目を向ける。

 

―――早く話がしたい。

 

はやる気持ちに急かされるように準備を終え、学校の鞄とギターを担いで家を出た。

初夏の朝、東の地平線は薄く赤色に染まっている。

自然と綻ぶ口元を引き締めつつ、学校への道を急いだ。

 

 

 

 

―――やっと、帰りのホームルーム終了のチャイムが鳴った。

クラスメイトが騒がしくなるのを待たずに、教室を飛び出す。

靴を履き替えて、スターリーまでの道を走る。時々恥ずかしくなって歩いて、でも早く行きたくて、脇目も振らず走る。

 

「ねぇ、あれ」

「あれ?あの人昨日の……」

 

自分を追う二人の影に気づかないほど、急いだ。

 

 

 

 

 

スターリーの前に着いた時には、もう息も絶え絶えになっていた。

早く、早く。そう思ってドアノブに手をかけて―――

急に冷静になった。そういえば、自分はお客さん。チケットを買わないことには中へ入れない。

ここまで来て、1時間位待つ。それは今の自分にとって耐え難いことだ。

どうするか、もう入ってしまおうか。知り合いって言ったら行けるだろ。

そう思い、ドアノブを思い切り引っ張ろうとしたところ――

 

「やっぱり、昨日来てた人だよね!」

 

青髪と金髪の女子高生に声を掛けられた。

その後ろには昨日ぶつかったピンクジャージの子も控えていた。

 

 

 

「それでは第一回結束バンドメンバーミーティング開催しまーす!

拍手!パチパチパチパチ〜」

ライブハウスに元気のある声が響く。この人たちのお陰で、すぐライブハウスに入れてもらえた。

星歌さんは用事か何かで居ないようだったが。

そこまではいい。なぜか自分もミーティングに参加する流れになってしまった。

バンドメンバーではない、ましてや初対面の人を話の輪の中に入れられるとかすごいコミュ力だな、と、一周回って感服した。

 

「じゃあ本題行く前に、自己紹介お願い!」

「あっ蒼井柊斗です。下北沢高校2年生です。」

「やっぱり下高の人だったんだ〜!ていうか同い年じゃん!

私伊地知虹夏!よろしくね~」

 

この人下高だったのか。存じ上げなかった。

というより伊地知さんか。妹いたんだな。

道理で雰囲気が似ているわけだ、と一人納得している間にも会話は進んでいく。

 

「こっちはベースの山田リョウで、この子は後藤ひとりちゃん!

ぼっちちゃんって呼んであげて~」

「ん、よろしく」

「あっぼ、ぼっちです……へへ…」

 

……ぼっちというあだ名、本人は嫌がっていないのだろうか。

 

「そういやぼっちちゃん秀華高でしょ?二人とも家この辺なの?」

「あっいえ片道2時間で……」

「俺もそうです」

「「えっなんで?」」

「高校は誰も自分の過去を知らないところに行きたくて………」

「理由が暗すぎる……」

「自分はなんとなく……下高賢いんで」

 

あなたのお姉さんに会えないかなとか思ってました、なんて言ったらどう思われるかは想像に難くないので、その場しのぎで取り繕う。

 

「………」

 

リョウさんが横目でこちらを見ている。しかし、虹夏さんが次の話を始めたので、そんなことはどうでも良くなった。

 

「次はボーカル入れてライブやりたいんだよね~。

ほんとは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど……あっぼっちちゃんは――」

 

そう聞いた瞬間、後藤さんがわかりやすくげんなりした。

そんなに嫌なのか。

 

「だよね~……蒼井くんは?」

「俺はあんまり歌える気がしないので……」

「そっかぁ……」

「あの………リョウさんは……?」

「フロントマンまでしたら私のワンマンになってバンドを潰してしまう……」

 

どっからその自信が出てくるのかわからない。

そんな感じで、それからしばらくやいやいと話をした。

好きな音楽のこと。ノルマのこと。バイトのこと。

バイトに関しては、人手は多いほうがいいだろうということで蒼井も参加することになった。

蒼井は内心ほっとした。これでこのライブハウスに来る口実が出来たからである。

やましい考えではあるが、しょうがないよな、だって会いたいんだもん、と、誰に向けた言い訳がわからない言い訳をする。

 

そんなことをしているうちに、時計はもう7時半を回っている。

話したいことは大体話し合えたようで、今日は解散ということになった。

あっという間だったな。そう思いながら帰り支度をしていると―――

 

「ねぇ、ちょっといい」

 

リョウさんに呼び止められた。

 

 

二人でスタジオの椅子に腰掛け、向かい合う。

 

「あのさ、学校の話の時、嘘ついたよね。なんで」

「え」

 

突然言われたことがすっと頭に入ってこなくて、一瞬混乱する。

嘘がバレた。そんなに表情に出ていたのだろうか。

 

「2時間かけてこっちに来てる理由、他にあるんでしょ」

「………このことは、誰にも言わないでください」

「うん、言わない。私は口が堅い」

 

そこから洗いざらいすべて話した。

星歌さんが自分の憧れだということ。

小さい時、ギターを教えてもらっていたこと。

それが動機で、ずっとギターを続けてきたこと。

東京に出れば、どこかで会えるかもしれないと思い、下高に入ったこと。その全てを話した。

 

「気持ち悪いですよね……ほぼストーカーですよ…」

「うん、そうだね」

「………」

「でも、その気持ちは捨てたらだめだと思う」

「………っ」

「だって、その気持ち一本でここまでギターとか頑張ってきたんでしょ。それだけ頑張れるなら、その気持ちは本物だよ」

 

―――ここでバイトさせてもらえる事になったときからつっかえていた罪悪感が、その言葉ですうっと消えていく。

どんな動機であれ、ここにいていいんだと、そう言われているようで嬉しかった。

 

「……リョウさん」

「ん」

「これから、よろしくお願いします」

「うん、よろしく。これから私達マブだね」

「ちょっと気が早くないですかね」

 

そう言いながら、二人で静かに笑う。

音にならない笑い声が、スタジオに響いては消えていく。

と、その時。

 

「おい何やってんだ、もう遅いんだからそろそろ帰れよ。

蒼井は時間かかるんだから尚更」

 

そう言いながら、星歌さんがスタジオに顔を覗かせた。

どうやら用事が済んだようで、帰ってきたらしい。

 

「はーい」

「あっすいません」

 

そう言って、二人がそれぞれの荷物を担ぐ。

 

「あの、星歌さん」

「んぁ?」

「……明日も、来ていいですか」

 

思わず聞いてしまう。いや、違う。今、聞いておきたかった。

 

「……ここでは店長と呼べ…」

「あ……すいません」

「………いいよ、いつでも来な」

「………っ、ありがとうございます!」

 

いつでも来ていい。その言葉が嬉しくてたまらない。

じゃあ行きたいときに行こう。あわよくばギター教えてもらおう。そう思いながらリョウさんに別れを告げ、ライブハウスを出ようとする。

 

「待って」

 

ライブハウスを出たところで、星歌さんに呼び止められた。

 

「その……二人のときなら、名前でいいから…」

「……ほんとですか」

 

そう言うと、星歌さんは恥ずかしそうに顔を背けながらうなづく。そのあと、

 

「ほら、帰った帰った!家まで時間掛かんだろ!」

「はい。おやすみなさい、星歌さん」

「……っ、ああ、またな、蒼井」

 

 

 

初夏のまだ少し肌寒い夜風が、すっかり熱くなった蒼井の顔を吹き抜けていった。




読んでいただきありがとうございました。
そろそろテスト期間なので投稿間隔開くかもしれません、ごめんなさい。
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