アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第十三弾 Pray for Tomorrow...

 ーーー夢を、見た。

 何だかあったかくて、柔らかくて、俺の意識を包み込んでくれた……ような気がする。

 

 ぼんやりと意識が覚醒し、目を開けるとそこは、ついこの前も見た病院の天井があった。

 嫌なトンボ帰りだな。

 覚醒して真っ先に思ったのがこんなことである。

 だが今回は、この前とは違って病室は個室が与えられているようだ。

 まあこんな傍から見たら意味不明な傷だらけの奴が相部屋になったら恐ろしいだろうし、そこへんは学園が考えてくれたのだろう。

 目が覚めたら何もかも夢でーーー今日は高等部一年の入学式、とかだったらどんだけ良かったか。だが、そうはいかないようである。

 

 俺は少し身動ぎをして体の状態を確かめた。

 まず、全身がバキバキに痛い。

 刺し傷一カ所、刀傷三カ所、打撲はーーーもう分からん、ともなればそりゃ痛いわな。むしろあのとき何で立っていられたのか不思議だ。

 俺は、窓の外に広がる太平洋を眺めた。

 雲一つない真っ青な空に、日光を反射してキラキラと銀色のモザイクのように輝く蘭色の海。青蘭島という名前に似つかわしい、美しい景色だ。

 まだ空は明るく、時刻は朝10時くらいであることが分かる。あれから最低でも半日は経ってるって事だ。

 

 ーーーやっぱ嘘。全部夢で、今日は入学式なんてのは嫌だ。

 だってそれだと、俺はノアと出会ってないってことだろ?

 もしまたノアと出会っても、俺は同じように行動していたはずだ。そしてまた兄さんと戦って同じように怪我をして、現在に戻るに違いない。もうこんな怪我は一回限りで十分だ。

 

 ふと、俺がベッドの上に視線を戻したとき、床に何やら大きなものが転がっているのが見えた。

 ちょうど人くらいの大きさだが、毛布でグルグル巻きになっているので誰か分からない。

 ていうか怖えよ。これじゃ死体みたいじゃねえか。危うく死体になりかけた俺が言っても説得力無いかもしれんが。

 俺がそれをじぃーーーっと見ていると……視線に感づいたのか、もぞり、とそれが動いた。

 ぱさり、と、毛布に巻き込まれていたらしい茶色のツインテールの片方が床を叩いた。

 これはーーー

 

 「……美海?」

 

 つい声に出して呼んでしまうと、その毛布ミノムシはびくっと一回震え、それから立ち上がろうとバタバタして…すってーん! と音が聞こえそうなほど派手に転んだ。

 何やってんの。

 それから次は学んだのか、ミノムシは床に寝たまま超早業で毛布をパージして今度こそ立ち上がった。すげえな、兄さんの超音速斬撃・斬波より速いんじゃないか?

 

 「シンくん!」

 

 「……やっぱ美海か」

 

 「シンくーん!!」

 

 美海が大泣きしながら俺に抱きついてきた。

 俺の怪我なんかお構いなしに。

 

 「いっいでででで美海! やめろ! 痛え!」

 

 「良かったぁ……シンくん、あのとき死んじゃったのかと思って、もう三日も寝たままだったし……う、うええぇぇぇぇん」

 

 ………俺は三日も寝てたのか。

 確かによくよく考えてみれば、意識失う直前に「ちょっと寝かせてくれ」って、完全に死亡フラグだよな。

 

 「とりあえず栄養つけないと! シンくん、食べて食べて!」

 

 いつのまにか美海は、皿に盛られたリンゴーーーかろうじてそうであると分かる程度に下手くそなウサギ型に切られたものを取り出しており、フォークで俺の口に詰め込み始めた。

 

 「もがっ、やめろみうみころふきか!」

 

 「アンタ達……何やってんのよ」

 

 泣きながら俺の口にフォークを突っ込む美海と、口にぴょんぴょん飛び込むウサギの群れで窒息しかけている俺を見て、ちょうど入ってきたらしいソフィーナが呆れ顔をしていた。

 だがソフィーナよ。今来た風を装っているみたいだが……その目の下のクマと、頬についたカーペットと同じ模様を見る限り、美海と一緒にずっとここにいたらしいな。

 まあ言ったらまた謎の怒りを買うだろうし、心の中だけで感謝しておこう。

 

 「んぐっ……よ、ようソフィーナ。調子はどうだ」

 

 「それはこっちのセリフよ……少なくとも、怪我人がお見舞いに来た人に言うことじゃないわ」

 

 「俺か? 俺はウサギの大群に殺されかけてた」

 

 「変な夢でも見たのね。でもちょっと見てみたいわ」

 

 「夢だったらいいんだけどな」

 

 いつもの下らんやりとりが異様に嬉しかった。ああ、これが悟ってるって状態なのかな。神よ、いるんならアンタに感謝するぜ。

 と思った俺だが、考えてみれば青蘭島には女神っぽい奴らがうようよ居るじゃないか。却下だ。

 

 そういえば、美海とソフィーナが居るのはいいが、ノアはどこに行ったのだろう。ノアも兄さんの攻撃受けてちょっとの間のびてたくらいだし、病院送りは必至だと思うんだが。俺の記憶が正しければ、この病院は各世界・各種族の専門の医者がいて、獣人だろうがアンドロイドだろうが問題なく医療を受けられるはずだ。

 

 「なあ、ノアはどこ行ったんだ?」

 

 俺は美海に尋ねた。

 

 「ノアちゃんもシンくんほどじゃないけど怪我してたから、一日くらいは絶対安静だったんだけどね。今は……病室かなあ」

 

 「そいじゃちょっと行ってくるわ。どこの部屋ーーー」

 

 まだかなり痛む体を無理矢理動かし、俺はベッドから出ようとした。

 

 むに。

 

 布団に手をついた。

 

 ………むに?

 

 布団に手をついてこの効果音っておかしくね?

 ………まさか、な。

 

 俺は、考えてみればグルグル巻きの包帯の分を差し引いても明らかに膨らみ過ぎな布団に手をかけ、サッとそれをめくった。

 そこには。

 

 「すーっ…すーっ……ん……あ、おはようございます、マスター」

 

 ノアが、寝ていた。

 

 はい出ましたお約束! 俺的には嬉しいっちゃあ嬉しいけど、そういうことは周囲に危険物や超能力者や魔女がいないかちゃんと確認してからにしようね!

 しかもさっきの夢はノアのせいだったのかよ! どうりであったかい訳だぜ!

 

 俺は震える声で、なんとかノアの挨拶を返した。

 

 「お、おはようノア。早速で悪いんだが……ベッドを降りてくれないか?」

 

 「なぜですか? マスターの体温がなかなか上がらないようでしたので、ナナさんに暖めるように頼まれたのです」

 

 その瞬間、俺の脳内で「てへっ☆」とか言って、頭をこつんと叩き舌を出すナースアンドロイドの姿が再生された。

 あんのナースもどき……! よくやっ…じゃなくて、なんつー事してくれた!

 

 「ノア。多分それ、ナナに騙されてるわよ…」

 

 ソフィーナが俺の代わりに冷静に突っ込んでくれた。

 無視してノアが続ける。

 

 「マスターは……昨夜、私を強く抱いてくれました。とても温かかったです」

 

 「「「!?」」」

 

 ノアが投下した爆弾に、その場の全員が驚愕する。

 

 ーーー待て待て待て、記憶にございませんよ!?

 

 混乱する俺をよそに、美海とソフィーナが揃って顔を赤くする。

 

 「そ、そんな……シンくんが」「ロリコ…そんなシュミがあったなんて…」

 

 セリフを二分割して、そんなことをのたまってる。息ピッタリすぎだろ、もうお前ら結婚しちゃえよ。

 ソフィーナに至ってはバババッ! と、ドレスの開いた胸元とスカートを押さえてる。言ったら殺されるのに、自覚はあんのかよ。

 いやそうじゃなく!

 

 「待て待て待て、お前らなんか絶対に誤解してるって! そもそもノアはアンドロイドだし、そんなこと起こる訳ないだろ!」

 

 そうだ。ノアはアンドロイドなんだ。そんなこと、起こるはずはーーー

 

 「皆さんの言っている事はよく理解できませんが……私は地球の生物学的には、肉体は通常の人間と遜色ありませんよ?」

 

 さらなる爆弾を平然と投下するノア。ギャーッ! そのタイミングでそんなこと言われると、まるで俺とノアが昨日…その…なっちまったみたいじゃねえか!

 ほら見ろ! なんだか美海とソフィーナからどす黒いオーラが出てる!

 ここ室内なのになぜか風が吹いてるし、それと一緒に火の粉が回ってるし!

 

 ………。

 …………。

 ……………。

 

 もうピンチを通り越して一周回り冷静になってしまった俺が、ある提案をした。

 ソフィーナも言った、弱者が強者に勝つための立派な戦術。

 

 「よしノア、逃げるぞ」

 

 がらりと、俺はベッドのすぐそばの窓を開けた。

 

 「に、逃げるって…」「ま、まさか駆けおち…」

 

 なんだか、すぐそばでアインシュタインもびっくりな誤解を生んでいる気がするが……むしろ好都合だった。美海とソフィーナが揃って頭からぷしゅーっと湯気を出し、フリーズしてくれたからだ。風も火の粉も消えたぞ。

 

 そんなふたりをよそに、俺は相変わらずボーッとした感じのノアをお姫様抱っこみたいに抱える。

 

 「マスター? 何をーーー」

 

 「うおおおりゃあああ!」

 

 そして、開けた窓から一気に飛び降りた!

 既にヤバすぎる状況のおかげで若干HCモードになり気味だった俺は、加速度的に迫ってくる地面に衝撃吸収技・二撃分散を放ち、無事着地する。

 その直後ーーー

 

 バアアアアアアン!

 

 俺が開けた窓から、暴風に乗せられた炎が凄まじい勢いで吹き出した。危ねえ!

 

 「マスター、美海さんとソフィーナさんはなぜここでエクシードを放ったのですか?」

 

 状況を理解していないらしいノアがのんきに疑問を口にする。

 走りがなら俺は答えた。

 

 「俺にも分からんが……人間の女の子ってのはな、たまにアンドロイドのそれより厄介な暴走をするんだ。もしそうなったら逃げるが勝ちだ」

 

 「そうなのですか。異世界の文化は分かりにくいです」

 

 「異世界じゃなくても分からん!」

 

 俺は、羽根のように軽く、それでいて確かな暖かさをもつノアを抱えたまま、どこまでも走った。

 

 空は透き通るように青く、爽やかな春風が優しく吹きつけた。

 足元の青々とした芝生が、それに揺られて楽しげに踊っていた。

 

 それらはまるで、新たな決意を胸にした俺達の新しい門出を祝福してくれているようだった。

 

 ノアのサファイアのような瞳が、雲一つない青空の光を反射して宝石のように、いや、それよりも美しく輝いた。

 

 

 ……もし。もしもだぞ。

 ひとつだけ祈りが通じるならば、何を祈りたい?

 恐らくみんなは、「可愛いプログレスを彼女にしたい」とか「一生あっても使い切れないほどのお金が欲しい」とか「俺にも超能力が欲しい」とか、そんなことを祈るだろう。

 

 だが一般人志願の俺は、この厄介ごとだらけの学園で、あえて祈ろうと思う。

 祈れば、青蘭島にわんさかいる女神とか妖精とかが、ひとりくらいそれを聞き届けて叶えてくれるかもしれないしな。

 どうかーーー

 

 

 ーーー「無事、生きて明日を迎えられますように」と。

 

 

 

 <第一章 蘭色のプロローグ 終>




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