物理滅ぶべし。
スターリーに通う生活が始まった。
バイトは来週からという話だが、自発的に足を運び、店を手伝い、他のバンドの邪魔にならないようにギターを弾いた。
手伝いをし、ギターを弾き、星歌さんたちと話す。
今までの生活では考えられない充実した一週間を過ごし、バイト初日を迎えた。
いつものように準備を終え、駅までの道を歩いていると、どこかげんなりした様子のピンクジャージの子を見つけた。
確か後藤さんだったかな、と思いながら声を掛ける。
「おはよう後藤さん」
「うぇぁ!?……あっおはようございます……」
「今日からバイトだな。頑張ろ」
「ウッ」
そう言うと一層顔を青くする。そんなにバイト嫌か。
なんか体が軽く溶けている。
「ま、まあまあ、バイトに関しては俺も手助けするしさ、そんな心配すること無いと思うよ」
「…お客様に不快感を与えたで賞で死刑………」
「なんでそうなるんだ」
おおよそバンドをやろうとする人間とは思えないほどネガティブである。
そんなこんなで駅に到着、電車に乗り込む。
この間、二人の間に会話は無かった。
((き、気まずい……!))
そんなことを思っていても、話題の一つすら浮かばず、下北沢についてしまった。ここからは別々の方面へ行かなければならない。
「あっあの!!」
唐突に、後藤さんが話しかけてくる。
「き、今日のバイト、ン頑張るので、よろしくお願いします!」
どもりつつ、そう伝えてきた。
本人はとてつもない勇気を振り絞って言ったのだろう。こちらも応えなければならない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
学校が終わった。
最近学校が終わるのがとてつもなく遅い気がする。楽しみな事があるとこんなにも時間が経つのが待ち遠しくなるのか。
ともかく早くスターリーへ行こう。そう思って昇降口ヘ歩いていると――
「やっほー蒼井くん!」
後ろから虹夏さんに話しかけられた。リョウさんもいる。
「お疲れさまです」
「相変わらず他人行儀だね~蒼井くんは。タメ口でいいのに」
「なかなかタメ口で話すの慣れなくて…」
「私にはタメ口なのにね」
「えっそうなの!?」
「リョウさんはいいかなって」
「どういう基準!?」
「私達マブだから」
いつの間に仲良くなったの、と言う虹夏さんを横目に、スターリーへの道を歩く。
仲良くなった人と共に目的地へ歩く。こんな生活は、中学に上がってから経験できなかったことだ。
やいやいと話をしながら歩いていると、いつの間にかスターリーに着いていた。
中に入ってみると、何やら星歌さんと後藤さんが話をしているようだった。
「そういやこの前ライブでギターやってた子じゃん。名前は確か……マンゴー仮面」
自分のことといい、星歌さんは記憶力がいいようだ。あの日の段ボールのことと合わせて、後藤さんの事を覚えている。
というより、その名前の付け方はどうなんだ―――
「ま、まままマンゴー仮面です!!」
「そんな名前じゃないでしょ!」
そういや後藤さん、あだ名なら何でもいい感じの人だった。嬉しそうな雰囲気がこちらにも伝わる。
その後はバイトの仕事を確認した。大雑把に、力仕事系は自分、カウンターなどの仕事は後藤さんと虹夏さん、受付にリョウさんということになった。
自分が机を運び、床掃除を始めようとした時、カウンターからギターの音が聞こえて来る。
「カクテルは〜、棚右端から〜………」
どうやら後藤さんが配置を歌にして覚えようとしているらしい。
いい試みじゃないかな、と思うと同時に、あることに気づいた。
思わず星歌さんに近づいて確認を取る。
「あの、後藤さんってあんなにギター上手かったですか?」
「……いや、前は全然……」
やっぱりそうだ。後藤さん、ギターが上手い。前のライブの出来とは全く違う、キレキレの音である。
「……とりあえずあいつら止めてくる」
「あっはい」
そう言うと星歌さんは二人のもとに近づいていき、なぜか虹夏さんだけに頭にチョップした。なんで虹夏さんだけ?
とりあえず手を動かそう。そう思い、再度自分の仕事に集中した。
そんなこんなでバイトをこなし、開店の時間を迎える。掃除などの自分の仕事がなくなったので、しばらく暇になる。
ただみんなが働いているのに自分だけ何もしないのも違うと思い、受付を手伝いに行くことにする。カウンターに3人は、たぶん多い。
ドアを開けると、夜の空気が自分の顔を撫でていく。ライブハウスは少しだけ熱がこもっていたので、涼しさに思わず目を細める。
「受付、手伝いに来たよ」
「ん、ありがと」
そう言い、リョウさんの隣に腰掛ける。流石にここに二人は狭い。
「来てくれたとこ悪いけど、もうだいぶ人少ないから一人でいいよ」
「そっか。じゃあ俺は―――」
「だから私はライブ見てくる。今日のバンド有名だから」
「なんでそうなる」
「じゃよろしく」
そう言い切る前に、リョウさんは中へ入ってしまった。
身勝手な奴。そう思いながら、まばらに来るお客さんの受付をする。
しかし、しばらくするとまばらだったお客さんもめっきり来なくなってしまった。
図らずも暇になってしまったが、万が一ライブ中にお客さんが来てしまった事を考えると、カウンターに戻ることも出来ない。
しばらく暇しておくか、なんて考えていると――
「なんだ、一人だったのか。リョウと代わりに来たのに」
星歌さんが外に出てきた。どうやらリョウさんと代わるつもりだったようだ。
「まあいいや。暇してるんなら話し相手になってやる」
「あっありがとうございます」
気を遣わせてしまったかな、と思いつつ、星歌さんと話すのは楽しいのでお言葉に甘えることにする。
「そういや、蒼井は今まで何してたの?」
「あー…ずーっとギター弾いてました」
「えっそんだけ?他になんかやってこなかったの?」
「……ほんとに何もやってないです。ただの一つも。お陰で友達がいなくなりました」
「………そ、そっかぁ」
なんて声を掛ければ、という顔をしている。当然だ。こんなことを言われてうろたえるなという方が無理がある。
「でも、最近は虹夏さんとかリョウさんに仲良くしてもらってて……その、凄く充実してるなぁ、って思います」
「……そうか」
そう言うと、星歌さんは少し安心したような顔になる。
そんな感じで、話を進めていく。やはり星歌さんと話すのは楽しい。
「そうだ。ギター、ずいぶん上手くなったな。ほんとにずっと練習してたんだな」
「……あざっす」
思わず口角が上がる。憧れの人から褒められることほど嬉しいことはない。
「8年か。よく続けられたな」
「はい。ギター好きなんで」
「そうか。そりゃよかった」
「………あと、いつか星歌さんと一緒にギター弾きたいと思ってて……その時までに、上手くなってないとって思って……」
言い終わってから、自分がどれだけ恥ずかしい事を言っているか気づいた。
しまった、口走った。とにかく何か言わないと――
「変、ですよね……会える保証もないのに、いつかまたって思い続けるの……忘れてくださ――」
ぽす、と頭に星歌さんの手が乗った。掌の温もりが頭に伝わる。
ふと、昔よくこうしてもらっていたことを思い出した。
「……店長さ――」
「二人のときは星歌でいいって言ったろ……」
「……っ、はい………」
ちょっと顔を赤くしながら、星歌さんはそう言った。
そして、
「……ギター見てほしかったらいつでも言えよ。時間があったら付き合ってやるからさ」
「…ありがとうございます」
「……しっかし」
頭をわしゃわしゃと撫でながら、星歌さんは言った。
「大きく、なったな」
その言葉は二人以外に聞かれることなく、深い夜に溶けて消えた。
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