アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
「ノアをーーー白の世界に帰す」
「ーーーーーーえ?」
俺が発した言葉に、美海は意味が分からない、と言わんばかりにきょとん、とした。
そして、スポンジが水を吸い込むように、だんだんと理解していくようだった。
「な、何で? どうして?」
ようやく絞り出したらしい言葉は、至極単純な疑問だった。
「ノアにこれ以上俺達が関わるのは危険だと判断したからだ。Dr.ミハイルとも話はつけてきた」
今朝病院を抜け出したとき、俺はDr.ミハイルの元を訪ね、話をつけていた。クレープを買ってきたのはそのついでだった。
「じゃ、じゃあ……ノアちゃんは」
「白の世界で……まあ多分、どこかの研究機関で目立たないようにひっそりと暮らすだろう、ってDr.ミハイルは言ってた」
「そんな……」
美海の声は震えていた。
「そんなのイヤだよ! せっかく仲良くなったのに……もうノアちゃんと会えないなんて!」
この反応は俺には予想はついていた。
だが、俺は美海を説得しなくてはならない。せめて、巻き込んでしまったけじめとして。
「美海。これは俺達と、ノアの為でもあるんだ。ノアを追ってきた襲撃者、お前も見ただろう。あいつらは、ブルーミングバトルでやるようななまっちょろい奴じゃない。俺達を、本当に殺しにきた」
そう。美海は青蘭学園の生徒だ。いくら優秀なプログレスと言えど、それはブルーミングバトルの話に過ぎない。実戦ができるかどうかは、別問題なのだ。ちょうど、剣道ができるからと言って剣術が強いとは限らないように。
全部俺のミスだ。美海が優秀なプログレスだからと言って、平気で巻き込んでしまった俺のせいだ。
「そんなの私達がいれば大丈夫だよ! もし私達だけじゃ足りなくても、こんなことばかり起こってれば風紀委員や警察だって黙っていないしーーー」
「ダメだ! こちらからは敵が見えない。つまり、向こうの力は完全に未知数なんだ。もし、俺達が考える以上にヤバい組織だったらただじゃすまない!」
「そ、それは………そうだけど……それでも! 私は……ノアちゃんを、友達を、守りたい!」
くそ。なんて聞き分けの無い奴だ。元々こういう性格なのは分かってはいたが……これは穏やかに説得、という訳にはいかなそうだぞ。
「言っただろう! 相手は何者かすら分からない、危険な奴だ! 俺はこれ以上誰かを巻き込んで、怪我をさせたくないんだ!」
ついいら立ってしまい、理不尽にも美海に向かって声を荒げてしまう。
「私はーーーそんなに弱くない!」
美海もとうとう、声を荒げて叫んだ。
「私は、シンくんが思ってるほど弱くない! 私だって、ここに来てから苦労ばっかりで……何度も諦めようとして、それでも歯を食いしばって耐えて、頑張ってきたの!」
最早、小学生の言い争いのようになってしまった議論。だが、その美海の子供の罵倒レベルの言葉が、俺の頭に強く響いた。
「シンくんだって……安全の為とか言って、本当は怖いだけなんでしょ!?」
本当は、怖いだけ。
そう言われて、俺はーーー
「ーーーーーッ!」
美海に、詰め寄っていた。
相手が怪我人だと言う事も忘れ、包帯で巻かれた手で、そのゆったりとした桃色のパジャマの襟首を掴んでしまう。
無意識の内に振り上げていた右腕に、筋肉がはち切れてしまいそうな程に力が籠っているのに気付き、なんとかそれを抑えて腕を降ろす。
それでも気分は落ち着かず、代わりに、右手を握りしめた。
強く、強く。爪が手のひらに食い込んで血が滲んだようだったが、構わず握りしめた。
「な、何ーーー」
普段からどちらかというと冷静な俺が見せた剣幕に、美海は動揺を隠しきれないようだった。
俺は掴みっぱなしだった美海の襟首を放し、後ろを向いて三歩ほど進んだ。
とにかく、今の顔を見せたくなかった。
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
きっと、ひどい顔をしているのだろう。
「………そうかよ」
俺は一言言い捨て、病室を後にした。
病室を出たドアのすぐ横に、ソフィーナがいた。美海のお見舞いに来たらしい。
今は誰とも対面して話したくなかった俺は、背中を向けたまま言った。
「来てたのか……ソフィーナ」
「ええ……」
ソフィーナは、美海とケンカして出てきたらしい俺に何と声をかければいいのか分からないようだ。
「聞いてた……のか」
「まあ……あんなに大きな声で話されれば、ね」
ソフィーナも、全ての事情を知った、という事だろう。
ソフィーナが続けた。
「まあ…今回の事件は私は部外者だから、あんまり言うのも無粋だけどーーー」
「ノアの友人としては、ちょっと残念ね」
「………すまん」
あーあ、俺、一気に友達三人も無くしちゃったよ。皆いい奴らなだけに、残念だ。
俺は自嘲気味に苦笑し、さっさと自身の病棟に戻って行った。
美海、ソフィーナ。
失望したか? 俺に。
でもな、それはお前が勝手に俺に期待してただけなんだ。
お前は、おそらく戦闘モードの勇ましい俺を見ているんだろう。
違うんだよ。そっちは本当の俺じゃない。
俺は、普段は単なる高校生なんだ。
本当は、弱い、ただのひとりの凡人なんだ。
初めに述べたが、うちの家系は代々、その特異体質を生かしてとある治安維持組織で活動をしてきた。
俺が小学生のときに殉職した父さんも、俺が尊敬していた兄さんも、俺にとっては憧れのヒーローだった。
だから俺はずっと、父さんと兄さんの後を追い続けてきた。
二人とも俺なんかより圧倒的に強かったが、たまに家に戻ってきた父さんや兄さんに稽古をつけてもらったこともあった。
まだまだ俺は半人前以下だったが、それでもいずれは父さんや兄さんのように自らの力を使いこなせる日が来ることを信じて、日々頑張っていた。
だが、いつからだろうか……俺は二人に疑問を感じるようになった。
父さんはその頃既に殉職していたのだが、兄さんは海外を飛び回り、凶悪なテロ組織やマフィアなどの平和を脅かす存在を倒して回っていた。
俺はその行為に疑問を覚えた。
俺は兄さんが殲滅していた革命軍や賊などについて全力で調べ、ときにはこっそり現地に出向き、何度か巻き込まれそうになりつつも、それでも調べた。
そして、ある結論に達した。
ーーー兄さんは、俺の大好きな正義のヒーローなんかじゃない。
テロ組織は本当に現在の国のあり方に反発し、国に対抗しようとしていただけだし、賊だって何もやりたくてやってる奴ばかりじゃない。
みんなそれぞれ大事なものがあり、それを守るために戦っていた。
だが兄さんは、法に従ってそれを無慈悲に狩っていったのだ。
いつも平和のために戦い、どんな悪人にも決して負けなかった兄さんは、もう、平和を守る正義のヒーローじゃなかった。
あれはーーーただの、形だけの平和を守る、いわば殺人天使だった。
持って生まれた能力のせいで、裏の世界に縛られて。
戦って、戦って、戦って。
誰にも尊敬もされず、感謝もされず。
そして最後には、コロッと鉛玉一発で死んだ。
俺は悟った。
結局、人間なんてそんなものなんだ。
だから俺は、自分のエゴの為に動くことにした。
こんな力、使わない。
俺は正義の味方にも、殺人天使にも、何にもならない。
ひとり安全な場所に逃げて、周りと一緒に安全な場所から傍観して、くだらない憶測や文句だけを語る。
ーーー俺は、命なんて懸けたくない。
だが俺は、ブルーミングバトルのようなスポーツはともかく、やむを得ず自衛のためにこの力を使うときがしばしばあった。
俺は内心のどこかで、「この力があるから大丈夫」と高をくくっていたのだろう。その結果が、このザマだ。
さっきの美海の何ともないはずの発言に俺が激高した理由が分かった。
美海は、俺の本心を当てやがったんだ。
美海を、他人を巻き込みたくないなんてのは、ただの建前。二番目、三番目の理由。
俺はーーー……
結局、我が身が一番かわいいのだ。
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読了、ありがとうございました。