アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
「しっかり務めを果たしてくれたようだな。シン」
何で。
なんで。
ナンデ。
オマエガココニイル。
「何であんたがここにいるんだよーーーーーーーーー兄さん」
俺は甲板の向こう側に立っていた人物に問いかけた。
俺がかつて敬愛し、また、軽蔑した人物。
ーーー
だがーーーアイツは、数年前に起きたテロ事件のときにテロ部隊の討伐に向かい、そのまま行方不明になったはずだった。
俺はーーー幻覚でも見ているのか?
いや、幻覚ではない。
この容姿、この声、この気配。
そして、この殺気。
間違いない。
兄さんだ。
「それを知る必要はない。なぜならお前は、今日、ここで、死ぬからだ」
さらりと、兄さんーーーいや、蓮が言った。
強気も、迫力も、何も籠っていない言葉。だがそれは、ブラフやハッタリを必要としない圧倒的な実力差があるからこそできる、強者の余裕だ。
ーーー死ぬ? 俺が?
どっと嫌な汗が吹き出す。
さっきまでは考えもしなかったことが重く頭をもたげ、恐怖に脚が震える。
ーーーダメだ。勝てない。
ーーーコイツには、絶対に。
威嚇に抜いた小太刀が、ガチガチと音を立てる。
だが。
「シンさん!」
声が、聞こえた。
言うまでもない、ノアのものである。
ただ、名前を呼ばれた。それだけで。
俺を縛っていた恐怖は霧のように溶け、消えていった。
頭を支配していた恐怖が嘘のように消え、HCモードの頭が今すべき事を明瞭に伝える。
ーーーそうだ、俺は。
ノアを、守る。
「うああああああああ!」
俺は小太刀を構えて蓮に飛びかかっていた。
ギィン!
小太刀が、蓮が瞬時に抜いた剣と切り結ぶ。
これはーーー大太刀、だ。
刃渡り150cm程、長さも幅も厚さも、通常の日本刀のちょうど倍くらい。
立体をそのまま2倍すれば体積重量はちょうど8倍。重心の位置も考慮すれば腕への負担はなんと16倍にもなる。威力は絶大だがその重量ゆえに扱いが難しく、昔は腕力の誇示にも使われたという、巨大な刀。
ーーーだが、それが何だ?
俺は、やらなきゃならないんだ。
ノアを、守るんだ!
「うおおおおおおおおお!」
俺は我流に発展させた剣に加え、カトルから教わった黒の世界の剣技も織り交ぜて剣を振るい続ける。
縦、横、斜め。縦横無尽に振るわれた剣がすべて、蓮の大太刀によって受け止められる。
途中から、まだ包帯の取れていない左手でもナイフを抜き、蓮に黙って密かに訓練していた二刀流での剣を浴びせる。
金属のぶつかり合う音がまるでマシンガンのように連鎖し、こだまする。
ガキンッ!
俺の小太刀とナイフが同時に、蓮の大太刀によって止められた。
一瞬、間が空いた。
そこで、俺は恐ろしい事実に気づく。
蓮はさっきからーーー防御しかしていない。
俺は、二刀流であれだけ撃ち込んで、ただの一撃もその防御を破ることができなかったのだ。
頬を冷や汗が伝う。
圧倒的すぎる。
「その程度か、シン」
冷たく言った蓮が、反撃の刃を振り上げる。
ーーーノア、今だ。
密かに蓮の背後に回っていたノアが、蓮の背中にビームハンドガンを撃つ。
ビシュビシュッ! と音を立て発射されたビームの弾。
だがそれは、蓮に命中することは無かった。
「小賢しい」
目で追うのも困難なほどの速さで振られた長剣が、ビームを弾き飛ばしたのだ。
「ノア。今のお前では戦闘の役には立たない。今はな」
蓮は冷たく言い放ち、ノアに向けて刀をーーー左腰だめに構える、抜刀術のような構えをとった。
背中がまるでがら空きだ。
いいのかよ蓮。そんな、隙だらけで!
俺が後ろから蓮に斬り掛かろうとした、次の瞬間。
「ーーー」
バガアアアアアアン!
俺は、吹っ飛ばされていた。
振るわれた刃に、触れてもいないのに。
霞むほどの速度で閃いた剣。その先端が音速を超え、衝撃波を放ったのだ。
ノアと俺はそれをもろに食らって、ノアは甲板に転がり、俺は数メートル後ろにあった鋼鉄の壁に叩き付けられる。
肺が押しつぶされて息が詰まった。
ーーー見えた。
HCモードの動体視力が捉えていた。
蓮は刀を振るうその瞬間、脚のひねりから腰、背中、肩、肘、手首、手先の全ての関節を連動させ、その先端の速度を音速に至らせたのだ。
これも、HCモードの力が作り出す瞬発力によるものだろう。
くそ。今まで自分が使う側だったから分からなかったが、なんという厄介さだ。この力は。
俺はふらふらと立ち上がり、それでも蓮の方に歩いていった。
その殺気を放つ目が、まだやるか、というように揺れた。
ーーーああ、やるに決まってんだろ。
たったの一撃でもう俺はボロボロだ。ノアだってのびちまった。
それでも、俺は剣を、銃を振るうさ。
ノアの為に、な。
「ーーー斬波ッ」
俺は見よう見まねで構えた刀を、蓮と全く同じようにして全身を連動させ、横薙ぎに振り抜いた。
バアアアアン!
俺の小太刀の先端が超音速に至り、衝撃波を発生させる。
威力はーーー全然足りない。
蓮はまるでちょっと強い風でも吹いたかのようにうっとおしそうに目を細め、剣を立ててそれを防御する。
ダメか。
それなら。
俺は蓮が防御に立てた太刀で見えない角度から、左手のナイフを投棄し代わりに拳銃を抜く。
右手に刀、左手に銃。
この構えは、通常では銃が通用しない相手に対して行う超接近戦の構えだ。
刀で防御を崩し、銃を近距離から叩き込む。俺が近接型ブルーミングバトルで最も得意とするものである。
「うおおおおおお!」
俺は近距離から蓮を撃とうと、刀での攻撃に交え銃を発砲する。
閃く刃の代わりに輝く発砲の炎が、光の短剣のように蓮を刺そうと揺れる。
ガガガン! ギギン! ガウン! ギンッ!
だがその弾はどれも、蓮の体を捉えることができない。
全て、蓮が太刀から離した左手や、太刀の柄で銃を弾かれて逸らされるのだ。
そしてーーー
ガウン! ガキンッ!
拳銃が、とうとう弾切れを告げるスライドストップを作動させた。
それを見た蓮が、軽く鼻を鳴らしてから太刀を腰だめに構える。
来るーーー!
バガアアアアアアン!
攻撃対象を俺だけに絞ったせいかさっきより強力になっていた斬波ーーー衝撃波を、なんとか腕をクロスさせて防御しーーーそれでも殺せない凄まじい衝撃に吹っ飛ばされる。
なんとか足から着地し、拳銃のマガジンを入れ替えてまた飛びかかる。
何度も何度も、吹っ飛ばされ、あるいは斬られ、それでも俺は立ち上がる。
立ち上がらなくては、ならないのだ。
蓮はそんな俺を見て、その心を読めない瞳に「なぜ」というように僅かに疑問の色を浮かばせた。
ーーー蓮。
お前、いつか言ってたな。
どこかの革命軍を討伐に行ったとき、彼我の戦力差からは想像もつかないほどに苦戦したことがある、って。
今ならその理由が分かるぜ。
命令に従ってるだけのお前と違ってーーー彼らは、守りたいものの為に戦ってたんだ。
何かを守るために必死になってる奴ってのはな、お前の想像以上に恐ろしいんだ。
お前には、それが分からないだろうけどな。
そしてーーー今は、俺もそっち側の人間なんでね。
諦める訳には、いかねえんだよ!
ガウンッ!
俺が近距離から発砲した銃弾がーーー蓮の頬を、僅かに掠めた。
ほんの、コンマ一ミリ。それだけ。
初めて、蓮に俺の攻撃が通用したのだ。
だがーーー逆に言えば、それだけでもあった。
ーーーとん、と。
俺の体に、刃が滑り込んできた。
何の抵抗もなく。
痛みはほとんど感じなかった、そんな気がする。代わりに、ひどく気持ち悪い違和感があった。
冷たい感触がそこから体中に広がり、全身を強張らせた。
ああ。
俺は、刺されたのか。
蓮、なんでお前は横になってるんだ?
いや違う。俺が地面に倒れたんだ。
立ち上がらないと。
ーーーくそ、体が動かねえ。
まるで全身が鉛でできてるみたいに重てえ。
蓮が太刀を振り上げるのが、見えた。
ダメだ、躱せない。
ごめん、ノア。
俺はまた、お前を守れなかったみたいだ。
蓮が太刀を振り下ろした。
俺と蓮の間に割り込む影が、見えた。
キイイイィィィィィィィィン!
金属のぶつかる音に似ているが違う、甲高い音。
何の音かは分からない。
だが、その音はなぜか俺の心と体に鞭をうち、小太刀を杖のように支え、俺を再び立ち上がらせた。
そこにいたのはーーー
「……ノア?」
蓮に右手を突き出すような姿勢で立っていた、ノアだった。
見れば、蓮の太刀は半ばから折れ、普通の刀よりも短いくらいになっていた。
だがーーー視線で探しても、折れた太刀の刃先が、どこにも転がっていない。
しばらく驚愕に固まっていた蓮だが、その折れた太刀を手から落として笑った。
「……ふふふふ、はははははははは! まさか……な。シン、お前が選ばれたのは正解だったようだな! はっはっはっは!」
何だ。何を言っているんだ。お前は。
ノアが何かしたのか? 俺が選ばれた? どういう事だ。
だが俺がそれを考えるより先に、一陣の風が俺と蓮の間に吹いた。
ーーーさっきまでの風向きとは、違う方向に。
あれは。
「シンくん! ノアちゃーーーん!」
「ちょっと待ちなさい、美海!」
美海と、ソフィーナだ。
騒ぎを聞きつけて駆けつけて来てくれたらしい。
俺とノアの横に、タタン、と降り立つ。
美海が俺の様子を見てぎょっとして、慌てて肩を支えてくれた。
「シンくん!? ひどい怪我、大丈夫!?」
「ははは……お前の蹴りに比べりゃむず痒いくらいだ」
ブラフでそう返しつつ、俺は美海の手をほどいて一人で立ち、蓮を睨んだ。
さあ、形勢逆転だ。こちらには四人、うち二人は学園でもトップクラスのプログレスだ。しかも環境はだだっ広い空母のような船の甲板の上。ブルーミングバトルとほぼ同じ環境で。
「そこのあんた。この天才魔女・ソフィーナ様の友人を傷つけるなんて、良い度胸してるじゃない。降参して大人しく捕まるか、ここで跡形もなく消し飛ぶか、今すぐ選びなさい」
ソフィーナがビシッと蓮を指差して警告する。いつもなら大見栄を切るソフィーナを見て苦笑いするところだが、それが今ではとても頼もしく見える。
だが蓮はそれを無視し、俺に向かって静かに言った。
「お前はーーーノアと共に戦う道を選んだ。長く、険しい、茨の道だ」
「分かってるさ……そうじゃなきゃ今、俺はお前を前にして生きちゃあいないぜ」
俺は、決めたんだ。
ノアの味方になってやるって。
俺にはじめて、守るべきものができた。
守るべき物があるからこそ、蓮相手にここまで渡り合えたのだ。
蓮はしばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりとその口を開いた。
「ーーークォーテット」
ーーー四重奏? ソロ、デュオ、トリオに続くあのクォーテット?
俺は聞き覚えのない言葉に困惑する。
蓮は続けた。
「お前がいずれ相対する奴らの名前だ。覚えておけ。シン、強くなれ。そして、ノアを導いてやれ」
……やはり、ノアには何か、ある。
恐らく、さっきの蓮の一撃を容易く防いだことにも関係することだろう。
「導く……の意味は分からないが、俺はノアの味方になる。そう決めたんだ」
俺は、今まで何度もした決心を、改めて蓮に伝える。
蓮は俺の言葉に安心したかのように息をつき、ちらりと斜め上を見て言った。
「それを聞いて安心した。この船ももって後五分といった所だ。俺はこれでお暇しよう」
「ちょっと待て」
俺は最後に、無視を許さない強い口調で話しかけた。
「あんたの親玉に伝えておけ。あんな機械人形、いくらけしかけても無駄だってね」
「あんなものはプロローグを兼ねた餌だ。お前をここに来させるためのな」
蓮はすっと右足を上げてーーー
ドンッッッ!
HCモードの瞬発力をフルに利用し、甲板を踏み割る勢いでそれを叩き降ろしてその反動で飛び上がった。
それを目で追ってふと、上を見ると。
いつの間にか。
本当に、いつの間にか。
真上を、戦闘機が飛んでいた。
蓮はそれにぶら下がるワイヤーに捕まり、それが巻き上げられて機内に入り込んだ。
……まあ、こんな逃げ場の無い場所で戦いを挑むってことは、脱出手段くらい用意していない訳がないよな。
それを追うつもりか、飛ぼうとする動きを見せた美海とソフィーナを、俺は止めた。
「よせ美海、ソフィーナ。あの手の戦闘機はその気になればマッハ1は堅い。さすがのお前らでも音速じゃ飛べないだろ」
「お、音速!?」
「…それは無理ね」
おいおい、ソフィーナはともかく美海はそんくらい知っとけよ。
俺は、既に見えなくなっていた戦闘機が去っていった方を見ながら呟いた。
「それに多分また、アイツとは会う気がする」
蓮が残したいくつもの謎の言葉。
ノアに関することなのだろうが、今はそのヒントすら与えられていない状態だ。
別にいい。今は分からなくとも、そのヒントをかき集めて、いずれはお前の言う通りノアを導いてやろうじゃないか。
「……ま、いいさ。こっちの目的は、ノアを襲撃者から守ることだからな。今回はこっちの完勝だ」
「何が完勝なの…そんなにボロボロになって……」
美海が俺の胸を小突いた。
どうやら刺されたときにも重要臓器には当たらなかったようだが、それでも蓮にやられた傷がいっそう痛み、俺はつい声が出てしまった。
「いでえっお前な……」
だが俺が文句を言う前に、美海は黙って俺の横に回り込んで、その卸したばかりの高等部の制服が俺の血で汚れることも厭わずに肩を貸してくれた。
「悪い、美海。さっきは振り払ったけど実のところ、今すぐにでもぶっ倒れそうなんだ」
「……ばか」
小さく悪態をついた美海だったが、その声に俺を侮蔑する響きは無かった。
「………シンさん…」
ふと、声がした。
そちらを美海ごと振り返ると、ノアは……今にも泣きそうな顔で、こちらを見ていた。
ははは。また新たなノアの一面が見れたな。アイツに感謝だ。
ノアが俺の方に駆け寄ってきて、口を開いた。
「シンさん、ごめーーーーーー」
だが、ノアがそれを声に出すことは叶わなかった。
俺が「違うだろ?」と、ノアのその薄い唇に人差し指を当てて塞いだのだ。
俺が何を言いたいのか理解したらしいノアが、泣きそうな顔を無理矢理ゆがめ、笑顔らしいものをつくった。
「シンさん…美海さん、ソフィーナさんーーー」
そうだ、ノア。
お前はもう、独りじゃない。
友達が、仲間が、いるじゃないか。
「ーーーありがとう、ございます」
泣きそうな顔で無理矢理笑おうとしたせいか、ノアは何とも形容しがたい変な顔になっていた。
だがそれは、俺が今までに二回見たノアの笑顔、そのどちらよりも魅力的に映った。
俺は美海に掴まりながらも、もう半身を使ってノアを抱きしめた。友達にーーー仲間にやるように、優しく。優しく。
「ノア。もう二度とーーー自分を独りだなんて言うな」
「はい。マスター」
ノアも俺に抱きついた。俺の信頼を、返すように。
傷が痛んだが、それも気にならなかった。
「あら? シン、ポケットに何か入ってるわよ」
ソフィーナが、俺の制服のポケットに何やら入っているのに気がつき、ごそごそとそれを引っ張り出した。
それはーーーノアの部屋に飾ってあった、あの写真だった。
ただし、血と汚れと激しい戦いのせいで、ぐしゃぐしゃになってしまった状態の。
しまった。ポケットに入れっぱなしだったのを忘れてた。
だが、やべえ怒られる、と首をすくめた俺にかけられた言葉は、意外なものだった。
「……ま、いいわ。こんなもの、これからいくらでも撮れるものね」
「うん!」
「はい」
「…ありがとう」
俺は謝罪ではなく礼を言い、僅かばかりの安堵に小さく息をついた。
と。
ぐらり、と視界が傾いた。
しまった。HCモードが時間切れだ。
普通ならもうしばらく続くものなのだが、激しい体力の消耗と、戦闘後の緩んだ空気のせいで早くなってしまったようだ。
「……わ、悪い、美海、ソフィーナ、ノア。ちょっと、寝かせてくれ…」
まあ、敵ももういないし、遠くからニナが運転したヘリと同じローター音が聞こえるし、もう大丈夫だ。ちょっとくらい寝てもいいだろう。
とても遠くで、「シンくん!」「ちょっとシン!」「シンさん!」と声がしたような気がした。
俺はゆっくりと、安堵の中で意識を手放した。
戦闘シーンって書くの難しいですね。能力バトルとか書いてる方を尊敬します。
誤字脱字、疑問、感想などありましたらお気軽にどうぞ。
読了、ありがとうございました。