アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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ソフィーナ・リゼリッタ回です。


EX.3 リゼリッタと一緒(上)

 「全く、あんな初歩的な事でつまづくなんて、この先大丈夫なのかしら」

 

 もうとっくに慣れた毒を吐かれつつ、俺とソフィーナは並んで歩く。

 

 放課後。

 俺はソフィーナから必要な資料を借りるべく、彼女の研究室へと向かっていた。

 

 「しょうがないだろ。俺はエクシード概論に加えてドライビング基礎まで履修しなきゃならないんだから」

 

 「ま、その点においてはあんたが周りより大変なのはそうだけど」

 

 俺は、αドライバーである。そして、プログレスでもある。扱い上は。

 もうここへんの説明は割愛させてもらう。

 そして、αドライバーの専門であるドライビング基礎で分からなかった部分があった。

 しかし誰かに聞くにも、周りの女子にそれを履修している者は物好きな一部の奴以外ほとんどいない。よって聞く相手が限られるのだ。ソフィーナのような、優秀で何でも知ってる奴に。

 

 「まあいいわ。資料くらいいくらでもあるから、さっさと持っていきなさい」

 

 「助かる」

 

 普段から忙しいせいで若干早足気味のソフィーナ、しかしあまりのチビさのせいでそれでも遅い彼女に歩調を合わせつつ、彼女の研究室へと向かう。

 

 と、背後からソフィーナに声をかけるものがあった。

 

 「あらぁ、ソフィーナじゃない」

 

 突如、びきーん。

 ソフィーナが固まる。

 この……鼻にかかった甘ったるい、それでいて無邪気さの滲む声は、聞き覚えがあるぞ。

 俺は、手入れを怠ったロボットのような動きになったソフィーナと共に、声の主に振り返る。

 

 「ぎぇ、リゼリッタ……」

 

 蹴っ飛ばされたネズミのような声をあげつつ、顔をしかめるのを隠そうともしないソフィーナ。

 

 「おお、リゼリッタ」

 

 俺も微妙に引きつった笑顔で挨拶すると、リゼリッタもその無邪気な顔に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべる。

 ソフィーナといるときは、できればこいつとは会いたくなかった。

 こいつらふたりが揃うと決まって、人智を超えた化学反応が起こるから。

 

 「こんにちは、シン。相変わらず見てて何の感想も出てこない顔が素敵ね。……それに比べ、ソフィーナったら。そんなに私が嫌いかしら?」

 

 ソフィーナの方を見て、やれやれと笑うリゼリッタ。てかおい、俺のこと褒めてんのか、それ。

 

 ーーー毒夜の闇薔薇・リゼリッタ。黒の世界出身。

 

 身体的特徴は……その、はち切れんばかりのボリューム満点の体つき。すってんてんのソフィーナとは対極にあたる感じである。九十センチあるとか百センチ越えとか色々な噂があるその規格外の胸とか、チェックのミニスカートから自慢げに露出させている、決して細いわけではないが太すぎもしないむっちりとした太ももとかは見ていて……ゴホン。ムリヤリ留めているブラウスのボタンの悲鳴が聞こえそうだ。

 そんな彼女は、ソフィーナとは黒の世界の頃からの親友らしい。ソフィーナは腐れ縁だと言って聞かないが、いざというときは以心伝心の連携をとるあたり、本当に仲が良いのだろう。

 普段は冷めた雰囲気の少女だが、本当は無邪気な性格らしく、面白いもの(≒ソフィーナ、美海、ノア、あとなぜか俺、etc)を見つけるとやたらといじりたがる。

 トーク術ではソフィーナの何枚も上手らしい彼女がソフィーナをからかう様は見ていて非常に面白いのだが、よくそれが俺にまで飛び火するのはご勘弁願いたい。

 ついでに、いつも左手に提げているウサギのぬいぐるみは……多分、ただのそれじゃない。怪しすぎる。

 

 「き、奇遇ねリゼリッタ。私は会いたくなかったわ」

 

 「もう、釣れないわねぇソフィーナったら。そんなに私を追い払いたがるなんて、今からシンとデートでもするのかしらぁ?」

 

 にひひと笑うリゼリッタに……びきーん。

 俺も固まる。

 

 まずい。早速巻き込まれた。

 

 「はあぁ!? ででででデートなんて、そそそんな訳ないじゃない! こいつは! ただの! 荷物持ちよ!」

 

 ごしゃっ!

 

 ソフィーナの振り下ろした鞄が俺の脳天にヒットする。痛え。

 

 「デートじゃねえよ。ちょっと授業で分かんない部分があって、その資料を借りに行くとこだ」

 

 ソフィーナの鞄をとり、頭をさすりつつの俺が返すと……リゼリッタは何やら思いついたような顔で、ぴこん。ソフィーナとおそろいのツインテールが揺れる。

 まずい。これは面倒事の予兆だ。

 

 「ふふふ、そうなのぉ。デートじゃないのね。じゃあソフィーナ、シンのこと借りていってもいいわね?」

 

 「「は?」」

 

 唐突な提案に俺とソフィーナがきょとんとして。

 その隙にリゼリッタが俺に近づいてきてーーー

 

 「ねえシン。授業のとこくらい、この私が手取り足取り教えてあげるからぁ。私と一緒に部屋に行きましょう? ふふふっ、他にも色々なこと、お・し・え・て・あ・げ・る♪」

 

 わざとらしく俺の腕に抱きつき、至近距離から潤んだ瞳で見上げてくる。

 むにゅりと腕を挟む、大質量の柔らかい感触。

 ま、まずい……! 接近を許してしまった……!

 

 リゼリッタはいつも、あの手この手でソフィーナをからかう事に情熱を注いでいる。今回のそれは恐らく、目の前で色恋もどきを展開して、その手の話に弱いソフィーナを暴走させる算段だ。

 このままじゃソフィーナに殺される。なんとかしなくては。

 とりあえず間をもたせろ。何か言え、何か。

 

 というか……この腕の感覚。何か違和感がーーー

 

 「お、おいリゼリッタ。なんで下着つけてねえんだよ。ちゃんとつけろ」

 

 ーーーそうじゃないだろう、俺よ。

 

 ぼぼんっ、と顔を大噴火のように赤くしたソフィーナに構わず、リゼリッタは余裕の笑みを浮かべる。

 

 「そうなのよぉ。昨日、ブラのホックが壊れちゃって。他のやつもいつの間にかサイズが合わなくなっててぇ」

 

 いやおかしいだろ。

 

 「あ、そうね。じゃあシン、今から買いに行きましょ、私のブラ。シンが好きなの選んでいいわよぉ。そうだわ。じゃあソフィーナも一緒にーーー」

 

 そこまで聞いた俺は、青くなる。

 リゼリッタ。

 まずい。

 それはまずいぞ。

 言うな。言うな。言うな言うな言うな。

 

 そこで、リゼリッタの目に哀れみの光が宿った。

 その瞬間、確信した。

 ああ、死んだ。俺が。

 

 

 「ーーーごめんなさい。あなたにはまだブラは要らなかったわね」

 

 

 リゼリッタの視線の先にはーーー

 

 「なっ!?」

 

 えー……とても残念なまな板がございました。

 慌てて腕で胸を隠すソフィーナだが、もう遅い。

 

 わぐ、わぐ。

 怒りのあまり声が出ないのか、ソフィーナは数回口をパクパクさせて……ぎぎぎん! 形のよい眉をメチャクチャ吊り上げる。

 

 「こんのォ……リゼリッタァ……!」

 

 ドドドドドド。

 

 ソフィーナから黒いオーラが漏れてくる。

 ヤバい。暴走の予兆だ。

 いざとなればリゼリッタを引きずってでも逃げようと、踵に力を篭める俺。

 

 だがーーー

 

 がしっ。

 

 ソフィーナが、俺のもう片腕を抱え込んできた。

 そしてーーー

 

 「だだだダメっつってんでしょ! そそそもそもあんたとシン二人にしたらどうなるか分かったもんじゃないわ! ほらシン! おとなしく私の部屋に来なさい!」

 

 ぐぐぐぐぐ。もの凄い力で引っ張ってくる。

 

 「あらソフィーナったら、そんなにシンのことが大事なのかしらぁ?」

 

 リゼリッタも負けじと、俺の腕を引っ張ってくる。

 

 「いでででででお前らやめろ! 腕! 千切れるって!」

 

 右腕にリゼリッタ、左腕にソフィーナ。

 両手に美少女、両手に華だ。ただし美しい見た目とは裏腹に、混ぜるな危険な猛毒入りの棘だらけの。

 

 ていうかそんなことを考えてる余裕はない。早くしないと、マジで千切れる。

 もうそろそろ、右肩と左肩どっちが先に外れるかなあ、両方同時に外れたら修復できないなとかいうリアルなことを考えはじめた頃、俺は左手に触れる違和感に気づいた。

 

 「いてててておいソフィーナやめろ! 当たってるから!」

 

 「何よ! どうせ無いんだから関係ないでしょバーカバーカ!」

 

 「違えよ! 左手が洗濯板にブチ当てられてるみたいでゴリゴリして痛えつってんの!」

 

 「なああっ!?」

 

 唐突に、今まで引っ張っていた俺の腕を突き飛ばすソフィーナ。

 元々は、両側から車を牽引できそうな程の凄まじい力で引っ張られていた俺。

 そのうち片方が無くなり、さらにそれが逆向きの力に変化したらどうなるか。

 

 ーーー正解は、力の釣り合いが解けて俺に作用する。

 

 ごろごろごろごろっ!

 

 車に跳ねられたかのように廊下をぶっ飛び、転がる俺とリゼリッタ。

 だが悲しきかな、日頃のソフィーナや美海からの殺人的な特訓により、この程度吹っ飛んだくらいでは動じない俺である。

 このままでは壁にぶつかるな。とりあえず、体術ができるか分からないリゼリッタが頭を強打しないように抱えてーーー

 

 ごすんっ!

 

 ムチのように振るった俺の足裏での蹴りが壁に直撃、衝撃を逃がす。美海やソフィーナにぶっ飛ばされまくる俺が編み出した、ある種の受け身術だ。

 

 「いててて……」

 

 それでも微妙に痛む体の節々をかばいつつ、失くした平衡感覚を取り戻そうと目を数回瞬く。

 がーーーあれ、見えない。

 真っ暗だぞ。

 というか、息もできない。

 まずい。ひょっとして背中でもぶつけて息が詰まってるかもしれない。

 

 ……いや違うぞ。この水枕みたいな、途轍もなく柔らかい感覚。

 この周囲にそんな物体があるとすればーーー

 

 「あら、シンったら思ったよりもダイタンねぇ。びっくりしたわぁ」

 

 ーーーやっぱりかーーー

 

 俺はリゼリッタと折り重なるようにして倒れーーー

 ーーーむむ胸に、顔から突っ込んでしまったらしいぞ!

 

 慌てて両手を床につき、起き上がろうとするが、それを妨害するように、ぎゅっ。俺の後頭部にリゼリッタの腕が回され、ホールドされる。

 マシュマロのように柔らかい感触が俺の顔面を覆い、僅かに息を吸った鼻にはシロップのような甘い香りが入り込んでくる。

 

 (ていうか、やべ……窒息するって……!)

 

 まずい。戦闘において、視界の確保は何より重要だ。しなければ、わけも分からずソフィーナにミンチにされちまう。

 

 「シン…………こんのォ……ドヘンタイ!!!」

 

 ソフィーナの気配がこっちに来る。

 ええいこうなればーーー

 

 「う……おおっ!」

 

 両手で地面をしっかりと突き、俺の頭をホールドしているリゼリッタごと上半身を振り上げる。ソフィーナよか重いが、割と軽かったおかげでなんとかなったぞ。吹っ飛んだリゼリッタが嫌な音と共に天井に激突していたが無視だ。

 

 顔を上げた俺の顔前十センチに、ソフィーナの拳が迫っている。それをどうにか体をずらして、人体で最も頑丈な部位・額で受ける。

 

 ごすっっっっ!!

 

 少し後退しつつもなんとか吹っ飛ばず、俺は次に来るであろう追撃に備えて両開手で防御の構えをとる。

 

 「こここのヘンタイ! 色男! そんなに大きい方がいいのなら、リゼリッタの胸で溺れて死ねえぇぇぇーーーーーー!!」

 

 完全に激怒しているソフィーナは意味不明なことを叫びつつ、俺に向かって蹴り足のモーションを繰り出す。

 

 と、そのとき、俺とソフィーナの間に割り込む影があった。

 

 どん!

 

 ソフィーナのバットすらへし折りそうな蹴りを、上手く衝撃を殺して止めたのはーーーリゼリッタだ。

 見事な防御だ。こいつも昔からソフィーナに望まぬ訓練を受けてきたんだろうなあ。

 

 「もうソフィーナったら。スカートでの蹴りはやめなさいって言ってるでしょ?」

 

 「女子同士だからセーフよっ!」

 

 あの……ソフィーナさん?

 お前いっつも俺のこと蹴り回してるよな? あれ、蹴りを食らいながら見ないようにするのけっこうきついんだぞ。

 

 「そもそもあんただって蹴りくらい使うじゃない! その短いスカートで!」

 

 バッ! バッ! ザシュッ!

 

 普通に会話しつつも、ベニヤ板くらいなら普通にブチ抜きそうな打撃の応酬(ソフィーナが一方的に殴っている)をするふたり。

 だがソフィーナは怒り狂っている。怒りは攻撃に威力を上乗せする代わりに精度を著しく欠く。リゼリッタは余裕の笑みで防御一辺倒だ。

 

 「私はいいのよ。だってソフィーナったら、そんなお子様な下着じゃあみっともなくて見せられないでしょぉ?」

 

 「!!?」

 

 突然打撃が止み、見ればソフィーナがそのフリフリのスカートを両手で押さえている。

 それを見て勢いづいたらしいリゼリッタが指を立て、ソフィーナに変な講義を始める。

 

 「そもそもあなたはレディーとしての自覚が足りないわ。殿方はいつ私達にチャンスをくれるのか分からないんだから、そのときになったらいつでも応じられるようにーーー」

 

 クドクド。ガミガミ。

 

 ソフィーナをなぜか床に正座させ、よく分からないが、女子力について? の講義をするリゼリッタ。

 というかソフィーナよ。何でお前はおとなしく聞いてるんだよ。途中で顔を赤くしたり、身を乗り出したりしてるし。やっぱりお前ら本当は仲いいだろ。

 

 クドクド。ガミガミ。

 

 …………。

 

 な、長え。

 

 何分やってんだよ。はじめっから意味不明だった俺からすりゃ眠いことこの上ない。

 ……ちょうどいい、逃げるか。ソフィーナもリゼリッタも講義に集中している。今だったら逃げられるかもしれない。

 

 俺は足音を殺し、その場からゆっくりと立ち去ろうとーーー

 

 「ーーーという訳なのよ。ねえシン、あなたもそう思うでしょ?」

 

 「いきなり話振らないでもらえますかねえ!?」

 

 くそ。逃げようと思った矢先にこれだ。

 

 「ねえ? あなただって、ソフィーナのお子様ぱんちゅよりも、こういうの方がお好きでしょう?」

 

 言いつつリゼリッタはーーー

 

 す……すす……

 

 なぜか、チェックのミニスカートの両端をつまみ、ゆっくりと引き上げ始めた!

 

 「おおおいやめろリゼリッタ! 何やってんだ!」

 

 「ねえ……シン……ごらんになって……? よぉーく、ごらんになって……?」

 

 引き上げられたスカートの向こうから、むっちりとした太ももの全貌が明らかになる。

 とても白いが健康的な肌。とても15歳やそこらとは思えない、とても柔らかそうな曲線が露わになり、目がくらくらする。

 俺が見ている間にも、スカートはどんどん持ち上げられてゆきーーー

 

 ーーーって、ダメだ、それ以上は!

 

 倫理的にも、俺の保全上もよろしくないそれから、目を逸ら……せ……ない?

 おかしい。なぜか首が回らない。いや、足も、手先も、まるで石になったみたいに動かないぞ。

 

 「よぉーく、ごらんになって……」

 

 甘く響く、リゼリッタの声。

 人の頭脳ではなく、意識そのものに語りかけるようなそれはーーー

 

 リゼリッタの奴、催眠術(メスメリズム)に掛けやがったな!? 使いどころおかしいだろ!

 

 首に神経な焼き切れそうなほどに指令を送るが……ダメだ。

 もうこうなってしまえば俺にできることは無い。おーいソフィーナ、今なら蹴ってもいいぞ。

 

 そして、リゼリッタのスカート、変則的なデザインのニーソから伸びるガーターベルトが、するすると露わになってゆく。

 逸らさなきゃと思いつつも、催眠術と本能にやられて視線を動かせない。

 そしてそれが付け根まで上がろうかという、その瞬間。

 

 「ふふ、冗談よぉ」

 

 ぱさり。

 

 俺の反応に満足したのか、ひとつ笑って、スカートの裾から手を話すリゼリッタ。

 そして。

 

 げすっっっっっっっ!!!

 

 横からの凄まじい衝撃に、俺は堪らず吹っ飛ばされる。

 言うまでもない。催眠術から一歩先に復帰したソフィーナによる飛び蹴りだ。

 

 ソフィーナよ。今回は蹴る必要は無かったんじゃないか?

 

 「ヘンタイ! チカン! 色魔! 淫獣ーーーーーー!!」

 

 壁に激突してダウンした俺に、ソフィーナの追撃が襲いかかる。

 

 どんっ!

 

 ミサイルのような速度で俺に迫ってきたソフィーナが、フリフリのスカートを盛大に翻しつつ、稲妻のような蹴り足を振り上げーーー

 

 「死ねええええええーーー!!!」

 

 ーーーガキだ。

 

 そう、確信した。

 

 なるほどリゼリッタの言うことが分かる。

 まあお前にはお似合いだろうがな、ソフィーナ。ナリはガキっぽいし。

 

 そしてーーー

 

 

 雷鳴にも似た打撃音を轟かせつつ、俺の意識は吹き飛んだ。

 





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