アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
EX.2 はじまりは剣戟の中で(上)
青蘭学園。
突如発生した「世界接続」によって他三つの世界と繋がってしまった太平洋上の孤島、青蘭島に建設された洋上学園都市である。
世界の異変を止める鍵とされる異能に目覚めた少女・プログレスを保護育成し、異変解決の手がかりとするのが目的のこの学校に、俺・東雲慎は転校する事となった。
そして今日、俺は青蘭学園中等部での初日を迎えようとしている。
今までの小中学校での生活を思い出した。
一族の特異体質のせいで、俺の生活は一般人とは一線を画すものだった……と言えば嘘になる。
その辺は兄さんも父さんも分かってくれていたようで、俺の中学校生活は、兄さんからの戦闘訓練を除けば至って普通のものだった。
だから普通の若者としての処世術もある程度身についているし、転校してクラスに馴染めない、なんて事はあまり心配する必要はなさそうだ。
だが、この時点で俺は大きな間違いを犯していた。
そもそもこの学校は四世界から異能を持った女の子が集められた学校だ。
ーーーそんな学校が、普通である理由が無い。
「覚悟しやがれ、シノノメシン」
「お前こそだ、カトル。意味不明な因縁つけやがって」
転校初日の放課後。
本来ならさっさと寮に帰るか部活の見学でもしていきたい所だが、俺はまだそのどちらも成してはいなかった。
「さあさあ、謎の転校生対、プログレス科唯一だった男子の決闘! これはスクープだーーー!」
野次馬よろしくカメラを振り上げて声援を送るのは、遠山キャロル。
俺は、修羅場の真っ只中にいるのだ。現在進行形で。
ああくそ。
俺はガリガリと頭を掻き、こんなことになってしまった理由を思い出していたーーー
「それでは、入ってきて下さーい」
教室の中から、先生の声がかかる。
ちょうど今、朝のHRで先生が転校生が来たことを告げたところだ。俺は先生の声がかかるまで外で待機させられていた。
俺は、教室のドアに手をかけつつ、祈った。
神様。どうかお願いします。
トイレの無い場所で腹痛になったとき以外はお願いしようとも思わない神様にも、今ばかりは頼らざるを得ない。
できれば、普通っぽい奴らばかりでありますように。今までも学校ではそれなりに普通に過ごしてきたんだ。できれば、穏便にこれからの青蘭島での生活を送りたい。
「行くか」
覚悟を決めーーーがらり。
引き戸を、引いた。
新しいおかげかスムーズに開いた扉の向こうに、これから俺が共に過ごすであろうクラスメイト達の姿が確認できる。
その瞬間。俺は確信した。
神様なんて、いなかった。例えいたとしても、それは善良で慈悲深い存在なんかじゃない。
「ああ神よ……」
膝から崩れ落ちそうになり、咄嗟に扉を掴んで止めた俺に、地球のどの民族衣装にも当てはまらないような服を着た、最前列の女子が声をかけてくれる。
「あの……信心は大切ですが、何も今お祈りをする必要はありませんよ?」
……ごめんなさい、何言ってんのか分かんねえ。
ーーー濃い。
濃いぞ、キャラが!
黒いドレスに身を包み腕を組んでこっちを見ている、小学生みたいななりの奴。
変なツルツルした感じの服を着た、アンドロイド。
神話の天女様みたいな服で、何を考えてるのか分からないような顔でほんわか笑っている奴。
翼がある奴、ネコミミがある奴、ツノが生えてる奴。
格好どころか、髪の色や顔立ちまで様々だ。
ある程度覚悟はしていたが……これは予想外すぎだ。
そもそも、制服を着てる奴が半数もいない。着ている奴も、うち多くは、青の世界ーーーつまり地球出身の者だ。
だが、頼みの綱である同世界出身者も、これまた濃い。
日頃の訓練の賜物か、超常の者は気配で何となく分かるが……これは、気配のオンパレード。最早誰がマトモで誰が危険なのかすら分からん。
グッバイ、ピース。ハロー、コメディー!
いつの間にか脂汗を浮かべて震えていたらしい俺に、先生の声がかかる。
「あの……具合が悪いのですか? 保健室にーーー」
「いえ……ただの立ちくらみです」
もう、俺の頼りは先生だけですよ。
かつかつかつ。
震える手にむち打ち、黒板に文字を書く。
『東雲 慎』
クラスが、ざわめく。
恐らく、転校生が男子だった事に驚いているのだろう。
一向に止まなかったざわめきを、担任の先生がぱんぱん、と手を打って止めてくれる。
「はーい皆さん静かに! 質問があれば後で! じゃ、自己紹介して」
と、言われた俺はーーー
「はい。……えー、今日からここに転校して来ました、東雲慎です。親が警察関係の仕事をしていて俺にも武術の心得がありましたので、こっちのプログレス科に来ました。男子があまりいないようで馴染めるか心配ですが、よろしくお願いします」
と、ありきたりの挨拶をしておく。
だがそれだけでは許してもらえないようで、速攻、大量の挙手があがる。
「趣味は?」
「漫画とかゲームとか、ありきたりな物です」
「好きな食べ物は?」
「ラーメンと甘いものです」
「特技は?」
「射撃と剣術……かな……」
「スリーサイズは?」
「男子に聞くかそれ」
「好きな女の子のタイプは?」
「…………」
あまりの怒濤の勢いに押され、俺はしどろもどろになってしまう。
何だよ、これ。上手くやってける気がしねえ。
「はいはーい。残りは後で個人的に、ね。それじゃ東雲くん、後ろの空いてる席にどうぞ」
「はい」
早くも転校生の洗礼を受けてぐったりしつつある所に救いの声がかかり、俺は足を引きずるようにして示された席に向かう。
と。
男子が、いた。
俺の席(予定)の隣に。
さっきは緊張のせいで見えなかったがーーー良かった。さすがにこの教室に男子が俺ひとりじゃ、息が詰まって死ぬからな。
彼の外見の特徴はーーーひと目で分かる大柄な体だ。女子ばかりだからそう見えるのではなく、本当にデカい。多分180はくだらないだろう。
さらに、椅子の背もたれに引っ掛けてある得物らしき剣も、デカい。
これらの特徴に加え、俺と目が合って笑った顔も相まって、豪快な感じの性格をしているように思える。
「これでようやくお仲間が来たぜ。俺はカトル。よろしくな、シノノメシン!」
「おう、よろしく」
白い歯を剥いて豪快に笑った彼が握手を求めてくる。
差し出された手はとても大きく、握力は強かった。
HRが終わり、先生が去っていくとーーー
さっきの質問タイムでは満足しなかったらしいクラスの女子達が、俺の席に押し寄せてきた。
続・転校生の洗礼である。
うーん、この展開。漫画やラノベでよく見る「女子校にひとり転校した男子」みたいだ。あのときは別に深く考えなかったが……
死ぬほど、つらい。
そもそも俺は今まで、兄さんの言いつけで親しい異性を作らなかったのだ。女子なんて、俺からすれば未知の領域。謎、謎、謎だらけの生物である。
いつまで続くのか分からないこの洗礼に、俺がいい加減精神力の限界に近づいてきたとき。
思わぬ救いの手が、差し伸べられた。
「もう。東雲くん、困ってるよ。さあどいたどいた」
女子の砦をかき分けて、ひとりの女子が入ってきたのである。
それに周りの女子は、「えー、文ちゃんずるーい」「独り占めする気ー?」などと言いつつも、さっきの洗礼ムードを消してくれる。
微妙に不満げな顔をしつつもどいていく女子だが……そこに悪意は見えない。本当に嫌に思っている訳ではないようだ。
何だ? クラスのボス的存在が来たのか?
「東雲くん、でいいよね。私、琴吹文(ことぶきあや)、クラス委員をやってるの。何か困ったことがあったら、遠慮しないで聞いてね」
ついつい座ったまま身構えてしまった俺が見上げると……その女子、琴吹さんが笑顔で話しかけてくれた。
どうやらそんなのではないらしい。た、助かった。
「あ、ああ」
「さっそく何かある?」
サラサラとした髪は、後ろ半分だけを大きなリボンでまとめた変則ポニーテール。優しげでおおきな目に、赤いプラスチックの眼鏡。体型は健康的にしなやかで、女子中学生として標準的と言える。
非凡だらけのクラスだったが……良かった。この子はなんだか普通そうだ。クラス委員をやっているあたり、常識的な人間であることが分かる。
「いや……特には無い、かな」
「そう。困ったことがあったら呼んでね。昼休みに学校の案内してあげるから、またね」
学校の案内、か。
いつでも非常時に対応できるように、地図はあらかじめ頭に叩き込むようにしているが……断るのもアレだ。ありがたく乗っておこう。
「ああ、ありがとう。悪い、手間かけさせて」
「気にしないで。好きでやってる委員だし」
自分の席に戻ってゆく琴吹さんを見送りつつ、俺はさっきまでの認識が間違いだったのか、と早くも考えを翻しかけていた。
話してみれば案外普通じゃないか。もしかすると、見た目や異能以外はマトモな奴ばっかりなのかもしれないぞ。
昼休み。
俺はクラス委員・琴吹文さんの案内のもと、青蘭学園の設備を見て回った。
ふむ、確かにこの学園はすごいな。ブルーミングバトルのフィールドからトイレまで、地球の最新の設備が整っている。地図だけじゃ分からないような雰囲気や細かい設備の場所も分かったし、来た甲斐は十分にあったな。
「いやあ、さっきはうちの女子がごめんね。悪気があってやった訳じゃないから、勘弁してね」
「分かってるよ」
「リンクするときにαドライバーの心象って重要だから、みんなよく知ってもらおうと必死なんだ」
リンクーーープログレスがαドライバーの助力を得て使用できるようになる能力開放技。プログレスとαドライバーの脳波をシンクロさせることでエクシードの真価を発揮させるものだ。
未だにオカルトじみた不確定要素がひしめくこれらの事象は、世界の危機を救う可能性として青蘭学園のカリキュラムの中でも最も重要なものである。
「なるほどな」
「そういえば……東雲くんはカトルくんと同じで、プログレスと互角に戦えるくらいの力があるからこっちの学科に来たんだよね? アンドロイドの子たちはみんな銃とか剣とか使うけど、東雲くんは武器は何使うの?」
「ああ、自己紹介のときにも言ったけどーーー」
ずるり。
俺はブレザーの背中に鞘ごと収納していた小太刀を抜き、琴吹さんに見せてやる。
邪魔だった鍔を取り払い、柄も変えている為いささか現代じみたデザインに見えるが、一目で日本刀だと分かるだろう。
琴吹さんはそれに顔を近づけてしげしげと眺めーーー「?」となぜか首を傾げてから、眼鏡を外した。
「日本刀?」
「ああ。ちょっといじっているけどな」
それでも琴吹さんは納得いかないような顔をして、刀を眺める。
と、そのおおきな瞳の奥に、なんだか光が揺れた。ような気がした。
何だ?
「東雲くん……これ、本当にただの刀?」
琴吹さんが、何だか不可解なことを聞いてくる。
「え? たしかにかなりの業物みたいだけど、ただの刀じゃなかったら何だよ?」
俺の答えに琴吹さんはうーんと唸り、その赤いフチの眼鏡をかけ直した。
「私のエクシード、対象の全てを『視る』能力なんだけどね。この刀、何だかオカルトが視えるよ」
……オカルト? 何のこっちゃ。
「気のせいじゃないか? 今までこいつを持ってて、幸運にも不運にもなっちゃいないぞ」
「そう……かなあ」
「何だかよく分からないが……あっても使わないなら、無いと同じだろ。はいこの話題は終了。自分の手の内はみだりに見せないもんだぜ」
「……そうだね」
どうやらまだ腑に落ちなさそうな顔をしている琴吹さんだが、まあいいだろう。俺はプログレスじゃないんだ。刀がオカルトの産物だろうとなかろうと、使えなきゃ意味は無い。
「まあ、大体これで全部回ったかな。分からないこととか、ある?」
「いや、よく分かったよ。ありがとう」
「また困ったことがあったら聞いてね」
「助かるよ。そのときは頼む」
学校の案内が終わり、俺達は現在、学園の敷地の端っこにある弓道場・射撃場の近くにいた。
これで学校案内はあらかた終わり。後は教室に戻って昼食をとらなくてはならない。
俺は踵を返し、ちょっと用事があるらしい琴吹さんと分かれて購買に向かった。
その後俺は、琴吹さんとすぐに再会する形となる。
あまりよろしくない形で。
誤字脱字、疑問、感想などありましたらお気軽にどうぞ。
読了、ありがとうございました。