アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
辺りは、静かだった。
まるで空気さえもが、俺と「彼女」の気にあてられたかのように、動くのを嫌ったようだ。
「…………」
俺は、彼女を見た。
その美しく大きな瞳に宿るのは、敵意と拒絶。
それに呼応するように、俺の腹の中にも違う感情が湧いてくる。
それを押さえて、静かに語りかける。
「ブルーミングバトルをする際、プログレスとαドライバーの双方に必要なものがある。お互いの同意と、信じ合う心だ。だが、今の俺達にはそれらのどちらも無い。だから、無理矢理にでも、もらうぞ。お前の、信頼を」
「私をーーー無理矢理、どうするつもりですか?」
「奪う。力づくでも、な」
「…………」
「お前と共にあるべきは、俺だ。あいつじゃない。俺が、今までみたいにお前を導いてやる」
「……導く、などと。よく言ったものです」
彼女は冷たく言い放ち、彼女は両手を自らの得物に伸ばした。
「こう、なること。予測はしていました」
彼女の鋭い眼光が、俺を突き刺す。
「なら話は早えじゃねえか。俺は、お前を連れ帰るぞ。たとえぶん殴ってでもな」
「青の世界のジョークは面白くないですね。なぜ、私があなたに負ける前提なのですか」
「ふん。そこ辺、お前には教育が必要っぽいな。あんまり無知だと、あいつにも呆れられるぞ?」
言いつつ、俺は……
左手で制服のブレザーの下に秘匿されているホルスターを、右手でナイフを掴んだ。
そしてーーー
がしゃ、ちゃきん。
そのふたつの武装を足元に投棄する。
彼女が、怪しげに目を眇める。
「何の……つもりですか」
「お前の武装も、銃と剣、一個ずつだろう? これで対等だ」
加えて、防弾製になっているブレザーを脱ぎ捨てると……秘匿されていたもう一挺の拳銃と、鞘に収まった刀が露わになる。
これは……今まで俺達がくぐり抜けてきたような、何でもありの「戦い」ではない。
勝敗ではなく、勝負を。
命でも地位でもなく、己自身を懸けて臨む、「決闘」だ。
「後悔……しますよ……」
「しねえよ」
もし俺達が一般高校生なら、ここでケンカをして、絶交でもして終わりだったのかもしれない。
だが、青蘭学園には、これに続きがある。
銃、剣、拳。はたまた、自身が得意とする異能。
こっちのケンカじゃ、これが出る。
だがーーーこっちのそれも、また良いものであると、今の俺は思う。
言って分からなきゃ、ぶん殴る。
古典的で、単純で、また、最も効果的に自身の全てをぶつけるやり方だ。
思えば、学園で俺達がつるんでる面々。あいつらの多くも、殴り合いで始まった奴ばかりだな。
ーーーああ、普通じゃない。
でも俺は、この普通じゃない環境に、あと少しだけ付き合ってやろうと思う。
仲間が道を違えたときは、ぶん殴ってでも止めてやる。たとえ殴り返されようが。
それが、あのとき彼女を止めた俺の、最後の務めだ。
にしてもーーー皮肉なものだ。
あの日、俺は彼女を追いかけた。彼女も、俺を待っていてくれた。
だが今は、俺が追いかけ、彼女は拒絶する。
最悪の鬼ごっこだ。
「あのときの私は……あなたを待ちました。ですが、今は違います。今の私に、あなたは必要ない」
俺と同じ事を思い出していたらしい彼女が、俺を見つめてくる。
その目は冷たく、まるで俺と出会う前に戻ってしまったかのようだ。
「んなもん知るか。必要ないのなら、必要だって分からせてやる。拳銃(こいつ)でな」
「……思えば、あなたと闘うのは初めてですね。いい加減、はっきりさせましょうか」
「何をだ」
「人工生命(アンドロイド)と人間、どちらが強いか、です」
「ははっ」
俺はゆっくりと拳銃を抜き、スライドを引いた。
じゃきっ、と慣れた音と手応えが、初弾を装填したことを告げる。
対する彼女も、その小さな両手に、拳銃と剣を抜く。
対峙した俺と彼女の間を、再び静寂が支配した。
かちり、かちり。
腕時計の秒針が動く音が、やけに大きく響いた。