子供のジェターク兄弟がベネリットグループ主催のお祭りでドミニコス隊のMSに乗せてもらうお話です。ケナンジ隊長に憧れるグエルとラウダ。

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夢飛行

 風で舞い上がったいろ紙が吹雪のように飛散して目の前で渦となり消えていく。賑やかな音楽が鳴り響いて賑わうこの場所では、形とりどりのモールや風船が飾られたブースが燦然と立ち並び訪れる人が日常を忘れて時を過ごすイベントが開催されていた。

 その賑やかさに色めき立つ参加者は足取り軽く道を進み、時折その歩みを止めてパレードを眺めたかと思えば小腹を満たすために食べ物を手に入れてその楽しさを分かち合う。そんな誰もが浮かれて心湧かせるイベント会場、その片隅に置かれたベンチに子供が2人暇を持て余した様にぼんやりとただ無気力に過ごしていた。

 彼らの目に否応なく映り込むのは同じ年頃の子どもたちが親に連れられ遊びに興じるその姿。本来ならばこの兄弟も他の参加者同様楽しみ浮かれて過ごす筈であったのに、メイン会場から離れた場所で大人しくしているよう言いつけられ随分と長い間放っておかれてしまっていた。

 グエルはご機嫌取りで買い与えられたアイスクリームをちびちび舐めながら待ちぼうけ、賑わう祭りの空気をヒリヒリと感じながら遠くの方ではしゃぐ親子連れを羨ましく見つめている。楽しそうな姿を自分たちに重ねて想像してみてもそれは考えるだけ虚しく、ますます世界から取り残されているような感覚を増して惨めな気持ちにさせられるだけであった。

 ここに連れてきてくれた父親は先程からある取引先の重役と何事かを夢中になって話し込んでいた。時折聞こえる彼の甲高い声は愛想笑いを含んで空虚に響き、中身に何の面白みもない事が容易に伺える。

——今日はずっと一緒にいて好きなところに連れてってくれるって約束だったのに。

 ちらりと横並びに座るラウダをみるとやはり同じように俯いて退屈そうな顔で地面を見つめているだけだった。手に持つアイスクリームが溶けかけている事にもまるで興味を示さず落胆した様に項垂れている。

 それをみたグエルの胸中はさらに怒りを増した。久しぶりに家族で遊びに出かける約束を何日も前から取り付けていた。眠たくても早起きをして準備して今日はずっと3人で過ごせると期待していたのに。何でも好きなことをしていいという言葉を信じ指折り数えてこの日を待っていたのに。そんな自分たちを差し置いて割り込みしてきた見知らぬおじさんがその父親を奪い連れ去った。

 子供ながらに【取引先の偉い人】というのが大人の仕事や自分の家のために大切であることは分かっている。でもこんな時くらいは【大事な話】や【重要な案件】を忘れてくれてもいいんじゃないか。もう何度こんな思いをしたことだろうと悔しさに唇を噛み締めて、鈍い痛みに耐えながらその手を握りしめた。

 しかし仕方がないかと深いため息を吐いたグエルは諦めたようにズボンのポケットからゲーム用端末を取り出した。このプラントへ移動してくるまでの間散々やり尽くした携帯型のゲーム機。これでまたラウダと一緒に宇宙海賊をやっつけにいこう。こうなってしまったらもう自分たちとの約束は白紙にされ全ての予定は後回し。別にこんな事は慣れっこで自分は兄貴だからラウダまで悲しませる訳にいかないと、隣にいる弟に声をかけようとしたところ。

 

「兄さん、あれ」

 

 さっきから足元で舞い散る紙吹雪を呆然と眺めていたラウダが風に揺れる何かを指し示す。

 

「あのチラシにドミニコス隊のマークが」

 

 グエルは言われてそれをよく見ようと身体を前のめりにした。紙吹雪はイベントを盛り上げるために撒かれたものではなかったのか。乾いた音をたてながら右や左に遊ぶ紙にはラウダの言う通りの印がはっきりと描かれていた。魔女狩りの異名を持ち精鋭と名を馳せる憧れのドミニコス隊。見間違えるわけがないその隊章が輝くように2人を導き希望を灯す。

 その紙に一体どんなことが書いてあるのだろうと期待に満ちたグエルとラウダは互いを見つめ合った。イベントの喧騒は背中で感じるままだったが嬉しさに占められた胸中でさっきまでのしぼんでいた気持ちはずっと小さくなり吹き飛んでしまっている。2人は嬉しさで弾けるようにベンチから飛び上がり、そのままチラシを追って駆け出していった。

 

夢飛行

 

 L4宙域にあるベネリットグループ本社プラントは現在入港する船の往来がピークに達し、到着ロビーには人の波が押し寄せてはでやかな賑わいを見せていた。世界的に規模の大きなこの企業の人々が忙しいのは常でありそう珍しい事ではないのだが、殊更この時期に関していえば一年のうちで最も繁忙期であるというのが社員の総意となっている。

 彼らが忙しなく準備に追われる理由は一つ、年に一度グループ総決算に向けた大々的なイベント開催のため。どこのブースも自社製品のアピールと融資の呼びかけに奔走する社員達に混じり、他社でインフラ事業を牛耳る企業の重役や議会連合の官僚クラスなど錚々たる顔ぶれが並びまさに一大行事であった。

 宙域の全てを巻き込んだそのイベントで人々は興奮に沸き返る。熱気がエネルギーとなって渦を巻くその大規模なフェスのさ中には人のいない隙間を探す方が難しい。である筈なのだがまれに人気なく寂れているエリアも存在しておりその事に頭を悩ます者が1人。

 

⭐︎ドミニコス隊主催⭐︎

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 ツートンカラーが特徴的なパイロットスーツに身を包む男性が、のぼりに大きく書かれたその文字を見つめている。ケナンジ・アベリーは自身の所属する隊によって運営されるその企画の指揮を取るため、一時任務を離れイベントの間この本社プラントへと出向していた。

 カテドラル直轄とはいえグラスレー社の融資を受けている以上、ドミニコス隊もまたグループ主催で行われるこのイベントを無視するわけにはいかず苦肉の策で編み出されたのがこの企画。

 中心部からかなり離れた場所にブースを構えざるを得ないのは、MSの搭乗体験という特殊な企画の都合上格納庫により近い場所に受付を設置しなければならないから・・というのは建前で、ただ企画の提出が遅れに遅れなんとか計画がまとまってきた時には出店するのにあらかたいい場所は取り尽くされてしまっていた。そのため自分たちに与えられたのはプラントの端の端にある一角。どうにか目立たせようとのぼりをあつらえてみたりもしたが人の往来など皆無のそこはとにかく場所が悪い。彼は腕組みをして首を傾げ、先行き不安なこの状態を打破すべく何かいい方法はないものかと思案していた。

 

「隊長、ハイングラ準備できました」

「サンキュー!」

 

 背後から声をかけられたケナンジは振り返り、斜めに流した前髪をふわりとなびかせた。先ほどまでの憂いた顔は見せないように努め報告してきた若者の肩をポンと叩く。同じデザインのパイロットスーツに身を包んだその隊員は企画の手伝いに駆り出した自分の部下だ。彼は紙の束をケナンジへと手渡して確認を求めた。

 大きく目立つ様に隊のマークが描かれたそのチラシにはドミニコス隊に体験入隊してMSを操縦してみようという趣旨の事が記載されている。ケナンジがザッと内容に目を通している横で閑古鳥の鳴く自分たちのブースに目をやった先ほどの隊員はポツリと呟いた。

 

「大丈夫なんですかね、この企画」

 

 ケナンジの陽気さと裏腹に部下は複雑そうな顔をしていたが彼はその言葉を聞き逃さない。

 

「未来の隊員を勧誘つつ、ついでに親の財布からは資金援助をいただく。しっかり成功させて俺たちのボーナスも弾んでもらおうかな」

 

 そう言いながら笑いかけるとその隊員はつられて少し笑顔を見せた。2人はチリひとつなく掃除され真っ白に光る廊下を進みビラ配りをするべく人の多いイベントの中心部へと向かう。

 

「人を集めるのにどうしましょうか」

「新型の展示場付近でビラを巻いてみよう。ああいう所にいるのは大抵MSの操縦に興味を持っているお子様たちだ」

 

 ケナンジはヒラヒラと手を振り軽い口調で明るく答えるが、対照的に苦々しげな顔をする隊員は重苦しく口を開いた。

 

「秩序の為に武器を持って戦っている俺たちに、自分で寄付を集めろなんてそんな酷い話があるんですかね」

 

 先程から乗り気でない様子の彼は尖らせた唇から不満の言葉を漏らす。言い分はわかるのだ。生真面目に辛い訓練に耐え平和を維持する自分たちは縁の下の力持ち。普段は誰もがその存在を忘れているものだが居なくなってしまえば途端に世界は混乱してしまうだろう。それならばせめて訓練と任務にだけ集中させてくれればいいものの、利益第一の企業様は実動部隊の我々にまでこんなイベントの賑やかしに駆り出してくる。ケナンジは部下のその姿に苦笑いしながらも宥めるようにして答えた。

 

「幹部連中は別に俺たちが他の企業同様に資金を集められるなんて思っちゃいないさ。折角のイベントだからこういうのは楽しんだもの勝ちで、気楽にやればいいんだよ」

「アクロバット飛行や公開演習をした方が人は集まるんじゃないかと思いましたが、それをするには人手も足りませんしね」

 

 それを聞いて密かに眉根を寄せたケナンジは一瞬口ごもり返答に窮したが、すぐ普段通りに軽く躱した。

 

「まあ派手に各企業が新型MSお披露目飛行をするんだから全部食われるだろうな。だったら本物のMSに乗り込んで操縦できた方が面白い筈だ」

 

 実のところアクロバット飛行なんて1番最初に思いついて企画を持っていったわけだったが、本気の各企業開発部門に軒並みプラント内の演習場は押さえられてしまっていたのだ。しかしこの隊員にそんな事を話せるわけがない。それを誤魔化すために自信満々を装ってこの企画を先導している訳だったが、当の彼も雲行きの怪しいこのプランに対して一抹どころではない不安を抱いているのであった。

 

 あらかたビラを配り終わって受付へ戻る。ケナンジはテーブルに手をついて折りたたみ式の簡易な椅子に腰を下ろしたと同時に大きなため息を吐いた。

 チラシを受け取って企画を見た人々の反応は惨憺たるもので『怖い』『難しそう』『場所が遠いし』『うちの子を戦争に巻き込まないで』などといった言葉と共に冷ややかな視線を向けられて憔悴する結果となった。

 配布したチラシは手にとってポケットに仕舞われればまだいい方。目の前でどんどん捨てられたそれは投げられ風に舞って空を飛び、会場を盛り上げるただの大きな紙吹雪となった。自分たちに知名度が無いのは平和な証拠、MSがどんなものだかよく知らないままに時を過ごす方がずっと良い人生であるに決まっている。

 両手で頬杖をついて1人、ぼんやりと白い天井を眺めて過ごした。秩序維持、不正を正す、平和の礎、隊の矜持が頭を巡る。この仕事をしてみて分かったのは自分にデスクワークは向いてないという事くらい。じっと座っていようにも落ち着かず投げ出した脚を子供のようにばたつかせ、1人孤独に退屈な時が過ぎるのを待っている。同じくこの企画に参加する部下には詰所で待機を命じて本当に良かった。この大失敗な空気を2人並んで分かち合うなんて気まずいどころの騒ぎじゃない。こんな事なら無理にでもアクロバット飛行開催の方がまだ楽しかったかもね、と惨めさは鼻で笑って誤魔化しながらもうサボって屋台に美味いものでも調達しにいこうかなんて考えていた矢先のこと。

 ケナンジは人の足音に勘付いた。それは遠く廊下の向こうから近づいてきて静かな廊下に軽快に響く。自分1人しかいない筈だったのだからその物音で誰か訪れたのかと予想してそちらに意識を向けていると、しばらくして角から顔を覗かせたのはあどけない表情をした子供。茶色の癖っ毛が特徴的なその子はこちらをじっと見て何やら様子を伺っていた。もしかしたら迷子かもしれない、と思い声をかけるのを躊躇っているとその子はブース横ののぼりを見つめてからぱっと笑顔を見せ、きた道を勢いよく戻っていく。

 

「父さーん!ラウダー!ここにあったよ!」

 

 姿はまだ見えぬ連れに居場所を知らせるためだろう、廊下の端に向かって大声を上げた。後ろから追いついてくる人物が他にもいる様だ。

 続いて現れたのは子供がもう1人とその親だ。その顔には見覚えがあった。ジェターク社CEOのヴィム。なんとグループ内でも有数企業の社長とそのお子様がこんな辺境まで足を運んできたというのだ。ケナンジは椅子から立ち上がって彼らを迎えた。

 

「ジェタークCEOじゃないですか、ご子息達といらしてたんですね」

「ああ、今日は家族サービスだ」

 

 無愛想にそう告げるヴィムの側には彼の息子であろう男児が2人。こちらを見ながらもじもじと緊張する様子の子供達にニコリと笑顔を向けてみたが、髪の黒い方はサッと父親の影に隠れて引っ込んでしまった。

 

「息子のグエルとラウダだ。コイツらがどうしてもやりたいといって聞かん」

 

 彼らは先ほどまで自分たちが配っていたビラを持っていた。飛んで落ちて誰かに踏まれ一度はクシャクシャになった紙を2人でよく伸ばしてくれたのか。ボロ紙同然となっていたそれを大事そうに抱えている。

 

「もしかして、MSに乗りにきてくれたの?」

「はい!」

 

 間髪入れずに返事をしたのはさっき1番に顔を覗かせていた子。綻ばせた表情を向けて嬉しくてたまらないという様子を隠しきれない。父親はその姿をみてムッと顔をしかめグエルの髪をクシャクシャに乱した。

 

「こいつめ他社のMSに乗りたがるなんて」

「えへへ・・」

 

 ケナンジはその様子を眺めて思わず苦笑いをした。

 

「それなら二人お預かりしますね。よければ寄付をしていただけると助かりますが」

 

 期待はしないが机の上の端末をトントン叩いておねだりしてみると、その一言でヴィムはますます不快そうな顔をした。

 

「グラスレーの息のかかった部隊に払ってやる金はない」

 

 フンと鼻息を荒くして吐き捨てる様にそう答える。ですよねえ、と愛想笑いをしたケナンジはヴィムに誓約書を手渡すと、彼はそれに荒くサインをし押し付ける様にしてまた戻した。

 当てが外れた、寄りにもよってこの家族かと内心は気が滅入る。

 CEOは随分と機嫌が悪くヘソが曲がっているご様子だ。それもその筈、大事な息子達は自社ではなくライバル企業のMSに乗りたいと所望されている。堅牢なMS開発で世界にその名を轟かせるジェターク社の御曹司ともなればMS位いくらも乗り放題。ましてヴィムは自身もパイロットとして卓越した人物であるのだから、自分が操縦して乗せてやればいい訳だ。当然釈然としない気持ちが湧き出てくるのだろう。

 しかし何故だかこんな不名誉極まりない我儘を許し、彼は子供達をここへ連れてきた。

 息子2人の背格好は同じくらいであまり年は離れていない印象を受ける。しかし性格はまるで違うようで、1人はそわそわと落ち着きなく周囲を見渡し、もう1人は父の側を離れず警戒心が強そうだ。

 

「行きたいならいってこい」

「父さんありがとう!ラウダ、行こう!」

 

 活発な方が内気な方の手を取って2人仲良く近づいてきた。自分たちがその辺でばら撒きゴミ同然に捨てられていたチラシを握りしめて期待に満ちた表情をしている。彼らは父親の憤りなど子供らしいその無邪気さで気にしてはいない様子。CEOの機嫌を損ねる事になるのは多少気掛かりとはいえるが、2人の嬉しそうな顔をみれば企画を立てた甲斐があるものだと先程まで感じていた辛気さもどこかへと消し飛んでいた。

 

 格納庫までの長い廊下は天井までガラス張りの開放的な作りになっている。果てまで続く宇宙空間が頭上に広がるその道をノーマルスーツに着替えた兄弟と共に進み搭乗するMSの待つエリアへと向かった。

 

「基本的な操縦技術をマスターして操作に慣れてきたら武器の換装。ライフルにサーベル、シールドにはバルカンが搭載されているから、全部一つずつ試してシミュレーションしてみようね」

 

 オリエンテーションがてら軽い説明や注意事項を伝えると2人は熱心に話を聞いていたが、ふと外を見たグエルが興奮しながら何かを指差した。

 

「ラウダ見て、演習に使うダミーの敵機だ!それとあそこの横にあるのはカタパルト射出口ですか?ユリシーズはさすがに見えないかな」

 

 その様子を見てケナンジはへぇーと感心し、「よく知っているね」そういって褒めるとグエルは振り返り得意げな顔を見せて笑う。

 

「俺、ドミニコス隊の公開演習の動画何度も見ていて。ケナンジ隊長の事も知ってます!」

 

 突然そんな事を言われて思わずぎくりと身を震わせ「そうなの?」と動揺を隠せない。そういえば何年か前に広報が作ったPR動画に出演した事があったか。少しの気恥ずかしさを覚えながらどんな内容だったかと思い出そうとしてみたがそんな事は気にも留めずにグエルは話を続ける。

 

「べギルべウはワンオフ機ですが、ドミニコスに配備されているハインシリーズとは操作性から根本的に違うんですか?パイロットはどうして乗り慣れていない機体でも上手く扱うことができるんだろう。会社によっての違いも教えてもらいたいんだけどそもそもうちのMSとグラスレーでは・・」

 

 聞きたいことが山ほどある様子の彼に何から説明すればいいのやら、顎に指を当て悩んでいると横のラウダが楽しそうに笑った。

 

「兄さん、ケナンジ隊長が困っているよ」

 

 静かな声でそう伝えるが彼もまた先ほどまでの緊張はいくらか和らいだようで表情穏やかに兄の嬉しそうな顔を見つめていた。

 

「だって本物の実戦してるパイロットに色々聞きたいじゃん!あっでもこれ言ったの父さんには内緒にして!」

 

 そうか、この2人はただMSに乗りたかった訳じゃない。自分たちに憧れる彼らは拾ったチラシに書かれた体験入隊という言葉に心惹かれ、ここに来るために頑固な父親を説得した。そして屋台で売られる美味しそうな食べ物になんて目もくれずここに来てくれたというわけ。仲良くじゃれあう兄弟の姿に気持ちが和み、健気な事だと微笑ましく思わず目を細めた。

 そうこうしている内に移動用の稼働ベルトは終点を迎えMS格納庫の入口へ到着した。だだっ広い空間が広がるその場所には整備を終えたMSが整然と並びスタンバイに入っている。

 機械油の匂いが充満し整備兵たちの話し声が聞こえるその中を、兄弟たちは言いつけ通りケナンジの後ろを離れぬ様付いてきた。

 

「さあ、今日君たちが操縦する機体。ハイングラだ」

 

 紫色のグローブをつけたその手を広げて機体を紹介する。この日の為ピカピカに磨かれたそのMSは装備を整えて静かに出撃の時を待っていた。

 実のところ世代交代を迎えつつあるこの機体は今はもう実戦投入する頻度も少なくなってきているのだが、軽やかな機動性とベーシックな操作感を持ち合わせているこのMSは体験機とするには申し分のない性能だ。

 最新型でなくてガッカリするかな?と多少気掛かりではあったが、そんな心配は杞憂に終わる。これから自分たちが乗り操るMSを見上げた彼らはわあ!と歓声を上げてはしゃぎ、それまで抑えていた興奮を身体いっぱいに表現して喜んだ。

 控えの部屋から部下が来て合流し、1人に対しMS1機と隊員が1人つく。改めて採算度外視、随分豪華な企画だと自賛するがあまりに需要がないのではこうなる事も当然か、とこの2人がきてくれた事には重ねて感謝を表する。

 

「じゃあ、バディを組もうか」

 

 ケナンジがそういうとグエルとラウダは顔を見合わせた。先ほどまで仲良くしていた2人が急によそよそしくなってお互い遠慮するようにもじもじと口ごもってしまう。どうしたのかと様子を伺っていると、珍しく兄を置いてラウダの方が先にグエルに向かって言葉を発した。

 

「兄さんがケナンジ隊長と乗ったらいいよ!」

 

 もう1人の隊員と何事かと顔を見合わせたのだがそれを聞いて部下はニヤリと笑いそういう事かと納得していた。何の話か分からず困惑した顔をするケナンジに彼はこっそり耳打ちした。

(2人とも隊長と乗りたいんですよ)

 なるほど、ドミニコスのPR動画に出演し多少の腕を見せた自分はこの2人の間では有名人となっていたわけか。

 しかし身体は2つないものだから同時に願いを叶えてやることはできない。どうするものかと見守っていると、グエルはラウダの言葉を聞いて少し心が揺れ動いた様な表情をした。しかし頭を振ってその申し出は受け入れられないとキッパリ断り別の提案をする。

 

「ラウダ、じゃんけんだ。勝った方が——」

 

 

 18mの全長があるMSのコックピットまで人の力だけでは到底届かない。無重力ならばまだしも、重力下では安全に搭乗できるよう足場が設けられ大抵はそれに乗ってMSハッチまで赴くことになっていた。

 グエルはパーにした自分の右手をみながらケナンジの横で口元を緩めている。バディを組んだ2人組はそれぞれのMSに搭乗するため分かれて専用の移動式足場に乗り込んだ。獲得のじゃんけんに負けてしまったラウダだったが、優しく迎え入れてくれた部下のおかげでその表情は明るくこちらに向かって楽しそうに手を振っていた。

 開いたハッチからするりと身体を差入れてまず自分がコックピットに乗り込みシートに着く。バイザー越しにもわかる程ワクワクした顔で覗き込むグエルに「さあどうぞ」と声をかけると遠慮なく膝に飛び乗ってきた。背中のフックにセーフティーベルトを繋ぎ、MSを起動すると滑らかにコックピットのハッチが閉じていく。内部に鈍い光が次々と灯りシステムを立ち上げながら各箇所に異常がないかを確認、出撃許可が出るまでの待機時間でさっきのグエルの質問や細かい機能の説明を行った。

 

「MSの操作に関して各社様々とはいえ根本的な理論はどこも同じだから、ベースの操作技術が自分に叩き込まれていれば急に他のMSに乗ろうともそう困惑することはないかな。機によって突出した機能があればもちろん練習したりもするけどまずは量産機で基本的な技術を磨いていく事が大切だと思うよ」

 

 プラントから外宇宙へ続くカタパルトの射出口内で待つ間、コックピットの全周囲モニターに投影されているのは冷たく無機質な暗い壁。一般人向けに作られているわけではないため外に出るまでは明かりも乏しい狭い空間で待機を余儀なくされるわけだが、子供ながらに怖がることもなくグエルは膝の上で熱心に話を聞いていた。

 

『システムオールグリーン。1号機発進許可、射出します』

 

 無線の向こうから管制官の抑揚ない声が聞こえた。カウントダウンをゼロまで聞いたのちカタパルトが作動して身体全体がシートに押し付けられる様な感覚に襲われる。その3秒後には強いGから解放されて2人の乗ったハイングラはあっという間、瞬く星が絨毯の様に広がる宇宙空間へと放り出された。

 射出後すぐにケナンジはサブスラスターで姿勢を制御、プラントの壁に沿うように機体を翻してメインスラスターを噴かしスピードを上げていった。その後部下の機体が追いついて共に火器使用許可の降りているエリアへと向かう。

 先程プラントの移動廊下から見えたその場所は宇宙空間での演習や機体テストを想定し通常船舶などは立ち入りが許されていない。しかもイベント開催中の現在我々以外にこんな辺鄙な所でMSの演習をしようなどと思う輩はおらず、故に貸切状態まさに好き放題遊び回るにはうってつけである。

 子供ながらにグエルはMSの扱いに関しては初心者という域を超えていた。ほとんどの基本操作は熟知しており飛び回る位ならばそこらにいる乗り初めの訓練生を凌ぐ程の実力をみせてくる。こうなるとただ宙を漂うだけは物足りないだろうと判断して、早々にモデルを使った演習体験に移ることにした。

 さあここからは当企画のメインイベント。実際に銃火器を扱えるMS操縦体験などそうは無い。ケナンジは軽々と機体を操り狙撃されるために立ち並ぶダミー敵機を目の前にして座標を合わせた。武器の換装の方法や構え方、切り替えについての説明に関してもグエルは驚くほどに理解が早い。

 早速火器管制を切り替えてハイングラのライフルを選択。言われた通りに照準を合わせ的に向かってビームを撃つとそれは殆どが中心部を捉えて敵機の主要部を破壊した。勿論姿勢制御など細かいことは請け負って射撃だけに集中させてはいたのだが子供ながらにそのセンスは感心する程のものである。すぐにサーベルへ持ち替えてとどめの近接戦、タイミングを合わせてその剣を振るう。飛び上がって勢いをつけ、その質量を上乗せした威力の高い攻撃で激突されたダミー敵機は真空の宇宙空間でその音こそ聴こえてはこないものの、バリバリと鉄が溶けていく振動とサーベルの閃光が機体にダイレクトに届き軋みとなって響き渡った。コックピット内で熱となって感じる事はないがその大きな衝撃に驚き怖気付いたようなグエルは思わず操縦桿を握る手を緩めてしまう。微かな震えを鋭敏に感じ取ったケナンジは、そのまま機体が弾かれてしまわないようにそっと彼の手を上から包みサポートした。

 直後機体を切り抜いたサーベルの抵抗感が無くなった。簡易にあつらえたダミーである為エンジン炉が誘爆することは無いが激しく損傷した機体は真っ二つになって宙を漂う。自身が初めて撃墜出来た事を確認し顔を綻ばせたグエルにサムズアップしてその健闘を讃えると、彼は今日1番の嬉しそうな顔で喜び笑っていた。

 ラウダの搭乗する2号機も同じように敵を撃破。コツを掴んだ2人はその後も2機で共闘してダミー機を堕としたり無邪気に追いかけっこをして操縦の精度を高めていった。やってみたい事を一緒に考え仲良く試してみながら彼らは広大な宇宙空間でのびのびとその企画を堪能し、予定の時間いっぱいまで遊びまわって楽しんでくれていた。

 

 のちの詰まりがない余裕のフライトではモードを慣性飛行に切り替えてゆっくりと外宇宙の景色を楽しみ帰艦する。さすがに疲れた表情のグエルはケナンジに身体を預けてもたれかかり、コックピットの投影モニターをぼんやりと見つめていた。遠くに小さく見える青い地球の輝きが彼の瞳にキラキラ光って潤み、そこには眠気を含んでいる事が窺える。

 

「MSの操作は楽しかった?」

 

 今後のためにも忌憚なき意見をしっかり聞いておこうと声をかけると、グエルは少し考えてからポツリと呟く。

 

「撃つだけなのに振動がくるし、倒れそうになっちゃった。すごい威力なんですね。敵が近づくとちょっと怖いし」

 

 彼は操作の楽しさだけを感じた訳では無いようだ。思っていたより感性鋭いその話をケナンジは黙って聞いている。

 

「あれが当たったらたぶん痛いだろうなぁ」

「そうだね、今日君が撃ったのはダミーの機体だったけど、あー」

 

 つい口をついて出そうになってしまったその先言葉を続ける事を憚る。

——戦場では相手MSに生身の人間が乗っているんだ。

 俺は一体、子供に何を話そうとしていたんだ。エンターテインメントとしてのMS搭乗と実戦を混ぜてはいけない。

 

「どうしたんですか?」

 

 不思議そうな顔をして自分を見つめるグエルだったが誤魔化すように笑いかけた。その時管制からの無線が入り込んできて『CEOが早く帰ってこいってせっついているんだ』なんて野暮な連絡を受けとる。ケナンジは楽しい飛行もここまでかとメインエンジンを立ち上げて帰艦の準備をしながらふと、折角だから最後に何か面白い事をしてやろうと思い立った。

 

「よーし折角スピードを上げるなら仮想ビームをくるくるーって避けながらドックへ戻ろうか」

 

 悪戯っぽくそういうとケナンジはハイングラのシミュレーターモードから敵MSとの交戦を想定したコマンドを選択。コックピットの全周囲モニターが赤く光を灯し警告音が鳴り響く。仮想敵とはいえ実戦と何一つ変わらぬその緊張感にグエルが少し身を震わせたのを感じたが、これもエンターテインメントのいいスパイスだろうと気に留めはしない。

 

「しっかりつかまっていてね!」

 

 投影モニターに映された仮想敵機がライフルを向けてこちらをロックオン。そこから放たれたビームをジグザグに躱しついでにプラントの壁すれすれを飛行しながら機体を翻して2人の乗ったハイングラは格納庫への入り口へと舞い戻った。緊張と爽快感の表裏一体、まさにこれこそ普段体験できない非日常の世界。

 

「どう?面白かった?」

 

 最後の飛行も楽しんでくれたかなとグエルをチラリとみるがしかし予想に反し彼の反応は無い。まさかと思って恐る恐る覗き込んだ先にある放心した顔をみてケナンジは最後の最後で余計な失態をやらかしてしまった事を悟った。

 

「あちゃー・・・」

 

 疲労と睡眠不足がたたった少年にはその刺激は強烈すぎて、くるくる目を回し返事どころではない様子。ハイングラをハンガーに格納後、コックピットから彼を引きずり出し暫く介抱する運びとなった事は言うまでもない。

 

 

「ケナンジてめぇ覚えておけ」

「見られちゃってました?」

 

 ヴィムは移動廊下の窓から一部始終を見ていたらしい。足元がふらつき歩けないグエルを背負いながら青筋を立て、我が子が乗ったMSでアクロバット飛行した不届者を鬼の形相で睨みつけていた。今後は搭乗者の三半規管の強さまで計算に入れて注意する必要があるわけか、と改善点まで顕在できて何よりと思ったことは胸に秘めておく。

 

「また来てね」

「二度とさせるか」

 

 ああもう、唯一のお客さんだというのにそんな評判でこの先うちの部隊はどうなってしまうのだろうと穏やかでない。苦笑いしながらも愛想を見せて手を振るがヴィムは怒り心頭でさっさとこの場を立ち去ろうとしていた。

 

「ケナンジ隊長!あのっ」

 

 グエルは父親の背から懸命に叫ぶ。その声に驚いて彼を見ると、さっきまで目を回して力の入らなかった姿からは思いもよらないほどしっかりと自分を見据える姿が目に入る。

 

「俺も、大きくなったらドミニコス隊に入れますか?」

 

 ケナンジは自身にその視線を送る子供の瞳の奥にある芯の強さを見た。思わず怯み皮膚が粟立つ感覚を得たが、憧れだけでは通用しないこの世界の残酷さを僅か数時間足らずで伝えてやれるわけがなかった。まして生々しい戦いの苦しさや生身の人間に武器を向けるその狂った精神を保つ術を。

 頭に過ぎるのは華々しい戦果ではなく、苦しい選択の数々や幾度となく経験してきた悲しい別れ。グエルが抱く純粋な羨望と自分自身の既知する悪辣な現実の間にある埋まりようのないギャップに胸中は真っ白な紙にインクを一筋垂らした様。しかしケナンジはその思いを悟らせる程の初心さも無い。

 

「もちろん。大歓迎だよ」

 

 静かな声色でそう伝えると、先程まで気持ち悪さでへたっていた筈の顔がその一言でみるみる活気に満ちていく。グエルは父親の背から勢いよく降り立って、なんとも言えない表情をする父親と可笑しそうに笑う弟の間を飛び跳ねそうな勢いで駆け抜けていった。

 

「また、乗せてください!」

 

 姿が見えなくなるまで手を振るその少年と、重なる過去の自分自身。

 武器を持って戦う事の意味を知ることになっても彼らはまだドミニコス隊への憧れを抱き続けてくれるのだろうか。同時にあんな気持ちで何かに憧れたのはいつまでだったのだろうと自分自身を回顧する。しかしたまには初心に戻るのも悪くないものだと懐かしいような気持ちに心地よさも感じながら、ケナンジはMSの機体チェックのためにまた格納庫へと歩いていった。

 

 


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