アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第九弾 ちいさな追跡者

 ノアは、あのバス襲撃事件から一週間後、つまり今週末に白の世界に戻るとのことだった。

 今はDr.ミハイルの研究室で待機しているらしい。

 

 結局ーーー美海とは、あれから話をしていない。

 事実上のケンカ別れだ。

 美海は俺を明らかに避けている。そして俺もまた、美海を避けている。

 普段から遅刻寸前に窓から飛び込むことが多い美海が、普通に登校してきた。

 傍目から見ればいい傾向なのだろうが、俺の目にはそれが不気味に写ってしまう。

 だが幸いなことに、ソフィーナとカトルは俺に普通に接してくれた。まるで、先週の事件もーーーノアも、元々無かったかのように。

 それはきっと俺に対する気遣いなのだろうが、ありがたいと思うと同時になぜか辛くもあった。

 

 別にーーーいいじゃないか。それで。

 

 ノアという危険を呼び込む導火線は白の世界に戻り、あとはブルーミングバトルだのドライビングだののスポーツもどきをこなして時間を潰し、卒業したら大学に行って、どこかの世界の異変についての研究機関にでも就職する。

 そして、トンチキな悪の組織も、正義の味方も、権力の犬もいない平和な世界でのうのうと生きる。

 そうだ。全て元通りじゃないか。

 

 でもーーー何だ? このもやもやと心に引っかかる針のような感覚は。

 

 俺はあれから、なぜか落ち着かないイライラした気分で過ごしている。

 授業にも身が入らず、夜は眠れず、ウサ晴らしに行った射撃場でもほとんど弾が的に当たらず、それらは余計に俺にイライラを募らせていた。

 そして、俺の様子がおかしいことにとっくに気づいていただろうカトルが、放課後に街に遊びに行かないかと誘いをかけてくれた。

 カトルは、先週末にノア達と出かけたときに遊びに行った場所ではない所を選んで俺を連れ回した。

 おかげで数時間くらい、俺はノアや美海のことを忘れ、思いっきりはっちゃけて遊ぶことができた。でもカトル、格ゲーでボコボコにされたからって俺にリアルアタック仕掛けるのは勘弁してくれ。俺は格ゲーみたいなのやって夢中になると、たまにHCモードになって頭のキレと反応速度が数段上がっちまうんだよ。

 

 だが、どんな時間にも終わりは訪れる。

 カトルと遊んだ帰り、ふたりでファミレスに入り夕食を頼んだ。

 俺はまた引きずっていたモヤモヤを復活させて、気がつけば目の前のパスタをぼーっと見つめていた。

 

 「………ン」

 

 「……」

 

 「……シン」

 

 「……」

 

 「……おいシン!」

 

 はっ、と俺は我に返った。

 気づけば目の前のパスタは、フォークで巻き過ぎてちょっとした渦巻き銀河のようになっていた。

 

 「……」

 

 俺はしぶしぶとフォークをその巨大なパスタの渦から引っこ抜き、パスタを巻き直す。

 

 「いや、そこはそのままパクッといくお約束だろ?」

 

 カトルが意味不明な抗議を俺にぶつける。

 

 「何だよ、お約束って」

 

 言いながら俺は、フォークに巻き直したパスタを頬張った。

 デミグラスミートソースの味が口に広がるが、今はなぜかそのお気に入りの味すら楽しめない。

 俺が微妙な顔をしているのが分かったのか、カトルが見かねたように声をかけてくる。

 

 「なあシン。お前なんだかおかしいぞ」

 

 やっぱりそうか。カトルはなんだかんだで友達思いだからな。俺を心配してくれていたのだろう。

 

 「美海とケンカした」

 

 とりあえず比較的当たり障りのないことから喋っていく。

 

 「いや、それは知ってるけどよお。なんかそれだけじゃなさそうっつーか」

 

 「……」

 

 カトルはカンが鋭いな。いや、俺が内心を隠すのが下手なだけなのだろうか。

 

 「カトルはどこまで知ってるんだ?」

 

 とりあえず現状把握の為にカトルが知っている事を聞く。

 

 「ああ、お前がノアを白の世界に返すっつって美海とケンカしたところまでかな」

 

 「そうか……」

 

 恐らくソフィーナがカトルに話したのだろう。だが、俺が美海に殴りかかりそうになったことまではソフィーナも知らないようだ。別にバラされて困る内容でもないし、説明が省けた分ソフィーナに感謝、かな。

 

 「シン。困ったことがあれば話してみろよ。俺が解決の役に立つかどうかは分からねえが、人に話して楽になれることもあるだろうがよ」

 

 ……そうだな。確かに俺はずっと溜め込んでる気がする。カトルが興味本位で聞いてる訳じゃないってのはさすがに俺でも分かるし、もしかすると誰かに話す事で少しは楽になれるかもしれない。

 

 「そうだな……話すよ。こんなにイライラしてる理由は正直、俺にも分からん。でも、思い当たる限りの事を話そう」

 

 観念して、俺はカトルに話せるだけのことを話そうと思った。

 だがな。

 ひとり、忘れてる存在があるぜ、カトル。

 さっきから俺達を尾けてる存在をな。

 さっき格ゲーやってHCモードになっちまった時に気配を感じとったのだが……はっきり言って、尻尾がにょろにょろ見えてるドヘタクソな尾行だ。HCモードにならなくても途中で気づいただろう。

 

 ーーー文字通り、尻尾がにょろにょろ、な。

 

 「なあ、 ソ フ ィ ー ナ さ ん よ 。お前もそんなトコじゃなくてこっちで聞いたらどうだ?」

 

 振り返り、向こうの席で座席の仕切りと観葉植物の隙間からこちらを伺っていたソフィーナに声をかける。

 びく、と一瞬、紫色のツインテールが引っ込みかけるが、諦めたように席を立ちこちらに歩いてくる。

 

 「気づいてたのなら言いなさいよね」

 

 逆ギレするソフィーナ。もう逆ギレはこいつのお家芸だな。

 

 「俺のこと心配してわざわざ尾行してくれてると思うと、暴くのも気が引けてね」

 

 見るとソフィーナは、この前出かけたときに服屋で試着していたあの服装だった。結局買ったのか。

 まあ尾行するならこういう目立たなくて動きやすい服の方がいいだろうけどな。あんな黒いドレスで街中歩いてたらどうしても目だーーーいや、青蘭島に限ってはあまり目立たないかもしれないが。

 

 「なっ、べ、別に、あんたが最近様子がおかしいから心配してたとか、そんなんじゃ無いわよ!? ここに来たのはーーーそ、そう! ここの新作デザートが気になったからよ! あんたを尾けてたとか、そんなんじゃぜぜぜぜ絶対ないわよ!」

 

 「お前らツンデレ族はなんでこう、聞きもしないことをベラベラ喋るんだ?」

 

 冷静にツッコミを入れると、ソフィーナはぎぃ~、と歯噛みし、ぼぼぼぼぼん。一瞬で顔を真っ赤にした。

 すげえなソフィーナ。七面鳥もびっくりの瞬間赤面術だ。

 

 「ま、まあいいわ。このソフィーナ様を愚弄したことについては不問にしてあげるから、さっさと話しなさい。何でも、思い当たること全部ね。最近、美海の様子がおかしいのよ。それを解決する糸口にでもなれば儲け物だわ」

 

 あくまでも俺のためとは口が裂けても言わないらしい。

 いや、これは「あくまでも俺の為ではない」というスタンスを貫くことで俺の心理的ハードルを下げる、俺に対する気遣いかもしれない。

 

 「……ありがとな」

 

 俺がいきなり素直になったのに拍子抜けしたのか、ソフィーナは赤かった顔を元に戻し、いつものツンケンした口調で言い放った。

 

 「な、何よ。いいから話してみなさい」

 

 

 

 結局、俺は全て話した。

 ヘリの襲撃で美海に危うく死ぬような怪我をさせてしまったこと、ノアを帰す帰さないで美海と揉めたこと。そのとき美海を殴ってしまいそうになったこと。

 そして、俺の過去話も。

 全てを話し終えて俺が口を閉じてから、しばらくは場を沈黙が支配した。

 腕と脚を組み目を閉じて何かを考えていたソフィーナが、ゆっくりと口を開いた。

 

 「私はーーーあんたの判断は間違ってないと思うわ」

 

 「ああ、同感だ」

 

 カトルもソフィーナに同調してくれる。

 

 「私達は一介の学生よ。何者かも分からない奴を相手どって争うなんて、現実的じゃないわ」

 

 そこでソフィーナは、一拍置くように瞬きをした。

 

 「あんたも、美海も、私だってーーー弱いの。弱い私達にとって、大きな敵や危険を相手にするときは、立ち向かうだけでなく、逃げるのも立派な戦術よ。あんただって、それが分かってるから、ノアを白の世界に帰すなんて言い出したんでしょ?」

 

 さすがソフィーナ。ズバズバ言いやがる。

 

 「私だって、昔はすごく弱かったこともあったのよ。あんたの気持ち、私にも分かるわ。逃げたくもなるものよ」

 

 ソフィーナが僅かに俯く。

 一瞬、ソフィーナの顔に影が射した気がした。

 何だ?

 だが俺は、次に顔を上げたときにはそんなことは無かったソフィーナを見て、気のせいだと思った。

 

 「でもねーーー、美海の言う事も間違ってないと思う。美海は、優しすぎるのよ。友達を守るためにあんな傷まで負って、それでもその姿勢を崩さないのは、ひとえに美海が優しすぎる、それだけなの。でもそれはあまりにも現実的じゃない。それこそ、美海もあんたも敵にやられちゃって、ノアはその何者かに連れ去られる、なんていう最悪のエンディングを迎える可能性だってある」

 

 ソフィーナはコーヒーをひとくち飲み、ため息をついてから続ける。

 

 「でもそれが、美海のいいところでもあって、困ったところでもあるのよねえ」

 

 「……そうだな」

 

 俺は苦笑しつつ、コーラの入ったコップを傾けた。

 ソフィーナが続けた。

 

 「まあ、私達がすることはただひとつよ」

 

 「そうだぞシン!」

 

 カトルが大きく息を吸い、言った。

 

 「俺達は、お前がどんな決断を下そうと、友人としてそれを全力でサポートするぜ!」

 

 「うんうんーーーって、それは私が言おうとしてた事よ! 横取りしないで!」

 

 「ああ、すまんーーーてか、それは俺のアイスだ! 勝手に食うな!」

 

 「別にいいじゃない! コーヒーが苦かったのよ!」

 

 カトルとソフィーナが勝手に争い始める。何だこのノリツッコミの応酬。おい、あまり大きな声出すな。ここファミレスだぞ。

 

 「コーヒーぐらい普通に飲めよ! このお子様舌ーーー」

 

 「あっ」

 

 「あっ」

 

 やば。

 カトル、「お子様」って、それ禁句。

 

 「へええ~~~? だ・れ・が、お子様だって~?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 

 ソフィーナが凄まじい威圧感を出し始める。

 俺とカトルは、無意識にーーー完全に、無意識に、ずるずると椅子に座ったまま後ずさってしまう。

 プレッシャーがやばい。こんなのだったらスパイダー1000機相手の方がまだマシだね。

 

 カトルてめえ何言ってんだ。 ファミレス吹っ飛ぶぞ、このままじゃ!

 

 と思ったが、ソフィーナもそこまで聞き分けが無い訳ではないようで。

 

 「表出ましょうか。覚悟しなさい~~~?」

 

 ソフィーナ。そんな言葉どこで覚えた。

 ああ、美海の少女漫画の男キャラで不良の奴がいたから、それか。

 

 

 その後、俺とカトルはブルーミングバトル用フィールドに空中ネコ掴み(多分念力だ)で運ばれ、夜が更けるまでひたすらボコられた。てかなんで俺まで。

 俺もHCモードになればマジギレソフィーナから逃げるくらいはできるのだが、今回は戦闘時のストレスは存在しなかったので発動しなかった。

 一方的に蹂躙されただけなので「戦闘」は無かったのである。

 はっきり言って謎の組織なんかよりソフィーナの方が敵に回したくねえぞ。

 

 前言撤回だ。「俺の心理的ハードル云々」なんて、この単純なソフィーナがそこまで考える訳が無い。

 

 ……無い、よな?




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