アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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EX.2 はじまりは剣戟の中で(下)

 (購買っつっても、桁違いに色々あるのな。さすが青蘭学園)

 

 購買に行った帰り。

 俺の右手にぶら下がっている袋には、適当に見繕った焼きそばパンやらカレーパンやらが入っている。

 昼休みも中頃だってのにまだ売り切れていないのに微妙に驚きつつ、教室へと歩を進める。

 

 青蘭学園の購買は、とても広かった。ちょっとしたスーパーくらいあるんじゃないか? あれ。

 四つの世界ごとのメジャーなお茶(らしきもの)や、穀物でできた主食などに加え、生活必需品も若干だが置いてある。

 

 (今度、黒の世界のステーキでも食ってみようかな……)

 

 そんなくだらないことを考えつつ、教室へと続く曲がり角を曲がるとーーー

 

 曲がり角の向こうから、本の束が歩いてきた。

 そう思ったのは、本がうず高く積まれていたせいで、それを運ぶ主の姿が確認できなかったためだ。

 昼休みからようやんなさるわ。日直か?

 

 ーーーって、そうじゃない。

 まずい。これじゃぶつかるぞ。

 咄嗟に回避しようと試みたのだが、どうやら俺の反応速度を超えていたらしい。体をよじっても避けられずーーー

 

 どしん。

 

 「きゃっ」

 

 本の主とぶつかり、ぐらり。

 対格差のせいか、俺を上にして、折り重なるようにして倒れた。

 

 危ないっ。

 

 帯銃している俺は、日頃から叩き込まれていた反射で拳銃を暴発防止のために押さえーーー

 

 どたんっ!

 

 もう片方の手で相手の頭をかばい、手が塞がったせいで自身の頭を床にぶつけつつも、なんとか被害を最小限に抑えて転がる。

 

 「……っつ…」

 

 バラバラと落ちてくる本を背中で受け、クラクラする頭を振り、上体を起こすと、そこではーーー

 

 別の事故が起こっていた。

 

 ぶつかったままの勢いで、俺は向こうのーーー女の子を、押し倒してしまった形となっていたのだ。

 

 目の前十五センチにある整った顔は……さっき別れたクラス委員の琴吹文さんだ。

 こんな形で速攻の再会とは、運がいいのか悪いのか。いや、悪い。

 

 さらに、銃を押さえるためにホルスターに伸びていた俺の手は……

 やばい。こちらでも事故だ。

 ちょうど、膝が曲がっている琴吹さんの、ふふふ太ももに、もろ触ってしまっている……!

 健康的に白くてすべすべした肌は、びっくりするほど柔らかく、陶磁器みたいにきめ細やかで、ミルクみたいになまっちろい。

 

 お、女の子の脚って、こんなにきれいだったのか……!

 

 ついでとばかりに、転んだ勢いか俺の手のせいか、青蘭学園の短いスカートが、少しめくれあがっていてーーー

 

 「!」

 

 み、見るな俺っ!!

 

 バックドロップ並の勢いで起き上がり、勢い余って脳天から地面に激突しつつも、なんとか目を逸らす。

 そのまま頭つきバック転とかいう曲芸(今作った)を披露しつつも、着地と同時に土下座する。

 

 「すすすすすまんっ!」

 

 俺は蹴りか拳か、はたまた炎か電撃かに備え、体を硬くする。

 青蘭学園の目玉、エクシードをこんな形で身を以て体感する転校生なんて、俺くらいなものだろうな。南無三。

 だがーーー

 

 「え? いやちょっと、土下座なんかしないで!?」

 

 返ってきた反応は、普通のものだった。

 恐る恐る顔を上げると、琴吹さんが乱れた制服を直し、背中についた埃を払っていた。

 

 「へ?」

 

 「その……ぶつかったのは私からだし、頭打たないようにかばってくれたし……」

 

 顔を若干赤くしてモジモジしている琴吹さんに、若干の罪悪感を感じるが……状況は理解してくれたらしい。助かった。

 

 「それより……その手、大丈夫なの?」

 

 そこでようやく、俺は琴吹さんの頭をかばい、床と頭で挟まれた左手が痛んでいるのに気がつく。

 見ると……普段から一方向にしか曲がらないことでおなじみの指が、実に自由奔放で開放的な曲がり方をしてしまっていた。

 

 

 

 

 「ごめんね、手伝わせちゃって」

 

 「いいって。琴吹さんのその細腕じゃ、力仕事は向かないだろ」

 

 それからなんだかんだあり、俺は琴吹さんの本運びを手伝うことにした。

 なんでも、次の授業で使う資料を教室まで運んでいたらしい。

 ちなみにさっきの左手は、東雲家に伝わる関節整復術で直した。まだちょっと痛むが動かすのに支障は無い。

 

 「これで、よしっと……」

 

 どん。

 

 教卓の上に分厚い資料を置く。

 

 くるり。琴吹さんがこちらに振り返った。そしてーーー

 

 「あーそうそう。私ね、一般中学の頃は同じクラスに寿さんって人がいて、苗字呼びに慣れないから、文って呼んでいいよ」

 

 さも普通みたいに、名前呼びを提案してくる。

 世間一般に考えれば、名前呼びをするのは信用してる相手だから、喜ぶべきなのだろうがーーー俺からすればハードルが高いな。

 正直ちょっと嫌だが、せっかく向こうから言ってくれたのに無下にもできない。

 俺は微妙に心拍数が上がるのを自覚しつつ、口を開いた。

 

 「わ……分かったよ、文さん」

 

 「はい、シンくん」

 

 パッと笑顔になる文さん。

 突然の不意打ちに、どきりと心臓が跳ねてしまう。

 

 (あーあー落ち着け俺。こんなの転校生に対するスキンシップじゃないか……!)

 

 心の中にいる女性に弱い俺をタコ殴りにしていると、文さんが一瞬躊躇ってから、続ける。

 

 「シンくん、お昼はまだだよね? よかったら私と一緒にーーー」

 

 そこで、俺は何かを感じた。

 

 肌がピリピリとするこの感覚。

 兄さんや父さんのせいですっかり慣れてしまったこれは、殺気だ。

 

 その直後。

 

 ドドドドドドドッ……

 

 今度は肌ではなく、体全体に伝わる振動。

 殺気の主は、これだ。

 どんどん近づいてくる。

 

 「しっ!」

 

 無意識に習慣が出てしまい、俺は文さんの唇を指で押さえて黙らせてしまう。

 顔を真っ赤にして黙ってしまった文さんだが、今はそれすらも意識する余裕は無かった。

 くそっ。何だって平和な昼休みに殺気なんだよ。

 

 そして。

 

 バアン!

 

 扉が歪むのではないかという程の勢いで開けられ、その向こうから大きな影が覗く。

 

 このクラスで大柄な奴は、他でもない。同じクラスの唯一の男子、カトルだ。

 猛牛のように突進してきてぜえぜえと息を切らしつつも、怒気丸出しの形相でこちらに人差し指をビシッと突きつける。

 

 「決闘だァ! シノノメェ!」

 

 「?」

 

 えーっと……いきなり何ですかね、こりゃ。

 

 予期せぬ事態にざわつく教室の中、カトルが肩をいからせながら俺を睨む。

 

 「カトル、だよな。決闘って、いきなり何なんだよ」

 

 「そのままの意味だ。俺と決闘しやがれ、シノノメシン」

 

 「理由がねえだろ」

 

 「とぼけんな!」

 

 バッ! と、カトルが俺に向かって手を突き出す。

 そこに握られていたのはーーー

 

 「は? ……はあああああああああ!?」

 

 なんと、俺が文さんを押し倒し(事故)ている瞬間を収めた、写真だった!

 

 見れば、カトルの後ろ、教室の出入り口付近に、カメラを持った小さな影がある。確かあいつはーーー遠山キャロル。

 何やら呟いてる口を読唇すると、『転校生の男子がいきなり委員長を押し倒す。くふふっ、スペシャルなスクープだ!』……ふざけんな! てめえの仕業か!

 

 「言い逃れはできねえぞシノノメ。俺がぶちのめしてやる!」

 

 「違うのっ東雲くんは私とぶつかって……」

 

 文さんが弁解してくれるが、ヒートアップしたカトルには通じない。

 こうなったら、俺が出るしかないだろう。

 

 「はいはい分かったよ。俺としても売られたケンカだしな。受けてやる」

 

 手をひらひらと振って、カトルの前に出る。

 

 口ではこんなんだが……この状況を楽しんでいる俺もいた。

 訓練するのが習慣だった俺だが、ここ数日は転校や引っ越しのドタバタで銃も剣もろくに抜いちゃいない。鬱憤が溜まっていたらしい。

 

 (数日分の訓練、まとめてぶつけてやる)

 

 「キターーーーーーー!! んじゃそういうことで、放課後に裏山ねっ!」

 

 突然上がった声に見れば、遠山キャロルがノリノリで勝手に話をまとめていた。

 

 

 

 

 放課後。

 HRを終え、クラスのメンバーは皆、裏山のひときわ開けた広場に集まっていた。

 この島には真水が湧いているせいで、島の半分ほどは鬱蒼とした森と山なのだが……こんなおあつらえ向きの場所があるとはな。

 

 ちなみに、生徒同士の私闘についての校則だが、調べたら「生徒同士の私闘は、学園・生徒共に損失となり得るので、原則しないこと」とある。

 つまり、してもいいのだ。あまりおおっぴらにやるなというだけで。

 

 「覚悟しやがれ、シノノメ」

 

 「お前こそだ、カトル。意味不明な因縁つけやがって」

 

 俺とカトルが立っている広場には、直径十メートルほどの円が描かれており、その真ん中、五メートルくらい離れた地点で対峙する。

 周囲には観戦、兼監視(怪我とかしないように)のクラスの女子たち。

 

 「ルールの確認だ。降参(リザイン)するか行動不能になるか、円の外に出るかすれば負け。両者の剣は、演習用の刃無し(ノーエッジ)。骨折以上の怪我をさせれば失格。それまでは剣が折れようが捻挫しようが継続。いいな」

 

 カトルがルールの復習をする。

 

 「おういいぜ。ボコボコにしてやる」

 

 俺とカトルが剣を構えると……辺りのざわめきがピタリと止んだ。

 決闘開始のタイミング。これだけは譲れない、ふたりのみに与えられた絶対の権利だ。

 

 

 「東雲式剣術……ッ!」

 

 

 先に動いたのは俺だった。

 刀を顔の右側で水平に構え、突撃する平突き。

 

 悪・即・斬のアイツのような単純極まる技だが……何代もかけて洗練されたフォームと、HCモードが出す馬力を合わせた技は、シンプルイズ・ベストを体現したかのような強力な突きを繰り出す。

 それもそのはず、この技は元々は砦の城門をブチ破るための技なのだ。やったことは無いけど。

 

 体格的に、俺は圧倒的に不利。ならば、近距離での打ち合いよりもこういった短期決戦で決着をつけるべきだ。

 

 「……ッ!」

 

 その超強力な突きに……なんとカトルは、初見で対応した。

 

 剣を棒術のように構え、威力を殺し、剣を弾き飛ばされつつも、俺の突きを受けきったのだ。

 

 ギイイイイィィィィン!

 

 弾かれた「刃無し」の剣が、すぐそばの木の太い幹に「ブッ刺さる」。

 わあっ、と周りを囲んでいた女子たちが叫ぶ。

 

 なんてこった。

 

 それでも俺は驚愕を隠しきれなかった。

 この強力な必殺技を、初見で防ぎきったのだ。剣を飛ばされながらも。

 ……いや、本来この技は中距離から一気に間合いを詰めつつ、決着をつける技だ。助走距離は、普段の半分程度。悔しいが、砦貫きを封じられたとは思わないでおこう。

 

 ずざざざ、と後退したカトルの足は……円の端ギリギリで止まっていた。

 

 さすが、プログレス科唯一の男子。プログレスとタイマン張れる強さはあるってか。

 

 まあいい。これで相手は得物を失った。技を防がれたのは気に食わないが、一応これで俺の勝ち、だろう。

 

 「さて、勝負ありだカトル。それとも、まだ闘るか?」

 

 俺が降伏勧告を出したにも関わらず、カトルは白い歯を向いて豪快に笑う。

 そして俺の右手をちらりと見て、言った。

 

 「ああ、勝負あり、だな。両者戦闘不能の引き分けだ」

 

 「……?」

 

 カトルが見たのにつられて俺も自分の手元を確認する。そこにはーーー

 

 「ーーー!」

 

 俺が持っていた剣の刃は根元から折れ、背後の木に同じくブッ刺さっていた。

 あの一瞬の打ち合いで、反撃を放っていたのか!

 

 「どうよ、俺の剣もまあまあやるだろ。どうする? 続けるか?」

 

 カトルがのんきに言う。

 

 ……面白え。

 HCモードの獰猛な血が、もっと戦えと俺を鼓舞する。

 強い相手を倒せと、俺にささやく。

 

 「……やろうじゃねえか。ここからは徒手限定でな」

 

 「へ、そう言うと思ったぜ。目は禁止。ルールはこれだけでいいな」

 

 「おうよ」

 

 

 俺とカトルが同時に飛び出し、互いの右拳が激突した。

 

 

 

 

 

 

 「はっはっは! だからよぉー誤解したのは悪かったってさ、シン」 

 

 「まったく、勘弁しろよな。転校初日からあれじゃ先が思いやられるぜ」

 

 「おいおい、昨日くらいのことでいちいち参ってたら、この先やってけねえぞ?」

 

 「マジかよ……」

 

 朝、始業前。

 俺とカトルは隣同士の席に座ったまま、雑談をしていた。

 

 がらりら。

 

 「おはよー……え?」

 

 クラス委員の琴吹さんが、入ってくるなりフリーズする。

 視線がこちらに固定されているあたり、昨日あんなに殴りあってた俺とカトルが仲良くしていることに驚き、脳の処理が追いついてないのだろう。

 

 「おー文さん、おはよう。昨日はその、色々悪かったよ」

 

 あいさつついでに昨日あったゴタゴタについて謝罪するが……文さんは首を振った。

 うっかり事故った相手が彼女で良かったかもしれない。どうやら一日経った今でも俺に変態のレッテルが貼られていないところを見るに、昨日の写真は誤解であると彼女から説明してくれたのだろう。頼りになる委員長だ。

 ついでに遠山キャロルもたしなめておいてくれればいいのだが……いや、あの手の奴はたしなめたくらいじゃ直らないかもな。

 

 「ううん、それはもういいんだけど……シンくんとカトルくん、もう仲直りしたの?」

 

 「ああ、それなんだがよ」と、カトルが代わりに答えてくれる。

 

 「ふたりして気絶して、気がついたらもう夜になってるし、さんざん殴り合ったせいで体もガタガタで動かなくてな。しょうがなかったから、青の世界の星でも眺めながらシンと色々話してたんだ」

 

 「う、うん」

 

 「そしたらさ、どうやら俺の誤解だったらしいし、シンの奴、話してみたらけっこう良い奴だったみたいでさ」

 

 「けっこうって何だけっこうって」

 

 「つまり、土手でケンカして『はあはあ、お前やるな』『お前こそ』みたいな感じだよ」と、近くの女子が勝手に補足してくれる。うーん、合ってる、のか?

 

 「はあ……そういうことね」

 

 盛大にため息をつく文さん。

 ははは。俺からすりゃ女子は未知の生物だったが、逆に女子からすれば男という生き物は分かりにくいものらしいな。おかしいのは俺だけじゃないらしい。良かった。

 

 フラフラと席に戻ってゆく文さんを見送りつつ、俺はカトルにちょっと文句を言った。

 

 「にしても……お前のボディースラム、強力すぎだ。背骨折れるかと思ったぞ」

 

 「んなこと言ったらお前だって、最初の一撃。あれ、防げなかったら俺だって骨逝ってたぜ。おあいこだろ」

 

 「元はと言えばお前の誤解からだろ、この件は。学食で黒の世界のメシをおごれ。それで清算してやる」

 

 言ってから気づいたが……俺は、カトルを昼食に誘う形となっていた。

 まるで、友達にやるような気軽さで。

 まるで昨日のことなんて何でもなかったかのような……いや、あったからこそのそれで。

 「しゃーねえなあ!」と白い歯を剥いて笑うカトルを見て、俺は思う。

 

 まあ、古くさいけど、いいんじゃなかろうか。

 

 こんな始まり方も。




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